久木陽奈の暗躍 17 主座様との交渉 2
「保志 叶多氏に会える方法を考えます」
はっきりと言った私に、皆様が息を飲む。
「――そりゃ、それができれば一番だし、オレらもそのために動いてるんだけど……。
なかなか簡単にはいかないんだよ」
タカさんが困ったように言う。
だからうなずいた。
「その『簡単にいかない』話を聞かせてください。
どんな手を使って、なにが問題か。
とにかく情報をください」
気持ち前のめりになってしまったかもしれない。
皆様困ったように目くばせをされた。
「ひなさんは」
口を開いたのは主座様だった。
「『この件』が『どういうこと』か、わかっておられますか?」
「わかっています」
即答する私に皆様黙って目を向けられる。
だからひとつひとつ説明した。
「高間原から『落ちて』きた姫と守り役が五千年追っている『災禍』というものが『宿主』の『願い』に応じて『ナニカ』をしようとしている。
その一環として『バーチャルキョート』で出現する鬼が現実にも現れる。
現在現れている鬼は『中ボス』レベル。
ゆくゆくは、さらに強い『ボス鬼』と呼ばれる鬼が出現する可能性がある。
この『ボス鬼』が出現したら、京都のひとが喰われる可能性がある。
『ボス鬼』に対抗できるとすれば主座様直属である晃達霊玉守護者だけ。
その霊玉守護者のトモさんは『中ボス』レベルと戦い、死にかけた」
つらつらと述べる私に皆様やはり無言をつらぬかれる。
構わず話を続ける。
「ならば。
私がすべきは『ボス鬼』を出現させないこと。
『災禍』と『宿主』を確定させ、とっとと姫と守り役様に始末してもらうこと。
戦いにおもむかなくてもいい状況に持っていくこと。
――違いますか?」
わざと目に力を込めて、主座様をにらみつける。
そんな無礼な態度の私をたしなめることなく、主座様はまっすぐに私の目を見つめておられた。
ナニカ探られていると感じた。
が、構わない。探られて困ることはなにもない。
私の覚悟を、決意を見せるつもりで、主座様の目をじっと見つめた。
先に目をそらしたのは主座様だった。
そっと目を伏せ、ため息をひとつ落とされた。
「違いません」
そう言い、顔を上げられた主座様はどこか呆然としたように見えた。
そのお顔がめずらしく年相応に見えて、私もちょっと驚いた。
「なんというか……。
我々は『ボス鬼が出たときの対処』を考えているのに、ひなさんは『ボス鬼を出さない方法』を考えるのですね……」
「参りました」と主座様が頭を下げられる!
「やめてください!」とあわてて手を振ったらすぐに頭を上げられ、ニコリと微笑まれた。
「――そうだよな。ひなちゃんは『転生者』だもんな」
タカさんもどこか吹っ切れたようにうなずく。
「おまけに京都の色んな会社の情報持ってるし。
――もしかして、かなりの戦力になるんじゃないの?」
ニヤリと笑うタカさん。
「ご期待に添えるかはわかりませんが」
こちらもニヤリと笑って応える。
「晃を守るためなら、なりふり構いません。
『私』の全部を使って『ボス鬼』出現を阻止します」
私の覚悟に、主座様はうなずかれた。
「――わかりました。
あくまで『晃を守るため』だと」
「はい」
「安倍家からの正式依頼にもできますよ?」
『報酬を出す』という主座様に「結構です」とはっきりと断る。
「これはあくまでも私個人の『願い』です。
皆様には『私』の『願い』のために協力していただくのてす。
むしろ私が依頼料を支払わなくてはなりません」
苦笑を浮かべる皆様に、だから考えていたことを打ち明けた。
わざとピッと背筋を伸ばし、主座様に正対する。
「安倍家主座様に、ご依頼申し上げます。
我が『半身』、日村 晃を守るためにご協力くださいませ。
対価として」
「ひなちゃん」
『そんなのいらない』アキさんが口にする前にはっきりと申し出た。
「今年度の『目黒』の年度末処理を無料で手伝います」
主座様に連絡することを決めて、考えた。
私の依頼に対してなにを対価とすべきだろうかと。
おそらく主座様は『対価不要』とおっしゃる。
あの方はシビアなようで甘い。
祖父が孫に接するように晃達に良くしてくださる。
私は晃の『半身』だからか、私まで孫のように良くしてくださる。
それだけではない。
今回の私の依頼は、姫達の責務に関わってくる。
現在安倍家の総力を挙げて取り組んでいる任務に関わることだ。
だからきっと主座様は『対価不要』とおっしゃる。
『そのかわりこちらも報酬は払わない』とでもおっしゃるに違いない。
確かにそうかもしれない。
私がこれからやろうとしていることは姫達の責務を果たすための一助になるだろう。
おそらくはタカさんと共闘することにもなるだろう。
でも、そんなの『違う』。
たまたま利害が一致するからと言って対価を払わないというのは『違う』。
これは『私』の『願い』だ。
『私』が『晃を守りたい』。
そのために情報が欲しい。
私は『私』の『願い』のために動く。
『晃を守る』そのために動く。
その『願い』を叶えるために。
私が『私』を誇るために。
なんとしても対価を受けてもらいたい。
そこで考えた。
なにならば受けていただけるだろうかと。
私は精神系の能力者とはいえ、『能力者です!』と威張って言えるほどの能力はない。安倍家のお役に立つなど、まずむりだろう。
学生の身ではたいした金銭を用意できない。
前世知り得た情報といってもたいしたものはない。
他の物事といっても相手があの安倍家ならばどれもかすむにちがいない。
そんな中、唯一といってもいいもの。
先日のお手伝いで「助かった!」と言ってもらえたもの。
『目黒』の年度末処理。
主座様は『目黒』のおふたりも『親』と認識していらっしゃる。
その方々のためならば、受けていただけるのではないか。
『自惚れじゃないか』という思いはよぎった。
でも、私に出せるカードはこれしかない。
いかにも『他にもカードはありますよ』というように余裕ぶった顔を作っているけれど、内心は冷や汗ダラダラだ。
どうだ? 受けてくださるか?
私の申し出に、皆様目をまんまるにして固まった。
「ぷっ」と吹き出したのは誰だったのか。
それをきっかけに「あはははは!」「ぷはははは!」と大笑いが巻き起こった。
「それは魅力的な申し出だな!
ひなちゃん。『目黒』副社長としてその申し出、受けるよ!」
タカさんがあっさりと決めた。
主座様はいいのかとうかがうと、顔を伏せて肩を震わせておられた。どうも笑っておられるらしい。
「いかがですか? 主座様」
笑いを含んだ声で晴臣さんが確認されると、主座様はようやく顔を上げられた。
目尻に涙が浮かんでおられる。
「――いいだろう。その依頼、安倍家主座として正式に受けよう」
「ありがとうございます」
どうにか受けていただけた。よかった。
ホッとして、ようやく自然に笑みが浮かんだ。
それから主座様とタカさんが中心になり、これまでの話を聞かせてくださった。
どんなことをしてきたのか。なにを調べたのか。
その調査結果などは報告書にまとめてあった。
「持って帰っていいよ」と言われたのでお言葉に甘えて全部持ち帰らせてもらう。
「トモは今日から復活しました」
主座様によると。
鬼と戦い死にかけたトモさんに竹さんが「もう巻き込めない」と別れを告げた。
そのためにココロを壊したトモさんだったけど、竹さんのお守りや友達の励ましでココロを取り戻し元気になった。
「諦めない」と決めたトモさんは、今日から主座様とヒロさんと修行に打ち込んでいるという。
竹さんが離れにいるのでトモさんは自宅から通って来ると。明日も修行すると。
「竹さんはどうされてますか?」
なんの気なしにたずねたら、皆様同じように痛そうな顔で目をそらされた。
それでもどうにか話してくださったところによると、トモさんに別れを告げた竹さんもやはりココロを壊しているという。
責務への責任感だけで立っているような状態で、ただひたすらに京都中の結界を確認しているという。
「夜もほとんど寝てないみたいなの」
アキさんが心配を隠すことなくつぶやく。
竹さんのあの闇を思い出して身がすくむ。
どうにかそれを振り払って顔を上げた。
「……ひとまず、了解しました。
お預かりしたこの資料を読み込ませていただきます。
できればまた後日、皆様それぞれにお話をうかがいたいのですが、よろしいですか?」
それぞれに了承をいただく。そのときは主座様がまた転移で送迎してくださるという。申し訳ございません。
「いえいえ。こちらは『依頼を受けた』身ですから。
対価をいただく以上、そのくらいはさせていただかなければ」
笑いながらそんなふうに言ってくださる。ありがとうございます。
そうしてその日の話し合いを終え、主座様に部屋まで送っていただいた。
話し合いの間時間停止の結界を張っておられたとかで、部屋を出てから数分しか経っていなかった。チョー便利。これに慣れるとマズい気がする。
とはいえ主座様のおかげで移動時間も話し合いの時間も『なかったもの』とできるのはかなり有効だ。
とにかく時間がない。
いつ鬼が出現するかわからない。
資料のなかには『バーチャルキョート』の鬼と現実の妖魔、両方の出現報告書もあった。
それによるとここ数年『バーチャルキョート』と現実の同時出現率が高い。
ネット環境が整ったことが関係しているのか。はたまた別の理由があるのか。
鬼の出現に関しては今のところ『決まった法則はなさそう』とある。
確かに『数ヶ月おき』といったパターンは見い出せない。場所も時間もバラバラ。出現間隔もバラバラ。
だから強いレベルの鬼の出現予測が立てられない。
実際トモさんが戦った鬼だって、誰一人出現予想を立てていなかった。
つまり、いつどこで晃達が呼び出されるかわからないということ。
少しでも早く対策を取らなければ。
必死で資料を読み込んだ。
『久木陽奈の暗躍』13〜今回までは、本編第四十八話
トモが再修行開始した日にあたります。