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第十五話 どうしよう

 夢でも見ていたんじゃないか。

 そう思うくらいあっけなく、彼女の姿が消えた。


 のろりと手を伸ばしたけれど応えてくれる人は当然いない。

 ぎゅ、と拳をつくり、誰もいない玄関に立ちすくんだ。



 ようやく動けるようになって、のろのろと座敷に戻る。

 片付けないと。

 敷かれたままの布団のシーツを()ごうとして、手が止まった。


 まだ少しぬくもりが残っていた。


 彼女のぬくもり。

 彼女がここにいた証。


 ボスリ。

 布団に倒れ込んだ。

 敷布団にうつ伏せているだけで、まるで彼女を抱きしめているようだ。


 いいニオイがする。シャンプーのニオイかな。彼女のニオイかな。花のような、甘いニオイ。

 すうう、と吸い込んで枕を抱きしめる。


 今日もかわいかった。

 たくさん話ができた。

 いろんな彼女が頭に浮かぶ。


 ケーキに目を輝かせていた。

 一口食べてしあわせそうにしていた。

 穏やかに眠っていた。

 寝ぼけてホニャリと笑った。

 目が覚めて青くなっていた。


 かわいい。

 かわいい。

 かわいい。


 彼女が愛おしくてたまらない。

 彼女のためならなんでもしてあげたい。

 もっと喜ばせたい。もっと笑わせたい。もっとしあわせにしたい。


 胸がぎゅうぅぅぅっ! と締め付けられる。

 これはもしや話に聞く『キュン』というやつではなかろうか。

 こんなに苦しいものなのか。

 こんなに甘いものなのか。


 喉の奥に叫び声が詰まっている。

 叫び出したいような、むず痒いような、暴れだしたいようなナニカが身体の中をぐるぐるしている。


 抱きしめる枕に顔をスリスリとすり付ける。

 かわいい! かわいい! もう、大好きだ!


 どうしたらいいんだろう。

 俺はどうしたいんだろう。


『好き』と言う?

 言ってどうする?

 付き合いたいのか?

 そりゃ付き合いたい。彼女に俺の『彼女』になってもらいたい。

 手をつないだりデートしたりしたい。


 でも、彼女には無理だ。


 今日の黒陽の話で確信した。

 彼女は『恋』ができない。そんな余裕はない。


 彼女は責務を果たすだけで精一杯だ。

 あの生真面目な様子では他のことを考えるなんてできないだろう。


 背負っているものが重すぎて、潰れないようにするだけで精一杯だ。

 きっとなにもかも己のせいにして抱え込んでいる。

 その重荷が重すぎて、誰にも手助けを求められない。

 やさしいから。

 重いものを重いと知っているから、それを他人に負わせまいとする。

 そうしてなにもかも自分一人で抱え込み、苦しんでいる。



 どうにかできないのだろうか。

 どうにか彼女を助けられないだろうか。


 黒陽は言った。

「本当の意味で彼女が救われるのは『災禍(さいか)』を滅ぼしたとき」

 確かにそうだろう。

災禍(さいか)』を滅ぼしたときが彼女の責務の終わるとき。

 そうなればきっと彼女は救われる。自分を(ゆる)すことができる。


 でも、それは途方もないこと。

 これまで何千年かけて未だ果たせていないこと。


 黒陽は「手がかりがある」と言っていた。

 正確には「手がかりがないわけでもない」だったか。

 どちらにしても闇雲に探すよりは可能性があるということだ。


 布団のぬくもりを堪能しながら目を閉じる。

 考えを巡らせる。



 俺はどうしたい?

 何を一番に考えるべきだ?


 彼女のこと。

 彼女が『しあわせ』であること。


 彼女が『しあわせ』であるためにはどうすればいい?


 彼女が責務を果たせばいい。


 彼女が責務を果たすために必要なことはなんだ?


災禍(さいか)』を滅すること。


災禍(さいか)』を滅することができれば、彼女が責務を果たせば、彼女は罪から開放されて自分を赦すことができる。

 そうすれば、彼女はもう重荷を背負わなくてもいい。


災禍(さいか)』を滅するためにはどうすればいい?


 黒陽が言っていた『手がかり』を探るのに協力する?

 ハルや黒陽が説明したように霊玉を渡す?

 京都の周囲を囲む結界が強くなれば『災禍(さいか)』が京都から出ることはない。

 捜索範囲が限定されるから、絞り込むことも追い詰めることもできるだろう。


 ――やはり彼女に霊玉を渡すのが一番彼女のためになるか……。


 だが。

 どうしてもココロが納得しない。


 俺が霊玉を渡したら彼女がひとりで苦しむとしか思えない。

 なんでこんなこと思うんだろう。


 黒陽も言っていた。「自分がいる」「他の姫も守り役もいる」

 ハルだっている。ヒロも協力しているようだし、言えばきっと俺も協力できる。


 それなのに、どうしても、彼女を苦しめるとしか思えない。


 なんでだろう。どうしたらいいのだろう。

 何が最適解なのだろう。どうするのがベストなんだろう。


 色々な考えがぐるぐると頭の中で渦巻いている。

 どれも断片的でとりとめもなくて、形になってくれない。

 そうしているうちにまた彼女の姿が浮かんできた。


 今日もかわいかった。

 今日の服はこの前の船岡山のときと違っていた。

 学校に行っていないと黒陽が言っていたし、おそらくは制服に見えるような服をあの母親達が用意したんだろう。

 まんまと騙された。いい仕事するなくそぅ。


 名字も住所も家族構成もゲットした。

 過去も聞いた。性格もなんとなく伝わった。

 ハルの言っていたとおり、頑固で、甘っちょろくて、やさしいひとのようだ。


 会うたびに惹かれる。

 会うたびに愛しさが募る。


 これが『恋』なのか?

 それとも『静原の呪い』か?


 彼女のそばにいたい。

 穏やかな顔で笑ってほしい。

 かわいい声で話しかけてほしい。

 やさしいまなざしで見つめてほしい。


 ああ。また彼女でいっぱいになっている。

 マズい。思考がまとまらない。

 でも、ちょっとだけ。

 もうちょっとだけ、彼女を堪能したい。


 やさしい笑顔。

「おかえりなさい」と出迎えてくれた。

 礼儀正しい綺麗な所作。そんなところも見惚れる。


 ケーキに喜んでた。

 そんなところはちょっと子供っぽくてかわいい。

 目をキラキラさせて、一口食べてしあわせそうにして。

 かわいくてかわいくてでろでろに甘やかしたくなる。


 高間原(たかまがはら)の名を出したときの凛々しい顔つき。きっと王族の姫としての責任感を持っているんだろう。生真面目だなぁ。かわいいなぁ。


 気持ちよさそうに眠っていた。

 俺に気を許してくれているようでうれしい。

 それに寝ぼけるのもかわいかった。

 寝ぼけて……ブラウス一枚で……


 ……………。


 ボタンがはずされた首元。

 鎖骨が見えていた。

 胸のふくらみがはっきりと出ていた。

 思っていた以上に、大きかった。

 ブラウスの裾から太ももが伸びていた。

 白くて、むっちりとして、やわらかそうで―――。


「ぐわあぁぁぁぁ!!」


 両手で顔を押さえてじったんばったんと布団の上を転げ回る!

 土下座の姿勢で頭を抱える。


 な、ナニ思い出してるんだ俺は!

 仕方ないじゃないか思春期なんだから!

 彼女が色っぽいのがいけないんだ!

 いや違う彼女は悪くない。悪いのはあの亀だ! スカート脱がせた亀だ!!


 なんだよあの亀! 守り役じゃないのかよ!

 一人暮らしの男のところにあんなかわいいひと一人で来させちゃ駄目だろう!

 オミさん置いとけよ! 危機管理能力ポンコツかよ!


 じったんばったんしていたらスマホが鳴った。

 ビクーッ! と跳ねてしまい、そんな自分にがっかりする。

 あわてて画面をのぞくと、今考えていたばかりのオミさんからだった。


 何も悪いことはしていないはずなのに何故か後ろめたい気持ちになって、取るのをためらってしまった。

 それでもなんとか回線をつなぐ。


「……はい」

『あ。トモ? ゴメンよ。忙しかった?』


 いつもどおりのオミさんの声に、どっと疲れが出た。


「――いや。大丈夫。片付けてたとこ」

 ホントは彼女の姿を思い出して悶々としていただけだけど、それは言わなくてもいいだろう。


 ふと思い出してあわてて言った。

「オミさん、ゴメン。何回も電話くれてたの、気づかなくて」

『あー。いいよいいよ。どしたの?』

「自転車運転してた。

 学校からそのままだったからスマホもマナーモードになったままだった」

『あー。じゃあ、仕方ないねー』


「ゴメン」と重ねて謝ると許してくれた。


「で、何?」

 問いかけると『ケーキありがとねー』とのんきな答えが返ってきた。

「わざわざいいのに」と言うと『そういうわけにはいかないよ』とオミさんが反論してくる。


 この人も生真面目だよなあ。

 ちょっとおかしく思っていると、次々と声がかかった。


『トモくーん? ケーキありがとー!

 北山の本店までわざわざ行ってくれたのねー』

 千明さんはさすがだ。わかってくれたらしい。

 その調子でヒロにアピールしといてくれ。


『トモー。ゴチになりまーす』

 タカさんも食えそうなケーキをチョイスしていたのがわかったらしい。「どうぞー」と答えておく。


『トモくん、ありがとねー。双子も食べられるの選んでくれたんでしょ?』

 アキさんも俺の意図を理解してくれたようだ。

『夕食後にみんなでいただくわね。ありがとう』と丁寧に礼を言ってくれる。

「どういたしまして」と答えておく。


『ともちゃー』

『ともちゃ、あいあとー』

『あいあとー』


 双子のかわいい声に思わずほっこりする。

 双子は今二歳三ヵ月。おしゃべりも達者になってきて、もう幼児と言ってもいいくらいだという。

 最近は忙しくてなかなか会いに行けなかったが、俺のこと覚えているのかな?


「ユキ。サチ。俺――トモのこと、覚えてるのか? わかるのか?」

 そう聞いてみたら『『わかるー』』と答えが返ってきた。


『またあそぼうねー』

『またきてねー』

 かわいい様子に「またな」と笑顔で返す。


『じゃあヒロに替わるね』と言われ、知らず背筋が伸びる。

 ヒロ、怒ってるよな。

 なんて言おう。とりあえず謝るべきだよな。


 スマホの向こうでガサガサと音がする。

『向こうで』とか『いいよ』とかヒロの声が聞こえる。


『……もしもし』

 ようやくヒロの声がはっきりと聞こえた。


「……ヒロ」

 いざ言おうとすると緊張する。

 迷いから意味もなく視線を動かすと、床の間の童地蔵が目に入った。


 にっこりと微笑む様子が『がんばれ』と励ましてくれているようで、ぐっと拳を握った。

 ゴクリと(つば)を飲み込んで、思い切って一気に言った。


「昨日はゴメン。俺が悪かった」


 ヒロは何も言わない。

 いたたまれなくて、言葉を重ねた。


「殴られて当然のことをした。反省してる。ゴメン」


 しばらくヒロは黙っていた。

『ヒロ』とハルの声がした。そばにいるらしい。

 ハルの声に後押しされるように、ヒロの声が流れてきた。


『……反省してるのかよ』

「してる。馬鹿なことをした。ゴメン」

 真摯に答え、頭を下げる。


『……なんであんなことしたんだよ』

「……それは……」


 なんと説明したものかと困っていると、ヒロが『はあぁぁぁ』とため息を吐いた。


『……竹さん』

 名を呼ばれるだけでドキリとする。


『トモの「半身」なんだって?』


 晃がメッセージを入れていた。『彼女が俺の「半身」だとみんなに話した』と。

 だから正直に「ああ」と答えた。


 ヒロはしばらく黙っていた。

 が『ふうぅぅぅ…』と大きく息を吐き出し、言った。


『……「半身」なら、仕方ないね』


 いつものヒロの声だった。

 そのことに何故かホッとして力が抜けた。


「ゴメン」

『……もうするなよ?』

「……………」


 そう言われると、『しない』とは言い切れない。

 俺は竹さんが危険だと判断したら、何をしでかすかわからない。

 自分でも信じられないが、そういうヤツだったらしい。


 まさに『呪い』。

人間(ひと)が変わったようになる』という『静原の呪い』そのままの行為を、俺もしでかす自覚がある。


 何も言わない俺にヒロが電話の向こうでキレかけている気配がする。そんなこともわかるなんて、電話すごいな。


『おま『トモ』

 ヒロの声にハルの声がかぶった。


『今夜の予定は?』

「……二十二時からホワイトハッカーの仕事がある」

『わかった。じゃあ、二十時から一時間くれ。

 直接顔を合わせて話がしたい』


 ハルの提案は俺も望むところだ。

 ハルともヒロともゆっくり話をしないといけない。

「……わかった」と告げると『僕がヒロを連れて転移で行く』と言われる。


『食事を済ませておけよ』と電話が切られた。

 ぼうっと手の中のスマホを見つめていたが、ふと時間表示が目に入った。


 ヤバい! 急いで用事済ませないと!

 大慌てで片付けをし、家事に取り掛かった。

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