久木陽奈の暗躍 13 不安の影
竹さんの『半身』が「トモさんだ」と聞いて数日後。
晃がまた京都に行ってきた。
学校終わって帰宅するなり京都に向かったらしい。
一泊して帰ってきた晃は『話したくてたまらない!』という顔で我が家に来た。
……これは、このまま登校しては差し支えがあるな。
そう判断した私は晃に『主座様からいただいた時間停止の結界石』を起動するよう命じた。
時間停止の結界の中、晃の話を聞く。
例の『南の結界』のための霊玉をまとめる術は滞りなく終了したという。
それでまた霊力量変化してんのねあんた。
「『修行して元以上に増やせ』ってハルに言われた」
あっそ。がんばって。
晃が話したくてソワソワしていたのはここからだった。
術のために竹さんが姿を現した途端、トモさんが「ポンコツになった」。
思考はダダ漏れ。顔は真っ赤。竹さんに呼びかけられただけで「ロボットみたいにぎこちなくなった」。
なにそれ。ホントにトモさん?
術のあとは男子だけで集まってごはんを食べ、風呂に入り、お布団敷き詰めた部屋で恋バナを楽しんだという。
恋バナ。つまり、トモさんの話を聞いた。
真っ赤になってボショボショ喋った? あのトモさんが?
竹さんにべた惚れ? あのトモさんが?
「『半身』の先輩として、色々アドバイスしてきた」と自慢げに話すわんこ。
トモさんに『アドバイスする』なんてことないから、かなり得意になっていたらしい。
「『うまくいくといいな』っておもう」
「そうね」
ひとしきり話をして、ようやく晃も落ち着いた。
時間停止の結界を解いて登校した。
それからは学校が忙しくて竹さんのこともトモさんのことも気にする余裕はなかった。
土曜日の夜、晃はまた京都に行ってきたらしい。
月曜日の朝一番に竹さんとトモさんがどうだったのかを教えてくれた。
それによるとトモさんは相変わらずポンコツらしい。あの優秀なひとがポンコツになってる状態が想像できなくて「へぇ」としか言えない。
竹さんはまだトモさんが『半身』だと「気付いていない」という。
あのひとニブいからね。
認識したら変わるんだろうけどね。私達みたいに。
そう言ったら当時を思い出したらしい阿呆がデレデレニマニマとすり寄ってきた。
「ひな」
「……………」
「ひな、大好き」
「はいはい」
「ひな、かわいい」
「黙れ」
二年生になったら進路が具体的になる。
私は経理関係に進みたいので文系。阿呆も当然のようについてきた。
晃はまだ「なにをすべきか、どう進むべきかわからない」という。
晃には『人生の目標』がある。
『善人が虐げられることのない世の中をつくる』
中二の春に晃が出会ったひとが『禍』になってまで願った『願い』。
それをウチの阿呆は「自分が代わりに叶える」と『誓約』した。
お人好しもここまでいくと問題だと思う。
でもそれが晃だから。
それでこそ私の『半身』だから。
私がすべきは、そんな晃を支えることだけ。
道に迷うならその道を探し、指し示す。
そんなわけで、私は晃とともに色んな学部研究も進めていた。
ホントは理系に進んだほうが展開が広がるんだけどね。
阿呆は阿呆なので、私に他の男の気配がつくのを嫌う。
理系コースをとって私と違うクラスになるのは「耐えられない」という。
「同じクラスになってひなのそばにいたい」「違うクラスになったらおれ、勉強なんか手につかない」
その『半身持ち』らしい嫉妬と執着に「仕方ない」と受け入れた。
どんな道に進むにしても、学力が必須なのは変わりない。
二年生になったら勉強が難しくなる。テストも増える。
私は前世の下駄履きがあるけれど、晃はそういうわけにはいかない。
ふたりで必死にテスト勉強に励んでいた。
いつものように電車の中で勉強をして、吉野に帰った。
バスに乗っても勉強を続けていると、ピクリと晃が動きを止めた。
「……晃?」
その気配に、私の中に不安がよぎる。
晃は私がはじめて見る鋭い顔つきで目だけをあちらこちらに動かしていた。
気配を探っているのがわかる。
しばらくそうやって周囲を警戒し、バス停に着いても晃はピリピリしたままだった。
いつものように私を自宅の玄関まで送り届けた晃は「また明日ねひな」とバードキスを落として立ち去った。
なんだろう。
なにがあったんだろう。
不安で、でもなんと言っていいのかわからなくて、ただ立ちすくんでいた。
翌日。
いつものように晃が顔を出した。
駅まではちょうどいいバスがないから母に車で送ってもらう。晃も一緒。
最初は「晃の家に車で迎えに行こう」と言っていたのだけれど「おばちゃん忙しいのにわざわざ来てもらうの悪いよ」と晃が言い、出発時間に合わせて晃が我が家まで来ることになった。
その晃の顔つきが、いつもとちがう。
「おはよう」と笑うその笑顔が固い。
バスの中で、電車の中で、いつものように単語帳を読んでも心ここにあらずなのがまるわかり。
『どうしたの』聞きたくても聞けない。
なんだかこわくて、触れて思考を探ることもできない。
晃がこんな顔をしているのは、おそらくは安倍家関係だろう。
なにか難しい任務を与えられたのかもしれない。
なにかつらい任務にあたったのかもしれない。
晃は安倍家の任務のことは私達に絶対に言わない。
口外禁止を主座様に命じられているのかもしれないけれど、それだけじゃない。
詳細を言えば私達が心配すると思っている。
話すときは「ハルに言われて、ちょっとバイトしてきた」そんなふうに軽く言う。
私に心配かけないようにしていることも、それが晃のオトコノコとしての意地なのもわかる。
だから私は晃に任務のことを聞いたことはない。
晃はいつもの間抜けな顔をして私のところに帰ってくれば、それで十分。
他所でナニしてようが構わない。
私が深入りしたっていいことない。
晃が晃であれば、それでいい
それまでの私はそんなふうに考えていた。
でも。
だけど。
『どうしたの』聞きたくても聞けない。
なんだかこわくて、触れて思考を探ることもできない。
『半身』と認識してはじめて、いつもそばに在った晃のココロが遠く感じた。
なんとなく晃を遠く感じて数日。
晃は勉強が手につかなくなっていた。
幸いゴールデンウィークに入ったから学校はない。それでも課題はたくさんある。
なのにその課題に手を付ける様子はなかった。
そんな晃が心配で、勉強もさせないといけなくて、でも今はなにを言っても晃は聞けないこともわかって、せめてノートにまとめておいてやろうと、自分の課題をさっさと済ませ、遅い時間まで二階の自室で机についていた。
夜も更けたそのとき。
「ひな」
開け放した窓から懐かしい声が聞こえた。
「白露様?」
すぐさま窓に寄り網戸を開ける。
「久しぶり。元気だった?」とのんきな挨拶に「はい」と答える。
部屋に入ることなく窓枠に両手を引っ掛けただけの体勢で、白露様は屋根の上から言った。
「悪いんだけどひな。ちょっと私に付き合ってくれない?」
こんな真夜中に?
「……内容によります」
白露様のことだからこわいことやあぶないことはないとは思う。
それでもこんな真夜中に、わざわざ私を呼びに来るなんてことはこれまで一度もなかった。
その異常性が、私に警戒をとらせていた。
そんな私に腹を立てることなく、むしろ「さすがひなね」と褒めてくださる白露様。
「そうよ。女の子は特に、ホイホイ話に乗っちゃダメよ。
念には念を入れて、しっかり警戒するくらいでちょうどいいわ」
師匠の顔でウンウンとうなずく白露様はご自分がなにをしに来たか忘れておられるのかもしれない。この方おっちょこちょいだから。
「で。どこになにをしに行くと?」
話を向けると「ちょっとそこまで」と濁される。
「私の知り合いが晃に修行つけてるの。
その見学に来てもらいたいの」
「晃の?」
幼い頃、白露様が晃と兄達に修行をつけていた光景が浮かんだ。
あんなことを白露様のお知り合いとやっているらしい。
そういえば『修行して霊力量を元以上に増やせ』って主座様に言われたと話していた。それか?
「なんで私が?」
そうたずねると、白露様は説明してくださった。
「今晃に修行つけてるの、蒼真っていって東の姫の守り役なんだけとね。
医術薬術に詳しい子なのよ。
この前から『半身』がお互いにどんな影響を与えるかっていうことに興味を持っちゃってね。
晃の『半身』のひなに来てもらって、晃に影響があるか視てみたいんですって」
『東の姫の守り役』。
黒陽様の説明を思い出す。
高間原にあった五つの国。
四方の国の姫と守り役が『呪い』を受けこの『世界』に『落ちた』。
白露様は『西の姫の守り役』。
ということは。
「……『南の姫』とその『守り役』様もおられますか?」
その質問に、おっちょこちょいな虎はペロッとしゃべった。
「緋炎は今日は佑輝のところに行ったわ」
「―――」
おっちょこちょいの情報に息を飲む。
つまり。
緋炎様が『南の守り役』。
あの方も『呪い』を受けている。
緋炎様が佑輝さんのところに行った。何故?
晃と同じように修行をつけるため。
何故修行をつけないといけない?
『修行して霊力量を元以上に増やせ』って主座様に言われたから。
何故増やさないといけない?
点と点がつながっていく。
竹さんは『北の姫』。
竹さんには責務がある。
『災禍』と呼ばれるモノを滅すること。
姫と守り役が五千年かけて未だ果たせていない責務。
安倍家が協力している?
主座様直属の晃達も、その戦いに投入される?
そのために『霊力量を元以上に増やせ』と命じた?
《ごめんなさい》
竹さんのあの『闇』が迫ってくる。
《殺して》
『災禍』のためにたくさんのひとが死んだ。国が滅びた。
「『災禍』が動いている気配がある」黒陽様がおっしゃった。
あの『闇』に、晃が巻き込まれる――?
一瞬でそこまで考え、飲み込んだ息をどうにか吐き出した。
落ち着け。まだ晃は無事だ。
ここ数日晃が心ここにあらずなのは、おそらくは主座様から特別依頼を受けたのに違いない。
『異世界の姫と守り役の責務に協力するために霊力量を増やすこと』『修行してさらに強くなること』
そんなことを命じられたに違いない。
そのために『守り役』様が『霊玉守護者』達に個別指導をしているんだろう。
「――『南の姫』は今どうされているんですか?」
浮かんだ疑問をそのまま口にすると、白露様はあっさりと答えた。
「今は普通の学生さんをしてるらしいわよ。
南の姫も東の姫も記憶の封印が生きてるから。
まあまだ『災禍』の手がかりしかないしね。
あのふたりは覚醒したら一気に記憶戻るから大丈夫でしょ」
「白露様のお姫様はどうされてるんですか?」
「ウチの姫? 相変わらず猫かぶって『良家のお嬢様』してるわ」
ケラケラと笑う白虎。
「晴明とは毎日式神やりとりして情報交換してるから、今のところ責務に問題はないわ」
「そうですか」
情報を整理する。
どうやら『転生を繰り返している』という姫達は四人とも転生しているらしい。
東と南の姫は未覚醒で学生生活を送っている。
西の姫はおそらく覚醒していて、主座様とつながりがある。
そして。
北の姫。
竹さん。
「北の姫――竹さんはどうされてますか?」
その質問に、白露様ははじめて詰まった。
なにかあると、嫌でも感じた。
「――南の『要』を起こして、京都を囲う結界を再編成したわ。
これで京都の結界は大丈夫! さすがは『黒の一族』だわ」
わざとにっこりと微笑む白虎。
嘘は言っていない。それは『わかる』。
ただ、全てを言っていない。それも『わかる』。
ニコニコ笑顔を貼り付ける白虎がこれ以上は口を割らないこともわかって、別のことを聞いた。
「黒陽様はお元気ですか?」
「元気よ。あのひとは今日はヒロに修行つけてナツのところも行くって言ってたわ」
ウチの晃に東の守り役。佑輝さんのところに南の守り役。
北の守り役はヒロさんとナツさん。
西の守り役はここにいる。
「トモさんは?」
なんの気なしの質問に、白露様は口を閉じた。
ニコニコ笑顔のまま「ん?」とごまかすように首を傾けた。
「トモさんには『守り役の修行』はないんですか?」
なにかある。
なにか隠してる。
それが『鍵』だと勘が言う。
でも白露様は「そうなのよ」とあっさりと答えた。
「今日はひなを呼ぶのに私がこっちに来たからね。
トモはなし。
そんな日もあるわ」
………一応、理にはかなっている。
が、それが『ホントウではない』と私の勘は言っている。
同時に『これ以上は口を割らない』というのも『わかった』。
じっと白露様の黄金色の目を見つめる。
白露様は黙ってそれを受け止めていた。
「――どうかしらひな。
ひなにあぶないことはないと断言できるわ。
帰りも私が連れて帰る。
ちょっとだけ、私につき合ってくれない?」
にっこりと微笑む白虎に、これ以上は無理だと判断した。
「わかりました」と答え、パジャマから外出着に着替えた。