久木陽奈の暗躍 12 竹さんの『半身』
後半は、第八部分『閑話 トモの恋の話(晃視点)』のあとのお話です
私が京都に滞在したのは二週間弱。
三月中に年度末処理は無事終わり、四月に入った二日は年度はじめの用事を手伝った。
最終日は一日お休みをいただき、いただいたお給料でお土産を探した。
竹さんも誘って黒陽様と三人で三条通や寺町通をぷらぷらした。
ほとんどは知らないお店になっていた。そりゃそうだ。でも私がいた頃あったお店も残っていた。さすが京都。
竹さんは前世は八十年くらい前を生きていたという。その竹さんも知っているお店が残っていた。さすが京都。
普段は現金を持ち歩かないという竹さんだったけど、私が誘ったからとアキさん晴臣さんからお財布を渡されていた。
「この前作ってくれた封印石の代金の一部を入れてるからね」と説明されていた。
「これでおいしいもの食べていらっしゃい」
アキさんオススメのカフェで早めのランチ。オシャレメシはさすが京都。吉野や桜井では勝負にならないわね。
晃にはなにがいいか、学校の友達に家族にとお土産を探しながら街をぷらぷらする。
竹さんは何度も京都に転生しているけれど、こんなふうに街歩きをしたことがないという。
覚醒したらすぐにおうちを出ていたと。
おうちにいたときも出歩くことはなかったと。
いつも高霊力にあふれる山とかにいて、ひとの多い場所にはいかないようにしていたと。
あれか。『災厄を招く』というやつか。
だから「こんなふうにお店を見るのははじめてです!」とテンション高く喜んでいた。
かわいい雑貨を見つけては喜び、おかしなTシャツを見ては笑った。
そんな彼女がかわいくて、私も楽しく過ごした。
隠形をとって彼女の肩にいる黒陽様が涙ぐんでいた。
黒陽様は何度も何度も「ありがとう」と言ってくださる。
あれから毎晩パジャマパーティーを敢行し、竹さんと一緒に寝ている。
そのためか竹さんは起き出すことがなかったらしい。私は寝てたからわからない。
「姫があんなに眠ったのは久しぶりだ。ありがとうひな」
そう言って喜んでおられた。
「あんな普通の娘のように同年代の娘とおしゃべりを楽しむなど、これまでの姫には有りえなかった。ありがとうひな」
少しは私がお役に立てたらしい。
「対価を!」と差し出してこられたのは私レベルでも高価だとわかる宝石。
「受け取れません」「私がやりたいようにやっただけです」と言っても譲らない守り役様に「友情に泥をかける行為ですよ」と言ったらようやく収めてくれた。
が、今朝出発前に主座様に呼び出された。
「黒陽様がひなさんのバイト代にしてくれと」
「黒陽様の作られた封印石です。いつか必ず吉野のためになります」
「吉野のために、受け取ってください」
そこまで言われたら断れなくて、しぶしぶ受け取った。
お店を見てまわり、お土産を探し、かわいい雑貨を愛でた。
ヲタク御用達のアニメショップも寄った。ここも竹さんははじめてで、目を白黒させていた。
錦市場で家族のお土産を買った。大荷物になったけど黒陽様がこっそりとアイテムボックスに預かってくれた。
足を伸ばして京都御所の北にお花見に行った。
早咲きの近衛桜は満開で、風に吹かれて花吹雪が舞い上がった。
あまりの美しさに三人でテンション高く笑いあった。
喫茶店でパフェを食べた。
竹さんはパフェも初体験だった。
「憧れてたんです」と恥ずかしそうに笑った。
かわいいひととのデートはとても楽しかった。私も久しぶりに若い娘っぽいことをした。
御池のマンションに戻ってふたりでテンション高く報告した。
そんな私達に主座様もご家族も黒陽様もうれしそうだった。
そうして、始業式の前日の朝。私は京都をあとにした。
「ひなさん。色々とありがとうございました」と生真面目に挨拶するかわいいひとに「また会いましょうね」と約束した。
吉野の駅まで母が迎えに来てくれていた。
車で自宅に帰ると、当然のように晃が待っていた。
「おかえりひな! 会いたかった!」
文字通り飛びついてこようとするのをサッと避ける。
「なんで避けるの!?」
「人前!」
ガアッと叱るとシュンとする阿呆。
………仕方ない。
「あとでね」とコソッと耳打ちすると、途端に元気になった。
荷ほどきをしながらこの二週間弱どうしていたか話をする。家族からも畑がどうだった、お山でこんなことがあったなんて話を聞く。
それによると吉野には取り立てて問題といえるものはなかったようだ。
我が家の事務処理も滞りなく進んでいた。
そうして私達は始業式を迎え、高校二年生になった。
始業式から一週間後の金曜日。
朝から阿呆の様子がおかしい。
昨夜は呼び出されて京都に行った。
一泊して帰ってきた晃は霊力量が変化していた。
「あんた霊力どうしたの」
会うなりそういう私に「ちょっと色々あって、霊玉を切り離した」と説明した。
よくわからないが、体調にも問題はないらしく「それならいいか」といつものように学校に向かった。
その道中、阿呆はずっと落ち着かない。
いつもは安倍家の用事に首を突っ込まない私だけれど、見かねて昼休憩をふたりだけでとった。
阿呆の話に驚いた。
「霊玉を切り離してひとつにして、南の『要』である朱雀様に渡すことになって」
「その術を執り行なうのに来た結界師の女の人が、トモの『半身』だった」
トモさんに、『半身』!?
あの飄々とした、自分の仲間以外はどうでもいいってひとに、『半身』!?
「そのひとを守るためにトモが術に同意しなくて、術が破綻して」
「ヒロがブチ切れて」
「『トモに悪い』って思ったんだけど、でも、あのままじゃヒロが苦しいままだってわかって。
だからおれ、勝手に『あのひとがトモの「半身」だ』ってみんなに話したんだ」
「おれ、余計なことしたかな」
「トモ、イヤな気持ちになったかな」
グズグズと落ち込む阿呆に「そんなことないわよ」「晃はよくやったわ」となぐさめる。
それでようやくかわいいわんこは落ち着いた。
「それにしてもあのトモさんに『半身』なんて」
驚いていたら晃がお弁当を食べながら教えてくれた。
「おれは前に玄さんから聞いてたから『いる』のは知ってた。
でも玄さんもサトさんもトモの『半身』が生まれているのか、どこにいるのかは『わからない』って言ってた。
だから『会えてよかったね』って思ったのに、トモったら『言うな』って言うんだ」
ぷう、とふくれると幼さがでてくるかわいいわんこに笑みが浮かぶ。
「どんな女性?」
興味本位でたずねると「視る?」と右手を出してくる晃。
「視る視る」とその手を取り、晃の送ってくる記憶を『視た』。
黄金の天冠についた細かい飾りがシャラリと音を立てる。
若竹色の袴と同色の千早と領巾。
膝よりも長い明るい色のストレートヘア。
健康的に染まったふっくらした頬。
赤くぽってりとした唇。
やさしい光をたたえた一重の垂れ目。
穏やかな人柄を示すようにやさしい笑みを浮かべる女性。
先週まで一緒に京都で過ごした、かわいいひとがそこにいた。
「――竹さん!?」
「え!? ひな、なんで竹さん知ってるの!?」
驚く私に晃が驚く。
「話したでしょ? 千明様の会社のバイトで京都に行って、離れで一緒だった『かわいい娘』」
「それが『竹さん』?」
「そう」
まさか竹さんの『半身』がトモさんだったとは。
黒陽様の話を思い出す。
『半身』を探しては会えなくてココロをこわした竹さんの話を。
『半身』に出会えた。
それは単純に『よかったね』と思う。
竹さんを救えるとしたら彼女の『半身』だけだ。同じ『半身持ち』として、私にはそれが『わかる』。
でも、それがまさかトモさんだとは……。
検討してみる。
トモさんは年齢詐称してんじゃないかというくらいしっかりしたひと。『転生者じゃないか』って疑ったこともあった。
中二の春。晃が連れて帰った『京都の友達』のひとり。
はじめて見かけたときから飄々として、一歩引いて全体を見守っているひとだった。
その年の夏に吉野に遊びに来たときには年相応に悪ふざけして暴れていたけれど、やっぱり冷静な部分は残していると感じた。
主座様とヒロさんと三人まとめて『年長組』なんて呼ばれているのも納得の落ち着きだった。
そんなトモさんを『年少組』だけでなく主座様もヒロさんも頼りにしているのがわかって、そんな仲間達にトモさんも喜んでいるのがわかった。
そんなトモさんは、人間の好き嫌いが激しい。
一度懐に入れた人間に対しては面倒見が良い、気の利くひと。
でも、それ以外の人間に対しては素っ気ない通り越して冷たい。
私や家族は『晃の身内』カテゴリに入っているようでそうでもないけれど、ウチの法人化の関係の打合せで会ったひとなんか、塩対応もいいところだった。
トモさんの判断基準は『仕事ができるかできないか』。
有能なひとは好きっぽい。システムの話とか盛り上がることもあった。
でも、無能なひと、要領の悪いひと、理解度が低いひとに対してはゴミでも見るような目を向ける。
表面上は取り繕っている。そこはさすがの京都育ちだ。でも精神系能力者の私にはトモさんが相手を見下しているのがものすごくわかった。
トモさん自身が有能すぎて、無能なひとは『なんで存在してるんだ』とか思ってる。
トモさん自身がそれだけの能力を得るためにすごく努力してきたひとだから、なまけ者や手を抜くひとが『許せない』らしい。
そんなトモさんが、あの竹さんの『半身』。
……ちょっと考えてみよう。
竹さんは穏やかでやさしいひと。
五千年生きてきたとは思えないくらい純真で穢れを知らないひと。
ココロの闇を抱えながらも、それを誰かに見せることを良しとしない、強いひと。
高潔な魂。やわらかな雰囲気。言うなれば『癒し系ぽっちゃり女子』。
でも反面、世間知らずの常識なし。
やさしいからか気が弱く押しに弱い。
どんくさくてトロい。慣れないことはモタモタする。すぐに「ごめんなさい」と言う。
正直、トモさんの『嫌いなタイプ』じゃない?
晃にそう言ったら「それがね」と苦笑を浮かべた。
……え? あのトモさんが、デレデレになってる!?
思考がダダ漏れ!? あのひとが!?
「ああで」「こうで」と話す内容が信じられない。誰それ。トモさんじゃなくて中身別人なんじゃない?
「玄さんのご実家にはそうなっちゃうひとが多かったんだって。
『静原の呪い』って言われてたんだって」
『唯一』に出会った途端、まるで別人のようになり『唯一』に尽くす。
その様子が『退魔で滅した妖魔に呪われたよう』となり『静原の呪い』なんて呼ばれるようになった。
その静原家の流れを汲むトモさんも『ひとが変わった』と。
竹さんにデレデレになっていると。
再び考えてみる。
竹さんは穏やかなひと。
荒々しい、キツいひとは苦手なひと。
先週のデートでも、街中を歩いていて、声を荒げるとかキツいこと言うとか、そんな場面に遭遇しただけでこわがって身を縮めていた。
そんなひとのそばにトモさんを置く。
……………竹さん、萎縮しっぱなしじゃない?
トモさんはズバズバものを言う。
あれで本人は抑えているつもりのようだが、相対した担当者が何人も泣きそうになっていた。
あの調子で竹さんに向かったら、竹さん、泣くんじゃない?
竹さんにはもっと穏やかなひとがいいと思う。たとえばヒロさんみたいな。
ヒロさんは同属性だからか竹さんもそばにいて平気そうだった。
「高間原にいたときの従兄のお兄さんに似てる」と言っていた。
ヒロさんなら話し方も穏やかだし細やかな気配りもできる。
竹さんのどんくさいところも笑ってフォローしていた。
京都に滞在中『こんなひとが竹さんの「半身」だったらいいのに』と思ったものだ。
でも。
さらに考えてみる。
竹さんは『闇』を抱えている。責務を、罪を抱えている。
ヒロさんではあの『闇』をはね返せない。
ヒロさんはやさしいひとだから、竹さんの痛みに寄り添って、共に傷つき、共に『闇』に呑まれてしまう。
それでは共倒れだ。
トモさんならどうだろう。
あのひとはイヤなものは「嫌」とはっきり拒絶するひとだ。他人がどう思っても、他人にどう思われても「関係ない」と言い切れるひとだ。
その『強さ』があれば、竹さんを救えるかも――?
あの『闇』をぶった斬ることができるかも――?
………ウン。案外悪くないのかもしれない。
気が弱くてお人好しな竹さんを、トモさんなら引っ張っていけるかもしれない。
問題はそのトモさんを竹さんがこわがらないかだけど。
チラリと隣の男に目を向ける。
私の『半身』。私の唯一。
共に在るだけで満たされる。
『しあわせ』だと感じる。
この『しあわせ』は『半身持ち』でないとわからないだろう。
そして、竹さんはその『半身』にまた出会えた。
彼女を『救える』としたら『半身』だけ。
あの『闇』を振り払い、彼女のココロを『救える』のは、彼女の『半身』だけ。
それが『わかる』。
『わかる』から、彼女の『半身』に期待したい。
彼女を『救える』ように。
彼女を『しあわせ』にするように。
「うまくいくといいわね」
ぽつりとこぼれた祈りに「そうだね」と晃もつぶやいた。