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久木陽奈の暗躍 11 パジャマパーティー

 京都に来て三日目。

 年度末処理の目処(めど)がついた。

 この調子で処理を進めていけば十分間に合うだろう。

「ひな様ぁぁぁ!!」ってあちこちから拝まれた。なんでやねん。


 夕食時にアキさんが大袈裟に話してしまい、皆様までキラキラの目を向けてこられる。

 前世の経験があるだけですからね?


「ひなちゃんはどこの会社にお勤めだったの?」

 問われるままに昔の話をする。

 こうして振り返って話してみると、私、がんばったなぁ。

 竹さんがキラッキラな目で話を聞いてくれるから余計なことまで喋った気がする。このひとが楽しんだならまあいいか。

 なるほど。ちびっこが毎日一生懸命におはなしするのはこういう気持ちか。納得。



 離れに戻ってお風呂を済ませたら竹さんとおしゃべりをした。

 リビングの大きな机にポットとティーパックを並べて、色んな紅茶を楽しんだ。


 どんな紅茶にも砂糖をダバダバ入れる竹さんに『それじゃあ味がわからないでしょう』『だからこのひと食が細いのにぽっちゃりなのか』と思う。が、敢えて黙ってやりたいようにさせておいた。

 私の思考を読んだらしい守り役様も黙っていた。


 本の話。マンガやアニメの話。

「これ知ってます?」「タイトルだけは聞いたことあります。どんなおはなしなんですか?」「これはですね……」

 推し作品について語っているとあっという間に時間が飛ぶ。今回も日付が変わったところで黒陽様に撤収の声をかけられおひらきになった。




 京都に来て一週間。

 毎晩竹さんとおしゃべりをしている。

 が、その内容はひたすら本やアニメの話だ。


 これまでお互いの学校のことや家のことを一切出していない。

 私が推し作品について語るのが楽しいのもある。

 が、彼女は、自分のことを語ると芋づる式に過去や責務を思い出してマイナス思考に突き進む危険性をはらんでいた。

 少しでも穏やかに、楽しく過ごしてもらいたいから、なるべくあの闇に目を向けないようにひたすらバカな話をしていた。


 その甲斐あってか、竹さんは私に少しだけ気を許してくれている。気がする。

 ここらで勝負を仕掛けよう。




 いつものように離れに戻る。

 いつもは私が先にお風呂をいただくのだが、思い切って提案してみた。


「竹さん。お風呂、一緒に入りませんか?」

「へ!?」

「そのほうがおしゃべりの時間とれるでしょ?」


『確かに!』と目を丸くする彼女をかわいく思いながらたたみかける。


「一緒に入ったらお風呂の中でもおしゃべりできるし。どうです?」

「で、でも、」

「恥ずかしいです?」

 コクリとうなずくかわいいひと。


「その、私、ぽっちゃりで、ひなさんみたいに綺麗じゃなくて」

「なに言ってんですか。そんな立派なモノを持っておいて」

「り!? え、えと、その、」

 オタオタしながらも言葉を重ねる。

「わ、私、他のひととお風呂とか、入ったこと、なくて…」


 ピュアか。


「修学旅行とか野外活動とかは?」

「私、ちょうど熱出して、小学校のときも中学校のときも欠席したんです」


 ショボンと答える竹さん。あわれな。


「じゃあやってみましょう」

「へ!?」

「マンガの定番じゃないですか。『同性同士一緒にお風呂に入る』なんて」

「……………そういえば……………?」


 チョロ。


 大丈夫このひと。すぐに騙せそうなんだけど。

「そこは私がいるから大丈夫だ」

 私の思考を読んだ守り役様の言葉に竹さんは首をかしげている。


「風呂なら水がたっぷりありますから、ひなを守るには十分ではないですか?」


 その言葉に竹さんはなんか納得された。

 もしや私になんかしてくださってましたか。そうですか。あとで守り役様に要確認ですね。



 そうしてどうにか恥ずかしがる竹さんをお風呂に引っ張っていき、一緒に入った。

 守り役様はその間に主座様方と打合せをすると出ていかれた。


「髪長いの、洗うの大変じゃないです?」

「そうでもないですよ。こうして、こうすれば」

「竹さん髪色明るくていいですよね。地毛です?」

「はい。ひなさんは綺麗な黒髪ですよね。素敵です」


 お風呂でも大したことのない話をする。

 この離れのお風呂はウチの阿呆が仲間と一緒に入れるだけあって浴槽も広々している。正直ひとりで使うのがもったいないと思っていた。

 ふたりで足を伸ばしてリラックスして「こんなシーンがこのマンガにあった」なんて話をした。


 お風呂をあがっても黒陽様は戻っていなかった。

 竹さんはリラックスしている。たたみかけるなら今だ。


「竹さん。パジャマパーティーしませんか?」

「『パジャマパーティー』?」

 コテン、と首をかしげる竹さんににっこりと笑顔を向ける。


「そう。誰かのお部屋に押しかけて、寝るまで喋り倒すんです」


「マンガの定番じゃないですか」と付け足すと『そうだ!』と納得してくれた。よしよし。


「それなら黒陽様に『そろそろ寝ろ』なんて言われてお開きになることなく、寝落ちるまでお喋りできるでしょ?」


『そうだ!』と目を輝かせた彼女だったが、ふとなにかに気付いた。

 そして、諦めのこもった笑顔を浮かべた。


「……そこまでひなさんのお時間をいただくわけにはいきません。

 ひなさんはお仕事のためにここに来られたのですから。

 私がひなさんの睡眠時間を奪ってお仕事の邪魔をするわけにはいきません」


 生真面目なひとねぇ。

 でも、『ちがう』。

 今諦めたのは、そんな理由じゃない。

 だから敢えて、ショックを受けた顔を作る。


「……そうですよね。私などが竹さんに馴れ馴れしくするなど、分不相応でしたよね」

「え? え?」と戸惑う彼女を無視して小芝居を続ける。


「竹さんが親しくしてくださるから、私ったらいい気になって……。スミマセン……」

「ち! ちがいます! ひなさんがイヤなんじゃなくて、私が、その、」

「いいんです竹『様』。これまでご無礼を致しました」

「!!」


 かなしそうな顔に罪悪感がチクチクするけど、まだまだ!

 そっと目を伏せ、ちいさく微笑む。


「――竹『様』とお喋りするの、楽しかったです……」

「!!」


 オロオロと泣きそうな竹さん。チョロい。ついには「ちがうんです!」と叫んだ。


「私、『災厄を招く娘』なんです!!」

「……………なんですかソレは」


 曰く。自分のそばに長くいると自分の気配がつく。

 曰く。自分の周囲の人間には不幸が降りかかる。

 曰く。だから国が、高間原(たかまがはら)が滅びた。


「だからひなさんとおはなしするときも距離をとって、気配がつかないように薄い結界を張って、ひなさんにも守護の術をかけてたんです」


 そんなことしてたのか。

 そこまでしないといけないのか。


「でも『一緒のお部屋で寝る』となると、長時間、意識のないときにご一緒することになるわけで……………危険だと、思うんです」


 なんだそりゃ。

 そんなことあるのか。


 でも竹さんが本当に心の底から私を心配しているのが伝わってくる。

 自分を『災厄を招く娘』だと信じていることも。


 ……これは、無理か……。


 諦めようとしていたそのとき。

「? どうかしましたか?」

 ぽん。と黒陽様が現れた。

 あれか。例の『転移』か。


「あの、その」とうろたえる竹さんに変わって私が説明する。


「『パジャマパーティー』に誘ったのですが、私が近寄るのはご不快のようで……」

「ち、ちがいます! ひなさんが不快とか、そんなんじゃありません!

 危険なんです! 私といたら災厄が振りかかってしまうんです!!」


《一緒にいて、抱きしめて、朝まで寝させようとたくらんだのですが……これじゃムリですね》


 私の思考を読んだらしい守り役様が眉を上げた。

「ムムム」となにか考えていたが「姫」と彼女に呼びかけた。


「ひなにはこの一週間、とても良くしてもらいました。

 どうでしょう。その礼として、お守りを作って渡しては」


 は?


「お守りを?」

 竹さんもキョトンとしている。


「運気上昇のお守りを持っていてもらえば、短期間だけ共にいるひなならば十分守れるのではないですか?」

「……………そう、かな?」

「お守りを持っていてもらえば、一緒に寝ても大丈夫だと思いますよ」

「……………」


「……運気上昇……」「それなら……」「でも……」とブツブツ言っていた竹さんだけど、最終的には守り役様の言葉に従った。

 グッと拳を握った彼女がその手を開くと、ビー玉大の透明な石があった。

 それをどこから取り出したのかわからないひも付き小袋に入れ、両手でギュッと握り込んで額に当てた。


「ひなさん。これ、よかったら持っておいてください。お守りです」

「……………」


 チラリと守り役様をうかがう。ウンウンとご満足そうだ。思念を送ってこられた。


《これまでの時間と、これからの時間の対価だ。受け取ってくれ》


 ………対価………。

 対価………?


 ………これを受け取らないと一緒に寝ることはできないらしい。

 考えを巡らせ、最終的に呑み込んだ。


「……ありがとうございます……」


「これで大丈夫でしょう。さ。姫」

「もう」

「ひな。その『パジャマパーティー』とやらはどうすればよいのだ? なにか必要なものがあるか?」


 問いかけにどうにか再起動する。

「そうですね」と、アキさんが用意してくださっていたお菓子や飲み物を適当にトレイに乗せる。

「差し当たり、こんなところで」

「夜にお菓子を食べてもいいんですか!?」

 生真面目か。

「『パジャマパーティー』だから、いいんです」と押し切った。




『竹さんを寝させるため』との私のたくらみを読んだ守り役様が「では姫の部屋へ」とさっさと決めてくださり、三人で移動する。

「病気でもないのにベッドの上でお菓子を食べるなんて!!」と驚く竹さんに「『パジャマパーティー』だから」と丸めこむ。

 そうしてだらだらと、大したこともない話をした。



「あー疲れた。そろそろ寝ましょうか」

 そう声をかけると「はい」と素直にうなずく竹さん。


「竹さん、左でもいいです? ウチの阿呆がいつも左にいるんで、私右が楽なんです」

「は?」


 キョトンとしているのを気付かないフリをして、ベッドに広げていたお菓子や飲み物を片付けサイドテーブルに置く。

 そのまま布団にもぐる私に「え?」「え?」と戸惑う竹さん。知らんぷりをして「ささ、どうぞ」と左側を開けて手招きする。


「え!? え!? だ、だって、そんな」

「一緒に寝るまでが『パジャマパーティー』ですよ」

「そうなんですか!?」

「マンガでも定番じゃないですか」


『そういえば!』と竹さんがピョッと跳ねた。

 ふふふ。この一週間のリサーチで竹さんの読書遍歴はインプット済ですよ。

『パジャマパーティー』していた作品があったことも確認済です。

 だからこそこの策を思いついたんです。


「私達がまだちいさい頃は、白露様がずっと晃のそばにいらしたんです」


 急に変わった話題に竹さんは生真面目に耳を傾ける。


「ご存知です? 白露様は晃の母親と友達だったとかで、母親が吉野にお嫁に来たときに一緒に来られたそうですよ」


「……なにをしているんだあいつは……」

 黒陽様がブツブツおっしゃっているが放置だ。


「晃は生まれる前から高霊力保持者。それも『火』の属性特化。

 生まれる前から、生まれてからも白露様がずっとフォローされてたんですが、母親が身体を壊して実家に帰ったんです。

 それからは白露様が母親替わりとして晃を育ててくださったんです」


「……あいつらしい……」

 どこか諦めたように黒陽様がおっしゃる。


「私は晃の幼なじみです。生まれたときから隣同士で、両親が忙しいときは兄共々白露様のところに預けられました」


 生真面目にベッドの上にキチンと正座をして竹さんは私の話を聞いてくれる。


「白露様はいつも晃をお腹に乗せて寝させておられました」


 日村の家のリビングに、あの大きな身体を横たえて、ちいさな晃を寝させておられた。


「私達兄妹もたまに白露様のお腹にお世話になったものです」


 私達三人兄妹と晃の四人、仔虎のように並んで白露様のお腹に転がっていた。


「控えめに言って、あのお腹は最高ですよ。

 フワッフワモッフモフの毛並み。やわらかな弾力。あのぬくもり。

 いつも『もっと堪能したい』と思うのに、あっという間に夢の国に連れていかれるんです」


 グッと拳を握って力説する私におふたりとも苦笑を浮かべた。

 私もわざとにっこりと微笑んで続ける。


「白露様はいつもおっしゃっていました。

『ひとのぬくもりというものは、何より安心する、薬のようなものだ』って」


「『さみしいとき。かなしいとき。ココロを癒やすのはひとのぬくもり』

『うれしいとき。しあわせなとき。喜びを分け合うのはひとのぬくもり』」


「『だから、遠慮なくくっついて寝たらいいよ』って」


「『さみしいときにひとりでいると悪いことばっかり考える』

 だから『さみしいときは一緒に寝ようね』って、一緒に寝てくれました」


 竹さんは黙って話を聞いていた。

 私が竹さんのさみしさや苦しみに気付いていることに気付いて、少し眉を寄せた。


「私では白露様の代わりにはなりませんが、湯たんぽ程度にはなります」


 にっこりと微笑む私に竹さんは困ったように微笑んだ。


「というのは建前で」

「「は?」」


 キョトンとするおふたりに構わず、ペロッと続ける。


「京都に来て一週間。付き合いはじめて、こんなに長く晃と離れていたことがなかったので、そろそろさみしくなってきたんです」


 わざとショボンとしてみせると、お人好しのかわいいひとはアワアワとうろたえた。


「なので竹さん。晃の代わりに抱かれてください」


 にっこりと微笑んだけど、竹さんはしぶとかった。


「……ひなさん、晃さん抱っこして寝てるんですか……?」

「まさか」

「ならなんで」


「言ったでしょ?『さみしいときにひとりでいると悪いことばっかり考える』って白露様がおっしゃったんです。

 私、晃に会えなくてさみしいんです。

 ひとりでいると『悪いことばっかり考え』ちゃいます。

 だから、一緒に寝ましょう」


 私の説明に竹さんは目を泳がせていた。


「一緒に寝るまでが『パジャマパーティー』ですよ」


「そうでしょ?」とわざと問いかけると、竹さんはさらに困ったようにうつむいた。


「……いいのではないですか?」

 そこに守り役様から声がかかった。


「一緒に寝るくらい、大したことではありません。

 お守りも渡しているし、大丈夫でしょう」

「でも」

「ではさらに結界を展開しておきましょう」


 そう言うと黒陽様がなにかされたらしい。なんか空気が清浄になったのがわかった。


「これでどうです?」

「………そこまで言うなら………」


 そうして竹さんはしぶしぶ布団に入ってきた。


「さささ。竹さん。もっと(ちこ)う」

 わざと時代劇の悪代官風に言って竹さんを抱きしめる。

「ひゃ」と驚きながらも抵抗することなく大人しく従ってくれる。


「竹さんは白露様とお知り合いなんですよね」

「はい」

「モフッたこと、ないですか?」

「ないです。白露は菊様の守り役なので…。

 よその守り役にそんな、モフるとか、ダメだと思います」

「あの方気にしなさそうですけどね? 今度頼んでみたらどうです?」

 私はわりと本気だったのだが、竹さんは冗談だと思ったらしくクスクスと笑った。


 それから白露様が吉野でどう過ごしていたか、私達がどう関わりなにを教わったか話していた。

 抱きしめながらそっと思念を流す。


《大丈夫》

《昔のことは忘れたらいいよ》

《ゆっくり眠って》


『祈り』を込める。

『願い』を込める。


 私は『能力者です!』といばって言えるほどの能力ではない。

 それでも高霊力保持者で属性特化なうえに特殊能力持ちの『半身』の修行に付き合ううちに、自分の『思念』を相手に注ぐことができるようになった。

 といっても大したことはない。

 ウチの阿呆が使うような回復やらなんやらには到底及ばない。

 それでも、少し、ホンの少しだけでも、このひとのココロを楽にしてあげることができれば。

 ホンのひとときでも、このひとが眠れたら。


「――で、そのとき晃が――」

《大丈夫》

「そしたら兄達が――」

《おやすみ》


 話しているうちに竹さんはウトウトしはじめた。

 気付かないフリで話続けていたらすうっと眠りに落ちた。

 それでもしばらくバカな話を続ける。

 彼女の夢の中に幼い私達が現れることを願って。


 そうして私もいつの間にか眠りに落ちた。

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