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久木陽奈の暗躍 10 お化粧遊び

 翌日。

 目が覚めて身支度をして洗面所で顔を洗っていたら「おはようございます」と声がかかった。

 竹さんだった。


 昨夜のあの虚ろな感じはどこにもなく、ニコニコと穏やかに微笑んでいる。

 制服らしき服を来て、まるで今から学校に行くかのようだ。


「おはようございます竹さん。ゆうべは遅くまでスミマセン」

 わざとそう言うと「イエ! とんでもない!」と生真面目にブンブンと両手を振る彼女。


「ひなさんのおはなしがとても楽しくて、私もつい、引き止めてしまいました。

 ひなさん今日もお仕事なのに、遅くまでごめんなさい」


 シュンとしてしまった。かわいい。

 ホント素直で性格の良いひとね。


 ウチのわんこを連想してしまい、つい、構いたくなってしまう。


「今夜はほどほどで切り上げましょうね」


 暗に『今夜も付き合え』と言う私に、かわいいひとはパアッと笑顔になる。

 そして「はい!」と元気よくお返事をした。


 ああ。これはダメだ。

 私、このひとが気に入ってしまった。


 こんな、神様レベルの格の違う異世界の王族のお姫様相手に。

『無礼になる』『相手になるわけがない』頭の中では冷静にツッコミを入れるのに、ココロはもうこのひとを『庇護対象』とラベリングしてしまった。


 洗面台を彼女に譲り、他愛もない話をする。

「竹さんコスメ化粧水(それ)だけですか」「それでそんなに肌理(きめ)細やかって! うらやましい!」

「……その、これも、アキさんが教えてくれて用意してくれて……」

「それまでは? なにもしてなかった!? 逆にだからか!?」

「あの、あの、私、水属性なんです。だからですかね?」

「そうかも! 私の『半身』火属性だから乾燥するのかも!」


 わざとバカな推論を出す私に彼女は「そうなんですか!?」「属性がお肌にも影響を与えるなんて…」と生真面目に検証をはじめてしまった。

 かわいいひとねぇ。


「今度お化粧して遊んでみます?」

 思いついて提案してみたら「へ!?」と目をまんまるにする。


「わ、私、お化粧とかしたことなくて」

「え? でも、前世? 昔? お姫様だったんですよね?」

「そ、その、私、ずっと病弱で、社交の場に出ることなくて。

『こっち』に『落ちて』からもちいさいうちにおうちを出ていたので、その、お化粧とか、する機会がなくて」


 ピュアか。

 かわいすぎるか。

 なにこのひとかわいすぎなんだけど。いじり倒して構い倒したいんだけど。


「やったことないならなおさらやってみましょう」

 にっこりと微笑みかけたら「で、でも、でも」とオロオロする。


「大丈夫です! 私、前世社会人ですから!

 毎日お化粧して出社してましたから!」

「で、でも、でも」

「なんでも経験ですよ。差し当たりコスメ手に入れないとですね。あとでドラッグストアでも行ってみましょう」

「そ、そ、」


 イヤなら『イヤ』って言えばいいのに。

 どうやら押しに弱いらしい。気が弱いと言ったほうがいいかしら?

 なんにしても、構い倒せるわね。


「さあさ。とりあえずは朝食です。行きましょ?」

 話をぶち切って半強制的に納得させ、リビングに移動する。

 待っていてくださった黒陽様が私達の様子にちいさく眉を上げた。



 朝食の席で「竹さんとお化粧して遊ぼうと思う」と暴露したら、竹さんは絶句し固まり、千明様アキさんは「ずるい!」と叫んだ。


「ずるいわひなちゃん!」

「私達も仲間に入れて!」

「いいですよ。是非やりましょう」

「「キャー! やったぁ!」」


 竹さんは「え?」「え?」とひとりオロオロしていたけれど、敢えて放置。

 男性陣はそんな私達に苦笑を浮かべるだけで、誰一人竹さんを助けようとはしなかった。




「ずいぶん打ち解けたのね。さすがはひなちゃん」


『目黒』での仕事の休憩時間。

 事務所の机で、アキさんとふたりきりでお茶をいただいた。



 今日は『目黒』の事務スタッフはおやすみが多い。

 カレンダーどおりとはいかない職種の関係で、基本的に事務所は常に誰かが出社しているという。

 電話の応対、各種SNSの更新、資料作成、ほかにも花を活けるスタッフのスケジュール管理やネットからの注文の発送手配など、事務方の仕事は多岐にわたる。


 交代で休みを取っている事務方だが、日によっては出社スタッフが少ない日もある。

 今日はたまたまそんな日だったらしい。


 その少ないスタッフも発送手配で現場に行っている。

 その隙に竹さんの話をしようということだと察した。



『目黒』の裏方仕事の中心的役割を果たしていたタカさんが現在、別件にかかっている。

 そのためにタカさんのやっていた仕事を他のひとに分配した。

 結果、年度末処理が危機的状況になった。

 そこでアキさんが時間をみつけては転移陣を通って『目黒』に来て、できるところを手伝っているという。


 双子は守り役の霊狐と遊びに行った。

 アキさんの専属護衛達もいるから「あっちは大丈夫」らしい。



「ゆうべお風呂のあと、本の話で盛り上がりまして」と説明すると「まあ!」なんて驚くアキさん。かわいいひとねぇ。


「共通の趣味があったのね。よかったわ」

「今夜もおしゃべりしようって話してるところです」

 そう話すと「まあ!」なんてまたも驚くアキさん。


「竹ちゃんなかなか懐いてくれないのに。すごいわ!」

「あー」


 その意見はなんとなくわかる。

 あのひとは笑顔で武装しているひとだ。

 笑顔で武装して、ある一定距離以上近寄らせないようにしているひとだ。


 私も昨夜話していてそれを感じた。

 楽しく話をしているけれど、それより深く入ることは許さないというのが伝わった。


 私が精神系の能力者だからわかるのかもしれない。

 あの闇を感じてしまったからそう思うのかもしれない。


 でも、だからこそ、こちらから構い倒して、彼女の『枠』を壊してあげたいと思う。

『そこ』にこもっていたら彼女は苦しいだけだ。


「竹ちゃんて、昔のヒロちゃんみたいなのよねぇ」


 どんな様子だったか話してくれたところによると、昔のヒロさんはとにかく『我慢強い子』だったという。


 二歳のときに『十四歳まで生きられない』と余命宣告されたヒロさん。

 それから主座様の修行に取り組んだ。

 アキさん達保護者はどんな修行をしていたのか知らないが、幼いヒロさんは時々隠れて泣いていたという。

 クローゼットの中で。書斎の机の下で。ベッドの下で。

 明らかに泣いていたのに、見つけたら泣くのをやめて笑顔を作るような子だった。


 自分がどれだけ苦しくても周囲を気遣って笑顔を作る、やさしい子。

 そして。

 どれだけ自分が苦しくても、周囲を気遣ってそれを出せない子だった。


「もう自分が情けなくてね」

 そうこぼすアキさんは痛そうに微笑んだ。


「なっちゃんのお母さんが亡くなったときなんか『自分が近づいたからだ』ってひどく暴走して。

 あんなにちいさな身体にあんなエネルギーを抱えていたのかって、かわいそうで仕方なかった」


 アキさんそれ私初耳ですよ。私が聞いてもいい話なんですか。

 頭の中ではそうツッコミながらも「そうですか」とだけ応えた。


「ヒロちゃんが救われたのは、晃くんのおかげなの」


 ぽつり。アキさんが言葉を落とした。


「晃くんがね。言ってくれたんですって。

『自分をいじめるな』『わかったふりしてのみこむな』って」


「『他人(ひと)のことはいいから、自分を大切にしろ』って」


 ああ。ウチの天然タラシが言いそうなことだ。


「それでヒロちゃん、ようやく泣けたの」

「『救われた』の」


 穏やかに微笑むアキさんに、黙ってお茶を一口飲んだ。


「ヒロちゃんを『救って』くれて、連れて帰ってくれた晃くんは、私達の『恩人』なの」


 静かな言葉に、万感の感謝が込められていた。


「……それを言うなら、皆様は晃の恩人です」


 そう言う私に大きな目を向けるアキさん。

 わざとにっこりと微笑んだ。


「中二の夏休みが終わる頃。

 晃の両親について色々と教えてくださったでしょう?

 両親のように毎晩話を聞いてくださったでしょう?

 あれで晃は変わりました。善い方向に向かいました」


 思い出したらしいアキさんが懐かしそうに微笑む。


「そのあと、晃と父親を会わせるために皆様が尽力してくださったでしょう?

 あの一件で、晃は『救われ』ました。

 晃の父親も、私の両親も『救われ』ました。

 私の大切なひとを救ってくださった皆様は私にとって『恩人』です。

 困ったことがあればいつでもおっしゃってください」


 私の真摯な言葉に、アキさんは困ったように微笑んだ。

 だからわざと言った。


「お給料分は働きます」


 ニヤリと笑う私にアキさんは一瞬目を丸くし、楽しそうに声を立てて笑った。




 その日のお風呂が済んだ後、竹さんと話をしようと離れのリビングでお茶を煎れていたら千明様とアキさんに連行された。

 パジャマのまま連れて行かれたのは一乗寺の目黒家のご自宅。

 その一角が、まるで美容室のようになっていた。


 大きな姿見の前に置かれたテーブルにはこれでもかと化粧品が並び、ヘアアイロンやスタイリング剤まで用意してあった。

 壁のハンガーラックにはドレスが何枚もかけてある。


「な、なな、なに、を」

「うふふ。竹ちゃん。お化粧遊びよ」

「大丈夫大丈夫! 私達、専門はお花だけど、女子校育ちでこーゆーのも得意だから!」


 そうしておふたりは私達を使ってお人形遊びを楽しまれた。

 前世からヲタクな私はコスプレ経験はなかったものの興味はあったからノリノリで楽しんだ。

 メイクしては服を着て、即席のスタジオで写真を撮った。


 千明様とアキさんはなかなかのメイク上手で「お嬢様風!」とか「モデルさん風!」とかシチュエーションを変えてはメイクをし髪を整え服を着せた。

 ストッキングを前に「初めて手にした」と恥じらう竹さんに三人で萌えた。


 この服どうしたんです?

「知り合いの貸衣装屋さんから借りてきた!」

 それでパーティードレスだけでなくコスプレ風の服も入ってるんですね。ほうほう。

 この巫女服風萌えドレス竹さんに着せましょう。

「こ! こんな、スカート丈短いのは!!」

「大丈夫です竹さん。こーゆーモンです」

「おそろいあるわよ! ひなちゃんも着て!」

「いいですねやりましょう」

「ホラ。ひなちゃんも着るんだから。竹ちゃんも!」

「う、うう、ううううう」


 細身な私とふっくらして胸が大きい竹さん。

 身長同じくらいだからふたりが並ぶと対比になっていい写真が撮れた。


「竹さん。もっと堂々としてください」

「そ、そんな」


 弱気な顔もかわいくてそそられるけどね。

 そんな竹さんに千明様が声をかけた。


「竹ちゃん。ここは王城の大広間よ。

 竹ちゃんはお姫様としてご挨拶をするの。

 そのつもりで立ってみて」

「……………」


 その言葉で、竹さんのスイッチが入ったのがわかった。

 すう、と息を吸い込んだ彼女は目を閉じた。

 すっと背筋が伸びた。

 立ち姿が違う。まとう空気が変わった。

 そうしてゆっくりと瞼を開き――。


 にっこりと、微笑んだ。


 その高貴さ。内側からにじみ出るような華やかさ。その威厳。

 その姿は、まさに王族。


 思わず平伏していた。

 気付くと千明様もアキさんも平伏しておられた。

 そんな私達に驚いた竹様からパッと高貴さが消えた。


「ど、どうされました!? ダメでしたか!?」

 ああ。もったいない。

 せっかく『高貴なお姫様』だったのに。


「イエ。正直に言って最高でした」

 サムズアップで(たた)える私にキョトンとした竹さんに千明様アキさんがたたみかける。


「竹ちゃん! すごくすごく素敵なお姫様だったわ!!」

「ええ! まさに王族! ってカンジだった! よかったわ!」


 口々に褒められようやく竹さんに笑顔が戻った。


 それからは『王族モード』をとってもらって写真を撮った。

「王族っぽくするならやっぱりドレスでしょ!!」と結婚式で着るようなドレスを着せた。ティアラをはじめとする装備品も付けた竹さんはまさしくお姫様で「イイ仕事した!」と三人で満足した。


「せっかくだから四人でドレスで写真を撮ろう」と千明様が言い出し、おふたりもメイクとヘアをバッチリ決めた。

 とても四十歳とは思えない美しさとかわいらしさに自分のスマホでおふたりをバシャバシャ撮った。自分よりもたくさん撮った。


「カメラマンを呼ぼう」と千明様がタカさんを呼び出した。

 ついてきた黒陽様がドレスアップした竹さんに涙ぐんでおられた。

『王族モード』をとってもらったらものすごく褒めちぎっていた。

「歴代の黒の王族の姫の中で一番美しい!」「妻や娘が見たら涙を流して喜ぶに違いない!」なんて褒められて、竹さんは恥ずかしそうにしながらもうれしそうだった。



 遅い時間まではしゃいで騒いでたくさん写真を撮った。

 阿呆に私のドレス姿の写真を送ったら大絶賛が返ってきた。

『実際見たい!』と京都に来そうだったので『来るな』と釘を刺しておいた。


 竹さんは楽しそうに笑っていた。

 その日の夜は朝までぐっすり寝たという。

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