表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
183/572

久木陽奈の暗躍 9 話をしよう

「お風呂いただきました」

 かわいい声に顔を向けると、竹様が立っておられた。

 黒陽様がおっしゃっていた『時間停止の結界』は解かれたのだろう。


 こちらにとてとてと近寄った竹様は「黒陽」と呼びかけた。

 それに応えて黒陽様がぴょんと竹様の肩に飛び乗る。すごいジャンプ力ですね。


「それではひなさん。今日はありがとうございました。また明日からもよろしくおねがいします」


 ペコリとお辞儀をする竹様。

 いやいや貴女のほうがエライ方ですからね!? 挨拶『受ける側』ですからね!?


 ……仕方のない方ねぇ……。


「竹様」


 そんな竹様がかわいらしくて、思い切って提案した。


「よかったら、ちょっとお話しませんか?」




「おはなし?」

 キョトンと小首を傾げる様子がかわいらしい。

「ええ。『おはなし』」


 にっこりと微笑みを向けるが、やっぱり理解できないようでパチパチとまばたきされた。


「今、黒陽様ともちょっとお話してたんてすよ」


「ね」と顔を向けると「ウム」とえらそうなうなずきが返ってきた。

「そうなの?」

 キョトンとしたままつぶやく彼女。

 そんな姿はなんだか幼い子供のようで、なんだか庇護欲が刺激される。


「さあさ。立ち話もなんですから。座りましょ」


 そう言って椅子を引いて見せると、彼女はようやくのろりと動いた。

 自分もその向かいに座り、わざとにっこりと微笑む。



「改めまして自己紹介から」

 そう言うと生真面目にピッと背筋を伸ばす彼女。かわいいひとね。


「久木 陽奈。十六歳。五月に十七になります。

 奈良県の吉野に住んでいます。四月から高校二年生になります」


 うなずく彼女にさらに続ける。


「――というのは今生(こんじょう)のデータで」


「「は?」」


「私、『転生者』です」


「――えええええええ!?」

 驚く竹様。「そういえばさっき言ってたな」とブツブツ言う黒陽様。

 そうですか。気にしてなかったからスルーでしたか。もしかしてしっかりして見えるけれど実はうっかりな方ですか?


「前世はこの京都で暮らしていました。約六十年前に生まれ、三十八歳までずっと京都で過ごしました。

 なので、京都には私ちょっと詳しいですよ」


 わざとそう言って笑う。


「記憶があるのは前世だけか? それより前は?」

「ないですね。前世一回分しか記憶はありません」

「このこと、晴明(せいめい)達は知っているのか?」

「ご存知です。主座様だけでなく、ヒロさんも、ご家族皆様もご存知です」

「白露は知っていると言っていたな」

「ええ。あの方が今生の母の前でペロッとおっしゃったので、母も知っています。父と兄ふたりには言っていません。晃は知っています」


 私と黒陽様のやりとりを竹様はポカンと見守っている。

 あまりにも油断しまくった様子に、またも庇護欲がそそられる。


「私が転生して『よかったこと』は」


 ハッとして話を聞こうとする竹様に、わざとニヤリと笑みを向ける。


「好きな本の続きが読めること」

「!」


『わかる!』とその顔が言っている。かわいいひとね。


「転生して『くやしかったこと』は」

 グッと身を乗り出してくる竹様。『なんだろう』と興味津々だ。


「好きな作品がまだ完結していなかったこと」

「!」


 ピョッ! 竹様の表情が明るくなった!


「『まだ続いてるんかい!』『あれから何年経ったと思ってんのよ!』って、ひとしきりツッコミましたよ」

「わかります!」


 心の底からの同意に、このひとも『本好き』だと察した。


「竹様も『本好き』です?」

「はい! 本読むの、好きです!」

「どんなの読むんです?」

「私は軽く読めるお語ばかりです。今はヒロさんがラノベ貸してくださってます」

「いいですね。何読んでます?」


 出されたタイトルは私も読んでいるものばかりだった。

「あれいいですよね」「これもよかった」とひとしきり本談義に花が咲く。


 コミカライズ、アニメ化の話になり、マンガやアニメの話になり、私が前世でハマったアニメについて熱く語っていると、黒陽様から「そろそろ寝ないとマズいのではないか」と声がかかった。

 時計を見るともう日付が変わっていた。


「いつの間に」驚く私達に黒陽様が苦笑を浮かべる。


「我らは構わぬが、ひなは明日も仕事があるのだろう?

 早く休まないと明日がつらいぞ」


 その指摘に竹様が『そうだ!』とヘコんでしまった。


「ごめんなさいひなさん。遅くまで引き止めてしまって……」

「イエ。どちらかというと私が熱くなりすぎました。すみません」


 主題歌とか高らかに歌いあげたもんね私。イカンイカン。推し作品のことになると我を忘れるのは前世からの私の欠点のひとつなのよね。


「とんでもないです! 私、すごく楽しかったです!」


 そうなのよね。このひとが楽しそうにうれしそうに聞いてくれるからどんどんヒートアップしちゃったのよね。


「また明日の夜もお話しましょう」と言うと「ハイ!」と輝くような笑顔を向けてくれる。かわいいひとねぇ。


「明日は竹さんの『推し』を教えてくださいね」


 ペロッと『竹さん』呼びで呼びかける。

 素直なかわいいひとは「ハイ!」と良いお返事をして、顔に疑問を浮かべた。

 そうして、ようやく『竹さん』呼びに気付いた。


「……………はい」


 照れくさそうに微笑む彼女に、胸を撃ち抜かれた。




 部屋に戻って置きっぱなしにしていたスマホに気づいた。

 見ると着信が。

 ……………なんなのこの鬼電の嵐。

 着信履歴は私の『半身』から十分置きに電話があったことを示していた。


 メッセージも確認。……………うわ。ズラズラズラ〜ッと……………。


『京都に無事ついた?』

『連絡ちょうだい』

『なんで返事くれないの?』

『今忙しい?』

『今日はどうだった?』

『ひな、なにしてるの?』

『なんで電話出ないの?』


 ……………重い彼女か。


 なんなのこの阿呆。私のこと好きすぎでしょう。

 でも、そうだ。京都に着いてから晃に連絡入れてなかった。

 家族には『無事到着』の連絡入れたから、それでもう済んだ気になってた。


 晃が私のことを心配して、やきもきしている様子が手に取るようにわかった。

 連絡したくて、でも仕事の邪魔になっちゃいけないと気を遣って、でも我慢できなくてメッセージを入れていたのが手に取るようにわかった。


 晃も今日からお山に入ってるはずなのに。随分余裕ね?

 それとも私のことが気になって修行どころじゃない?


 メッセージの最後は『何時になってもいいから連絡して!!』だった。

 仕方のないわんこに、もう寝てるだろうと思いながらもメッセージを送る。


『遅くなってゴメンね』

『無事京都に着いた』

『仕事して、ちょっとバタバタしてて、連絡できなかった』


 メッセージを送った途端。

 既読が着いた! え!? 起きてるの!?

 と思ったら、すぐさま電話がかかってきた!


「晃?」

 電話に出るなり『ひなぁ!』と阿呆の情けない声が響く。


『なんで電話出てくれないの!? おれ、ずっと心配してたんだよ!?』

「ゴメンね。こっちはこっちでちょっとバタバタしてて。

 家族グループに到着のメッセージ入れたんだけど。修兄か健兄から聞いてない?」

『聞いたよ! でも、おれにも連絡あってもよくない!?』


 ()ねてしまったかわいいわんこに「ゴメンゴメン」と謝る。

 それからお互いに今日どうだったのかを話す。

「かわいい子と一緒に離れで泊まる」ことを説明したら、阿呆が()ねた。


『おれのひななのに』

 重い彼女か。


「相手、女の子よ?」

『でも! ……おれのひななのに』


 ……どうやらわんこはさみしいらしい。かわいいヤツめ。

『キューン』と耳と尻尾を伏せている様子が浮かんでニマニマしてしまう。


「……晃が一番よ」

 そうささやくと無言が広がる。


「私の『半身』。私の唯一。

 私が一番好きなのは、晃よ」


「大好き」


 それだけで阿呆は機嫌をなおした。チョロいヤツめ。

 それから少し話をして「おやすみ」と電話を切った。




 阿呆と長話をしたから喉が乾いた。

 お水でももらおうとリビングに行く。

 と、ひとの気配があった。


 そっとのぞくと、電気もつけない暗い部屋で、竹さんがひとりで椅子に座っていた。


 やはり水でも飲んだのか、コップが置いてあった。

 じっと、どこも見ていない目をして、暗闇の中たたずんでいる。


 と、彼女の思考が流れてきた。


《お前のせいで》

《お前が災厄を招いた》

 誰かが彼女を責める。

 ひとが死ぬ。バタバタと。

 (しかばね)が積み上がる。

《私のせいで》

 深い森の中。大きな大きな樹。

《私が『災禍(さいか)』の封印を解いたせいで》

 ひとが倒れる。バタバタと。

 血の海が広がる。

 その血の海の中、彼女はただ立ち尽くしていた。


「――姫」


 声にハッと意識が戻った。

 あぶない。また『呑まれる』ところだった。ドッと汗が吹き出る。

 どうにかテーブルを見つめると、暗闇に溶けるように黒い亀がいた。


「そろそろ寝ましょう。明日も結界を見回らないといけません」

「……………うん」

「『眠りの術』をかけますから。眠れますよ」

「……………うん」


 そうして、黒陽様がなにかをした。

 竹さんはゆっくりと机にうつ伏せ、やがてふたりの姿が消えた。


 え? どこ行ったの? 今見てたのは幻?

 動揺する私をツンツンと引っ張るモノがいた。

 振り返って見ると『離れ専属の式神ちゃん』達だった。


 彼らが思念で伝えてきたところによると、竹さんはこのところ毎晩のように夜起きだしているらしい。

 なにをするでもなく、ただじっとしている。

 しばらくそうして、頃合いを見てそばに寄り添う黒陽様が『眠りの術』をかけて眠らせている。

 お部屋には『転移』と呼ばれるテレポーテーションで移動している。今消えたのはそれだと。


 アキさんが心配していること。

 眠れないことを心配した主座様とご家族が『少しでも眠るように』と、わざといろいろな用事をお願いしているらしいこと。


 自分達にも親切に礼儀正しく接してくれる竹さんに式神ちゃん達も好意を抱いていて『どうにかしてさしあげたい』と思っていること。


「………そうですね。どうにかしてさしあげたいですね………」


 テーブルの上、ひとつ残ったコップの中で、溶けた氷がカラリと音を立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ