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久木陽奈の暗躍 8 黒陽様の説明

「まあ座れ」と椅子を勧められ、大人しく座る。


「時間停止の結界を張った。これでゆっくりと話ができる」

 なんですかソレ。晃が主座様にもらってよく使ってるようなヤツですか。フツーに使えるんですね。やっぱりとんでもない亀様でしたか。


「ではまずお前の『視た』ものの話から聞こう」



 そうして私の『視た』竹様の闇の話をした。

『ごめんなさい』と謝りながらもがいていたこと。

 涸れ果てた大地。岩のように重い闇。

《助けて》《殺して》とココロの底で願っていたこと。

 そういえば助けてもらったお礼を言っていなかったと思い出し「お助けいただきありがとうございました」と頭を下げた。


 黒陽様は沈痛な面持ちでちいさく首を振った。


 それから自分達の事情を話してくれた。


 高間原(たかまがはら)という『世界』の話。

 東西南北と中央の五つの国があったこと。

 自分達のいた、北にあった紫黒(しこく)という国のこと。

 そこで生まれた竹様のこと。霊力過多症で苦しんでいたこと。

 中央の国で他の三つの国の姫と守り役と親しくなったこと。

災禍(さいか)』というモノの封印を解いたこと。

『呪い』を刻まれてこの『世界』に『落ちた』こと。

 共にいた他の三つの国の姫と守り役も共に呪われ『落ちた』こと。

 それから五千年、四人の姫は生まれては死に、また生まれていること。自分達守り役は死ねないこと。

 己の姫が母体に宿ったら何故か『わかる』。

 だから常に姫と共に在ること。

 四千年前に国が滅びたときに『災禍(さいか)』もこの『世界』にいるとわかったこと。

 その後も国がひとつ滅びたこと。

 自分の生まれた『世界』とこちらのふたつの国。それが滅びたのは『自分のせいだ』と竹様は己をずっと責めていること。

災禍(さいか)』を滅することを己の責務ととらえ、他の姫と守り役と共に探しているが、未だ果たせていないこと。




「――いくつか確認させてください」


 声が震えないように気をつけて申し出た。


「『災禍(さいか)』は現在、どういう状態にあるとお考えですか」


「………本当に聡い娘だな……」

 お褒めいただいたらしい。なにも出ませんよ。


「『災禍(さいか)』は四百年前に我が姫が封じた」

「!」

「水晶玉の状態に封じた。が、掴む直前に転移で逃げられた。現在も行方が知れぬ。

 ただ、京都の結界の中でのことだったので、この京都からは出ていないと考えている」


「『京都の結界』とはなんですか?」

「この都ができるときに、都の周囲を取り囲むよう結界が展開された。

 徐々に都が大きくなるにつれ結界も広がり、現在は東は比叡山、西は愛宕山、北は鞍馬山、南は宇治川に(およ)んでいる。

 東西南北それぞれに『(かなめ)』がいて結界を維持している。――維持『していた』というのが正しいか」


「『維持していた』とは?」

「四百年前、南の『(かなめ)』の住処(すみか)であった巨椋池を潰した阿呆がいた。

 その影響で『(かなめ)』が弱っていたところに、三年前『(まが)』が現れ結界を破った。

 そのために現在南の『(かなめ)』は休眠状態になっている」


 あれか。

 三年前、吉野の結界を破ったヤツ。

 京都の結界もぶち破って吉野に来たらしい。


「『災禍(さいか)』は『封じた』とおっしゃいましたね」

「ウム」

「では、どこかで眠っているということですか?

 たとえば先程おっしゃった『水晶玉』の状態でどこかにあると、そういうことですか?」


 その質問に、黒陽様は眉を寄せられた。


「現在、『災禍(さいか)』が動いている気配がある」

「――『封じられている』のではないのですか?」

 驚いて問いかけると黒陽様はため息を落とされた。


「封じた状態でも影響を与えることはできるらしい」


「実際高間原(たかまがはら)にいたときだって、最初は封じられていたのだからな」とおっしゃる。


「封じられた状態でも『宿主』の『願い』を叶えようとするようだ」と。


「――『災禍(さいか)』とは『何』ですか?」


 私の視線に黒陽様は少し困ったように口の端を上げられた。

「本当に聡い娘だな」とまたつぶやいて。




 それは、望みを叶えるモノ。

 それは、運命を操るモノ。


 強い望みを持つモノの強い願いを叶えるために、偶然を重ね合わせて運命と結果を引き寄せるモノ。


 強い望みは犠牲もいとわない。

 強い願いは(にえ)を要する。

 結果、全てが滅びる。

 周りも、無関係なモノも。

 願った当事者も。


 それでも、その願いを叶える。


 それが 『災禍(さいか)




「――白露の(あるじ)たる西の姫は『先見姫』と(うた)われたほどの『先見』に優れた方なのだ。

 その方が断じておられる。

災禍(さいか)』が動いている気配がある。と」



「……………」



 じっと黒陽様を見つめながら聞いた話を整理する。


「……………竹様は『記憶と霊力を封印していた』と聞きました」

 私の言葉に黒陽様がうなずく。


「『思春期で封じた記憶と霊力が戻り、霊力過多症で眠り続けた』と」

 再びうなずく黒陽様。


「それも『呪い』のせいですか?

 幼少期には常に記憶が封じられているのですか?」


 黒陽様は「本当に聡いな」とブツブツ言いながらも律儀に説明してくださった。


 本来は生まれ落ちたそのときから高間原(たかまがはら)から続く記憶を持って生まれること。

『罪を犯した』記憶に竹様はココロを痛め、疲弊しては亡くなっていたこと。

 千二百年前『半身』に出会い、数ヶ月だけ夫婦として過ごしたこと。

 その『半身』と四百年前再会したこと。

 そして、気付いてしまった。

『半身』と再び出会う可能性に。


「会いたい」と願いながらも責務があるから「会えない」。

 それでも「会いたい」と探し「会えなかった」と落胆する。


 そんなことを繰り返し、彼女は『こわれた』。



 ―――その『痛み』が、理解できた。


 私にも『半身』がいる。

 その『半身』がいない『世界』。

 出会ったのに「会えない」『世界』。


 ―――ダメだ。考えるな。


 考えただけで身体の半分を削がれた気持ちになる。闇に呑まれる。

 ダメだ。しっかりしろ。思い出せ。あの『火』を。私の『炎』を。



 どうにか必死に気持ちを立て直し、黒陽様の話の続きを聞く。


『こわれた』彼女は、それでも転生を繰り返す。『呪い』があるから。

 そのために記憶を封印することにした。

『半身』の記憶だけを。


 ただ『呪い』の影響か、生まれ落ちたときにはそれまでの記憶も封じてしまう。

 そうして思春期に覚醒する。

 覚醒しても『半身』の記憶は封じられているから、幼少期に記憶がないのはまあいいかとそのままになっているらしい。



 その『記憶の封印』の術は、白露様とその(あるじ)、黒陽様と竹様で作った術だという。

 だから白露様(あのかた)晃の母親の記憶を封じるとかできたのね。

『晃の父親と出会ってからの数年間の記憶を封じる』とか、なんでそんなことできるのかと思ってた。




 話をすべて聞いて、理解した。

 あの、闇。

『ごめんなさい』ともがいていた彼女。


 彼女は『救い』を求めている。

 苦しくてつらくて潰れそうなのに、罪の意識と責任感だけで立っている。

 苦しくてつらくて死にたくても彼女はまた生まれ変わる。

 そうして何度も何度も罪を負わされる。『半身』のいない世を生きる地獄を味わう。




《たけちゃ、おもたい》

《たけちゃ、くるちい》

《たすけてあげたい》


 そうねちびっこ。助けてあげたいわね。私も同意見よ。


 今日初めて会ったばかりのひと。

 穏やかで、大人しそうで、やさしい笑顔を浮かべるひと。

 おそろしいほどの高霊力と清らかな魂を持つ、おそらくは『神様』に近いひと。

 それなのに遠慮がちで控えめで全然えらそうなところがなくて、私なんかにも礼儀正しく接してくれる、生真面目なひと。

 あんな重荷を背負っているのに、あんな苦しみを背負っているのに、それでも穏やかに微笑むひと。



『貴女のその能力は、誰かを助けるために、神様がくださったもの』


 前世の祖母が言う。

 それは、私の『柱』。私を形作る『根幹』。



 ならば。

 私のすべきことは。




「――黒陽様は」

 声をかけると『ん?』というようにちいさく首をかしげる亀。


「私になにを望みますか?」

「そこまでのお話を聞かせて、私になにを望みますか?」


 固くなる表情をなるべく普通に見えるようにする私に対し、黒陽様はなんてことないようににっこりと微笑んだ。


「ここにいる間だけでいい。姫に、普通の娘のように接してやってくれ」


「それだけですか?」

「他になにがあると?」


「『仲良くしてくれ』とか『救ってくれ』とか」


「ああ」と黒陽様は楽しそうに笑う。

「お前は頭がいいだけでなく気持ちのいい人間でもあるのだな」なんて褒めてくださる。なにも出ませんよ。


「『仲良くして』など、こちらが頼んでしてもらうこととは違うだろう」

 まあ確かにね。


「姫は覚醒したばかりでまだ不安定なところが残っている。

 それもあってお前に霊力量や魂の格を見破られたり、深層心理を視られたりしたのだろう。

 いつもの姫ならば、そんなものはきっちり封じているから……」


 そういう黒陽様はさみしそうに微笑みを浮かべた。

 きっと竹様はこの守り役様にも甘えることはないのだろう。

 そう、察した。


「見破られたのはまあ、仕方ない。『時間が薬』とよく言うように、そのうちいろいろと落ち着くだろう。

 それよりも今後だ。

 お前が緊張してへりくだっていては、姫はそれ以上に緊張してへりくだってしまう。

 すまんが、できるだけ普通に見えるようにしてもらえないだろうか。

 無論姫の前だけで構わない。

 ――お前には不便をかけることになるが、頼む」


 ペコリと頭を下げてくる黒い亀。

 生真面目な様子に、似た者主従なんだろうなぁと感じた。


「ご無礼ではないですか?」

「姫も言っていたろう。我らはもう王族ではない。

 今生の姫の生まれた家はごく一般的な家庭だ。

 金持ちでも貴族でもない、ただの農家だ。

 姫が遠慮がちなものだからか、生まれ落ちる家がどんどん平民になっていって……」


 なにやらブツブツ文句がはじまった。

 農家さんか。ウチと同じだな。


「黒陽様はよくても、竹様が私に馴れ馴れしくされるのをご不快に思われませんか?」

「そんなことはない。姫は喜ぶ」


 最初の挨拶のときに「頭を上げてください!」と必死におっしゃっていた様子が浮かぶ。ああいうひとならそうかも。


 ちょっと考える。

 聞いた話を咀嚼する。


 彼女が本当の意味で『救われる』とすれば、責務を果たしたとき。『災禍(さいか)』を滅することが彼女の罪滅ぼしとなるはず。

 そんなもの、私なんぞに手助けできるはずもない。


 さらに言えば、彼女を本当の本当の意味で『救える』としたら、彼女の『半身』だけだ。

 同じ『半身持ち』の私にはそれが『わかる』。

 どこにいるのか、そもそも生まれ変わっているかもわからない彼女の『半身』のことなど、それこそ私なんぞにどうにかできることではない。


 ならば。私のすべきことは。


『ちょっとだけ助けてあげなさい』

 祖母が言っていた。『ちょっとだけ』。

 私達精神系能力者は、対象に『呑まれる』危険を常に持っている。

 己の身を守ることが大前提。そのうえで余裕があったら『ちょっとだけ』手をのばす。

 そうでないと、誰でも彼でも助けようとしていたらこっちの身が保たない。


 相手の『苦しみ』に引きずられないように。

 相手の『思念』に呑まれないように。

 相手を背負いすぎないように。

 のめりこんだり寄り添いすぎたりすると『呑まれる』。

 常に冷静に。客観的に。一歩引いて分析。


 前世で祖母から教わったことを繰り返しながら分析を進める。

 そうして、決めた。


「――承知致しました。

 ご無礼な点が出てくるかとは存じますが、おめこぼしくださいますか?」


「無論だ」と答えた黒陽様。

「私にも『普通』でいいぞ」とえらそうにお命じになった。

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