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久木陽奈の暗躍 7 竹様の闇

 夕食をいただくのは双子と竹様黒陽様と一緒のテーブルと相成った。

 なんでやねん。


 ヒロさんは!? 主座様は!?


「ぼくらはあとからいただくよ。この子達のお世話しないとだから」


 なるほど。食事の補助が必要だと。大変ですね。


 千明様は!? アキさんは!?


「私まだ仕事があるから。じゃね。ひなちゃん。明日もよろしく!」

「私達はもう少し遅い時間に夕食にするの。

 さあさ。ひなちゃん。遠慮せず召し上がれ!」


 ……………これも、私が飲み込むべきことなんだろう……………。


「……………いただきます」

「はいどうぞ召し上がれ!」



 何を話せばいいのか、気まずくなるんじゃないかと心配だったが、そこはヒロさんとアキさんが上手に話を振ってくれた。


「ひなさん。仕事してみてどうだった?」

「え!? もうそんなことしたの!? すごくない!?」

「ひなちゃんのおかげで助かるわー! さあさ。明日に備えてどんどん食べて!」


 ちびっこ達も今日どんなことをしたのか、どんなものを見たのか、せっせと話して聞かせてくれる。二歳三ヶ月になったばかりとは思えないくらい達者にしゃべる。


 そのちびっこ達の思念が、少し『視えた』。

 どうもこのちびっこ達も精神系の能力者らしい。

 これまでに会ったときには「こんなちいさいのに高霊力保持者かい」としか思わなかったけど。

 そしてそんな能力で察したらしく、ふたりともが竹様の心配をしていた。


《たけちゃ、おもたい》

《たけちゃ、くるちい》

《たすけてあげたい》


 そんなふうに感じているのが伝わってきた。

 少しでも楽しませたいと願い、自分達が今日感じた楽しかったこと、うれしかったことを一生懸命に伝えていた。


 いい子すぎない?


 いいひと達に囲まれていいひと達に育てられると、こんないい子達が出来上がるのか。

 それとも幼いながらも精神系能力者の能力が発動していて、いいひと達のいい感情を吸収しているのか。


 なんにせよ、ちびっこ達は竹様のことを心配している。

 こんな穏やかそうなやさしげなひとのなにをそんなに心配することがあるのかと、ちょっとだけ注意して『視た』。



 ――どろりとした、闇があった。

 渇ききった大地の上、かろうじて竹様は立っていた。


「ごめんなさい」

「ごめんなさい」


 そう言って、なにかをつかもうとしていた。

 闇に押し潰されそうになるのを必死に耐えていた。


「ごめんなさい」

 助けて

「ごめんなさい」

 殺して



 ―――マズい―――!


 ――引きずられる! このままでは、呑まれる!

 竹様を取り囲んでいる闇が迫ってくる!

 自衛――できない!? マズい! マズいマズいマズい!!



「ひな」


 ぷちん。


 突然、『もどった』。

 竹様に呑まれそうになっていた意識が『私』にキチンと収まっている。

 心臓がバクバクと早鐘を打つ。ゾワワワワーッと怖気(おぞけ)が全身を襲った。


 ――あぶなかった――。

 あと一瞬遅かったら呑まれていた。

 こんな穏やかそうなひとが、それほどの苦しみを抱えているとは。


 ドッと汗が吹き出る。手も、足も震えている。


「どうした? 具合が悪いようだが」


『私』を引き戻した声が問いかける。

 どうにか首を動かして声のほうに顔を向けると、ちいさな黒い亀がテーブルの上から私をじっと見つめていた。


 ああ。助けてくださったのか。

 何故か、わかった。


「――イエ。なんでも、ありません」


 かろうじてそう答えたけれど、やっぱり顔色が悪かったらしい。ヒロさんに続きアキさんにまで「顔色が悪い」「疲れが出たんだろう」と心配されてしまった。


「早くごはん食べて早くお風呂入って休みなさい」とせっつかれ、どうにか食事を終えた。


 ちびっこ達も竹様も心配そうにしていたから、どうにか笑顔を作って見せた。


「はじめての仕事場で、ちょっと無理しすぎちゃいましたかね」

「おいしいごはんたくさんいただいたので、一晩寝たら元気になりますよ」


 わざとそう言うと、ちびっこも竹様もちょっとホッとしていた。

 主座様はただ黙っておられた。




 竹様黒陽様と一緒に離れに戻る。

「お風呂どうぞ」と言ったのに「ひなさんお先にどうぞ! それで早く寝てください!」と生真面目に返された。

 反論する気力もなくて「じゃあ、お言葉に甘えて」と先にお風呂をいただいた。


『離れ専属の式神ちゃん』が仕度してくれたお風呂の、熱い湯船に浸かる。それだけでも疲れがほぐれていく。


「はあぁぁぁ〜………」

 思わず吐き出した声と一緒に自分の身体もズブズブとお湯に沈み込む。


 なんなのあのひと。

 神様レベルの清浄な魂と霊力量。おそらく属性特化。

『格』がちがう。明らかに『ヒト』じゃない。なんであのひとを一般人扱いできようものか。


 なのに本人にその自覚が全くない。

 穏やかで、控えめで、謙虚で。


 精神系能力者でなくても、少し接しただけでも、わかる。

 あのひとは『いいひと』だ。

 表面上のものでない。魂の根っこから善良なモノだ。

 だからこそのあの魂の清らかさなんだろう。


 五千年転生を繰り返していると言っていたけれど、よく(けが)れなかったわね。

『二十歳まで生きられない』と言っていた。そのせい?

 でも根性悪いひとはガキでも根性悪いし。

 やっぱり本人の資質なんだろう。


 その彼女が抱えていた、あの闇。

「ごめんなさい」とただ謝っていた彼女。


 一体なにがあったんだろうか。



 ――深入りすべきではない。

『ヒト』でないモノにヒトが関わってはロクなことにならない。

 あの闇を感じただろう。あんなものに呑まれては即死だ。


 なのに。


《ごめんなさい》


 あの声が耳の奥に響く。

『ごめんなさい』と謝りながら『殺してくれ』と懇願していた。



 三十八年間、京都で過ごした。

 大人になり社会人になりそれなりにドロドロした感情も『視て』きた。

 その私が感じたことのない、闇。

 岩のように重く固い重圧。


 救いを求めていた。

 闇雲に伸ばした手。

 渇ききった大地にかろうじて立っていた。



『誰かが苦しんでいたり助けを求めていたら、ちょっとだけ助けてあげなさい』


 前世の祖母はそう言った。


『貴女のその能力は、誰かをおとしいれるためのものでも、傷つけるためのものでもない。

 誰かを助けるために、神様がくださったものなのだからね』



 前世の祖母の言葉は、生まれ変わった今でも私の『柱』だ。


『私の能力』は『誰かを助けるために神様がくださったもの』。

 ならば。


 私の目の前。『救い』を求めているヒトがいる。


 ならば。



 ドプンと頭までお湯に浸かり、バッシャーン! と勢いよく飛び出した。

 仕方ない。これも『巡り合わせ』だろう。

 覚悟を決め、お風呂から出た。




 リビングに戻ると竹様と黒陽様がなにか話をしていた。

 京都の地図を広げ、書類になにか書き込んでいる。


「お風呂お先でした」と竹様にお風呂に入ってもらうよう勧めると、素直な彼女は書類を片付け、素直にお風呂に向かった。



「かわいい方ですね」

 失礼かとは思いつつ軽く話しかけると、黒陽様は特になにも気にする様子もみせず「そうだろう」と自慢げに返事をされた。


 その様子が過保護な保護者のようで、微笑ましくてちょっと笑った。

 笑った私に黒陽様もニヤリとされる。


「ひなは白露の養い子の幼なじみで『半身』だと聞いた」

 誰に聞いたのかは知らないが間違いないので「はい」と答えた。


「白露はなにか問題を起こさなかったか?

 あいつは面倒見の良い、優秀な護衛ではあるのだが、時々信じられないようなおっちょこちょいをやらかすんだ」


 その言い方が実感がこもっていて、なんだかおかしかった。

「わかります」と同意したら「やはりなにかやらかしていたか」と呆れたような顔をされた。


「私が『転生者』だと今生の母の前でペロッと」

「……あいつらしい……」


「まったく」とブツブツ言う様子に、なんの気なしに聞いた。


「黒陽様は白露様と親しいのですね」

「まあな。同じ『守り役』同士だからな」


 サラッと返された言葉に――固まった。



「姫は『二十歳まで生きられず』『記憶を持ったまま何度も生まれ変わる』呪い。

 守り役は『人の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪い」


『守り役』。

 それは、黒陽様だけのことではなかった?


「今は京都の女の子についてるわ」

 中二の夏休み、川遊びに合流してくださった白露様がおっしゃった。


『京都の女の子』


 今、お風呂に行ってる、あのひと――?



「――白露様も竹様の『守り役』だったのですか――?」

 なるべく動揺をみせないように聞いたつもり。

 その甲斐あってか、黒陽様はなんてことないように「ん? 聞いてないのか?」とぺろりとお話された。


「白露は『西の姫』の『守り役』だ。

 我が姫の『守り役』は、今は私ひとりだ」



『西の姫』

 つまり、『姫』は竹様だけではない。


 そして。


 白露様は、異世界のひと。

『呪い』を受け白虎の姿となった『落人』。

 そうして五千年、生きているひと。


「―――!!」


 叫びだしそうになるのを必死で抑える。

 前世京都育ちのスキルを総動員して平静を装う。

 それでも思わず拳を固く握ってしまった。



 白露様。

 私の『半身』である晃を生まれる前から守り育ててくださった恩人。

 晃の『第二の母親』であり、私達家族にもいろいろと教えを授けてくださった師匠。

 晃にくっついて幼い私もよく遊んでいただいた。晃と一緒に修行をつけていただいた。

 私はすぐに兄達や晃についていけなくなったけど、そんな私をいつも気遣ってくれた。


 できないことを責めることは決してしない方だった。

「ひなはひなの良さがあるわ」と、できないことを認めてくださる方だった。


 おおらかで、やさしくて、知識が豊富で。

 いつも前向きな方だった。

 失敗も、できないことも、けらけらと笑って受け入れてくださる方だった。

 受け入れて、どうすればいいのか一緒に考えてくださる方だった。



「白露様は長く生きておられる霊獣」そう聞いていた。

 吉野では誰もがそう思っている。私もそう思っていた。


 でも、違った?


 元はヒトだった?

『呪い』を受けて獣になった?


『呪い』。なんの。

災禍(さいか)』と呼ばれるモノの封印を解いたから。


『死ねない』『呪い』。

 死ねない。

 それは、どうなの?

 白露様は『死ねない』ことをどう思っているの?



「――『見る目がある』だけでなく、頭もいいのだなひなは」


 黒陽様の声に思考が止まる。

 目を向けると、ちいさな黒い亀が困ったように笑っていた。


「……漏れてました?」

 思考がダダ漏れになっていたかと、この亀様がそれを『視た』のかと心配になって聞いたら「すこしな」と返ってきた。


「私は精神系の能力者ではないが、それなりの訓練をしてきているから。

 ちょっと気をつけて『視る』ようにすれば、まあ、『視える』」


 ……………それは『精神系の能力者』でいいと思うんてすが……………。


 声の出ない私に黒陽様は少し目線を強くされた。


「夕食のとき、なにを『視た』?」


 このひとも私と話がしたかったんだとわかった。

 これが聞きたくてわざと世間話を振ってきたのだと。


「『視える』んじゃないですか?」

「表面上の、考えていることくらいは『視える』が、お前が『視た』ような深層心理などは『視え』ない」


 なるほど。

 そこまで『視える』のが『精神系能力者』だと。


 そしてこの守り役様は己の姫がなにか抱えているとずっと感じているものの、精神系能力者ではないから知ることはできない。


 今回目の前にそれを察したらしい未熟者を見つけ、助けた。

 そして『なにを視たか教えろ』と今言っている。



『誰かが苦しんでいたり助けを求めていたら、ちょっとだけ助けてあげなさい』


 前世の祖母の声が響く。


『貴女のその能力は、誰かをおとしいれるためのものでも、傷つけるためのものでもない。

 誰かを助けるために、神様がくださったものなのだからね』



 それは、私の『柱』。

 私が『私』で在るための『柱』。



 私は『能力者』といばっていえるほどの能力者ではない。

『フツーのひとよりちょっとよく()える』程度の能力。霊力量だってフツーのひとよりちょっと多い程度。

 そんな私の、大切な『柱』。



 ――引き返すなら今だ。


 冷静な私が頭の片隅で警鐘を鳴らす。

 こんな厄介事のニオイしかしないような話、深く聞いたら巻き込まれる。

 巻き込まれたらナニが起こるかわからない。

 それでなくても相手は『ヒトならざるモノ』だ。

『異世界』からの『落人』。『呪い』を受けて『五千年生きている』。

 パワーワードだらけでツッコミが追いつかない。


 私は晃のような人外とは違う。

 幼い頃から白露様からも何度も言われた。

「晃は特別」「同じようにしようなんて考えちゃいけない」「ひなはひなの良さがある」「ひなのできることを、できる範囲ですればいい」


 只人(ただびと)の私には荷の重い話だ。わかってる。

 引き返すなら今だ。

『視た』ものをそのまま報告して、忘れてしまえばいい。

 そうして無関係に過ごせばいい。

 誰からもなにも言われてもいない話だ。私にはなんの責任もない。

 ただちょっと、たまたま同席したヒトの『ココロ』が、たまたまちょっと『視えた』だけの話だ。


 白露様は立派な方だ。五千年生きてきたとはびっくりだが、あの方の心配を私のような小娘がするほうが失礼だし迷惑だろう。



 引き返すなら今だ。

『視た』ものをそのまま伝えて、あとは忘れてしまえ!



 でも。



《ごめんなさい》

 あの声が耳の奥に響く。

 救いを求めてもがいていたあのひとの姿が瞼に浮かぶ。


『誰かが苦しんでいたり助けを求めていたら、ちょっとだけ助けてあげなさい』

 前世の祖母が言う。



 ―――ここで引き返したら、私は『私』を誇れなくなる。


 ちょっとだけ。


 ちょっとだけ。



 覚悟を決め、口を開いた。



「私が『視た』ものをお話します。――そのかわり、そちらの『事情』をもう少し詳しくお話いただけますか」



 黒い亀が驚いたように目を丸くする。

 が、すぐにニヤリと口の端を上げた。

「これだから聡いものは」と文句を言う亀はどこか楽しそうだった。

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