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久木陽奈の暗躍 6 竹様の事情の説明

 主座様が白露様を呼んでしまい、仕方なく椅子に座った。

 竹様と黒陽様はヒロさんと保護者の皆様がどこかに連れて行った。


 主座様と白露様と三人になって、ようやく出されたお茶に手が伸びた。

 一口いただく。おいしい。ゴクゴクと飲み干してようやく人心地ついた。


「大丈夫よひな。そんなに恐縮しなくてもいいわ」

「でも」

 それでも恐縮する私に主座様がため息をひとつ落とされた。


「ひなさんは『気にするな』と言っても気になるでしょう。

 ――仕方ない。あの方々の事情を説明します。

 そのうえで、できれば普通に接してあげてください」


 そうして主座様が語られた話は、荒唐無稽(こうとうむけい)なものだった。




 ここではない異世界の王族に生まれた竹様。

 封印と結界に特化した能力者である彼女は『災禍(さいか)』と呼ばれるモノの封印を解いてしまった。

 その『災禍(さいか)』に『呪い』を刻まれ、この世界に落ちた。

 それから五千年、生まれては死んでいるという。

 記憶を持ったまま。




 なんですかそれ。どこのアニメの設定ですか。


 そうツッコみたいけれど、精神系能力者の私にはおふたりが至って真面目に、真剣に、誠実に話をしてくれているのがわかる。

 こんな荒唐無稽な話が『事実である』と認めないといけないくらいに。


 ―――よし。ちょっと落ち着こう。

 数度深呼吸をし、出されたコップに手を伸ばす。が、残念ながらカラだった。


「アラごめんねひな」と白露様がどこからかペットボトルを出してくれた。どこから出したんですかこれ。そしてどうやってペットボトルの飲み物なんて手に入れたんですか。

 ああもう。ツッコミが追いつかない。

「ありがとうございます」とお礼を言って自分のコップに注いだ。


 ふと見ると主座様のコップもカラになっていた。

「お()ぎしましょうか?」と声をかけると「いただこう」とコップを出される。

 トプトプとお茶を注いでいるうちに、少し落ち着いてきた。


 お茶を一口飲み込んで。

 一緒に今聞いた話も飲み込む。


 うん。大丈夫。これでも中身アラフォーのオバサンだから。

 伊達に何十年も腐ってない。ヲタクなネタならどんとこい!


 よし飲み込んだ。


 飲み込んだものを検証する。

 そうして、ひとつの疑問が浮かんだ。


「――その『呪い』とはなにか、聞いてもいいのですか――?」


 失礼にあたるかもしれない。

 でも、これを聞いておかないと『本質』がつかめない。

 そんな気がする。

 精神系能力者だからか、私のこういうカンは大抵当たる。


 主座様も白露様も嫌な顔ひとつせず、ごくフツーに教えてくださった。


「姫は『二十歳まで生きられず』『記憶を持ったまま何度も生まれ変わる』呪い。

 守り役は『人の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪い」


 二十歳まで生きられない。


 生きられない。


 あの方は私より一歳年下だと聞いた。

 あと、五年。

  ううん。違う。

『二十歳に死ぬ』じゃなかった。ということは。


「――『長くて五年』ということですか」


 私の指摘に主座様も白露様も痛そうに微笑んだ。


「さすがひなね。一度聞いただけでそこに気が付くなんて」


 褒めてもなにも出てきませんよ白露様。


「あの方は記憶と霊力を封印していたんです。

 それが思春期で封じた記憶と霊力が戻り、霊力過多症で眠り続けたんです。

 それが昨年末のこと」


 それまでは普通の娘さんとして普通の家で暮らしていたと主座様が説明してくださる。


「眠ることで記憶と霊力を馴染ませて、先月になってようやく意識は戻ったのですが、まだ本調子とはなっておらず、引き続き療養していたのです」


 そのために高校受験ができなかったと。


「最近になってようやく出歩けるようになって、リハビリを兼ねてあちこちの結界の点検を依頼しているのです。

 ひなさんに感知されるとなると、姫宮はまだ本調子とは言えないようですね……」


 ふう、とため息を落とす主座様。

 白露様は困ったように笑った。


「ひなは霊力は多くないけど、感知能力は鋭いのよ。勘が鋭いというか」

「ああ。なるほど」


 私のようなモノに心当たりがあるらしい主座様がうなずかれた。


「ともあれ、あの方はもとから遠慮がちで気の弱い方なのです。

 転生を繰り返して平民として暮らすことが多くなってからは余計に大仰にされるのを嫌がるようになってしまいました。

 今生も普通の家に生まれ普通に育てられました。

 なので、できれば『普通の娘』として接してあげてください。

 あの方はお人好しで控えめなひとなので、それこそ妹のように接してあげたほうが喜びます」


「……………妹……………」


 私は余程ブサイクな顔をしていたらしい。

 おふたりは作った笑顔を浮かべた。


「ひなは晃と平気で接しているじゃない。

 竹様も似たようなものよ」

「あの阿呆とあの方を同列に並べることが失礼だと思うんですけど」

「『神レベル』というのはそのとおりなのですが、本人にその自覚がないんですよ。あの方うっかりなので」

「『うっかり』でレベル誤認引き起こしますか?」

「起こしてるんですよ」


 はあ、と深くため息を落とす主座様。


「あの方いつも言うんです。『自分なんか大したことない』『迷惑をかけるばかりでなんの役にも立たない』って」


「……………」


 ――そんなことある?

 あんな高霊力保持者で、あんなに魂が清浄で、『大したことない』!?

 多分能力者としても術者としてもかなりの高位のヒトでしょ!?


「とにかくあのひと自信がないのよ」

「控えめで遠慮がちなひとなんです」

「『友達になってやって』なんて言わないから。

 ここにいる間だけ『普通に』接してあげて?」

「ひなさんが姫宮と接するのは食事のときと寝るまでですから。

 その間だけ我慢して、飲み込んでもらえませんか」


 そんな我慢を強いられるとは思わなかった。

 せいぜいわがままな女のコや性格の悪い女のコ相手に、ギャンギャン噛み付いてくるのをあしらうくらいだと思っていた。


 我慢の種類が違う。想定外すぎる。

 だが私が飲み込まないと安倍家の皆様にも竹様御本人にもご迷惑となるらしい。


「……………わかり、ました……………」


 どうにか返事を絞り出した私におふたりは苦笑を浮かべていた。




「――改めまして。久木 陽奈と申します。

 竹様。黒陽様。短い期間ではございますが、お邪魔致します」


 立ったままでの軽いお辞儀に、それでも竹様はうろたえられた。

「『お邪魔』なんて!」「私のほうが年下ですから、色々教えていただけると助かります」とオロオロオタオタしておられた。


 なるほど。謙虚で慎ましやかな方のようだ。


「朝ごはんと夕ごはんは御池で食べてね!

 お風呂はこっちのを使って! なんなら竹ちゃんと一緒に入ってあげて!」


 千明様。なにトンデモナイこと言い出すんですか。竹様目を白黒させてますよ。


 私は余程冷たい目を向けていたのだろう。ちょっとバツが悪そうに肩をすくめた千明様。

「じゃあ早速一乗寺に行って仕事の説明をしてもいい?」と話を変えられた。




 転移陣、マジ便利。

 なんなのこれ。扉開けただけで目的地に着くとか。ウチにも欲しいわ。


「晃の家に『つけよう』って話も出たんだけどね。

 万が一何も知らない修験者が開けたら困るからって『いらない』って言われちゃったんだよ」


 おお。阿呆にしてはナイス判断。

 そうね。そのとおりだわ。

 帰って覚えていたら褒めてやろう。



『目黒』の仕事は問題なくできた。

 処理に使うシステムが同じだから、項目さえ覚えたらあとは楽勝。

「ちょっとだけやっつけますね」と処理していった。

 業務終了時刻には「ひな様ぁぁぁ!」ってあちこちから拝まれた。なんでやねん。


「明日から頼むね!」と、かなり鬼気迫った表情に取り囲まれ手を握られた。

「バイト代分は働きますよ」と笑ったら「バイト代上げるからしっかり働いて!」と懇願された。なんでやねん。


 とりあえず仕事はどうにかなりそう。

 千明様と一緒に御池に戻る。

 何度か会ったヒロさんの弟妹のユキくんとサチちゃんがいた。


「こちらひなちゃん。ふたりとも覚えてる? 吉野のひなちゃんよ」

 アキさんが紹介してくれたけど、ふたりはキョトン顔。

 まあね。最後に会ったのは去年の九月だもんね。


「晃くんのおよめさんよ」


 アキさん! その説明はどうなんですか!?

 なのにその一言で双子の警戒が解けた。


「こーちゃ!」

「およめちゃ?」

「そうよー。晃くんの大好きで大事なひとなのよー」

「だいじ!」

「しゅき!?」

「だからサチちゃんもユキちゃんも仲良くしてあげてね」

「「わかった!」」


 そして「ひなちゃ!」「ひなちゃ!」とじゃれてくるちびっこ。

「だっこして!」「ゆきも!」

「え、ええと、その、ひ、ヒロさあぁん!」


 ……すまぬちびっこよ。

 中身アラフォーのオバサンだけど、彼氏いない歴イコール年齢だったの。子供とは無縁の人生だったの。


 双子はヒロさんに抱かれてゴキゲンになっている。すごいわねヒロさん。一度にふたり抱っこするなんて。


「晃もできるよ?」


 なんでもあの阿呆は京都に遊びに来るたびに子守を手伝っていたらしい。それでおむつ替えたりできるのか。


 そもそも晃は京都でなにをしているかあまり話さない。

 どんな修行をしているのか。どんなことをしてきたのか。


 おそらく私に言えないことをしている。

 私が聞いたらこわがったり心配してしまうようなことを。


 身体が一部でも触れていたらお互いの考えていることが伝わる私達だけど、晃はそこを私に絶対に視せることはない。

 私に心配かけないようにしていることも、それが晃のオトコノコとしての意地なのもわかるので、私も敢えて聞かない。


 晃はいつもの間抜けな顔をして私のところに帰ってくれば、それで十分。

 他所(よそ)でナニしてようが構わない。

 私が深入りしたっていいことない。

 晃が晃であれば、それでいい。



 その頃の私はそんなふうに考えていた。

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