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第十四話 竹さんの情報

 二人で「ククク」と小さく笑いあい、コーヒーを含んだ。

 ふと先ほどの黒陽の言葉に引っかかりを感じた。


「『あちこち出向いてる』って言ってたけど」

 うなずく黒陽に気になったことをたずねる。

「学校が終わってから探ってるのか?」


「いや。姫は学校には行っていない」

 あっさりと黒陽が答える。


 竹さんは俺達より一歳年下とヒロが言っていた。

 普通に考えたら高校一年生となるが、彼女は学校に行っていないのか。

「そうなのか」とつぶやく俺に黒陽が説明してくれる。



「昨年末、完全覚醒のための最終休眠に入った。

 今年に入って自宅から安倍家の離れに移動して、一月の末にやっと覚醒したんだ。

 でも今生の両親には伝えていない」


『完全覚醒』。

 ハルが言っていた。

 俺の『半身』はココロが壊れて『半身』の記憶を封じたと。

 その影響でそれまでの五千年の記憶も高霊力も封じた状態で生まれ、時期がきたら覚醒して記憶と霊力を取り戻すと。


 その『完全覚醒』が昨年末に起こったらしい。

 だが、なんで今生の両親に目覚めたことを伝えていないんだ?


「なんで」

 理由がわからなくてついそう言うと、黒陽はちょっと目を伏せ、すぐにまたえらそうに首を上げた。


「姫は二十歳まで生きられない。

『呪い』でそうなっている」


 そういえばさっきそう言っていた。

 俺達の一歳年下ということは、彼女は今十五歳。

 長くて五年しか生きられない。


 あと、五年。


 ズクリと胸が痛むのに気づかないフリをして黒陽の話を聞く。


「『災禍(さいか)』を追う過程でなにがあるかもわからない。

 いつ霊力を使い果たして死ぬかも定かではない。

 だから姫の姿をした式神を身代わりにし、今生の両親にはさも姫がまだ眠りから覚めていないように見せている」


 北山の安倍家の離れに式神が眠る部屋が用意してあり、二日に一回見舞いに来る両親を案内しているという。


「姫の生命が終わったときには、その式神を姫の亡骸として渡すことになっている」


 そんな用意をしていることに、胸がまた痛んだ。

 彼女が自分の生命をあきらめているようで、自分を大切にしていないように感じて、喉の奥が痛くなった。


 ぐっと握る俺の拳が目に入って、うつむいていることに気がついた。

 あわてて机の上の亀に視線を戻す。


「そんなわけで、姫は高校受験をしていない。だから当然学校には行っていない」


「じゃあ普段はどうしているんだ?」

 この俺の質問にも亀はあっさりと答えた。


「言っただろう?『あちこち出向いている』と。

 今までは晴明からの依頼で京都中の結界の確認をしていた。

 そのついでにあちこちの『(ヌシ)』やら『神』やらに覚醒の挨拶に行ったり、『災禍(さいか)』の気配がないか探ったりしていた」


 そして「お前と会った船岡山も、先代玄武に会うために行ったんだ」と教えてくれる。


「今は安倍家の離れにいるんだって?」

「そうだ」


 この質問にもあっさりと答える。


「安倍家の離れに寝泊まりして、食事は転移陣を通って御池の晴明の自宅でいただいている。

 晴明とヒロの母親達がなにくれと世話を焼いてくれるので助かっている」


 あのおせっかいな母親達が竹さんを構っているらしい。

 それ、竹さん大丈夫か? 困ってないか?

 守り役は「ウムウム」と満足そうだ。


「朝食と夕食を必ず食べさせてくれるからな。

 それだけでも体力維持になる」

「なるほど」


 それは大事なことだな。ぜひ構ってもらおう。


「父親達も双子も良くしてくれている。ありがたいことだ」


 ヒロの言っていたとおり家族ぐるみで世話をしているようだ。

 あの家族なら竹さんを大事にしてくれる。

 それなら竹さんも無理や無茶をすることもないだろう。安心だ。


「今日ここに連れてきてくれたのも、晴明の父親だ」

 それで俺の家に彼女が来れたのか。


「しばらく一緒に待っていたのだがな。

 お前があまりにも帰ってこないから、先に帰らせた」


「そうなのか」


「スマホで連絡を入れていたが、はいっていないか?」

 言われてスマホを確認してみると、オミさんから着信やメッセージが何件も入っていた。


「ヤベ……。自転車運転中だったから気が付かなかった……」

 あとで詫びのメッセージを入れておこう。

 ついでに学校からそのままになっていたマナーモードも解除しておく。


「帰りもオミさんが迎えに来るのか?」

「いや」


 黒陽に確認すると「北山の離れに転移する」という。

 いわゆるテレポーテーションが使えるという。すごいな。


「じゃあ、ヒロのケーキ持って帰ってもらってもいいか?」

「いいぞ。もちろん姫にも食べさせていいのだろう?」

「もちろん。

 あそこの家族、仲いいから、全員で食べるように多く買ってる。

 竹さんもアンタも食べたらいいよ」

「私はいらん。甘いものは好まん」

「そっか」

 俺も甘いものは苦手なので納得した。



『家族』のキーワードにふと思いついて聞いてみた。


「竹さんは今生も『竹』さんなのか?」

「ああ」

 あっさりと答える黒陽。


「不思議なことだが、いつ生まれてもどの親も姫のことを『竹』と名付ける。

 今生も『竹』様だ」


「ナニ『竹』さん?」

「『神宮寺(じんぐうじ) (たけ)』様だ」

「ふーん」


 ………名字ゲット。


「どこの人?」

「上賀茂で農業をしている家だ。なんでも伝統野菜とやら言われているらしいな」

「ふーん」


 手にしたままのスマホでパパッと検索すると、父親らしき人物が紹介されていた。

 有名料理人が惚れ込んでいる野菜を作る人物と紹介されている。

 農場の住所と電話番号も載っている。


「この人、もしかして父親?」

「お、そうだ」

 ………住所ゲット。

 大丈夫かこの亀。情報管理グダグダじゃないか。個人情報もれまくりだぞ?


「最近はすごいな」なんて呑気にスマホ見てる場合じゃないぞ? わかってないな。


「ご家族も能力者なのか?」

 そうたずねると「いや」と答えた。

「そうなのか?」

 意外に思っていると黒陽がさらに教えてくれた。


「祖母が上賀茂神社の社家の出だ。

 だから祖母は霊力が高い。

 祖父もまあまあの霊力だな。

 が、姫の両親と弟二人は一般人並みだ」

「へー」


 家族構成までゲットしたぞ? ホントに大丈夫かこの亀。


「祖母の実家の社家は能力者の一族だ。

 安倍家とも関わりがある。

 その縁で眠り続ける姫についての調査依頼を出せたんだ」


「なるほど」と納得していたその時。

 どこからか着信音が流れた。


「電話?」

「ああ。姫が持たされているスマホだろう。

 ジャケットのポケットだ」


 話す間も着信音は鳴り続ける。竹さんが起きてしまう!

 あわてて鴨居にかけていたジャケットをあさる。

 言われたとおりスマホがあった。

 取り出して黒陽に渡そうかと振り向いたら。


 竹さんが起きていた。


 敷布団の上に座って、うつむいて目をゴシゴシとこすっている。

 その姿に、足に、目が釘付けになった。


 ブラウス一枚の彼女の太ももが、丸見えだった。


 そういえばさっき黒陽がスカート持ってた!

 なんてことしやがるんだこの亀!

 思春期なめんなよごちそうさまです!


 次の瞬間にはスカートを着けていた。黒陽が何かしたらしい。

 ボタンがゆるめられていた首元もきちんと止められ、リボンがかけられた。


「トモ。スマホ」

 黒陽に指摘され、あわててスマホを黒陽に渡す。

 が、黒陽が出る前に切れてしまった。


「切れたか。――どこからか、わかるか?」

 触ってもいいか確認してから着信を確認する。


「オミさんだ」

「かけなおすか?」

 話をしていたら竹さんが「ふわあ」とあくびをした。

「むにゃあ…」と涙目でボーッとしている。


 か わ い す ぎ か !


 固まる俺に竹さんが気付いた。

 と。


 ほわあぁっ。


 ――なんだその笑顔!

 油断しまくりじゃないか!

 俺を見つけてうれしいって顔に書いてある!

 かわいい! かわいい!! かわいい!!


 赤くなって固まるしかできない。彼女から目を離せない。

 黒陽が呆れたようにため息をついていたが構わない!

 かわいい! かわいい! かわいい!!


 ふにゃりと笑った彼女はまた瞼がくっついてしまった。

 うつらうつらとして今にも布団に倒れ込みそうだ。

 そのまままた寝たらいいなと思ったその時。


 ピリリリリ!

 今度は俺のスマホが鳴り出した!


 その音に竹さんがビクリと跳ねる。

 あわてて電話に出る!


「も、もしもし」

『あ。トモ?』

 オミさんだった。


『竹ちゃん、そっちに行ってる?』

「う、うん。今、話してて……」


 ちらりと彼女に目を向けると、完全に目が覚めたらしく慌てたようにキョロキョロしている。


「ご、ゴメン! また電話する!」

 ブチッと電話を切ると、青い顔の彼女と目が合った。


「――あ、あの、」

「はい」


「わ、私、寝てました?」

 布団の上に座り込んでふるふるしながらそんなこと言われてもかわいいだけだよ!


 どう言おうか迷っていると、彼女は察してしまったらしい。

 ガバリとその場で土下座をした!


「す、スミマセンスミマセン!!

 勝手にお邪魔したのに寝てしまうなんて、スミマセン!」

「だ、大丈夫です! 気にしないでください!」


「私が話をしていました。大丈夫ですよ姫」

 黒陽の言葉にも竹さんは涙目だ。


「私……私……」とオロオロするのがかわいそうでかわいくてたまらない。


「その、黒陽から話を色々聞きました。

 ですから、大丈夫です」


 じっと俺を見つめてくるのかわいすぎ!

 もう一度「大丈夫です」と笑顔を浮かべて言ったのだが、彼女は逆にしゅんとしてしまった。


「……スミマセン……。私、だめだめで……。申し訳ないです……」

「ホントに大丈夫ですよ。気に病まないでください」


 重ねてなぐさめていると、またしてもスマホが鳴った。

 彼女のスマホだ。


 ハッとした彼女が机のスマホを手に取る。

 もたもたと操作して、やっと電話に出た。


「も、もしもし」

 もたもた操作したときに手が当たったのだろう。スピーカーモードになったスマホからアキさんの声が流れてきた。


『竹ちゃん!? 大丈夫!? トモくんにヘンなことされてない!?』

 信用ないなオイ。


「へ、ヘンなこと?」

 意味がわからなかったらしい彼女の返事に、アキさんは何か察したらしい。

『ゴメンね。こっちの話』と、あっさり前言撤回した。


『もうすぐ夕ご飯だけど。まだお話は時間かかる?』

「――あっ!」


 そういえぱずいぶんと時間が経っていた。

 ちらりと俺を見る彼女の顔が困っていたから、助け舟を出すことにした。


「黒陽とたくさん話をしました。

 ちょっと話を整理して考えたいので、お返事は後日でいいですか?」


 ちらりと黒陽に目をやる彼女。

 黒陽も俺をちらりと見上げ、ひとつうなずいた。


「――そうだな。今日話をして即返事がもらえるとは思っていない。

 数日考えてみてくれ。

 決心かついたら、そうだな――。晴明かヒロに連絡を入れてくれ」

「わかりました」


 俺達のやりとりに彼女はわかりやすくホッとした。


 俺達の会話が聞こえていたのだろう。アキさんが『じゃあ帰って来れるわね』と口をはさんできた。


「は、はい。帰ります」

『急がなくてもいいから、気をつけて帰るのよ』


「はい」と返事をして彼女は通話を切った。

 そして、わかりやすく落ち込んだ。


 ズウゥゥン、とでも背後に書いてありそうなオーラを背負って、彼女は首をうなだれた。

『何しに来たんだろ』と思っていることは明白で、おかしいやらかわいそうやらで俺も困ってしまった。


 スマホを持ったままうなだれる彼女の正面に座ると、彼女がのろりと顔を上げた。

 眉が下がってるよ? 目もうるうるしている。かわいすぎか!


 このままかわいいひとを愛でていたい気もしたが、かなしませたままではかわいそうだ。

「あの」と呼びかけるとくしゃりと顔をゆがめる。

 どうやら凛々しい顔を作ろうとして失敗したらしい。かわいすぎか!


「――高間原(たかまがはら)のことを聞きました」

 俺の言葉に彼女の雰囲気が変わった。

 ピリッと芯が通った。

 キュッと口を引き結び、目にも力が入った。


 ああ、このひとはいまだに『高間原(たかまがはら)の王族の姫』なのだな。

 何故かそんなことを理解した。


「『災禍(さいか)』のことも。貴女方の責務のことも。

 そのために京都の結界を強めなければならないことも」


 うなずく彼女にうなずきを返し、また口を開く。


「正直、考えることが多くて、すぐに答えを出せません。

 なので、先程も言いましたが、しばらく考える時間をいただけませんか」


 丁寧に正面から頼むと、彼女はためらいながらも「――わかりました」と答えた。

 生真面目な彼女の性質が出ているようでかわいらしい。


「申し訳ないですが、ヒロにケーキを持って帰ってもらえますか?」

「はい」

「すぐに取ってきます」


 ペコリと一礼して台所に向かい、冷蔵庫からケーキの箱を取り出す。

 マドレーヌは常温で置いていたのでこちらも忘れず持って部屋に戻ると、彼女はベストもジャケットもきちんと着ていた。


「ハイこれ」と箱と袋を渡すと「お預かりします」と生真面目な答えが帰ってきた。


「貴女も食べてくださいね。たくさんありますから」

 つい笑みが浮かんでそう言うと、彼女はキョトンとした。

 そしてすぐに驚きを浮かべ、ブンブンと首を振った。


「わ、私はさっきいただきました!」

「さっきはさっきでしょう」

「これ、ヒロさんのですよね!?」

「あそこの家族、仲がいいから『ヒロだけ』よりも『家族みんなに』のほうがヒロは喜びます。

 ヒロの機嫌を取るためにも食べてください」


 そう言うと「でも」「その」などなにかモニョモニョ言っていたが、あきらめたのかペコリとお辞儀をしてきた。

「ありがとうございます」とはずかしそうに言うの反則! かわいすぎるから!


「姫」と肩の黒陽にうながされ、彼女が「それでは」と挨拶をしてくる。


「転移するのですか?」

「? はい」

「靴は?」

「……………」


 玄関にまわって靴を履き、改めて彼女はきちんと立った。


「本日は突然お邪魔して申し訳ありませんでした」

「とんでもございません。こちらこそありがとうございました」

 ペコリと頭を下げる。

 顔を上げると、照れくさそうな彼女の笑顔があった。


 かわいい!


「では失礼します」

 彼女がペコリとお辞儀をし、姿勢を正した次の瞬間。


 まるで幻だったかのようにその姿が消えた。

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