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久木陽奈の暗躍 5 竹様

「早速荷物を置きに行こう」と、転移陣の刻まれているという扉の前に立たされた。

 どこからどうみてもごくフツーの扉。


「ドアノブを握って、少しだけ霊力を込めてみて。

 難しかったら『離れに行きたい』って念じてみて」


 アキさんの説明に、ドアノブを握る。

 晃を育てた白露様に私も一緒に霊力操作は習った。

 だから霊力を込めるというのはできた。


 ガチャリと扉を開く。

 そこは広いリビングダイニングキッチンだった。


 一歩入ったところがカウンターキッチンの入口だった。

 家電や調理道具が整えられている。

 さらに進むと大きな机。

 部屋の真ん中に据えられているその机には、たくさんの椅子が備え付けられていた。


 その机と椅子に、そういえばと思い出した。

 晃が話していた『北山の離れ』の様子に合致した。


「はい。ここが北山の離れです」

 ケロッとアキさんが紹介してくれる。


 そんな簡単に。一体何十キロ離れれると思ってんのよ。

 頭を抱えそうになるのをどうにかこらえる。


「さあさ。ひなちゃんのお部屋はこっちよ」

 うながされるままについていった先は個室だった。

 六畳ほどか。ベッドがおいてあるので狭く感じるけれど、寝るだけなら十分とも言える。

 正面に窓がひとつ。右の壁にクローゼットと机。


「このお部屋のものはなんでも好きに使ってね。

 とりあえず荷物出してしまいましょ」

 アキさんが手伝ってくれて持ってきた衣類はクローゼットにおさまった。

「洗面所はこっちよ」

 洗面道具は洗面所に置かせてもらうことになった。お風呂も説明してもらう。


「掃除はここ専属の式神ちゃんたちがやってくれるから。

 掃除にお部屋に入っても大丈夫?」


 そんなのまでいるのか。さすがは安倍家といったところか。

 慣れたと思っていたが、改めてひとつひとつ突きつけられるとくらりとする。

 どうにか「大丈夫です」と答えた。

 そのまま『離れ専属の式神ちゃん』に紹介された。

 ちいさな赤ん坊のような姿に癒される。

 いろいろツッコミたいことはでてくるが、そこは前世京都育ちのスキルをフル活用してなんてことない顔を作った。

 世話になる『式神ちゃん』達に「お世話になります」と頭を下げた。



 大きな机の椅子に座らされ、お茶を出してもらった。

「今ヒロちゃんが竹ちゃん呼びに行ってるから。ちょっと待っててね」


 その『竹ちゃん』というのが先にこの離れをつかっている()だという。


「その『竹』さんには私のことはお話されているのですか?」

「ええ。大丈夫よ」


 よかった。

 こんな広い家をひとりでのびのび使っているところに全然知らない他人が上がりこんできたら、普通のひとは不快感を抱くだろう。

 アキさんが話をしてくれているならば、そこのところは飲み込んでくれるだろう。

 春休み期間だけの短い間だ。申し訳ないが我慢してもらおう。


 そう考えを巡らせていたら、ヒロさんが顔を出された。

「おまたせ」とリビングに入ってきたヒロさんに続いて、女の子がひとり姿を現した。


 大人しそうな()だと思った。

 おだやかなまなざし。やさしげな表情。

 ちょっとぽっちゃりしていて健康そうに見える。

 白い肌は病弱というよりは色白で、頬も唇も健康的に色づいている。

 茶色がかった髪は染めたのではなさそう。色素が薄いひとなんだろう。

 その髪はまっすぐストレート。膝よりも長い髪なんてリアルで初めて見た。それをきっちりひとつに結んでいる。


 その肩に黒い亀が乗っていた。

 なるほど、これか。

 これなら『男性』と言えないんじゃないかと思っていると、彼女が生真面目に姿勢を正した。


 綺麗な立ち姿だと思った。

 そのまま彼女は美しい拝礼を見せた。


高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)の娘、(たけ)と申します。

 今生の名は神宮寺(じんぐうじ) (たけ)です。よろしくお願い致します」


 にっこりと微笑む彼女に好感を抱いた。

 かわいい、素直そうな()だと思った。


 でもそれ以上に。


 なんですかその霊力量。

 かなり抑えているのがわかる。抑えていてもそれですか。

 おまけに、にじみ出る『格』。

 全身がビリビリと総毛立つ。


 これは、ダメだ。

 ヒトが相対してはいけないモノだ。

 本能が叫ぶ。


 精神系の能力者である私だから感知するのかもしれない。

 このヒト――ヒト? は只人ではない。

 神とか『(ヌシ)』とか、そういう存在に近いモノだ。


 にっこりと顔を作ったまま固まることしかできない。

 私、中身アラフォーの社会人なのに。

 これでもそれなりにいろんな場面を経験してきたのに。

 でも神様と相対するなんて経験はない。だから仕方ない。うん。仕方ない。


 固まってしまった私に竹様はきょとんとされている。

 小首をかしげた姿はかわいらしい。

 でも動けるかというと話は別。


「竹ちゃん。この子が話していたひなちゃんよ。

 晃くんの『半身』で、今回ちぃちゃんの会社のお手伝いに来てくれたの」


 見かねたアキさんが私を紹介してくれた。

「ひなちゃん」とアキさん。

『挨拶をしろ』と。そうですね。そうすべきですね。


 どうにか椅子から立ち上がり、その場に正座をし、平伏した。

「お初にお目にかかります。吉野から参りました、久木(ひさき) 陽奈(ひな)と申します」

「ひ、ひなちゃん!?」

「短期間ではございますが、こちらにお世話になります。

 お目汚しとは存じますが、どうぞご寛恕(かんじょ)くださいますよう伏してお願い奉ります」


「ひ、ひなちゃん? そんなにかしこまらなくても! フツーにしていいのよ! フツーに!」


 何言ってんですかアキさん。そういうわけにはいかないでしょう。どう見たって『格』が違いすぎでしょう。わかんないんですか?


「そ、そうだよひなさん。大丈夫だから!」


 なにが大丈夫だというんですかヒロさん。こんな明らかにレベルの違うひとを前にして。


「あの。あの! どうぞ頭を上げてください」


 ご本人がオロオロオタオタしていらっしゃる。

 どうやら控えめな方らしい。


「なるほど。なかなか『見る目がある』者のようだな」


 聞いたことのない壮年の男性の声にびっくりして固まった。


「久木といったか。(おもて)を上げろ」


 威厳に満ちた声に命じられ、知らず従ってしまう。

 命令することに慣れた声だった。


 震える身体をどうにか動かして顔を上げる。が、どこにも成人男性の姿はなかった。

 どういうことかと(いぶか)しくおもっていると、スッと立っている少女から壮年の男性の声がした!


「こちらは高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)の王の娘。『黒の一族』の姫である竹様だ。

 私は守り役の黒陽(こくよう)

 以後知り置くがよい」


「もう! 黒陽!」


 ………今のかわいい声が竹様の声ですよね?

 じゃあその前の壮年の男性は……?


 声を探してようやく彼女の肩の黒い亀が目に入った。


 ……………これ?


「すみませんひなさん。黒陽が失礼なことを…」

「失礼とはなんですか姫。名乗っただけではないですか」


 やっぱり! 亀がしゃべってる!

 霊獣!? この亀様もとんでもない霊力量なんだけど!!

 神使!? 神使なの!?

 てことは、やっぱりこのひと、神様とかそんなひと!?

『姫』って呼んでた! お姫様!?


 にじりにじりと正座で下がった。

 そうして改めて平伏。

 さっきよりもより深く、ぺったんこになるくらい低く礼をした。


「お目にかかれて光栄です。

 このたびはお邪魔を致しますこと、平にお詫び申し上げます」


「ち、違うわよひなちゃん! ひなちゃんは悪くないわ!

 私達が『来て』って頼んだんだから!

 私達が『ここに寝泊まりして』って頼んだんだから!」

「そうです! ひなさんが邪魔なんてことありません!

 邪魔だとしたら私のほうです!

 どうか頭をお上げください!」

「とんでもございません。王族の方にそのようにお気遣いいただき恐縮でございます」

「もう王族ではありません! お願いですからそのようになさらないでください!」


 アキさんが私を立たせようと背中をなで肩を引っ張るけれど、動くわけにはいかない。

 竹様がオロオロオタオタと私の前で膝をついているけれど、これこそ応じるわけにはいかない。


 動かない私にヒロさんが千明さんとタカさんを呼んできた。

 おふたりにも説得されたけど頑として聞かないでいたら主座様まで来られた。


「ひなさんは精神系の能力者なのです」

 主座様が竹様と黒陽様に説明をされる。


「なので、姫宮の霊力量やらなんやらがわかってしまうのです。

 彼女はどうも『視通(みとお)す』ことに長けているようで」


「すごいです」なんて褒められもうれしくないですよ竹様。貴女のほうが万倍、いや、億倍すごいてしょう。



 安倍家の皆様が口々に私を説得されるけど、頑として動くわけにはいかない。

 強情を張っているわけじゃありませんよ。当然の礼儀です! 逆になんで皆様はわかんないんですか!


 置物になってしまった私に「ちょっと僕がふたりで話しますから、姫宮は御池で待っていてください」と主座様が竹様に強制退場をお命じになった。

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