久木陽奈の暗躍 4 京都へ
高校一年生の春。
晃と『お付き合い』することになった。
入学式の朝。
春休み中ずっと京都に行っていた晃と久しぶりに会った。
晃は変わっていた。
『男』に成っていた。
『どこがどう』と説明できるものではない。
ただ『わかった』。
この男が私の『半身』だと。
ココロに、魂に、強烈に刻み込まれた。
そうして入学して二週間。
『好き好き光線』を私に向け続けていた晃から告白してくれて、私達は結ばれた。
とろけるようなキスに溺れた。
互いに求めあった。
『半身』という呼び名に深く納得した。
欠けた部分にピッタリとはまるよう。
『元々ひとつだった』という感覚が湧き上がる。
私は晃のために生まれた。
私は晃のために在る。
己の存在意義をはっきりと感じた。
晃のために。
晃とともに在るために。
そのために私は生きる。
そのためならばどんなことでもする。
結ばれた喜びの裏で私はひとり決意を固めていた。
結ばれた私達だけど、この『半身』、私に対する執着がひどい。
以前からそういうところはあったけど、『好き』とお互いに明かし気持ちが結ばれて『お付き合い』をはじめてからひどくなった。
他の男に私を見せたくないらしい。
常に私のそばにいて、目を向けてくる男に威嚇を振りまいている。
私は『自分のものだ』と示したいらしい。
常に私のそばにいて、ベタベタとくっついてくる。
友人も先生達も、そんな阿呆に呆れたり苦言を呈したりしてたけど、阿呆は阿呆なので聞きやしない。
そのうち周りがあきらめた。
私には京都で社会人として生きた価値観がある。
その価値観が『人前でベタベタする』ことを『不快なこと』『社会的にふさわしくない行動』だと叫ぶ。
だから何度も『やめろ』と叱った。
それに対する阿呆の返答は「ふたりきりならいいの?」だった。
人前でベタベタされるよりはまだいいか。
そう許したのが失敗だった。
阿呆はふたりきりになった途端私を求めてくる。
欲望のままに私をむさぼる。
そんな『半身』の欲に私はあらがえない。
最後の最後までまでいたすことだけはなんとか死守しているが、正直時間の問題だ。
そんな私の相談に乗ってくれたのは、安倍家の方々だった。
敬愛する華道家の目黒千明様と旦那様も『半身』だという。
だから私の気持ちも晃の状態もよくよく理解してくださった。
主座様は今生が十回目の人生。過去に何組も『半身』を見てきて、彼ら彼女らがどのようだったのかをよくご存知だった。
だから晃の状態も理解してくださり、今後の予測も立ててくださった。
主座様の父親の晴臣さんは、千明様の『半身』であるタカさんの親友。目黒ご夫妻を身近でずっと見てこられたので『半身』がどういうものか理解しておられた。
弁護士でもある晴臣さんは、男女の事情にも、そのために引き起こされる問題にもお詳しかった。
同じく目黒ご夫妻をずっとそばで見てきた主座様の母親であり千明様の従妹のアキさんは、あの安倍家のお嫁さんを努められるほどの方。
私の気持ちにも、私や晃の状態にも理解を示し、解決策を授けてくださった。
その相談の流れで皆様に私が『転生者』だと告白した。
バラしたら楽になった。
中身大人だと理解してくださった皆様は私を大人扱いしてくださった。
中身百歳のおじいさんである主座様と平気で接している皆様にとって、中身アラフォーのオバサンくらいは大したことないらしい。
「何か問題が起きたらすぐに連絡してきなさい」と皆様はそれぞれに自分の直通電話番号を教えてくださった。
それだけではなく、主座様は少しの霊力でも飛ばせる直通の札を何枚もくださった。
つまりそれだけ危険だと。
「若い『半身持ち』なんて、なにをしでかすかわかったもんじゃない」
主座様の言葉にゾッとした。
晃が好き。
それは間違いない。
だけど私は高校を無事に卒業したい。できれば大学も行きたい。
最後までいたして妊娠なんてことになったら、みんなが不幸になる!
「避妊すればいいじゃん」なんて学校の友達は軽く言う。
でもあの阿呆は絶対一回じゃ止まらない。
安倍家の皆様も「やめといたほうがいい」とおっしゃる。
「一度あの悦びを味わったらもうムリだよ。止まらないよ」
先輩の意見は真に迫っていますねタカさん。
横の千明様も真顔でうなずいておられる。
「とにかく欲望を小出しにさせて。
ひなさんがしっかりと信念を持つこと。
『半身』が本気で嫌がることは『半身持ち』にはできないから」
そうアドバイスをもらって、一年過ごした。
夏休みも冬休みも何度も危ない橋を渡りかけたが、どうにか守るべき一線は守りきった。
もうすぐ春休み。
そろそろ阿呆の攻撃をかわすのが苦しくなってきている。
「どうやったらあの阿呆を止められると思いますか」
京都の安倍家に救援依頼を出した。
敬愛する華道家の目黒千明様は会社の社長さんでもある。
ご自身のご実家が所有していた山の管理を中心に、山からの産物を販売したり、その素材を使って花を生けたりする会社だ。
その会社と千明様を実務面で支えているのが、夫であるタカさん。
パッと見、ヘラヘラした軽い男性に見えるけど、このひとものすごく優秀なひと。
カナダへの留学経験あり。京大法学部卒。
そんな経歴もすごいけど、なんかパソコン関係ではものすごく有名なひとらしいけど、それだけじゃない。
このひとは『本質』を見抜くことのできるひと。
たくさんの情報の中から余計な枝葉を取り除き、必要なことだけを見抜くことのできるひと。
だから仕事が早い。『人たらし』なんて息子に言われるくらいには対人スキルが高い。
そしてそんな己の能力をよくわかっているひと。
その能力全部を『半身』である千明様に捧げている。
同じ『半身持ち』としてタカさんの生き方は共感できた。
私も『捧げる側』の人間だ。
晃のために全てを捧げる覚悟はある。
ただそれは今じゃない。
そんな私の気持ちを、タカさんも理解してくれた。
そのタカさんが「別件にかかっていて忙しい」という。
そのために「会社の処理が間に合っていない」と。
あの優秀なひとがひとり抜けたら、それは普通のひとが五人は抜けるのと同等だろう。
千明様のために動くひとが千明様の会社を放り投げて『別件にかかっている』ということに少しひっかかったものの、それすらもきっと千明様のためだろうと信じられた。
だから、ちょっと手助けするつもりで言った。
「私、手伝いに行きましょうか?」
我が家で使っている経理システムも『目黒』と同じものだ。私は即戦力になれるだろう。
晃から逃げられてちょうどいい。
軽いアルバイトのつもりで京都に向かった。
このたび私に依頼されたのは、敬愛する華道家の目黒千明様の会社の経理処理。
だから最初は一乗寺の会社に直接行くと申し出た。
なのに千明様の指示は「御池の安倍家で合流」だった。
確かに京都駅からだったら御池のほうが距離的には近い。地下鉄使えるし。
でも一乗寺だってバス一本で行けるのに。
首をかしげながらも指示どおり安倍家を目指した。
お話などでよく知られている安倍晴明の住まいは一条戻り橋の近く。
でも現在の安倍家の本拠地は山奥の北山杉を産出するエリア。
晃は『北山』なんて言ってる。
京都暮らしが長かったから『北山』って言われたら植物園あたりのオシャレタウンを思い浮かべてしまって、最初聞いたときは「あんなところで!?」なんて驚いてしまった。
でも主座様とその保護者が現在お住まいなのは御池のマンション。
なんで『そう』なのか、聞いたことはない。
ただなんとなく、主座様の父親の晴臣さんが『霊力なし』なことが関わっている気がして、聞くことができずそのまま受け入れている。
三十八年京都で暮らしてきた土地勘とスマホのマップで、難なく指示された御池の安倍家に到着した。
弁護士事務所の入ったマンションの四階。
インターホンを押す前にヒロさんが出迎えてくれた。
招き入れられたリビングには目黒ご夫妻と安倍ご夫妻、そして主座様がおられた。
到着の挨拶をして早速仕事にかかろうと申し出た。
「その前にひなちゃんに言っとかないといけないことがあるのよ」
千明様の言葉に「なんでしょう?」と返す。
「今回のお仕事をお願いするにあたって、食と住はこちらで持つと言ったじゃない?」
「はい」
一乗寺の千明様の会社には研修棟というべき建物がいくつかある。
『山の再生屋』なんて呼ばれるタカさんの手法を勉強したいというひとは多い。
「土地だけはあるから」と、そういうひとのための宿泊施設を建てていた。
私も何度もその宿泊施設にお世話になっている。
今回もそのつもりで来たのだが。違うのだろうか。
内心首をひねる私に、千明様は続けた。
「実は、急に断れないところから話が来て、宿泊棟が埋まっちゃったのよ」
「え!?」
「それでね。ひなちゃんは安倍家の離れに寝泊まりしてもらいたいの」
「『安倍家の離れ』というと……。いつも晃がお世話になっているという?」
「そうそう」
そりゃ「そうしろ」と言われたら「わかりました」と言うしかない。
でもそんな北山杉エリアから一乗寺って、どうやって通えばいいんだろうか。
前世京都育ちのスキルを活かしてなんてことない顔を作っていたけれど、動揺は見透かされてしまった。
「心配には及ばない」
主座様の発言にぴっと背筋が伸びる。
親しくさせていただいているとはいえ、やはり相対すると緊張してしまう。
なんでウチの阿呆はこの方を前にしてじゃれられるのだろうか。阿呆か。阿呆だからか。
「この御池のマンションと北山の離れは、転移陣でつながっている。
そこの扉を霊力を込めて開くだけで北山の離れにつく」
―――は?
「で、そっちの扉は一乗寺のタカの自宅とつながっている」
―――え?
「だからね。ひなちゃんは安倍家の離れで寝泊まりしてもらって。御池でごはん食べて。一乗寺で仕事をしてもらいたいの!」
ケロッと千明様が説明してくださる。
他の面々もそれが当然のことのような態度だ。
だがちょっと待ってほしい。
転移陣? ナニそれ。漫画か。
「転移陣?」
「うん」「便利よ?」
『なにか問題が?』とでも言いだしそうな一同に言葉が出ない。
「私達でも使えるから。ひなちゃんも問題なく行き来できると思うわ!」
アキさん。問題はそこじゃありません。
「身体への影響もなにもないよ!」
タカさん。そこも違います。
転移陣?
そんなものが現実に存在するの?
そして、そんなものが、こんな街中のマンションについてるの? 意味わかんない。
「大丈夫大丈夫」
「細かいこと気にしだしたら負けだよ」
保護者の皆様が哀れみのこもったまなざしでなぐさめてくれる。
『自分達も最初そう思ったよ』そんな思念が伝わってくる。
――そうだ。ここは人外どもが集まる魔窟だった。
それならそんな非常識な装備があっても当然なのだろう。
どうにか感情を飲み込んで「わかりました」と了承する。
ホッとする一同。
そのなかでアキさんが口を開いた。
「それでね。もうひとつ言っておかないといけないことがあるの」
「なんでしょう」
「実は、その離れで、とあるひとをお世話してるの。
ひなちゃんのお部屋はちゃんと個室を用意するんだけど、同じ建物に別のひとがいることを了承してもらいたいの」
「……男性ですか? 女性ですか?」
そう問いかけるとアキさんはあっさりと答えた。
「十五歳の人間の女の子と、大人の亀の男性よ」
「………亀………」
亀の性別まで申告してくれるとは、律儀な方だ。
いや。『半身持ち』である私に配慮してくださったのかもしれない。
あの阿呆は少しでも異性の気配が私につくことを嫌う。
でもまあ亀なら大丈夫じゃない?
それと、十五歳の女の子。
「十五歳というと、春から高校一年生ですか?」
「学年的には高校一年生になるわ。ただ、丁度高校受験の期間の前から体調を崩されて、受験できなかったのよ。
ようやく最近元気になってきたんだけど、まだまだ療養が必要だから、進学はしないでこのままウチでお預かりすることになってるの」
なるほど。
細かい事情はわからないが、安倍家で療養のためにあずかっている娘だと。
私の一歳年下か。
どんな娘かはわからないが、基本寝るだけだろうし、向こうも『療養が必要』というくらいなら部屋から出てこないかもしれない。
接することがあるとしても、中身アラフォーの私ならあしらえるだろう。
一呼吸の間に様々な角度から検討し検証した。
そうして「わかりました」と答えた。
晃とお付き合いに至るまでのおはなしは『根幹の火継 番外編』をお読みください。