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久木陽奈の暗躍 3 霊玉守護者(たまもり)

 千年の都、京都。

 世界的にも有名なこの古都は、この国で有数の観光都市として知られている。

 でもこの京都には『よそさん』の知らない側面がある。


 霊能都市、京都。


 都が作られたそのときから結界に囲まれたこの都は、神社仏閣が立ち並び、あちこちに霊力の溜まる『場』がある。

 神仏やその使い、妖魔に霊獣。

 ありとあらゆる『ヒトならざるモノ』が存在する都。

 ヒトも『能力者』と呼ばれる、特別な能力を持ったモノが多く存在する。


 その『能力者』を取りまとめているのが、安倍家。

 平安時代の大陰明師、安倍晴明を祖とする一族だ。



 安倍家の役割は能力者の取りまとめや霊的な問題の対処だけではなかった。

 私の前世の頃から『安倍家が京都の政治経済を裏から操っている』と言われていた。

『安倍家に敵対したら鬼に喰われて消される』なんて話もまことしやかに流れていた。


 京都では畏怖の対象として広く知られていて、それこそちいさな子供でもその名を知っていた。

 それが安倍家。


 私は精神系の能力者ではあったけれど『能力者』なんて大っぴらに言えるようなレベルじゃなかったから安倍家と関わることなんてなかった。

 生家だってごくフツーの家だったし、就職先もどこにでもある町の弱小印刷会社。

 今生は転生者だけど、転生した場所は京都から遠く離れた吉野。

 安倍家に関わるなんて、可能性すらなかった。


 私にとって安倍家の存在は雲の上のような、それこそ物語の世界のようなものだった。


 それが今では家族ぐるみで親しくさせていただいているのだから、世の中なにがどうなるのわからない。




 中学一年生の終業式。

 その日は山の点検に入った地域の修験者が戻る日だった。


「じいちゃん達の話を早く聞きたい!」と晃は特別なモノにしか使えない『縮地』と呼ばれる高速走行で先に学校を出た。

 私はそんな阿呆を呆れ半分微笑ましさ半分で見送り、いつものようにバスに乗り、いつものように帰宅した。


 今生の父は修験者。家業の農林業に携わっている父は時間が自由になる。こんな平日の勤めにも当然のように参加していた。


 二人の兄も修験者。

 上の兄は大学生。翌日からの勤めのために京都から戻っていた。

 下の兄は高校を卒業したばかり。今回の勤めが終わったら奈良で一人暮らしをする予定。

 上の兄と二人で翌日からの勤めのための準備をしていた。


 その下の兄が練習にと作った昼食をみんなで食べ、それぞれに用事をしていた。


 それは突然のことだった。


 バリン!

 ナニカが破られるような衝撃に息を飲んだ!

 すぐさま兄達が庭に飛び出す! つられるように私も庭に出た。

 空気がいつもと違う! これは――?


 白露様に教わった霊力操作を駆使して必死で周囲の霊力の流れを探る。


「お山の結界が破れてる」

 修兄のつぶやきにハッとした。

 修兄と同じ方向をじっとにらんでいた健兄もうなずく。


 母がどこかにメッセージを送っていた。おそらくは父だろう。

 ほどなく母のスマホが鳴った。


「はい。久木です」

 その受け答えに父ではないと理解する。

 母は驚き、動揺しながらも「わかりました」と電話を切った。


「『お山の結界が破られた』って自治会長さんが」

 うなずくことで話の先をうながす。

「修と健は支度をしてお山へ。結界の補修にかかるから、向こうで班長さんの指揮下に入りなさい。

 ひなは私と集会所へ行くわよ」


「父さんは」

「父さんは日村のじいちゃんとこ。

 向こうは向こうで動くって」


 この吉野は『(かなめ)』の地だ。

 何百年、何千年も前から人々が守り繋いできた。

 修験者が山を巡ることで霊力を巡らせる。

 聖なる霊力を循環させ、世に広げる。


 そんな『お山』を護る修験者は、吉野の各地域に広がっている。

 なにかあったときのための連絡網や班分けも常からしてある。

 それに従って動こうとした、そのとき。


 ゴウッ!


 山の一角から炎があがった!


 ――晃!


 すぐにわかった。晃の炎だ。

 晃になにかあった? 暴走してる?


「――私、」


 行かなきゃ。

 晃のところへ。

 晃を抑えられるのは私だけなんだから。


 そう駆け出そうとしたけれど、母に肩をつかまれた。


「ひなはこっち! 晃は日村のじいちゃんとお父さんに任せなさい!」


『お山の一大事』に母も焦っていた。

 でも。


 何故かわからない。

 わからないけれど、晃が泣いていると『わかった』。


 私が行かなきゃ。

 晃を抑えなきゃ。

 抱きしめて「大丈夫」ってなでてやらなきゃ。


 ココロが急かされる。焦る。焦燥感に視野が狭くなっていく。


 そんな私の両肩を修兄がグッとつかんだ。

 背筋を伸ばすように支えてくれた。


「晃はオレが行く。ひなは集会所に行け」

「でも」

「オレが『ムリだ』と判断したらすぐに呼びに行く。

 だから、集会所のほうを頼む」


 兄の提案に納得して、私は集会所に行った。

 集会所についてすぐに修兄から連絡があった。

 晃の炎は日村のじいちゃんが抑えたこと。

 晃は家に帰ったこと。

 父さん達は晃の後始末をすること。


 よかった。

 晃の無事を聞いて、ようやく身体のこわばりが溶けた。

 ホッと息をついて、やるべきことにとりかかった。



 お山に向かう修験者のために地域の女性で炊き出しを始めた。

 普段から書きためて集会所に保管していた札やらなにやらを全部放出した。

 健兄達お山に向かう修験者がそれらを持って出発した。


『それで終わり』とはいかない。

 放出したためになくなった札を作らなければならない。それも早急に。

 どれだけ必要かわからない。今持たせた分で足りなくなる可能性もある。


 札は霊力を込めないといけないから、作れるひとが限られる。

 地域のエラいひとが認めたひとしか作れない。


 私はその認められた人間のひとりだった。

 他のひとと手分けして札を作る。

 夜遅くまでその作業にかかった。

 札作りに携われないひとが作ったごはんをみんなで食べて、片付けをして帰宅した。


 父も、兄達も帰ってこなかった。



 そんな緊急事態が落ち着いたのは、終業式から三日後のことだった。

 どうにかお山の結界を再展開できたとの連絡に、集会所に集まっていたひとみんなで喜びあった。


 お山に向かった修験者達が帰ってきた。

 ああだったこうだったという話を聞いた。

 自治会長さんも会議から戻ってきた。

 お山の現状、お寺の状況、他の地域の様子をみんなに報告した。

 とりあえず一件落着。よかったよかった。

 みんな安堵の表情を浮かべ、集会所をあとにした。


 私も母の運転する車に乗り込んで帰宅の途についた。

 ふと思いついて母に言った。

「晃がどうしてるか心配だから、日村の家に寄って」

 そうして日村家に向かった。



 晃はいなかった。


「もう晃は帰ってこない」


 日村のじいちゃんが、ぼそりと言った。


 スウッと、血の気が引いた。



 晃になにがあったのか、どこに行ったのか、じいちゃんは言わなかった。

 どれだけ問い詰めても口を割らなかった。

 ならばと父を問い詰めた。

 普段は阿呆な父が頑として口を割らなかった。


 晃が、いない。


 晃が、いなくなる?


 私に黙って。私の知らないうちに。私の知らないところへ。


 晃が。



 目の前が真っ暗になった。



 それからどう過ごしたのか覚えていない。

 下の兄の一人暮らしのために両親も奈良に行った。らしい。

 その両親が帰るのを待って上の兄は京都に帰った。らしい。



 今までずっと一緒だった。

 生まれ変わってからずっとそばにいた。

 晃はいつでも私のそばにいて、えへへって笑っていると思っていた。


 ああ。晃が泣いている。

 終業式のあの日に感じた、聞こえない泣き声がずっと私の魂に響いていた。

 助けにいかなきゃ。私が助けなきゃ。

 私にしか晃は抑えられないんだから。


 手を伸ばすのに、そこには誰もいない。

 真っ暗な闇が広がっているだけ。


 あの炎が。輝きが。

 どこにもない。


 ゴソリ。

 身体の半分を()がれた。


 そう感じて、動けなくなった。


 晃が。

 晃が。


 晃がいない。

 帰ってこない。


 真っ暗闇の世界で、あの火を探して手を伸ばす。

 あのぬくもりを。あの輝きを。

 求めて叫ぶ。

 なのにこたえはない。


 晃が。

 晃が。



「晃が帰ってくるぞ!」


 耳に届いた言葉が意味を持って脳に届いた。

 のろりと目を巡らせると、そこには父がいた。


「晃が帰ってくる! 友達を連れて、明日帰ってくる!

 今、日村のじーさんから連絡があった!」

 

 父の言葉が届いた。

 晃が帰ってくる。

 帰ってくる。


 ココロが、魂が理解した。

 途端に涙が落ちた。

 子供みたいにわんわん泣いた。大声をあげて泣いた。

 安心して、ただただ泣き続けた。



 翌日。

 何事もなかったかのような顔を作って両親におはようと挨拶をし、バーベキューの準備を手伝う。


「晃が友達を連れて帰ってくる」となり、日村のじいちゃんばあちゃんは「食事はなにを出したらいいだろうか」と困った。

 相談された父が「バーベキューじゃない?」と提案し、準備を我が家が受け持つことになった。



 夕方。

 一台の車がやってきた。


 数人の少年達のなかに、晃がいた。

「ただいまー!」と、呑気にじいちゃんばあちゃんに声をかけている。

 じいちゃんもばあちゃんも号泣で晃を抱きしめていた。


「ひなも行けば」母がそう言ってくれたけど、無事な姿を見たらもう十分。

 晃が泣いてないなら、晃が元気なら、私はそれでもう十分。


 あの日からの焦燥感がようやく消え、そうして私は『私』を取り戻した。




 晃は京都に行っていたという。

 全部終わったからか、関係者が来てベラベラ喋っているからか、あれだけ頑なに口を割らなかったじいちゃんも父も手のひらを返したかのようにベラベラ喋った。


 なんでも京都に封じてあった『(まが)』と呼ばれる存在の封印が解けたらしい。

 そいつの霊力を五つに分けたのが晃が生まれたときから持っている不思議な霊玉。

 その霊玉の持ち主は『霊玉守護者(たまもり)』と呼ばれているという。


 晃はその『霊玉守護者(たまもり)』。

 その晃を狙って『(まが)』がやってきた。

 吉野の結界を破り、白露様の結界を破り、白露様を取り込んだ。


 白露様を助けるため。

(まが)』を封じるため。

 晃が向かったのが、京都の安倍家。


 そうして晃は安倍家の次期当主の指示のもと、他の『霊玉守護者(たまもり)』と協力して『(まが)』を浄化してきた。



 で。


 この『晃の友達』という少年達が、その『霊玉守護者(たまもり)』。


 なんなの。こんな子達がゴロゴロしてるなんて聞いたことないんだけど。

 全員が晃並の高霊力を持っている。

 しかも四人は属性特化。

 なんなの? 五つの属性全部揃ってるとか、ゲームやマンガじゃないんだから。

『五つ集めたら願いが叶う』じゃないんだから。


 私の戸惑いをよそに、人外どもは屈託なく笑い、遠慮なく食べまくっている。

 ごくフツーの少年のような顔をして。


 晃も楽しそう。

 あんなに楽しそうに、のびのびしてる晃の顔、見たことない。

 もろもろ言いたいこともツッコミたいこともあるけれど、晃の笑顔を見ていたら『まあいいか』って思った。


 そしてその中に、ごくフツーの青年のような顔をして、それでも上品さを隠しきれないでいる青年がいた。


 明らかにウチの阿呆とは違う。

 かもし出すオーラが違う。格が違う。


 ほっそりとした顔立ち。肌は抜けるように白く、反対に髪は艷やかな黒髪。

 スッと筆で描いたような眉の下に、これまた人形師が描いたかのような吊り目。


 その目には、長く生きたひと特有の深みがあった。


 抑えているだろうに隠しきれていない高霊力と威厳。

 ヒトでないモノが何人も隠れて護衛についている。

 おそろしくてとてもそのひとの前に出ることができない。

 なのに晃は普通の顔をしてその方にじゃれついている。

 阿呆だ阿呆だと常日頃思っていたが、やっぱり阿呆だった。



 安倍家に関する噂のひとつに、こんなものがあった。


『安倍家の開祖である安倍晴明様は何度も転生されている』

『生まれ変わった開祖様を区別するために、開祖様は「当主」ではなく「主座様」と呼ばれている』


『安倍晴明が転生』なんて、どこまでもベッタベタな設定だ。だがそのテッパン感がイイ。

 ヲタクで腐女子だった前世の私はその話を『おはなし』として受け入れた。

「きっと狐みたいなひとに違いないわ!」

「白髪とか銀髪とかよくない!?」

 ヲタ友とそんなふうに盛り上がったものだ。


 それが事実だなんて、誰が思う!?

 荒唐無稽な噂にも、たまに『真実(ほんとう)』が紛れ込んでいるらしい。




 晃が連れて帰った『京都の友達』のひとり。

 黒髪に吊り目の、狐のような青年。

 それが安倍(あべ) 晴明(はるあき)様。

 安倍家の次期当主であり、『主座様』と呼ばれる、あの安倍晴明(あべのせいめい)様の生まれ変わり。


 こうして私は前世一切ご縁のなかった安倍家と縁を持った。




『京都の友達』を連れてきた大人は、主座様の父と『霊玉守護者(たまもり)』のひとりの父だという。

 その父親達とウチの阿呆父が意気投合した。

 タガが外れたように酒を飲み、叫び、愚痴を言い合い、連絡先を交換した。

 普通大人になってできた知人なんて、仕事や行事でもないと『連絡先交換してそれっきり』になることが多いのに、よほどウマがあったのか、交換した相手がマメなのか、しょっちゅう連絡を取っていた。


 そうして中二の夏には『晃の京都の友達』と再会し花火と川遊びをし、秋にはずっと憧れていた華道家の目黒千明(めぐろちあき)様の会社でありご実家にお邪魔した。


 まさか憧れの華道家が『霊玉守護者(たまもり)』の母親なんて。

 安倍家のお嫁さんであり主座様の母の従姉だなんて。

 現実は小説よりも有り得ない設定で溢れていた。



 私は『晃の幼なじみ』として認識され、京都の皆様と親しくさせていただいた。

 その皆様が父の幼なじみである晃の父親と晃を会わせるために策を練ってくださり、苦心してくださった。


 晃の父親を『救う』なんて、誰一人考えたことすらなかった。

 もう二度と会えないひと。

 会いたいと願ってもどうにもできないひと。

 そのはずだった。


 八方塞がりのどうにもならない状況を、誰もが諦めていた状況を、京都の皆様は打壊した。


 皆様のおかげで晃は父親に会えた。

 そのおかげでココロをこわしていた晃の父親は救われた。

「幼なじみを救えなかった」とずっと苦しんでいた父が救われた。

 父が救われたことで母も救われた。

 ココロを取り戻した父親と接することで晃が満たされた。

 

 両親と晃。

 私にとって大切な三人を救ってもらった。

 これを『大恩』と呼ばずになんと呼ぼうか。


 前世の祖母に言われていた。

「貴女が心の底からナニカを『誓う』とき。

 そのときは、貴女の『名』をかけるのよ」


『名』は『魂』を縛る。

『名』を捧げるということは『魂』を捧げるに等しい行為。

 それほどの誠意を示す行為。


 それほどの行為でなければ、この『大恩』には報えない。


 実務に携わり苦心してくれたおふたり――晃の仲間の『霊玉守護者(たまもり)』であるヒロさんとトモさんに告げた。


「今後、お二人に何か助力が必要なとき、私で助けになることであれば必ず助力いたします。

 久木 陽奈(ひな)の名にかけて誓います」


 私は最大級の感謝と誠意と覚悟を持って、『名』にかけて『誓約』した。

 それほどのものをいただいた。

 今生の両親を。私の『半身』を救っていただいた。


 吉野では『「名」をかける』という行為を聞いたことがない。もしかしたらこの行為は京都の能力者にしかないものなのかもしれない。

 案の定ヒロさんは気付いた。私が『転生者』である可能性に。おそらくは間違いないであろうことに。

 それでもいい。別に知られてマズいことはない。

 例え知られたことで不利益があったとしても構わない。それだけのものをいただいた。私は彼らに『大恩』がある。


 ヒロさんもトモさんも私の『誓約』を鷹揚に受けてくださった。

 おそらくは受けるだけ受けて使うつもりはない。

 そんな気持ちがわかるような笑顔に、私もにっこりと微笑んだ。


 いつか『恩』を返してやるわよ。

 覚悟しときなさい。



 京都人らしく表面を整えたやりとりをする私達を吉野育ちの晃は理解できない。

 焦ったようにうろたえて私を仲間から隠そうとする。

 まるでちいさい子が宝物を隠すような行動。

 独占欲を見せつけられたよう。

 晃に大切にされていると感じられて、なんだか私も満たされた。

中二の春のおはなしは『霊玉守護者顛末奇譚』を。

川遊びの話は『霊玉守護者顛末奇譚 番外編』を。

晃の父親を救ってもらったおはなしは『根幹の火継』をお読みください。

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