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久木陽奈の暗躍 2 生命の終わりとはじまり

 街のちいさなちいさな印刷会社は、それなりの会社になった。

 設備投資が功を奏した。

 バブル期に下手な投資に手を出すことなく、堅実に、誠実に仕事に取り組んできた。

 そのおかげで中堅と言われるまでになった。


 ていうか、同業他社が何社もポシャったから必然的に上がったって感じよね。

「ひなちゃんがいなかったらウチも……」なんて社長が震えている。

 そう思うんなら給料上げてください。ボーナスください。



 入社十九年目の春。

 三十八歳になった私は、仕事にやりがいを持って働いていた。




 今年も新入社員を何人も迎えることができた。

 順調に業績を上げる会社に希望を持って入社してきた若人(わこうど)

 ウンウン。いいねぇ。がんばりたまえ。会社の未来は君達にかかっているよ!



 毎年三月四月は死にそうになる。

 経理の決算。新入社員研修。株主総会の準備。

 どれもそれぞれ責任者を置いてやるべき仕事じゃないかしら? なんでなにもかも私が責任者なのよ!


「だってひなちゃんが一番頼りになるから」


 社長はもうすぐ引退予定。

 息子が次期社長としてほとんどの業務を引き継いでいる。


「この会社がこんなに大きくなったのもひなちゃんのおかげだよ。いつもありがとね」

「そう思うんならボーナスください」

「はい。ボーナス」

「お菓子はいりません」


 そう言いながら、社長が私にボーナスを出そうとするのを止めるのも私だ。

 経理部として、ひとりだけに特別ボーナスなんて認められない。

 出すなら全員に。公平に。


「ひなちゃんはアタマが固いなぁ」

 固くて結構。経理部としておかしな数字は残せないんですよ。処理が面倒になるでしょ。



 社長と次期社長をいいように使いながら業務をこなしていく。

 ほとんどの業務は下のコに振り分ける。

 でないとやってられない。

 私は最初の指示と途中経過と最終のチェックだけ。

 各種業務のマニュアルも作ってある。

 私がいなくても仕事がまわるようにしておかないと、いつどこで呼び出されるかわからない。

 あっちの社員、こっちの幹部、誰もが突然「ひなちゃん助けて!」と言ってくる。

 それをどうにかしてしまうからさらに「助けて!」と声がかかる。

 相変わらず私は『業績アップのために暗躍している女子社員』と言われていた。なんでやねん。




 そんなある日、新入社員研修に一日同行することになった。

 ひとりがおかしな咳をしていた。

「大丈夫? 病院行きなさい」

「イエ。ただの風邪だと思うんで」

 そういう社員を無理矢理病院に行かせた。


「風邪だからって油断しちゃ駄目」

「気をつけなさい」


 まさかそう言った本人がそれで死ぬなんて、誰が思うだろうか。




 新入社員が咳をしていた。

 その二、三日後。


 ちょっと咳が出て、あれー? 風邪ひいたかなー? と思った。

 でも金曜で忙しくて病院に行けなくて、市販の風邪薬を飲んだ。



 目が覚めたらもう熱で動けなかった。


 その頃にはケータイあったけど、熱があるからって親や友達を呼ぶのも気が引けて、まして救急車なんてとんでもないって思ってて。

 土日で仕事は休みだし、薬飲んで二日大人しくしとけば治るでしょ。

 

 その判断が浅はかだったと知ったのは、ずっとずっとあと。


 結局一人暮らしの私はどんどん上がる熱についには指一本動かせなくなり、誰も助けを呼べず、そのまま死んだ。


 まさか熱出ただけで死ぬとは思わなかった。

『風邪は万病のもと』というのは本当だった。






 そんな私は現在、吉野の高校二年生として生きている。

 前世の記憶を持って生まれた、いわゆる『転生者』だ。


 赤ん坊の頃は屈辱の毎日だった。

 トイレで用を足したいのに身動きができない。結果、おむつのお世話になる。シモの世話をされる。

『いっそ殺せ!』と何度叫んだことか。

 その叫びも「ホギャア!」としか発音されなかった。


 新しい身体にも折り合いをつけ、新しい環境にも慣れた頃。

 隣の家に出かけた。


 京都の街中に生まれ育ち暮らした私にとって、この吉野の家は信じられないことばかり。

 隣家に行くのに車って。

 そしてこれ『隣家』って言っていいの? 二キロはあるでしょう?


 山の中にポツンと建った家には、信じられないモノがいた。


 真っ白な、大きな虎。


 あ。死んだ。


 そう覚悟したそのとき。

「いらっしゃい真由。あら。この子がひなね。よろしくねひな」


 白虎がしゃべった。

 どうやらここは異世界だったらしい。


 唖然としながらもできる範囲で情報収集をする。

 どうやらここは私のいた『世界』で間違いないようだ。

 白露様とおっしゃるこの白虎は霊獣。この家の母子を守っているらしい。


 霊獣は京都でもよく()ていた。

 前世の私の趣味のひとつが神社仏閣めぐりだった。

 能力者である私には神社仏閣でウロウロしている『ヒトならざるモノ』が視えた。

 でも今までに視たどんなモノよりも、この白虎は霊力にあふれてて、綺麗だった。


 そしてそんな白虎が守っていた母子に、そのとき初めて出会った。


 弱々しい母親と、弱々しい赤ん坊。

 今にも死にそうなその弱々しい赤ん坊が、晃だった。


 弱々しいくせにその赤ん坊はトンデモナイ高霊力を持っていた。

 しかも属性特化。

 こんな存在、三十八年間京都で生きてきて見たことない。


 三ヶ月違いの私達は、幼なじみとなるだろう。


 もしや私はこの子をお世話するために生まれ変わったのか?


 初対面で私は悟ったのだった。




 弱々しい赤ん坊だった晃は白露様やじいちゃんばあちゃんのおかげですくすくと育っていった。

 晃の両親はいつの間にかいなくなった。

 ああ。あの母親はついに亡くなったんだ。そう思った。


 両親がいなくても晃は素直にのびのびと育っていった。

 時々炎を吹き出した。熱を出して寝込んだ。

 どんなときも私がそばにいって抱きしめたら晃は落ち着いた。


 私は晃の『第三の母親』になった。




『かわいい男の子』だった晃はやがて『かわいい少年』になり、高校の入学式の朝、突然『男』に成った。


 わけがわからなくてドキドキした。

『恋』を知った。


「おれ、ひなが好き」

「好きなんだ」


 そうして私達は結ばれた。




『半身』という存在がある。

 それは、とある『世界』に伝わる伝説。


『夫婦は元々ひとつの(カタマリ)だった』。

 ひとつの(カタマリ)に陽と陰――つまり、男と女、二つの(タマシイ)が宿ったけど、半分に分かれた。

 だから、失った半分を求める。

 そして再び出会えた二人は、お互いを『半身』と呼ぶ。



 唯一無二の存在。

 それが『半身』。



 中学三年生の修学旅行で、初めてその話を晃から聞いた。

 そのときに『わかった』


 私には『半身』がいる。

 目の前のこの子が、この晃こそが、私の『半身』だ。



 だけどそのときはそれ以上の感情はなかった。

 強く求める気持ちもなにもなく、まあそのうち晃に教えてあげようと思ってた。


 それが、高校の入学式の朝、変わった。



 晃は『男』に『成った』。

 私のどこかが『キュウゥゥン!』と反応した。



 晃に告白されて、受け入れた。

「好きよ。晃。私の『半身』」

 キスして、抱き合った途端、『わかった』。


 ああ。これが『半身』。


 欠けた部分がカチリと納まったような。

 満たされたような。


 強く感じた。

『私と晃は元々ひとつだった』と。

『この男が私の唯一だ』と。



 愛おしい。満たされる。しあわせ。

 だけどこの男、私に対する執着がひどい。

 隙あれば手を出そうとしてくる。すぐに求めてくる。


 そりゃ私だってそこまで愛されて求められたら悪い気はしないけど、高校生で妊娠するわけにはいかないでしょう!


「ひながかわいすぎるのがいけないんだ」

 阿呆は阿呆な理屈をこねて私を求めてくる。


「ひな、大好き。大好きひな」

 わんこのようになついてくる。



 ………マズい。

 このままではマズい。


 ほだされる。このままでは負ける。

 なにこのかわいさ! 男のくせになんでそんなにかわいいのよ!

「きゅーん」なんて犬耳と尻尾つけて上目遣いにおねだりされたら、うっかり『いいわよ』って言いそう!

 言ったが最後、間違いなく妊娠する!



 告白されてお付き合いを始めたのは高校一年生の春。

 それから何度も危機を乗り越えてきた。

 もうすぐ春休み。

 阿呆は一日中私のそばから離れないだろうことは予想に(かた)くない。

 しょっちゅう求めてくることも。



 ……………。



「どうやったらあの阿呆を止められると思いますか」

 京都の安倍家に救援依頼を出した。




 阿呆を振り切って京都に行った。

「おれも行く!」

「置いていかないでひな!」

「お前は修験者の勤めがあるだろうが」

「離して修兄! ひな! ひなぁぁぁ!!」


 ……かなりの努力を要した。


 なんなのあの阿呆。私のこと好きすぎでしょう。

 駅まで車で送ってくれた母も顔が引きつっていた。



 そうして高校一年生が終わった春休み。

 私はひとり京都に向かった。

晃とお付き合いに至るまでのおはなしは『根幹の火継 番外編』をお読みください。

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