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久木陽奈の暗躍 1 転生者

竹回復中につき、晃の幼なじみで『半身』のひな視点でこれまでを見ていきます。

よろしくおねがいします。

 目の前の光景が信じられなかった。


 血溜まりのなか、ひとが倒れていた。



「……………晃……………?」



 うつ伏せていて顔は見えない。なのに『わかった』。

 倒れているのが、私の『半身』だと。私の唯一だと。


 それでも信じられなくて、信じたくなくて、のろりと倒れたひとに近寄る。

 一歩進むごとに鉄の錆びたような匂いが鼻を突く。


 ぴしゃり。

 液体に足が濡れる。

 ガクリと足の力が抜け落ち、膝をつく。

 低くなった視点から、その伏せた顔が見えた。


 いつもなら輝く瞳を向けてくる目は固く閉じられたまま。

 やさしく名を呼んでくれる口も。

 触れてくれる手も。


 動かない。


 血に濡れて。


「……………うそ……………」


 震える手をなんとか動かして、頬に触れた。

 いつもならわんこみたいに喜んでくれるのに、何の反応もない。


「晃……………?」


 呼びかけても反応がない。

 いつもなら「なに? ひな」ってキラキラした目で応えてくれるのに。


 晃。


 晃が。


 私の晃が。


「――――――いやあぁぁぁぁぁぁ!!」


 ただ叫ぶしかできなかった。







 この『世界』には『霊力』がある。


 生きとし生けるものには草木や虫にも宿っているし、山や川などの自然物にも霊力は宿る。

 ただし、ほとんどの人はそのことを知らない。霊力が少ないため、感知する能力が少ないのだ。


 霊力が人に宿る量は大小あり、強い霊力を持つ者は『能力者』と呼ばれ活動しているが、霊力の少ない一般の人々が知ることはない。


 私はその『能力者』のはしくれ。

 対象の感情や考えを感じ取ることのできる、精神系能力者だ。




 久木(ひさき) 陽奈(ひな)

 それが私の今生(こんじょう)の『名』。


『今生の』なんてつけるのには理由がある。

 私には前世の記憶がある。

 いわゆる『転生者』だ。


『前世の記憶がある』なんて言うと『ヤバいヤツ』みたいに思われそうだけど、実は私が前世を生きた京都では『転生者』はあまり珍しいものではなかった。

『クラスにひとり』とまではいかないまでも『学校にひとり』『地域にひとり』くらいは普通に存在した。


 だから周囲も「自分前世の記憶があるんだ」なんて言われても「へー」で済んだ。

 むしろ「前世何歳まで生きたの? なにができる? じゃあこれできるな」なんてかんじに仕事を押し付けられるから、大っぴらに『転生者』であることは言わないなんて話を聞いた。



 前世の私が生きたのは少し前の京都。

 わりと街中の、あの頃はまだ多く残っていた典型的な町家で生まれ育った。


 地元の幼稚園小学校中学校に進学し、通いやすい高校からほどほどの短大に進んだ。


 短大進学を期に一人暮らしをはじめた。

 中学時代からの趣味であるアニメやマンガや諸々の、いわゆるヲタ活に励み、今で言う腐女子街道を爆走していた。



 私は『能力者です!』といばって言えるほどの能力ではなく、『フツーのひとよりちょっとよく()える』程度の能力しかなかった。


 そのおかげで特に大きな問題に遭遇することなく、平穏でごく一般的な日常を送っていた。


 強いていうならば、ヲタ活と並ぶ趣味の神社仏閣巡りに行ったときに『ヒトならざるモノ』が視えるくらい。

 むこうは『視られている』とは思っていないらしい。私の能力なんてその程度のモノだ。

 でも、時折見かける彼ら(?)を視るのも楽しみで、神社仏閣巡りに励んでいた。




 そうして、就職活動の時期を迎えた。


 私の人生の二本柱。

 ヲタ活と神社仏閣巡り。

 これを満喫できる生活をするにはどうするのが最適か。

 私は検討に検討を重ねた。



 どこにでもあるような町のちいさな印刷会社。

 そこが私の選んだ就職先だった。


 安定した職業。安定した給与。社会保障も休日もしっかりと。できれば一人暮らしのアパートから近い会社。

 そんな条件で選んだその会社は、ちいさなちいさな印刷会社だった。


 社長は営業もしながら現場にも入る。

 事務方は二人だけ。経理部と名付けられているが事務全般その他雑用までこなす。

 その経理部に新たに私が加わることになった。




 私が入社したとき、経理部は五十七歳の中塚さんと三十四歳の高畑さんのふたりだけだった。

 数年後の中塚さんの定年退職を見越して採用されたのが、短大を出たばかりの二十歳の私だった。


 私が入社する少し前からパソコンなるものが世を騒がせ始めた。

 それまでのタイプライターやワープロとなにがちがうのかわからないまま入社した私は、いきなりそれの導入責任者に抜擢された。


「入社したばかりの小娘にできるわけがないじゃないですか!」

「アタマの固いオジサンよりはわかるでしょー」

「パソコン使うのはほとんど経理でしょ? なんとかしてよひなちゃん」



『このど阿呆ぉぉぉ!!』という叫びを飲み込んで、パソコンを売り込みに来た担当者と話をする。

 なにができるのか、なにができないのか、なにが必要なのかを確認していく。


 そうしながら経理の通常業務も教わる。

 お金の流れ。手続きの方法。関係会社とその担当者の名前。毎月の処理と年に一度の処理。


 あちらと打合せ、こちらに確認し、気が付いたら私は社内の仕事の全てを把握していた。

 その仕事の効率化を考える。

 パソコンを利用できるところは利用する。

 無駄な経費はカット。その分設備投資にお金をかける。



 私は精神系の能力者だ。

 対峙した相手がなにを考えているか、どんな気持ちか、なんとなくわかる。


 私が精神系の能力者であることは誰にもナイショ。両親も兄も知らない。

 同居していた祖母がやはり精神系の能力者で、能力の使い方や制御の仕方はその祖母から教わった。


「ひなちゃん。この能力のことは、絶対に人様に言ったら駄目よ。

 ヒトというものは『相手に自分の気持ちが知られている』と気付いた途端、こわがって攻撃してくるからね」


 祖母は私が幼いときから口を酸っぱくして何度も何度も警告をくれた。

 決してこの能力を知られないように。

 知った情報は決して口にしないように。


「ただ、誰かが苦しんでいたり助けを求めていたら、ちょっとだけ助けてあげなさい」

 祖母はそう言った。

「貴女のその能力は、誰かをおとしいれるためのものでも、傷つけるためのものでもない。

 誰かを助けるために、神様がくださったものなのだからね」



 祖母の言葉は私の『柱』になった。



 パソコン導入を進めながら仕事の効率化を計る。

 年が改まるごとに、月が改まるごとに新しい機材が発表される。

 次々とメーカーが売り込みにくる。

「時代に対応していかないと!」そんな言葉で社長に決断をせまる。


 時代はデジタル戦国時代に入った。

 おなじような機材があちこちから発表される。

 これはどうかと思っていたら翌月には別の会社から新機種が発表される。

 どれが生き残ってどれが潰れるか。先行きは全く見えない。


 設備投資は大きな買い物だ。これがコケたら社が傾く。

 困った社長はがすがったのは、何故か私だった。


「ひなちゃん、助けて!」

 なんでやねん。


 頼るなら工場長でしょうが。

「工場長も『ひなちゃんに決めてもらおう』って」

 専務は。部長は。

「みんな『決められない』って」


 ……………。


「……社長」

「はい」


 なんで社長が経理のイチ小娘に敬語なのよ。阿呆か。


「来週の会合で同業他社の設備投資の状況を聞いてきてください。

 恥ずかしい? 阿呆か。

『ウチにはこことここが来たんですよー。おたくはどこが来ました?』ってかんじで。そう。文句言うな。聞け」


「工場長。太秦の工場長と友達って言ってましたね。

 経費で落としていいですから、飲みにさそって情報収集してきてください。

 祇園? 阿呆か。そのへんの居酒屋で十分でしょう。

 なにを聞くかあとでリストアップしときます」


「部長。お客様になにかご不満がないかよくよく聞くように指示してください。

 紙の質のことでも、校正のチェックシートのことでも、営業のネクタイの色のことでもなんでも構いません。

 細かいところまで聞いて聞いて、同業他社がどんな設備を導入しているか、お客様はどんなものを求めているか、聞いてリストアップしてください。

 は? 一日に何度でも行けばいいでしょう?

 朝行ったら夕方も行くんですよ。仕事ナメてんですか?」



「いいですか?」


 私の前、正座でちいさく固まる幹部共に言い聞かせる。


「今は戦国時代です。

 この会社が生き残れるか潰れるかは、この設備投資にかかっています。

 生き残りたかったら、手間を惜しむな! プライドなんか捨てろ! 這いつくばってでも情報を手に入れてこい! 話はそれからだ!!」


 たかが経費のイチ小娘にいい年齢(とし)のオッサン共はへいこらと使われた。

 いいひとばかりの会社に入った。ありがたい。

 仕事が増えていくのはどうにかしてほしいけどね。


「ひなちゃん、素敵……」

「ああ……。ひなさんになら叱られたい……」


 ヤバい思念を感じたけど気のせいだろう。

 スルー力も精神系能力者には必要。うん。




 そうして何故か経費担当のはずなのに会社全体の設備投資の責任者になった。


 精神系能力者の私には相手の考えていることがなんとなくわかる。


《実はこれ、あそこからクレーム来たんだけど、ここにはまだ知られてないから売れるだろう》

《こっちよりもこっちのほうがこの会社には合ってるかもだけど。

 こっちのほうが売上になるんだよな》


 そんな考えを見透かし、こちらのいいように交渉を進めていく。

 お金は出し惜しみしない。ただ、無駄なものはいらない。

 本当にこの会社に必要なものを、必要なだけ導入したい。

 何度も何度もそう伝え、何度も何度も話し合った。

 現場にも話を聞いた。営業にも話を聞いた。

 そうしてどうにか設備投資ができた。


 入社ニ年目。やっと経理の仕事だけができる。やれやれ。

「来年の新規採用もひなちゃんやってね」

 なんでやねん。仕事を増やすな。




 導入した設備がまわるようになり、それなりに受注が増えていった。

 やれやれと胸をなでおろしていたら、とんでもない話が聞こえてきた。


「あそこの会社、経理の女の子が暗躍して業績を上げたらしいよ」


 ………もしやそれは私のことか?


『暗躍』て! 阿呆か!

 オッサン共が『なんとかして!』って泣きついてくるから仕方なく対応してただけだってーの!


 そんな叫びは誰にも届かない。

 かくして私は『会社の業績を上げるために暗躍した女子社員』として同業他社に知られることになった。解せぬ。




 やれやれやっと事務仕事だけできる。

 そう思っていたのに、今度はおかしな連中が来るようになった。


「御社は設備投資で業績が上がってますね。いやー素晴らしい!

 ここで新しく工場を建てたらどうです? ええ。規模もデカく! ドーンと!」


「御社の業績にこの建物はふさわしくないですよ!

 工場も併設した新社屋を建てるべきです!

 今ならここにこんな土地があってですね」


 胡散臭い連中は腹の中がドロッドロだった。

 そっとお茶を出し、退室するときに、社長にだけ見えるように大きくバツを作る。

「ひなちゃんの顔、般若みたいだったよ」

 若い娘をつかまえて失礼な。



 世の中は『バブル時代』に入っていた。

 土地が阿呆のような値段で取引されている。

 ウチの会社も街中といえば街中なので、「土地を売れ」というのがやって来る。


「ここよりも広くて交通の便のいいところに新社屋を建てたほうがいいですよ!」

「ここはマンションにしましょう! みんなが喜びますよ!」


 社長は必ず私にお茶を持ってこさせた。

 応接室を出るときにはいつも大きくバツを作った。

 ときには「『社長はいない』って言って!」と逃げた。

 代わりに対応するのは何故か私になった。



 胡散臭い連中が何故胡散臭いかを説明することができない。

 だから、とにかく情報を集めた。

 全社員、それこそ今年入社したばかりのぺーぺーにまで命じた。


「どんなちいさな話でも、どんな嘘くさい話でもいい。

 土地の売買に関する話を聞いて、報告するように」


 情報収集のために経理から特別経費を出した。

 同業でなくてもいい。とにかくいろんなひとから話を聞け。ありとあらゆる噂を拾ってこい。


 合コン? よし。行け。若い子の情報網もあなどれないからね。

 地元の祭の実行委員会? 是非参加しろ。そこでベロンベロンに酔わせてありとあらゆる話を搾り取って来い。


 そうして集めた話の裏を取り、社員全てで共有した。

 共有した情報を他社に流すことも許可した。

 そうすることで新たな情報を得た。



 いくつもの会社が乗っ取られていた。

 いくつもの家が潰れていた。

 その事実に、社長は震え上がった。

「もしかしたらウチもこうなってたかも……」

 社長のつぶやきに、全社員が震え上がった。

 より一層情報収集と分析にに力を入れるようになった。



 社員が集めた話をまとめて共有する資料を作るのは、何故か経理部の仕事になった。


 なんでやねん。


「だって経理システムのおかげで仕事減ったでしょ?」

新人(あや)ちゃんも入ってるし」


 だからって仕事を増やすな。


「まあまあひなちゃん。私なら大丈夫よ。

 ひなちゃんが使いやすいパソコン入れてくれたから経理の仕事は間に合ってるわ」


 高畑さんは人が良すぎです。


「私も頑張りますひな先輩!

 こういう社会の闇のドロドロした話、ホントにあるんですね〜。うふふ。楽しいですね〜」


 あやちゃん。黒いオーラ出てるわよ。

 楽しそうだからまあいいか。




 そんな情報分析をしていたある日。

 高畑さんが急に立ち上がった。


 ガタッ! と音を立てて椅子がひっくり返った。

 どうしたのかと顔を向けると、高畑さんは目に見えて顔面蒼白になっていた。


「しのちゃんの」


 明らかに普通でない様子に、そっと高畑さんの隣に立った。

 その手に触れると、高畑さんのナカは暴風雨が吹き荒れていた。


《しのちゃんのお父さんの会社だ》

《なんで》

《まさか》

《しのちゃんは?》

《どうして相談してくれなかった?》


「高畑さん」

 わざとなんてことないような声で彼女を呼ぶ。

 高畑さんは真っ白な顔で、口が震えていた。


「この会社、お知り合いですか?」

 のろりとうなずく高畑さん。

「では、対策責任者として命令です。

 すぐに話を聞きに行ってください。

 いつ、どこで、なにがあったのか。

 現在どうなっているのか。社員は。会社は。土地は。

 どんなことでも構いません。聞いて来てください」


「これは業務命令です。

 何時間もかかると思われますので、話を聞き終わったら直帰してください。

 いいですね社長」


 突然話を振られた社長は人形のようにコクコクうなずいた。


「ひなちゃ……」

「さあ。早く。しっかりと情報収集してきてくださいよ?」


 涙をいっぱいにためた高畑さんは、着替えることもなく鞄をつかんで会社を飛び出した。




 そうして、翌日。

 朝早く出社したら、高畑さんが席に座っていた。

 真っ白な顔で、じっとパソコンを見つめていた。


「高畑さん」

 声をかけると、のろりと顔を上げた。


「おはようございます。昨日はどうでした?」


 わざとなんてことないように聞いた。

 高畑さんのナカは、まだ暴風雨が吹き荒れていた。


「これ」


 プリントアウトされた書類を差し出され、受け取る。

 相変わらず上手くまとめてある。

 時系列に沿ってなにが起こったのか。

 その結果どうなったのか。


 篠原運輸。

 伏見に本社を構える運送会社。

 安土桃山時代の秀吉の伏見城建立にあたり荷運びをしたのが始まり。

 それからずっと四百年、伏見の水運に携わってきた名家。

 現在はトラック輸送を主な業務としている。


 伏見区の地図。

 篠原運輸と篠原家の奪われたその土地を、赤い枠が囲っていた。


 社長が友人の連帯保証人になったことがきっかけ。

 その友人は逃げ出し行方不明。

 借金の全ては篠原社長に覆いかぶさった。

 金策の果ての金策。

 手のひらを返すように消えていく友人知人。

 そうして、篠原運輸と篠原家は、つぶれた。



「――私、知らなくて」

 高畑さんがポツリとこぼす。


「しのちゃんのお母さん、亡くなってて。

 お父さんも、亡くなってて。

 お兄さんは今、しのちゃんの旦那さんと別の会社で働いてるって」


「借金は」

「お父さんが、どうにもならなくなる前にしのちゃんとお兄さんを絶縁したって。

 弁護士さんにちゃんとしてもらったから、借金はないって」

「そうですか」


 篠原社長夫妻が亡くなった日付も書いてあった。

 夫人は一ヶ月前、社長は二週間前に亡くなっていた。

 会社の倒産手続きをしたのは一ヶ月半前。

 きっと足掻いて足掻いて、力尽きたのだろう。



「おはようございまーす」と明るい声であやちゃんが出社してきた。


「え? 高畑さん? あ、えと、えと」

「あやちゃん。いいところに来たわね。

 私と高畑さん、今日は休むから。あとはよろしくね」

「は!?」

「大丈夫。今日は五十日(ごとうび)でもないし。面倒な処理の予定もないから」

「え! で、でも、その」


 あやちゃんがオタオタしている後ろから社長が入ってきた。


「おはよー。あやちゃん。こんなところにいたら邪魔だよー」

「あ、あの、その」

「社長。私と高畑さん、今日有休いただきます」

「は!?」

「処理はあとでやります。あ。これ、報告書です。目を通しておいてください。

 あやちゃん。これ、全社員にメールしといて」


 アワアワするふたりに仕事を押し付け「じゃ、そういうことで」と高畑さんの腕を取って会社をあとにした。




 そうして向かったのはカラオケボックス。

「ここなら誰も聞きません」

 そう言って、彼女の手を握った。


「全部吐き出してください。

 見たこと、聞いたこと、全部吐き出してください。

 これは業務命令です」


 わざとにっこりと余裕たっぷりに微笑む。

 握った手に思念を込める。


 大丈夫。全部吐き出したらいいよ。

 私が聞くから。

 貴女の背負っているもの、私も一緒に背負うから。


「ひなちゃん……」


 ブワリと涙をあふれさせた高畑さんを抱きしめる。


「よくがんばりましたね高畑さん」

「つらい仕事をさせてすみません」

「吐き出してください。私も半分背負います」


 いい大人の高畑さんは、声をあげて泣いた。

 ワンワン泣いた。


「泣いてください。ここは防音です。

 どれだけ泣いても外にはもれません」


「ひなちゃ〜〜ん!!」


「大丈夫です。大丈夫です」

「私が責任者です。全部私が聞きます。全部私が受け止めます」

「泣いてください。吐き出してください。

 時間はいくらでもあります」



 何時間もかけて高畑さんは泣いた。

 何時間もかけて吐き出した。

 そうして最後にはふたりで思いっきり歌を歌った。

 朝イチで入店したのに、店を出たら夜になっていた。


 カラオケ代は私の自費で払った。

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