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第百八話 暴走後

トモ視点にもどります

 泣き疲れたのか、体力の限界に達したのか、彼女はぐったりと俺にもたれてきた。

 少し身体をずらして顔をのぞき見ると瞼を閉じていた。


 気を失ったのか、眠ったのか。

 どちらにしても意識のない状態になった。

 そのせいか、辺りを渦巻いていた大量の水は徐々にその量を減らし、しばらくしたら何事もなかったかのように消え失せた。


 と。

 開けっ放しだった扉からそおっとヒロが顔をのぞかせた。肩に黒陽を乗せている。


 ベッドの上で彼女を抱く俺と目があったヒロは口の動きだけで『どう?』『大丈夫?』とたずねてきた。

 うなずく俺にふたりがホッと息をつく。


『そっち行ってもいい?』との問いかけにうなずくとヒロがすぐに寄ってきた。


「外の結界消えたよ」

「そっか」


 彼女の意識がなくなって部屋に満ちていた水が消えた。

 それと同時に結界も消えたのだろう。


 とは言っても彼女が睡眠時に展開する結界は普通に発動していると黒陽が言う。

 黒陽に承認されているヒロはそっちの結界は問題なく通過できるようだ。



「どんな状態?」

「……とりあえず、暴走は収まった……」


『収まった』でいいのか? 彼女が泣いて力尽きただけ? 暴走で霊力が尽きただけ?

 まああの水が消えているんだから『収まった』でいいだろう。


「朝ごはん、どうする?」

 ちょっと考えて、答える。


「俺、このまま竹さん抱いとく。まだ不安定だから。

 朝飯は、いいや。アイテムボックスのなかのもの適当に食う」

「わかった」


「ハルにも保護者達にも報告しとくね」とヒロが言うので「頼む」と頭を下げる。


「できれば蒼真様に来てもらうよう伝えてくれるか?」

「わかった」


 そうしてヒロは扉の向こうに消えた。

 サイドテーブルに黒陽を置いて。



 その黒陽は心配そうに竹さんを見つめている。


「――スマン。助かった」


 竹さんを見つめたまま、ポソリと言葉を落とす黒陽。

「いや」とだけ答え、俺も腕の中の愛しいひとを見つめた。


 アイテムボックスからハンカチを出して、額を、目元をぬぐってやる。汗と涙でぐしょぐしょになっていた。


 かわいそうに。こんなに苦しんで。


 せっかく『自分でも役に立てる!』と喜んでいたのに。前向きに明るくなっていたのに。

『制御もできない』『ダメな子』に戻ってしまった。


 あんなもん誰が制御できるっていうんだよ。

 むしろよくあれだけ抑えてたよ。


 扉の――彼女の結界の外側は暴走の気配など一切なかった。

 それだけの強い結界をあの暴走にさらされながら展開できるというのは並大抵のことではないと思う。



 ぐったりとしている彼女を抱きしめる。霊力を流してみる。いつもはスルリと循環するのを感じるのに、今は濁流の中を進んでいるようだった。

 まっすぐに流れない。あちこちにぶつかったり渦にとりこまれたり。

 俺に流れ込む彼女の霊力も濁流のようだった。

 いつもは澄んだ水のような霊力が、どこか濁った印象を受ける。

 俺を通すことで少しでも濾過(ろか)できればいいんだがな。

 そんなことを考えたら、少しだけ彼女の霊力の濁りが少なくなった気がする。濾過(ろか)のイメージのおかげか?


 霊力を使うのは感覚的なところが多い。

 もちろん術式を学んだりと体系的に表すこともできるが、やっぱり基本的なところは本人の感覚が大きい。

 その感覚を掴み引き出すのがイメージだ。

 どれだけ使い方をイメージできるかによってその術の効力が違う。

 だからヒロ達はマンがやラノベ、アニメなどでイメージ固めをしている。「こんなことできるかな」なんて研究もしている。


 改めてそれに気付かされた。

 俺と彼女が『半身』で、霊力が循環すると言うならば、俺を通すことで彼女の霊力は落ち着く。はず。さっきの暴走状態のときももそうだった。

 じゃあ今も俺のイメージ次第で彼女を楽にすることができるはずだ。


 ぎゅうっと抱きしめ、目を閉じて霊力を流す。

 イメージするのはいつも彼女に感じている、清らかな流れ。

 澄んだ清流。山深い沢。キラキラと輝く水。透明で、清らかで。


 同時に自分が濾過(ろか)装置になったイメージも思い浮かべる。

 ガキの頃の理科実験で使った濾過(ろか)装置のイメージ。濾紙(ろし)を通すことで濁った水が綺麗になった。

 そうだ。よくサバイバル系の番組でやってる、ペットボトルに石や砂を入れる濾過(ろか)装置もあったな。あっちのほうがイメージしやすいか?



 ウンウンとイメージしながら彼女を抱きしめていると蒼真様がやって来た。

「ちょっと診せて」というので大人しく彼女を開放しベッドに横にさせる。


 蒼真様はなにも言わずテキパキとなにかを計測した。

 それから瞼の裏を確認し、口を開けさせ舌を確認した。

 脈を取ったり他にも色々して、最終的に「いつもの薬で大丈夫そう」と結論付けた。


「いつ暴走始まったの?」「どのくらい続いた?」「どんな感じだった?」などと事細かに聞き取りを行った蒼真様によると「もうしばらくしたら熱が出る」らしい。いつもそうだったと。


「とりあえずこれ飲ませよう」と栄養ドリンクのようなものを取り出した。

 意識がないのにどうするのかと思ったら、黒陽がその薬瓶に手を当てた。


「姫の胃に直接流し込んだ。しばらくすれば効果が出るだろう」


 無茶するなオイ。

 え? いつも非常時はこうしていたと? それはどうなんだ?



 なんでもこの『霊力鎮静剤』は高間原(たかまがはら)で最初に竹さんを診療したときに東の姫と蒼真様で研究して作り出した、竹さんのためのオリジナルブレンドなのだという。


 それまでも暴走を抑える薬はあった。だが普通のひとの暴走に使う薬では竹さんには効果がなかった。

 そこでああでもないこうでもないと色々やって、最終的にできたのがこの薬だという。


 これまでの五千年も何度もこの薬にお世話になっていたという。

 百五十年前に記憶の封印を施してからは覚醒時に何度も暴走するようになってしまい、その都度この薬で抑えてきた。


 今生の覚醒時も何度も何度もこの薬で抑えていたらしい。

 そのために黒陽の手持ちの薬が無くなってしまった。


 蒼真様は黒陽の依頼を受けて新しく『竹さん専用霊力鎮静剤』を作っていたという。

 俺が鬼にけちょんけちょんにやられて死にかけたときもその制作に関わることをしていた。

『白楽様の高間原(たかまがはら)』に迷い込んだときに『むこう』で会ったのも、使ってしまった竹さんの薬の材料を収集するためだった。


 竹さんの暴走は並大抵のものではないから、材料もそれなりに特別なものでないと効かないと蒼真様が説明してくれる。


 普段からある程度の薬と材料はアイテムボックスに確保している蒼真様だが、今生の覚醒では黒陽と蒼真様の予想を上回るペースで薬を使わざるを得ない状況になった。

 そのためにあっという間に黒陽の手持ちがゼロになり、あわてて蒼真様に追加を依頼。

 蒼真様の手持ちも無くなってしまい、新たに薬を作っていたのだという。


「間に合って良かったよ」


 そう笑う蒼真様に黒陽が「対価を」と申し出ていた。

「いつものでいいよ」と軽く言う蒼真様に黒陽が「今用意してくる」と出て行った。



 蒼真様によると、黒陽の錬成する水も相当な効果があるという。

 その黒陽の水と黒陽の霊力を固めた霊玉、浄化や封印などの術式を込めた霊玉などをいつももらっているのだと教えてくれた。


 そういえば『むこう』で薬草やらを受け取るときに「支払いだ」って霊玉渡してたな。それか?


 そんな話をしていたら竹さんが発熱してきた。

 蒼真様が診察して解熱鎮痛剤を飲ませる。

「こまめに冷やして」と指示され了承する。

 前回の発熱時に用意した氷枕や冷却シートをアイテムボックスから取り出して彼女の頭を冷やす。


「ぼくが来るまでどうしてた?」と問われたので「抱きしめて霊力流していました」と正直に答える。

「やっぱり『半身』がくっついていると違うんだな」と感心したように蒼真様がつぶやく。


「昔、暴走直後に呼ばれたことがあるよ。

 でも今回はそのときよりは落ち着いてる」


 よかった。少しは効果があったようだ。

「ちょっと手を握って霊力流してみて」と指示され言われたとおりにする。

 先程と同じように自分が濾過(ろか)装置になったイメージを思い浮かべて霊力を流す。


「なるほどね」と蒼真様はじっと俺達を見つめた。

「今度は抱きしめてやってみて」と言われたので彼女をベッドから抱き上げ、俺の膝の上に横抱きに座らせた。

 軽く抱いて霊力を流す。


「そっちのほうがいいね。接地面が多いからかな?」

 蒼真様はブツブツ言っている。



 と、黒陽が戻ってきた。早いなオイ。

「対価だ」「世話になった」と渡している霊玉やらなんやらはチラリと見ただけでもトンデモナイものだとわかるものばかりだった。チート亀め。


 蒼真様が黒陽に俺のことを報告する。抱きしめていたほうが彼女の回復に役立つことも。


「こいつ竹様の抱きまくらにしといたらどうかな?」

「!?」


 抱きまくら!? つまり、一緒の布団に入るということか!? べ、ベッドで、抱きしめろと、そういうことか!?

 そんな、俺、理性が保つのか!?


「病人相手に不埒なことはしないな?」


 にっこりと、笑っていないドスの効いた笑顔を俺に向ける黒陽に邪念が鎮まった。ついでに肝も冷えた。

「シマセン」と大人しく答える。


「ならいいだろう。――くれぐれも不埒な真似はするなよ」

「ハイ」


 そうして俺は過保護な守り役の監視のもと、愛しい彼女の抱きまくらになることが決定した。

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