第百七話 暴走 8(竹視点)
引き続き竹視点です
ぐちゃぐちゃでわけがわからなくて叫びだしそうな私をトモさんはじっと見つめていた。
ほっぺをはさんだまま。
「で。あとは『なにをしてもうまくいかない』だっけ?」
あわててうなずく私にトモさんは「フム」とひとつうなずいて「こういう話知ってる?」と聞いてきた。
「強力な糊を作ろうと研究していた研究者がいた。どれだけやっても、何をやっても失敗続きでうまくいかない。
ところが、その失敗作をある人が『使える!』と言った。――そうして生まれたのが、貼ってはがせる付箋」
その話は私も聞いたことがある。だからうなずいた。
「竹さんの作るものも『そう』なんじゃない?」
意味がわからなくて黙ったら、やっぱり普通のお顔でトモさんが説明してくれる。
「実際、今回作った水もおにぎりも布も霊力補充クリップもすごく役に立ったよね。
貴女の作るものは『役に立たない』んじゃなくて『使い方を間違ってた』んじゃない?」
「―――!!」
そうなの!? そんなこと、あるの!?
でも、そうかも! だってトモさんの言うとおり布もお水もお役に立てた!
「貴女が『なにをしてもうまくいかない』んじゃなくて、周囲が貴女を『うまく使えてない』だけだったんじゃない?」
そうなの!? そんなこと、あるの!?
ていうことは。もしかして。もしかしたら。
「貴女は『役立たず』じゃないと、俺は思うよ」
「―――!!」
―――私が、『役立たず』じゃ、ない―――?
「――そう、なの?」
ぽろりとつぶやいたら「そうだよ」と笑顔を向けてくれる。
やさしいひと。
ああ。そうだ。
トモさんがやさしくていいひとだから、そんなふうになぐさめてくれてるんだ。
でも。
もしそうだったら。
「――そうだったら、いいなぁ――」
そうだったらどれだけうれしいだろう。
私は『役立たず』じゃなくて。
誰かに必要とされて。
そんなふうに生きられたら、どれだけ『しあわせ』だろうか。
「少なくとも俺には貴女は『必要なひと』だよ」
「!」
私の考えを見透かしたような言葉にびっくりして、つい、トモさんと目を合わせた。
トモさんはやさしい目で笑っていた。
「貴女が『役立たず』でも『名ばかり姫』でも関係ない。
貴女が『貴女』だからそばにいたいんだ」
やさしい言葉が、自信に満ちたその笑顔が、私を満たす。
ココロにやさしい雨が降る。
「貴女の笑顔を向けられるだけで癒やされる。『がんばってよかった』『もっとがんばろう』ってやる気が出る。
貴女のそばにいるだけで穏やかな気持ちになる。
貴女のやわらかな雰囲気と霊力に包まれるだけでほっこりして楽になる」
「俺にとって貴女は『かけがえのないひと』だ」
私のココロに刻み込むように、トモさんの言葉が、まなざしが、まっすぐに刺さる
「――好きだよ」
その言葉に、まなざしに、どこかが震えた。
「俺の『半身』。俺の唯一。
俺には貴女だけだ」
その言葉に、まなざしに、満たされていく。
私の弱気も重荷も、トモさんの風が吹き飛ばしていく。
「貴女だけが俺を癒やす。貴女だけが俺のココロを震わせる。
ずっとそばにいてほしい。一緒に飯食って、同じものを見て、一緒に話をして、同じ時を過ごしたい。
貴女が魔物でもお姫様でもなんでも構わない。
ずっとそばにいたい。そばにいたいんだ」
一生懸命に願ってくれる。
『私』を求めてくれる。
『私』を必要としてくれる。
こんな『私』を。
「制御なんてできなくていい。誰の役にも立たなくてもいい。
『俺だけの竹さん』でいて」
『ダメな私』を望んでくれる。
『ただの私』を求めてくれる。
やさしいひと。
私の『半身』。
私 の
ナニカが出てきそうで、胸が苦しくて、なんだか喉の奥がぎゅうってなって、声が出ない。
なんでだか泣きたくなって、でも泣くなんて迷惑になるって思って、ぐっと歯を食いしばった。
そんな私にトモさんはやっぱりやさしく微笑んで、両手ではさんだままだったほっぺをなでてくれた。
「貴女が本当は『すごく役に立つひと』で『幸運の使者』だなんて知れたらたくさんの連中が貴女を欲しがる。
そんなことになったら俺が貴女を独り占めできなくなるじゃないか」
どこかすねたように言うトモさんが急に子供っぽく見えてびっくりしたら、トモさんはそれはそれは楽しそうに笑った。
それから急にまた真面目なお顔に戻って、ちょっと怒ってるみたいに言った。
「だから、絶対に! 誰にも言っちゃ駄目だよ?
貴女がどんなことができるか。どんなひとなのか。ナイショにしておくんだよ?」
『はい』って言いそうになって、気が付いた。
「――貴方には言ってもいいの?」
「俺にはいいよ。俺にはなんでも言って」
あっさりと、うれしそうにそんなことを言うトモさん。
そうなんだ。いいんだ。
そう思ったら、また少し重たいものが軽くなった気がした。
「嫌なことも。ムカつくことも。悲しいことも。言いにくいことも。
なんでも言って。
端からぶっ潰すから」
「!」
これまでのことを思い出してぷるぷるする私に楽しそうに笑って、トモさんは続ける。
「うれしいことも。楽しいことも。面白かったことも。なんでも言って。
もっと喜ばせるためにがんばるから」
「―――」
やさしい笑顔に、わかった。
このひとはやる。私のためにどんな無茶なこともやる。
そんなこと、させたくない。
無理も、無茶も、あぶないことも、してほしくない。
「……あぶないこと、してほしく、ないの」
浮かぶのはあの暗い糺の森。
治癒をかけても浄化をかけてもピクリとも動かないトモさん。
あの無力感。あの絶望。あの恐怖。
思い出すだけで泣きそうで、こわくて、ぎゅうっと手を握りしめた。
こわばる私に困ったように微笑んだトモさん。
ほっぺから手を離して、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
あ。大丈夫だ。
なんでかそんなことが浮かんで、全部包まれてることにものすごく安心した。
ほにゃりと力がぬけていく。
トモさんの肩に頭をもたれさせたら、トモさんはさらにぎゅうっと抱き込んでくれた。
強い力に逃げられない。
逃げられないから、仕方ない。
ここにいてもいいんだ。だって逃げられないんだから。
頭の片隅でそんなふうに言い訳して、トモさんに包まれる。
あったかい。落ち着く。安心する。楽になる。しあわせ。
――『しあわせ』――?
ふと浮かんだ感情に目を向けようとした。
それより早くトモさんが言葉を落とした。
「――広沢池でパン食べたの、楽しかったよね」
ハッと意識がトモさんに向いた。
広沢池。パン。――うん。すごく楽しかった。
だからなんとか顔を上げてうなずいた。
トモさんはうれしそうに微笑んだ。
「昨日ふたりでおにぎり作ったのも楽しかった」
うん。楽しかった。
うなずく私にトモさんはもっとうれしそうに笑った。
その笑顔に、ふと浮かんだ。
私でも、誰かを笑顔にできるんだ。
このひとを笑顔にできるんだ。
そう思ったら、ふにゃ、と力が抜けた。
なんか、背中や肩にあった重たいモノがゴソッと落っこちたみたい。
なんだろうこれ。
なんだろう。
「楽しいこと。うれしいこと。そんなことを重ねていこう。――一緒に」
トモさんの言葉は慈雨のよう。
やさしく降り注いで、私を満たす。
「貴女が楽しいとき。うれしいとき。そばにいさせて。
一緒に笑いたいんだ。一緒に喜びたいんだ」
「貴女が苦しいとき。つらいとき。そばにいさせて。
過ぎたことは変えられないけれど、こうして抱きしめることはできるから」
そう言って、ぎゅうっと抱き込んでくれる。
動けない。あったかい。支えられてる。安心する。
「ひとりで抱えないで。俺にも半分持たせて」
「俺達は『半身』なんだから」
やさしい言葉が耳に注がれる。
身体に、ココロに染み渡る。
「ひとりで泣かないで。泣くなら俺の胸で泣いて」
「抱きしめて、支えるから」
その言葉のあと、ちゅ、と耳になにかが触れた!
き、キス、した!?
「こうやってキスして、なぐさめるから」
さらにぎゅうぎゅう抱きしめられて身動きがとれない。
トモさんがなんだかうれしそうなのが伝わって、私でも誰かを喜ばせることができるんだって思えた。
――いいの?
このひとのそばなら、いいの?
私を全部出していいの? 吐き出してもいいの?
「――言ったら、ご迷惑に「ならない」
「!」
即座に叩き潰された!
トモさんに抱きしめられててお顔が見えない。
それでもトモさんがホントのことを言ってるって、なんでかわかんないけど、わかった。
「苦しいこと。つらいこと。全部吐き出して。
俺は晃みたいな能力ないから、言ってくれないとわからない。
隠さないで。我慢しないで。
俺は平気だから」
「隠して我慢されるほうが、つらいから」
その言葉は、スコンと、私のココロに収まった。
なんでかわからないけど『そうなんだ』って納得した。
納得したら、また、ふにゃりとチカラが抜けた。
「……………言っても、いい、の?」
「いいよ。むしろ、言って」
「……………イヤじゃない?」
「ないよ」
「迷惑じゃない?」
「ないよ」
「言われないほうがかなしいし、つらい」
そうなんだ。
なんでかまた、スコン、って納得した。
強い力で支えられて、あったかい腕に包まれて、トモさんの霊力にくるまれて。
ああ。私、繭の中にいるみたい。
お部屋の中を私の霊力が固まった水が渦巻いている。
制御しないといけないのにできないそれすら繭を形作っているよう。
私とトモさんの周囲だけは私が展開している結界が効いてきたみたいで暴風雨から守られている。
さっきまでは結界の効果が弱まってたのに。
暴風雨が直接ぶつかってきて痛かったのに。
なんでだろ? トモさんがくっついてくれてるから? 霊力を循環させてくれてるから?
そのトモさんの霊力が私を包む。まるで大切な宝物を守るように。
そんな価値、私には無いってわかってるけど。
好意を向けてもらえるだけのナニカなんてなにひとつ無いってわかってるけど。
抱きしめてもらって。霊力に包まれて。
あったかい。落ち着く。安心する。楽になる。しあわせ。
――ああ。そっか。
これが『しあわせ』なんだ。
私はそんなことも知らなかった。
『しあわせ』がナニかも知らなかった。
きっとこれが『しあわせ』。
大事なひとに包まれて、なにもかも預けて。
ぬくもりを分け合って。ひとつに溶ける。
私、今、『しあわせ』だ。
そう感じたらぽろりと涙が落ちた。
涙が落ちたことにびっくりしてあわてて両手でぬぐったけれど、涙はぽろぽろ落ちていく。
トモさんがすぐに気が付いてくれて、拘束を解いて私のほっぺをぬぐってくれた。
それでもぽろぽろ涙が落ちる。
なんで?『しあわせ』なのに。
「赦されると思っているのか」
ピシャリ!
誰かの声に、冷水をかけられた。
「お前のせいで国が滅んだ」
「お前のせいで高間原が滅んだ」
「お前が『災禍』の封印を解いたせいで」
「お前さえいなければ」
誰かが私を指さして言う。
「お前が」「お前さえ」
「お前が災厄を招いた」
「償え」「償え」
誰かが言う。
「罪を償え」「罰を受けろ」
誰かが言う。
「お前など生きている価値もない」
「お前が誰かに愛されることなどあるわけがない」
誰かが言う。
「お前は『罪人』なのに『しあわせ』になるなど、赦されると思っているのか」
「お前が『しあわせ』になるなど、赦されない」
「お前のせいで我らは死んだのに」
「お前のせいで我らは『しあわせ』を奪われたのに」
「お前のせいで」
「お前のせいで」
―――私の、せい、で―――
「――ごめんなさい――」
ぽろりと出た謝罪は霊力の渦に消えた。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「竹さん?」
トモさんが私を見つめて、眉をしかめた。
お口、への字になってる。
ごめんなさい。私が弱虫だから。
だから貴方にも嫌な思いをさせる。
「ごめんなさい」
謝ることしかできない。なにもできない。
役立たずの『名ばかり姫』。
「ごめんなさい」
こんな自分が『しあわせ』になるなんて赦されない。罪を償わなければ。罰を受けなければ。
「ごめんなさい」
トモさんがぎゅうっと抱きしめてくれる。
「竹さんは悪くない。悪いのは『願い』をかけた『宿主』だ」
やさしいトモさん。
そんなトモさんを、巻き込んでしまった。
死にそうな目にあわせた。学校を休ませて何年も修行させた。
「ごめんなさい」
ごめんなさい。巻き込んでごめんなさい。
ごめんなさい。役立たずでごめんなさい。
「ごめんなさい」
謝るしかできなくて。なにも償えなくて。
『しあわせ』だと、感じて。
「ごめんなさい」
「――いいよ」
トモさんの言葉が耳から注がれる。
「全部吐き出して。ここには俺と貴女しかいないから。
泣いて、叫んで、文句言って。
――俺が全部聞くから」
「俺が全部叩き潰すから」
トモさんに包まれて、繭の中にいるみたい。
「いいよ」って言ってくれた。
「泣いていい」って。「叫んでいい」って。
いいのかな。この繭の中ならいいかな。
ずっと苦しかった。
いつも誰かに責められてた。
どうにかしたくて懸命にがんばったけど、全然役に立てなくて。情けなくて。かなしくて。苦しくて。
「―――私、なにもできないの」
「そんなことないよ。水も布も役に立ったよ」
「私、制御もできない」
「できなくていいよ」
「やっぱりダメな子なんだ」
「貴女は『ダメな子』じゃないよ。『俺の大切なひと』だよ」
「私のせいで」
「ちがうよ」
「私が『しあわせ』になるなんて、赦されない」
「そんなことない。貴女も『しあわせ』になってもいいんだ」
私のわけのわからない泣き言にトモさんは律儀に付き合ってくれる。ひとつひとつ律儀に返してくれる。
それがうれしくてありがたくて情けなくて、次から次へと泣き言をこぼしてしまう。
ついには言葉にならなくなって、ただただ「うわあぁぁぁん!!」と泣いた。
わんわん泣く私をトモさんはずっと抱きしめてくれていた。
明日からはトモ視点に戻ります