第百六話 暴走 7(竹視点)
引き続き竹視点です
トモさんを傷つけたくなくて、守りたくて「『私』を負わないで」「『しあわせ』になって」って訴えたら、何故か「そばにいる」宣言をされた!
なんで!? なんでそうなるの!?
私がそばにいたら危険なのに! 私『災厄を招く』しかできないのに! なんでわかってくれないの!?
なにを言っても聞いてくれないトモさんは私をぎゅうっと抱きしめてこめかみにキスをした!
「ひにゃっ!?」ってヘンな声を出す私にトモさんは楽しそう。
「だ、ダメなの!」
あわてて逃げようともがくけど、全然身動きがとれない! なんで!? なんで!!
「私、魔物なの!」
叫んだらトモさんはどこか呆れたように私を見つめたあと「……また新しいモノを出してきたね……」ってボソッとつぶやいた。
「どこから出てきたのソレ」
普通のお顔で普通に聞かれて戸惑う。
「ど、どこ、って、」
「誰に言われたの」
なんでこんなに普通なの!? 私のことこわくないの!?
「誰かは、わかんない――けど!」
ジタバタもがくけど全然逃げられない!
だからもがきながら叫んだ!
「けど、『そうだ』ってわかったの!
『制御できないならば魔物と同じだ』って言われて!
私、全然制御できない。だから『魔物なんだ』ってわかったの!
だから『災厄を招く』って!」
一生懸命訴えたのに、トモさんは『ふんふん』ってかんじに聞く。
全然こわがることも不気味がることもない。
なんで!? なんでそんな平気なお顔してるの!? そしてなんで私身動きとれないの!? こんなに暴れてるのに!!
「――魔物ねぇ……」
そうつぶやいたトモさんは、じっと私を見つめていたけれど、ニヤリと笑った。
自信に満ちた、私の好きな笑顔。
「それも悪くないね」
「は?」
意味がわからなくて動きを止めてキョトンとした私に、トモさんは楽しそうに笑う。
「黒陽が亀だから貴女も亀の魔物かな。それとも違う姿かな。なんにしても、かわいいだろうね」
「は!? な、な、な」
「俺は何かなぁ。『白』は『獣の国』だったんだよね。白露様と同じ虎かなぁ。犬とか狼とかでもカッコいいよな」
なにを言ってるの? 悪くないって、どういうこと? なんでそんなに平然としてるの!?
「なに、を、」
かろうじて声が出たけど言葉になってくれない。
そんな私を腕の中にがっちり囲ったトモさんは「ラノベにそういう話もあったよね」って簡単そうに言う!
そういえばあった。あったけど、だからって、受け入れるの早くない!?
「『異種族婚』てやつになるね。ん?『異類婚』か?
まあ呼び名はなんでもいいか。
それにもしかしたら同じ種族かもしれないしね」
「そう考えるのも楽しいね」なんてニコニコしているトモさん。
「魔物だったら『半身』じゃなくて『番』になるのかな。やっぱり『半身』でいいのかな?」なんておかしな検討をはじめだした。
「――こわく、ない、の?」
「なにが?」
ケロッと、いつもの調子で答えるトモさん。
「だって、私、魔物なのに」
どうにかそう言ったら「ああ」となにかを納得したようにうなずく。
「こわくないよ?」
「―――え?」
「だって、魔物でも『貴女』でしょ?」
「―――」
「それなら、こわくない」
――なんで、そんな、あっさりと受け入れるの? いいひとすぎない? 人間の器、大きすぎじゃない!?
「魔物でも動物でも虫でもなんでも、貴女が『貴女』ならそれでいい」
「俺も必ずそばにいるから」
まっすぐに見つめてくれるその眼差しが、落とされる言葉が、私に染み渡る。
どこかが満たされていくのがわかる。
「貴女が『魔物だ』と言うなら俺も魔物になる。
貴女が虫になるなら俺も虫になる」
「だって『半身』なんだから」
そう言われたらなんだかそんな気がして、スコンと張り詰めていたナニカが解けた。
「ふたりで魔物になって、魔の森で暮らそう。
それで『番』になって、やって来る冒険者を蹴散らしてやろう」
楽しそうに笑うトモさんに、なんだかそれも悪くない気がしてきた。
「――魔物でも、いいの?」
「いいよ」
――いいんだ――。
トモさんの笑顔に、自分でもびっくりするくらい楽になった。
ずっとずっしりのしかかっていたものがトモさんの風で吹き飛ばされていく。
トモさんがあんまりにもあっさりと、簡単そうに答えるから、他のことも聞いてみたくなった。
「『災厄を招く娘』でも?」
「いいよ」
「なにもできない、役立たずの『名ばかり姫』でも?」
「いいよ」
トモさんの風が私を包む。
いつの間にか積み重なっていたいろんなものを次から次へと吹き飛ばしていく。
「貴女が『貴女』なら、なんでもいい。
魔物でもお姫様でもモブキャラでも。
でも、これだけは忘れないで。
俺は必ず貴女の隣にいる」
「『半身』だから」
枯れた大地に雨が降る。
慈雨が大地に染み渡る。
「そばにいて。魔物でも妖魔でも幽霊でもいいから。
ずっとそばにいて。俺を拒絶しないで」
やさしい声。やさしいまなざし。
でも。
だけど。
「――私がそばにいたら、貴方を傷つけ「ない」
「!」
全部言い終わる前に否定された!
「貴女がそばにいないほうが、傷つくし、不幸になる」
「!!」
ムッとしてたトモさんは、かなしそうに眉を寄せた。
「俺の『しあわせ』を望んでくれるんでしょ?」
すがるようにおねだりされて、なんでかグッと詰まってしまって『ダメ』って言えなかった。
そんな私にトモさんはさらにおねだりを仕掛けてくる!
「それなら、そばにいて。どこにも行かないで。
どこかに行くならば俺も一緒に連れて行って」
おでこをコツンってあわせて「俺を甘やかしてくれるんでしょ?」って目をのぞかれた。
うっかり『うん』ってうなずきそうになったそのとき。
トモさんの向こうに暴走する水が渦巻いているのが目に入った。
そうだ。霊力制御しなきゃ。
あわてて制御しようと集中した。でも全然制御できない。
なんで? なんで!?
「竹さん?」
トモさんがねだるように呼びかける。『いいでしょ?』って目が言ってる。
でも。
「――でも」
暴走する霊力。抑えようとずっとしてるのに全然おさまらない。
自分の霊力も制御できない。役立たずの『名ばかり姫』。
それが私。
周りに迷惑をかけるだけの存在。
愛される価値もない存在。
わかってる。わかってるけど――つらい。
トモさんのお顔を見ていられなくて、つい、うつむいた。
「でも、私、全然制御できなくて。迷惑かけてばかりで。全然役に立てなくて。災厄ばかり招いて」
ぽろり。
弱音が落ちる。
ひとつこぼしたら次から次へとぽろぽろこぼれ落ちていった。
「ひとがたくさん死んだの。私のせいなの。私が『災禍』の封印を解いたから。
私が余計なことをしなければ、あのひと達は死ななかった」
トモさんは黙って聞いてくれる。それに甘えて、ずっと胸の奥にある気持ちをこぼした。
「高間原は滅びなかった」
私のせいで。
私がいたから。
だから『世界』が滅びた。国が滅びた。
「国がふたつも滅びたの。
たくさんのひとが死んだの。
ちいさい子も、赤ちゃんもいたの」
口に出すとあのときの光景が頭に浮かぶ。
たくさんのひとが迫害されて殺された。
突然発動した陣に呑まれてバタバタとひとが死んだ。
どちらのときも私はそれを止めることができなかった。
「少しでもお詫びをしたいのに。償いたいのに。
なにをしてもうまくいかない。災厄を招くしかできないの」
罪を償おうと必死で働いた。
できることはなんでもした。
でも、どれもうまくいかなかった。
作ったものは『使えない』と使ってもらえなかった。
お守りを作ったり守護の術を使ったりしたけれど、気が付いたら諍いが生まれてた。
「こんな自分、イヤだ」
生まれ変わるたびに思う。『役に立ちたい』。『罪を償いたい』。
生まれ変わるたびに思い知らされる。『役立たず』の『名ばかり姫』。『災厄を招く娘』。
「これ以上迷惑かけないために、償いのために、死んでしまいたい。
なのにまた生まれ変わるの。死ねないの。
私は、死ぬことすらできないの」
きっとそれが私への罰。
死ぬことも許されず、ただただ罪を背負い、罪を重ねる。
「少しでも償いたいのに、なにひとつできないの。
私は役立たずの『名ばかり姫』で。『災厄を招く娘』で。
結局、不幸を撒き散らすしかできない」
ぎゅ。
お膝の上で拳を握る。
苦しい。つらい。もうイヤ。もう生きていたくない。
「――こんな自分、殺してしまいたい――」
トモさんが聞いてくれることに甘えて、吐き出した。
誰にも言わないで隠していた、私の本当の本音。
黒陽にすら言ったことのない、私の本当の気持ち。
トモさんは黙っている。
黙ってただ私を囲い込んで包んでくれている。
そのぬくもりに、霊力に、すがりたくなる。
甘えて、『私』を全部あずけたくなる。
でも、ダメ。
そんなことしたらこのひとに迷惑がかかる。このひとが傷つく。
このひとには『しあわせ』になってもらいたい。
こんな、生きる価値もない人間に付き合わせて巻き込むわけにはいかない。
拳をぎゅっと握って、ぎゅっと目を閉じて、泣き叫びたくなるのを一生懸命こらえていた。
今トモさんにぎゅうって抱きしめられたら泣いちゃう。
泣いたりしたらまた迷惑かけることになる。
必死で感情を抑えようとがんばっていたら、トモさんがポツリと一言言った。
「――それで全部?」
全部? て、なに?
トモさんの言葉の意味がわからない。
そろりと顔を上げてトモさんのお顔を見る。
トモさんは眉を寄せてお口をへの字にして、怒っているのまるわかりのお顔で私をにらんでいた。
こ、こわい!
逃げようとした途端にガッとほっぺをつかまれた!
「ひとつずついこう」
なにが? どこへ?
なんでそんな貼り付けたような笑顔なの?
「まず、高間原や国が滅びた件」
言葉にされてハッと息を飲んだ。
何を言われるのかわからないけど、ちゃんと聞かなきゃって思って、じっとトモさんの言葉を待った。
「滅びた原因は『宿主』の『願い』のためだ。貴女のせいじゃない」
きっぱりと、はっきりと断言するトモさん。
そのまなざしの、言葉の強さに、胸の奥のどこかがぎゅうっとなった。
「――でも」
でも、ちがう。
「その『願い』を叶える『災禍』の封印を解いたのは私だから――」
私が封印を解かなければ、『願い』を叶えることはできなかったんだから。
だからやっぱり私のせい。
そう思えて目を伏せた。
そんな私をトモさんはバカにすることなく、淡々と問いかけてきた。
「貴女は『そこ』に『災禍』がいると知っていたの?」
ふるふると首を振る。
「『封印を解いてやろう』って解いたの?」
また首を振る。
「じゃあ貴女は悪くないじゃないか」
あっさりとそう言ってくれるけど、ちがうの。私のせいなの。だって。
「――だって、封印を解いた事実に変わりはないから――」
情けなくぼしょぼしょと反論する私のほっぺをトモさんがやさしくなでてくれる。
それだけでこわばったどこかが解れていく。
「『災禍』は『願い』をかなえるモノだって聞いたよ」
そのとおりだからうなずいた。
「ということは、『宿主』の『願い』次第で、国を発展させ豊かにする存在にもなり得るということじゃない?」
「……………」
―――今、なにか、考えたこともなかった意見を聞いた気がする―――。
ええと、今トモさんはなんて言った?
顔を上げてじっとトモさんを見つめたら、私がわかってないってわかったらしいトモさんは至って普通のことのように言った。
「仮に『宿主』が『みんなをしあわせにする願い』を願ったら、『災禍』の封印を解いた貴女は『世界の恩人』てことになる」
「―――!!」
パカリとお口が開いてしまう。
そんな、そんな!
でも、そう言われたら、そうなの!? そうなの!? え? え!?
オタオタする私にトモさんは楽しそう。
「現に『災禍』への『願い』によって、高間原の『黄』の一族が結界術やらなんやらを知って、それで高間原は発展していったんでしょ?」
そういえばそんな伝説があった!
『黄』の一族の祈りに応えて『落ちて』きた石。それが『災禍』だったんじゃないかって、いつだったか話した。
「つまり、貴女の言う『たくさんのひとが死んだ』のは、『願い』を願った『宿主』のせい」
「国を滅ぼすような『願い』を願った『宿主』が悪いんであって、貴女が悪いんじゃない」
「―――!!」
ガツン! って頭をなにかで殴られたみたい!
開いた口がふさがりません!
そんな私にトモさんは『してやったり』みたいなお顔で笑う。
え? そうなの!?
私が悪いんじゃない? うそ。でも、そんな。
オロオロオタオタしていたら、私のほっぺをはさんだままのトモさんが得意げに笑った。
「次に貴女が『災厄を招く』という件」
ちょっと待って。まださっきのおはなしが整理できてない。
なのにトモさんは淡々とおはなしを続ける。
「それは貴女に限ったことじゃない」
は?
またまっしろになってしまった私に「聞いたことない?」とトモさんが楽しそうに笑う。
「弱い高霊力保持者は『悪しきモノ』にとってなによりのごちそうだ。
高霊力を持って生まれた赤ん坊はほぼ例外なく連中に狙われる」
それは私も知っている。
そういう赤ちゃんのためにお守りを作ったこともある。
「そのときに周囲に災厄が及ぶことがある」
それも知ってる。
『悪しきモノ』が集うことで弱いながら悪い『場』と同じ状況になって、災厄や不幸を呼び寄せてしまう。
「つまり」
じっと私の目を見つめて、トモさんが断言する。
「『災厄を招く娘』というのは貴女に限らず、あちらこちらに存在するということ」
「―――!!」
―――そう言われたら! そうかも!
私だけじゃない!? で、でも、私はそんな、他の赤ちゃん達よりもっともっとひどいと思う!
私の言いたいことがわかったのか、なにかを思い出したのか、トモさんはちょっと眉を寄せた。
「ヒロのところの双子が生まれるときなんか、大変だったよ。俺達だけじゃなく、ハルの部下やら式神やら総出で退魔に当たって。ハルは祭壇組んで一晩中祈祷して。
生まれたあとも護符貼り付けまくって結界も何重にも展開してた」
そうなんだ。
「あの双子でさえそうなんだから、超高霊力保持者で属性特化の竹さんが狙われないわけないじゃないか」
―――そう言われたら、そんな、気も、しないでもないような――?
「他の姫はどうだったか聞いた?」
「―――聞いたこと、ない……………」
「あとで守り役達に聞いてみよ。多分似たようなことになってたハズだよ」
あっさりと、当たり前のようにトモさんは言う。
そうなの? みんなそうなの?
私だけじゃないの?
じゃあ私、どうなの? もしかして、私、悪くないの?
ぐるぐるぐるぐる。
言葉が、考えが、感情がぐちゃぐちゃになる。
なにが正しくてなにが間違ってるのか。
なにがホントウでなにがウソなのか。
わからない。わからない。
どうしたらいいの? なにをどうすればいいの?
ぐちゃぐちゃでわけがわからなくて叫びだしそう。
そんな私をトモさんはじっと見つめていた。