第百四話 暴走 5(竹視点)
引き続き竹視点です
トモさんの唇がが私の唇をふさいだ。
き、キス、してる!
私、またトモさんとキスしてる!!
時々してくれる頬や耳に触れるのとはちがう。
熱くて、魂が震える。
溶ける。なにもかもが。
私のぐちゃぐちゃなココロも、暴れる霊力も。
――これが、『半身』。
私を溶かして、このひととひとつにしようとする。
唇の熱でふたりをひとつにしようとする。
――そんなの、ダメ!
ダメ。そんなのダメ!
こんな大きすぎる、暴走する霊力をこのひとに引き受けさせるわけにはいかない!
このひとを傷つけたくない!
魔物の私がそばにいたらこのひとを傷つけてしまう。
『災厄を招く娘』の私がそばにいたらこのひとを不幸にしてしまう。
どうにか逃れようとするのに全然ビクともしない!
かろうじて動く手で必死に背中をポカポカ叩いた。それでもトモさんは止まらない。
熱い唇を私の唇に重ね続ける。
ちゅむ、と唇が離れたと感じたときには角度を変えてまた唇が重ねられていた。
熱い唇が、強い腕が、たくましい身体が私を包み込む。『私が好き』と訴える!
ゾクゾクゾクゾクッ!
電気が背筋を這い上がった!
なに!? なにコレ!?
震える。ナニが?
しびれる。ドコが?
わけわかんない。なにコレ。
わかんない。こわい。こわい。わかんない。こわい。
―――もう、ヤだ!!
わけがわからなくて、わからないことがこわくて、なのに抱きしめてもらってるのもキスも溶けるようで気持ちよくて――。
――ダメ。
こんな、溶けるのなんて、ダメ。
『私』をトモさんに預けることになる。
こんな『私』背負わせたら、迷惑になる。
このひとはやさしいひとだから、無理してでも無茶してでも『私』を大事にしてくれる。守ろうとしてくれる。
そんなのダメ。
そんなことしたら、このひとが壊れてしまう。
こんな、暴走する、魔物の『私』なんか引き受けたら、このひとが壊れてしまう。
今だってそう。
私の制御を離れた霊力がトモさんをずっと襲ってる。
痛いはずなのに。苦しいはずなのに。
なんでもないような顔をして、『半身』だからって抱きしめくれる。
抱きしめてくれながら私を守ろうとしてくれる。
やさしいひと。強いひと。
大事な、ひと。
傷つけたくない。迷惑かけたくない。
巻き込みたくない。『しあわせ』になってほしい。
それなのに、なんで言うこと聞いてくれないの?
私がこんなに心配してるのに、どうしてわかってくれないの!?
無性に腹が立って、ドンドンッて背中を叩くのにトモさんは気にすることなく私を抱きしめる。
ハムッて重ねた唇を動かされて、またビリビリーッてどこかがしびれた!
わけわかんない!
なんでこんなになるの!?
なんでわかってくれないの!?
私といたら不幸になるのに!
現にこうやってひどい目に遭ってるのに!
なんでわかってくれないの!!
かなしくてくやしくて腹が立って情けなくて、わけかわからなくなった。
ぐちゃぐちゃでぐるぐるで感情も霊力も制御できない。
どうしたらいいの!?
もう、わけわかんない!
爆発しそう!
どうしたらいいのかわからない。
どうなるのかわからない。
わからないことばかりで、でもこのままだと爆発してしまうって何故かわかって、必死でトモさんから逃げようとするのに、全然ビクともしない!
ダメなのに!
このままじゃ私、爆発しちゃうのに!!
巻き込みたくないのに!!
私の制御を離れた霊力が私に襲いかかっている。
ガツッと殴られたり、押さえつけられたりする。
そんなのはいつものこと。
ジッと我慢しておけばいいこと。
それなのに、そんな痛いのも苦しいのも全部このひとが引き受けてる!
私の『痛い』や『苦しい』をこのひとが代わって受けてる!
苦しいハズなのに。痛いハズなのに。
なのに、重ねる唇はどこまでもやさしい。
力強く抱きしめてくれる腕が、身体が、私を守ろうとしてくれてる。
――ダメ
ダメ!!
このひとを傷つけられない!
このひとを傷つけるなんて許せない!
なんとか制御しようとするのに、やっぱりなんともならない!
焦り。不安。恐怖。かなしみ。
そんなものが渦巻いて、苦しくてつらくてますます制御ができなくなる。
ぐるぐると渦を巻く。霊力が。あふれる水が。感情が。記憶が。
なのに強い力にしばりつけられて身動きがとれない。
逃れようとあばれてもビクともしない。
叩いてもなにをしても動けない。
それどころか。
やわらかなぬくもり。
あたたかな霊力。
全身で『私』を包んでくれる。
『私』を守ってくれる。
やさしいひと。
つよいひと。
私の『半身』。
全身で『私』を『好き』だと言ってくれる。
こんな『私』を。こんな『魔物』を。
『半身』でなかったらこのひとがこんなふうに言ってくれることはなかった。
『半身』だからこのひとが巻き込まれる。痛い目に、ひどい目に遭う。
『私』のせいで。
逃げなきゃ。早く逃げなきゃ。
このひとを巻き込まないように。このひとを守るために。
なのに全然動けない。
――ヤだ。
もうヤだ。
いつもそう。
私はなにひとつできない。
迷惑かけるばかりで、誰一人守れない。
国が滅んだ。『世界』が壊れた。たくさんのひとが死んだ。
黒枝がいない。椛も楓もいない。黒陽は『呪い』を受けた。亀の姿になった。死ねなくなった。
他の姫も、守り役も『呪い』を受けた。
私のせいで。
私が招いた災厄のせいで。
もうヤだ。
こんな自分イヤだ。
どうにかしたくても却って迷惑をかけるしかできない。
せめてなにか役に立ちたくてもなにひとつ役に立たない。
こんな自分、イヤだ。
死んでお詫びをしたくても、死んでもまた生まれ変わる。
記憶を捨てたくても忘れることもできない。
それが私に課せられた『罰』なのだろう。
この苦しみが、この痛みが、私に課せられた『罰』なのだろう。
でも、つらい。
苦しい。
生きていたくない。
でも私には責務がある。
『災禍』を封じないといけない。
私が封印を解いてしまったのだから。私の責任だから。
だから、生きないといけない。
生きて、責務に取り組まないといけない。
つらくても苦しくても、責務のために生きないといけない。
『生きている限りは、生きる努力をしなければならない』
『それが、生きる者の勤め』
誰かがそう教えてくれた。
だから、生きないといけない。
でも。
でも。
つらいよぅ。苦しいよぅ。もうイヤだよぅ。
暴走する霊力に引きずられていつもは抑えている感情が表に出る。
『お前のせいだ』誰かが言う。
『お前さえいなければ』誰かが言う。
わかってる。そんなの私が一番わかってる。
私のせいで。
私さえいなければ。
ぐるぐるしてたらトモさんが唇を離し、腕をゆるめた。
支えがなくなってくてりと倒れかけた私をすぐさまトモさんは支えて自分にもたれさせてくれる。
ぜえぜえと息が乱れる。情けない。みっともない。
なにひとつまともにできない。体力だってない。いつもこんなふうにすぐにふらついて息を乱す。
私は役立たずの『名ばかり姫』。
『災厄を招く』しかできない『魔物』。
なのにトモさんが抱きしめてくれるのがうれしい。
トモさんに抱きしめてもらっている間だけは私でも愛されている気になる。赦されている気になる。
そんなの、赦されないのに。
私は『罪人』なのに。
トモさんが腕をゆるめてくれて、ようやく顔を上げることができた。
トモさんがこうやって甘やかすからいけないんだ。
私は『罪人』なのに。罪を償わないといけないのに。『しあわせ』になるなんていけないのに。
なのに「甘やかして」なんて言いながら私を甘やかすから。私のこと「かわいい」なんて言うから。
だから私、勘違いしてしまう。
トモさんのせいで。
ギッとにらんだけどトモさんはどこ吹く風で平気なお顔をしている。
ニコニコしてまた顔を寄せてくるから逃げようとした。
なのに「逃げないで」って抱きしめられた!
―――ダメ。
ダメ! ダメ!!
私のそばにいたら不幸になる。
私は魔物だから。『災厄を招く娘』だから。
自分が一番わかってる。私がいたら迷惑になる。私は不幸しか招かない。
このひとを守りたい。
このひとを傷つけたくない。
このひとを傷つけるなんて、許せない。
早く逃げなきゃ。私がこのひとを傷つける前に。
今でもこのひとを傷つけてるのに。早くしないとこのひとはもっと傷つく。
そう考えたら、あのときのトモさんが浮かんだ。
暗い糺の森で、倒れたトモさん。
血まみれで、ボロボロで、どれだけ治癒をかけても浄化をかけても全然効果なくて――
――イヤ。
イヤ!
もうあんな目にあわせたくない!!
このひとには安全なところで穏やかに過ごしてもらいたい!!
なのに私を抱きしめる。
これじゃあ逃げられない。
やめて。ダメなの。
そばにいたらダメなの。私は魔物だから。『災厄を招く娘』だから。
やめて。これ以上引き止めないで。
なんで言うこと聞いてくれないの!? 貴方を傷つけたくないのに。貴方を守りたいのに!!
やめて!
やめて!!
「やめて!!」
トモさんがビクリと跳ねた。
腕がゆるんだその隙に逃げ出したけど、すぐにふらついて、べしょっとシーツに倒れ込んだ。
情けない。逃げ出すこともできない。立ち上がることすらできない。
情けなくて情けなくて「ううううう」と泣くしかできない。
トモさんを守りたいのに。
『私』から守りたいのに。
迷惑かけたくないのに。
なんでうまくいかないの?
なんでこんなに情けないの?
こんなだから『名ばかり姫』なんて言われるんだ。
もっとしっかりしたいのに。
黒枝や黒陽に自慢してもらえる『姫』になりたいのに。
誰にも迷惑かけたくないのに。
誰も傷つけたくないのに。
「―――ごめん。ごめん」
トモさんの声が聞こえる。
「ごめん。ごめんなさい。申し訳ありません」
やさしいひと。
トモさんは全然悪くないのに、私が悪いのに謝ってくれる。
トモさん、困ってる。困らせたくないのに。
困らせたくない。傷つけたくない。
なのになんでトモさんがここにいるの?
私『来ないで』って言ったのに。
トモさんはいつもそう。全然私の言うこと聞いてくれない。
私はトモさんのこと守りたいのに。
トモさんのこと傷つけたくないのに!
「竹さん」
やさしい手が肩に触れた。
途端。
ガチン!
なにかの引き金がひかれた!
「――ヤだ!!」
感情が爆発した!!
それまで我慢していたいろんなモノが一気に噴き出した!!
「ヤだ! もうヤだ!
なんで聞いてくれないの!?
『来ないで』って言ってるじゃない!
なんでそんな、キスしたりするの!?
貴方のこと、これ以上巻き込みたくないのに!
なんでそんなことするの!? なんで言うこと聞いてくれないの!?」
一気に吐き出して「わあぁぁぁ!!」と泣き叫んだ。
わけがわからない。ぐちゃぐちゃで、めちゃくちゃで、暴走してる。
頭のどこかは冷静にそんな自分を認識する。
でも他の部分はめちゃくちゃに爆発していく!
「巻き込みたくないのに! 迷惑かけたくないのに! 全然聞いてくれない!!」
抑えていた不平や不満が勝手に口から飛び出していく。
「なんで誰も聞いてくれないの!? なんでトモさん置くの!?」
誰に向けているのかもわからない文句を叫ぶ。
「やっぱり私は魔物なんだ!」
「災厄を招くしかできないんだ!」
「もうヤだ! ヤだ!!」
「わあぁぁぁ!!」と泣き叫び、シーツを握りしめイヤイヤと顔をすり付けるしかできない。
情けなくてくやしくてかなしくてわけがわからない。
ただただぐちゃぐちゃで、爆発にまかせて吐き出した。
霊力が暴走する。渦を巻く。激しく波打つ。
私にぶつかってくるけれど、それすらも私の中の爆発を誘導しているようだった。
「こんな自分、ヤだ! ヤだ!!」
「迷惑かけたくない!」
「傷つけたくないのに! 守りたいのに!!」
「もうヤだ! ヤだ!!」
「こんな私、死ねばいいんだ!!」
いつも胸の底にある想いまで爆発に押し出される。
「誰か、殺して!」