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第百三話 暴走 4(竹視点)

本日から竹視点です。

前話から時間をちょっと戻って、暴走前からスタートです。


「よくがんばりましたね姫」黒枝(くろえ)が褒めてくれる。

「姫!」「姫!」(もみじ)(かえで)が笑ってくれる。


 うれしい! やっとみんなに自慢してもらえる『私』になれた!


 聞いて黒枝! 私、褒められたの!

 私の作ったお水が「使える」って! おにぎりも「使える」って!

 晴明さんも蒼真も、菊様も褒めてくれたの!!


「よかったですね姫」

 うん!

 私、やっと役に立てたの。『名ばかり姫』じゃなくなったの!

 トモさんがいっぱいに満たしてくれたの。「大丈夫」っていっぱい言ってくれたの。そしたらホントに『大丈夫』になったの!


「よかったですね姫」

 うん!


 やっと私でも役に立てるようになったの。

 黒枝達の『(あるじ)』として恥ずかしくない『私』になれそうなの!



「そんなわけないだろう」



 どこかから、誰かの声がする。

「あれほどの人物をあんな小娘ひとりに縛り付けておくなど」

「もったいない」

「役立たずの『名ばかり姫』」


 誰かが私を指さして言う。


「お前のせいで国が滅んだ」

「お前のせいで高間原(たかまがはら)が滅んだ」

「お前が『災禍(さいか)』の封印を解いたせいで」

「お前さえいなければ」


「お前が」「お前さえ」

「お前が災厄を招いた」


 私のせいで。

 私が招いた災厄のせいで。

 たくさんのひとが死んだ。たくさんのひとが不幸になった。


 私のせいで。


「償え」「償え」

 誰かが言う。

「罪を償え」「罰を受けろ」

 誰かが言う。


「お前など生きている価値もない」

「お前が誰かに愛されることなどあるわけがない」

 誰かが言う。


 わかってる。私が一番わかってる。

 私は『罪人(つみびと)』。

 誰からも愛されることも、必要とされることもない、『名ばかり姫』。

 いるだけで迷惑をかける。

 いるだけで災厄を招く。


 私は。


 わ た し は




 ドドッ!!

 霊力の噴き出す衝撃に目が覚めた!

 ――暴走!

 あわてて抑えようとするけれど全然制御できない!

 どうしよう! どうしたら!


「姫!」

 黒陽があわてて結界を展開してくれる。でも全然抑えられない。黒陽の展開しようとする結界をはじいてしまう。


 ダメだ。黒陽のそばにいちゃダメだ!


 前もそうだった。

 それまでは黒陽が抑えてくれてたのに、ある日抑えきれなくなった。

 それなのに黒陽はずっと私を抱きしめてくれた。

 傷だらけになって。血だらけになって。

 そんなこと、させられない!


 結界を強く強く展開! 私の周りだけに展開! 黒陽は弾く!

 誰も来ないで。抑えるから。


 これ以上迷惑かけたくない。

 私がダメな子なのはわかってる。

 何の役にも立たない。黒陽を、黒枝を縛り付けるだけの、『名ばかり姫』。わかってる。自分が一番わかってる。

 だからせめて、迷惑をかけたくない。

 愛されなくても。必要とされなくても。

 せめて邪魔者になりたくない。


 それなのにうまく制御できない。

 霊力が暴れる。感情が、記憶がぐちゃぐちゃに渦を巻く。


『――制御できないならば、魔物と同じではないですか!』


 誰かが叫んだ。


 扉の向こう。黒枝やみんなを巻き込まないようにお部屋にこもっていたとき。

 ようやく落ち着きかけて結界がゆるんだとき、聞こえてきた。


 ――ああ。そっか。

 私、魔物なんだ――


 スコンと、納得した。


 魔物は『災厄を振りまく存在』。

 理性も制御もなく、暴れるだけ。

 見たことはないけれど、そう聞いている。


 私のことだ。


 私、魔物だったんだ。


 私がそばにいたら周りに迷惑がかかる。

 私が魔物だから災厄を招くんだ。

 ああ。そうだ。

 私がここにいたら迷惑になる。

 早く立ち去らないと。



 暴れる霊力は抑えようとすればするほど固まって水になり、波を立てて暴れる。渦を巻く。その水が激しく私を叩く!

 普段から無意識に展開している結界はこんな状況でも生きていて、自分の身を守ってくれる。

 いっそこの結界も解けたらいいのに。

 そうしたら死ねるのに。

 これ以上迷惑をかけなくても済むのに。



「竹さん!」


 ぐちゃぐちゃの感情と意識の中、不思議とその声が届いた。

 誰? ――誰だっけ。大事なひと。私の――


「竹さん!? 入るよ!」

「来ないで!」


『入る』の言葉に反射的に叫んだ。


「来ないで!!」

 結界を強くする! 誰かわからないけど、巻き込めない!


「来ないで! 大丈夫だから! すぐにおさまるから!!」

「お願いだから、来ないで! 放っておいて!」


 必死で叫ぶ。叫びながらどうにか抑えられないかがんばるけど、やっぱり抑えられない。

 霊力操作ができない。全然制御できない。

 勝手に暴れて勝手に水になる霊力。

 肩を抱いてうずくまって、歯を食いしばってどうにか抑えようとがんばるけど全然制御できない。


「竹さん!!」


 ――トモさん。

 そうだ。トモさんだ。


 トモさんの声が聞こえる。

 やさしいひと。つよいひと。

 迷惑かけたくない。巻き込みたくない。

 私の。


 わ た し の


 ふ、と。ぐちゃぐちゃだった意識が浮上した。

 どうにか顔を上げると、視線の先にトモさんがいた。


 なんで?

 だって、結界張ってるのに。

 黒陽だって入れないのに。

 なんでかお部屋の中にいるトモさんは、なんだかホッとしてる。

 なんで? なんで!?


「来ないで!」

 ハッと気付いて、叫んだ。

 誰も入れるわけにはいかないのに!

 誰も近づけるわけにはいかないのに!!


「来ないで! お願いだから、来ないで!!」

 必死で霊力を抑えようと肩を抱くけど、ちっとも抑えられない。

 渦を巻く。暴れる。


「来ないで!」

「来ないで! お願い!」


 抑えられない。巻き込みたくない。傷つけたくない。

 これ以上迷惑かけたくない。


「大丈夫だから! いつものことだから! しばらくすれば収まるから!だから、来ないで!」

「来ないで!」


 必死で叫ぶ。来ないで。来ないで! もう出て行って!

 そんな祈りも届かず、トモさんが私の霊力の水に倒された!

 私のせいで。

 私が制御できないから。私が役立たずだから。


「やめて! もうやめて! 部屋から出ていって!」

「お願い!」


 トモさんが痛そうに顔をしかめた。

 やさしいひと。私なんかを大事にしてくれる、つよいひと。


 ドン! さらにトモさんに私の霊力が襲い掛かる!

 どうしよう! 傷つけたくないのに!

 どうにか抑えないと。どうにか!


 ぎゅうっと自分を抑えるように抱いて丸くなった。

 いつもそうやって抑えている。

 いつかおさまる。いつもそう。

 だから、大丈夫。今回も、抑えられる。抑えられる。はず。


 霊力の渦が私を襲う。でも、大丈夫。痛いけど、苦しいけど、それは私に課せられた罰だから。私は『罪人』だから。

 歯を食いしばって我慢していた、そのとき。


 ふわり。

 あたたかなぬくもりが、私を包んだ。


 なに? なにが。

 ――トモさん?


 ぎゅうっと抱きしめてくれる。

 あたたかい。落ち着く。楽になる。


 トモさんのぬくもり。トモさんの気配。

 ここは私が一番安心できる場所。

 なんでかそんなことが浮かんだ。


 ――って、ダメ!

 私にくっついていたら、トモさんがあぶない!


 顔を上げたら、そこには穏やかに微笑むひとがいた。

 やさしいひと。私の――。


「……なん、で……」

 なんでここにいるの?

 なんで私に触れられるの?


「俺、『境界無効』の能力者」


 どこか楽しそうにそう言うトモさんにぱかりと口が開いた。

 そんな私にトモさんはプッと笑う。

 その声にハッとした!


「だ、ダメ! 離れて!」

 そう言って離れようとするのに、逆に抱き込まれていた。

 あったかい。安心する――って、ダメ!


「ダメ!」「離して!」

 どれだけ暴れても叫んでもトモさんはびくともしない。

 なんで? なんで言うこと聞いてくれないの!? こんなに心配してるのに! 迷惑かけたくないのに!


「竹さん。竹さん、聞いて」

 やさしい声が耳に注がれる。

「俺は貴女の『半身』だよ。だから、俺は大丈夫だよ」


『半身』。


 ぎゅうっと抱き込まれているだけでひとつに溶ける気がする。

 ひとつに戻る。

 そんな感覚におぼれそうになる。


「よくがんばったね。えらいよ。竹さん」


 そう言ってやさしく頭をなでてくれる。

 そのぬくもりに、やさしさに、身体中の力が抜けた。

 力が抜けた拍子に涙がぽろりと落ちた。


「でも、これからはひとりでがんばらないで。俺も一緒にいさせて。

 苦しいことも、つらいことも、一緒に背負わせて」

「俺達は『半身』なんだから」

「俺は大丈夫だから」


 やさしい声に、あたたかい言葉に、ココロが解けていく。

 耳に流される言葉は『(しゅ)』のよう。

『言霊』になって私に刻まれる。


「大丈夫。大丈夫だよ」

 やさしいひと。つよいひと。

 頭を、背中をなでられるたびにこわばりが解けていく。


「大好きだよ。だから、そばにいて」

 耳になにかが触れた。き、キス、された!?

 びっくりして逃げようとしたら抱き込まれて身動きがとれなくなった。


「逃げないで。俺をひとりにしないで。そばにいて。離れないで」

 そう言ってトモさんが甘えてくる。

 まるで私を大事な宝物のように扱う。

 抱きしめられて、スリスリされて、『愛されてる』って勘違いしそうになる。


 私は『名ばかり姫』なのに。『災厄を招く娘』なのに。『罪人』なのに。

 なんでトモさんはこんなにやさしくしてくれるの?

『半身』だから?

 私、こんななのに。

 霊力制御もできない、なんにもできない、役立たずなのに。


『――制御できないならば、魔物と同じではないですか!』


 ふと、誰かの声がした。

 そうだ。私は魔物なんだった。

 おそろしくて、こわいモノだった。


 きっとこのひとも私をこわがる。

 こんな暴走見たんだ。絶対逃げる。嫌がられる。


 ――トモさんに、嫌がられる――


 そう思った途端、かなしくなった。

 胸が潰されるような痛みに息が止まった。


「竹さん」

 泣きそうになるのを懸命にこらえていたら、トモさんの声が届いた。

「キス、しても、いい?」


 ………は?


 意味が分からなくて顔をあげた。

 しあわせそうな微笑みがそこにあった。

 こわくないの? 私、魔物なのに。『災厄を招く娘』なのに。


 わけがわからなくてぐるぐるしていたら、トモさんのお顔が近づいた。

 唇に、やわらかなものが、触れた。


 ―――!?


 目に映るのは、どこか心配そうなトモさん。

 ほっぺが赤くなってる。なんで? お具合わるい?


 ―――。


 ―――!


 ハッとして、ようやく理解した!

 き、キス!? お口に、キス、された!?

 なんで!? なんでそん「!!」

 動揺してたらまた唇を重ねられた!

 びっくりして、それまでに考えていたいろんなことが吹き飛んだ。

 真っ白になって、ただトモさんのぬくもりしか考えられなくなった。


 ぎゅうっと抱きしめてくれる腕。支えてくれる身体。重ねた唇。

 ひとつに溶ける。

 私はこのひとの『半身』。このひとは私の『半身』。

 重なって、溶けて、満たされる。


 いいの? 甘えても、いいの?

 このひとなら、私の『半身』になら、『私』をあずけても、いいの?

 このひとに満たされて、『しあわせ』になっても――




(ゆる)されるものか」




 どこかから響く声にザっと冷えた。


「償え」「償え」

 誰かが言う。

「罪を償え」「罰を受けろ」

 誰かが言う。


「お前など生きている価値もない」

「お前が誰かに愛されることなどあるわけがない」

 誰かが言う。



 そうだ。私は『罪人』だ。

 こんな、満たされる『しあわせ』なんか、私には赦されない。


 私は『災厄を招く娘』だから。魔物だから。


 なのになんでこのひとはこんなことするの?

 まるで私が『価値のある存在』のように。

『愛するもの』のように。



 そっとトモさんの唇がはなれる。

 それまでの熱がなくなった途端にさみしくなる。

 トモさんの瞼がゆっくりと開かれる。その目と目が合った途端、胸のどこかがキュウンと締まった。


「なんで、キス」

「『なんでキスしたのか』?」

 言いたいことをわかってくれるトモさん。なんでいつもわかるんだろう。


「好きだから」

「貴方がかわいくてかわいくてたまらないから。

 だから、我慢できなくてキスした。――ここに」


 やさしく微笑んで私の唇をそっと押すトモさんに、どこかがふるりと震えた。

 魂が震える。おなかの底からなにかが湧き出してくる。


「そん、な、『好き』とか、『かわいい』とか、」

 五千年感じたことのない感情にどうしたらいいのかわからなくてもごもごしてたら「俺の言葉、信じてくれないの?」ってトモさんに逆に聞かれた。


 信じるとか信じないじゃない。首をふるふると振った。


「だって、私、全然、ダメ、で。こんな、制御、できなくて」


 霊力制御は基本の基本。そんなこともできないなんて、バカにされても見下されても当然だと思う。

 それなのにトモさんはやさしい。

「制御できないことなんて誰にでもあるでしょ?

 俺だってこの前『むこう』にいたときに何回も暴走したよ?」

 そう言ってよしよしとなでてくれる。

 それだけで『とろん』てなって、なにもかも預けたくなってしまう。

 そんな自分にハッと気づき、ぐっと拳を作る。


「でも、私、霊力、多く、て。迷惑、で」

「迷惑じゃないよ。貴女のその霊力で昨日も一昨日も助かったよ。そうでしょ?」

 トモさんはすぐにそう言ってくれる。

『私は悪くないよ』と。『大丈夫だよ』と。


「でも、制御、できないと、魔物と、同じ」

「ひとを、傷つけ、る」


 言いながら自分の言葉に痛くなる。 

 やっぱり私はダメな子だ。

 なにひとつできない『名ばかり姫』。


「強いチカラが、あるから、こそ、抑えない、と、いけない、の、に」

「私は、できな、い。こんな、暴走、させて」


 言いながらまた涙がボロボロッと落ちる。


「『役に立てる』って、思った、のに。

 やっと『名ばかり姫』じゃなくなれるって、思った、の、に」


 私はやっぱり『災厄を招く娘』でしかないんだ。

 だから国が滅びた。『世界』が滅びた。

 たくさんのひとが死んだ。たくさんのひとが傷ついた。


「――もうだれも、傷つけたく、ない」


 私は魔物だから。

 私のそばにいたら傷つけてしまう。

 このやさしくてつよいひとも、いつか私のせいで――。

 そんなの、イヤだ。

 

「貴方を、傷つけ、たく、ない」


 そうこぼした、次の瞬間。

 またしても唇をふさがれた。

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