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第百話 暴走 1

 竹さんの水を使った飯に関してわかったことを報告書にまとめる。

 夜の報告会で白露様と緋炎様にも来てもらい、おにぎりを食べてもらった。

 ふたりも大絶賛だった。

 誇らしげにニコニコする愛しいひとがかわいくてたまらない。


「竹様あんな顔できたのね」

 緋炎様がポソリと黒陽に耳打ちしていた。

 言われた黒陽は目をうるませてただうなずいていた。


 今日は水と米とおにぎりで一日が終わってしまった。

 それでも明らかな成果に彼女は喜んでいる。

「明日もおにぎり作りますか?」と張り切っている。


 ハルがオミさんに水を入れるタンクと米を用意するように指示した。

「明日お店が開いたらすぐに用意するね」と言われた彼女は「はい!」と張り切って返事をした。



 一連の報告書と水とおにぎりの現物を持って白露様が西の姫のところに戻る。

 白露様はすぐに報告をしたらしい。

 彼女が風呂から上がってすぐに小鳥が飛んできた。西の姫の式神だ。


 西の姫も竹さんの水とおにぎりを大絶賛した。

「でかした!」なんて褒められて愛しいひとは大興奮だ。かわいい。


 これまでの五千年、彼女がなにをしてもなにを作っても受け入れられることはなかったという。

 高レベルすぎて「使えない」と使ってもらえなかったらしい。


「使えない」と言ったひとの気持ちは俺にもよくわかる。わかりすぎるほどわかる。

 幼児の屋外でのおままごとに総漆に金襴をほどこした漆器を一揃で使わせるようなものだ。おそろしくてとても使えない。


 だが彼女にはその理屈も気持ちもわからなかった。

 ただ「使えない」という言葉と事実だけを受け取り「自分はダメな子だ」と自己評価をどんどんと落としていった。


 それが、ここ数日は彼女の作ったものが役に立った。

 守り役達とナツの霊力から作った布。

 錬成した水。

 その水で炊いた飯。

 ハルにも「作って」と依頼された。守り役達からも西の姫からも褒められた。


 多分この五千年で一番テンション上がってる。

 笑顔がはちきれそうだ。かわいい。


 黒陽が涙ぐんでいることにうっかりな愛しいひとは気付かない。

 俺も黒陽も言うつもりはない。

 ただ黙ってうれしそうな彼女を見守っていた。



 離れに戻ってからずっとテンション高いままの彼女をどうにかなだめて寝させるようにする。

「おやすみなさい」とハグをしたら、いつもはされるがままの彼女がギュッと抱きついてきた!


 ぐわあぁぁぁ! うれしい!

 どうした!? テンション高いからか!?


「ありがとうございます」


 なんのことかと腕をゆるめると、彼女も俺から少し身体を離し、目を合わせてきた。


「トモさんのおかげです」

「なにが?」


 意味がわからずたずねると、彼女はそれはそれはしあわせそうに微笑んだ!

 くそう! かわいい!


「トモさんがいっぱいいっぱい『ぎゅう』してくれるから、私、からっぽだったのがどんどん満たされていったんです。

 トモさんがいっぱいいっぱい『大丈夫』って言ってくれたから、私、きっと『大丈夫』になれたんです。

 トモさんのおかげで、私、『名ばかり姫』じゃなくなれるかもしれない」


 愛しいひとはかわいい顔に満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます」


 ――きっとこれまでの五千年、ずっと苦しんできたんだろう。生真面目に悩んできたんだろう。

 いじらしくて、かわいくて、ぎゅうっと抱きしめた。


「――俺はなにもしてないよ。

 全部貴女ががんばってきたからだよ」


 よしよしと背中をなでる。

「今までよくがんばったね。竹さんはえらいよ」


 子供に向けるような言葉に、彼女はわかりやすく喜んだ。

 バッと上げたその顔が喜びにどんどん紅潮していった。

 ジワリと潤む目。震える口がにっこりと弧を描く。


 照れ隠しのためか、俺の胸にバッと顔を埋めた彼女はぎゅうぅっと俺に抱きついた!

 ああもう! かわいすぎるんだが!!


「ありがとう、ございます」


 震える声に気付かないフリをして「どういたしまして」と答える。


「ホラホラ。早く寝ないと。

 明日オミさんが容れものと米買ってきたらまた作業するんだから。

 明日に備えてしっかり寝て」


 キラキラの笑顔で「はい」とうなずく彼女。

 自信に満ちた、しあわせそうな表情に、俺も黒陽もうれしくなった。




 その日の夜。

 竹さんは起きてこなかった。

 きっとあれだけテンション高く騒いだから疲れて深く眠ったんだろう。


 キラキラの笑顔を思い出し、俺もしあわせな気持ちで眠りについた。




 火曜日。

 朝からヒロと修行。

 ヒロはだいぶ調子が戻ってきたという。

「久しぶりに打ち合おう」と木刀で手合わせをしていた。


『むこう』に行く前は帰ってきた俺のほうが数段上にいたのに、戻ってきたヒロは俺と互角になっていた。


「『トモに勝てるくらいになりたい』ってがんばってきたからね!」


 ヒロはこれで負けず嫌いだ。

 俺が『こちら』に帰ってから、ヒロは朝の修行に付き合ってくれた。

 そのときに互角だと思っていた俺に子供のようにあしらわれて悔しがっていた。

 その悔しさを『むこう』で師範達に打ち明けたらしい。


 そんなこと聞かされたらあの暇人どもが張り切るに決まっている。

 そうして俺に修行をつける過程で修行内容を体系的に整えつつあった師範連中と薬師どもはヒロ達でその実証実験をした。

 その結果、ヒロ達はかなりの早さでそれなりの霊力と強さを得た。


 それなりになったあとはひたすらに師範連中と戦っていたと話すヒロは言うだけあってかなりの強さを得ていた。

 一瞬でも油断すればやられる。必死で向かって行く。


『むこう』の師範連中と戦っているときのようなキツさ。でもそれが楽しい。全力の全力を出しても大丈夫だという開放感。互角に打ち合える相手がいる喜び。

 ヒロは汗だくの顔に微笑みを浮べている。きっと俺もニヤニヤしているに違いない。

 ふたりで限界ギリギリのところでじゃれ合った。


 がガガガッと打ち合っていた、そのとき!


「トモ!」

 突然、黒陽が転移してきた!


「危な……! なにして「来てくれ! 姫が暴走している!!」

「!! すぐ行く!」


 木刀を放り投げて離れに向かって駆け出した!

 すぐさま黒陽が肩に乗る。

 ヒロも追ってきた。


「なにがあった!?」

 駆けながら短く聞く。


「暴走に『なに』という理由はないんだ。

 ときたま、突然起こる。

 これまでもそうだった」


「覚醒時も暴走してましたよね!?」

 ヒロのツッコミに「そうだ!」と黒陽が答える。


「今回の暴走はあのときの比ではない。

 あのときはまだ完全覚醒前で大したことはなかった。

 今回は昔のような暴走だ。

 だから姫は私も弾いた」


 どういうことかと視線でたずねると、黒陽は悔しそうに顔をしかめた。


「いつもそうなんだ。誰も巻き込まないように、ひとりで結界に閉じこもってしまう。

 私も、妻も、誰一人近寄らせなかった」


 話しているうちに離れに着いた。

 彼女の部屋に向かう。

 扉のこちら側からは暴走の気配は感じられない。

 至っていつもどおりの、静かな部屋に見える。


 と、同じように進んでいたヒロがドッと倒れた!


「なんか弾かれた!?」

「姫の結界だ」


 部屋の二メートル手前でヒロがパントマイムでもするように両手をなにもない空間に向けて広げている。それ以上は入れないらしい。

 俺が入れるのは『半身』だからか? 『境界無効』が仕事してんのか?

 なんでもいい。とにかく彼女に会わなければ。


「竹さん!?」

 ドンドンドン! 扉を叩くが返事はない。


「竹さん!? 入るよ!」

「来ないで!」


 ドアノブを取ろうとした手が止まった。

 今のは彼女の声か!?

 聞いたことのない激しい声色に非常事態が起こっていると理解する。


 構わずドアノブをつかもうとした、そのとき。


「来ないで!!」

「!」


 ドン!

 一段強い結界が展開された!

 結界の中に立ち入ったものを弾き出すような威力!

 咄嗟に足を踏ん張ってこらえたが、肩の黒陽はふっ飛ばされた。あわててヒロがキャッチする。


「来ないで! 大丈夫だから! すぐにおさまるから!!」


 強い声で、泣きそうな声で、そんなことを叫ぶ。


「お願いだから、来ないで! 放っておいて!」


 ――そんな声を聞かされて、放っとくなんて、できるかよ!!


 チラリと後ろの黒陽に顔を向ける。

 黒陽は悲壮な表情でただうなずいた。

 その目が『頼む』と言っている。


「まかせろ」


 一言告げると黒陽はくしゃりと顔をゆがめ、頭を下げてきた。


「ちょっとふたりで待っててくれ。彼女を説得してくる」

 ふたりのうなずきにうなずきを返し、扉に向き直った。


 ガッとドアノブを握る。その瞬間!

 つかんだ手からドッと水があふれた!!

 俺を拒絶するように水の壁が展開されていく!


 ギッと扉を、つかんだドアノブをにらみつける。――視えた!


 一瞬のチャンスを逃さず、ガチャリとドアノブを回す。

 一気に手前に引く! その途端!!


 ドドォ!!


 目の前に水の壁が立ちふさがった!

 目と鼻の先で滝が落ちているよう!

 とても入れるようには見えない。

 ――だが。


 あきらめることなくギッと水の壁をにらみつける。

 ――視えた!


 細い細い『道』めがけて飛び込んだ。

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