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第九十八話 決意

 ヒロと佑輝が落ち着いて『霊力酔い』についてもう少し検証することになった。


「なんで晃は平気なんですか?」

 ひなさんのもっともな質問に蒼真様はあっさりと答える。


「ひながいたからでしょ?」

「は?」


 言われたひなさんがキョトンとする。晃はひとりでウンウンとうなずいている。


「帰ってすぐにひなに抱きついて、それからずっとべったりしてるだろ? あれで霊力が循環されてた。

 だから晃はすぐに『こっち』の霊力量に馴染んだよ」


「まさか蒼真……観察してたの?」

「もちろん」

 緋炎様のツッコミにエッヘンと胸を張るちいさな龍。


「トモは霊力酔いになる直前で竹様抱いて霊力循環させてた。だからなんともなかった。

 で、今回三人が戻るにあたって『半身』のいる晃と『半身』のいないふたりにどんな反応が出るか観察してたんだー」


「いいデータがとれた!」と喜ぶちいさな龍。

「早く処置してくださいよ!」と文句を言うヒロに「早く処置したらデータがとれないじゃないか」と真面目に答えている。


 やっぱりこのひとも研究者か。

 ロクなもんじゃないな。


「『半身』がくっついて霊力循環させることが回復につながることは間違いないね。

 万が一晃が戦いに出ることになったら、ひなを晃専属の回復要員として近くに置いといたらいいよ」


 蒼真様の軽口に「ダメです!」と晃が怒る。

「ひなを危険な場所に置くなんて、ダメです!」


 その剣幕に蒼真様もタジタジになった。

「じょ、冗談だよ。ゴメンね?」

「冗談でも言っていい冗談と悪い冗談があります」


 本気で怒ってるな晃。

 そうか。これが『半身』か。


『半身』を危険にさらすことは絶対に許せない。その気持ちは俺もよくわかる。


 晃はひなさんになだめられ、どうにか蒼真様を許した。

 そんな様子を見ながら、胸にチクリと(とげ)が刺さった。


 俺はどうするだろう。

 竹さんが戦いにおもむくとき。

 共に行けるだろうか。彼女の邪魔をしないだろうか。


 今日の侵入未遂で『わかった』。

 おそらく『災禍(あれ)』と戦うことになったら、無事では済まない。


 彼女は結界を展開して封じるのが役目だと守り役達は言っていた。前衛で戦うのは南の姫だと。

 それでも、南の姫が『災禍(さいか)』を斬るまでの間、封じることは無理でも動きを止めるなりなんなりしないといけない。

 そしてそれは簡単なことではないと俺でもわかる。


 黒陽も言っていた。彼女はいつも『魂を削って』戦うと。

 そんな危険に、彼女をさらさなければならない。


 知らず拳を握っていた。

 グッと歯を食いしばる。

 こらえていないと叫び出しそう。

『責務なんか捨てろ』と。『俺と逃げよう』と。

『ふたりで静かに暮らそう』と懇願してしまいそう。


 そんなこと言ったら彼女を苦しめる。

 彼女はこれまでずっと責務に取り組んできたひとだ。

 きっとつらいこともあった。苦しいこともあった。

 それでも『王族だから』と『自分が封印を解いたから』と必死で戦ってきたひとだ。


 その彼女の邪魔をするわけにはいかない。

 わかってる。

 わかっていても、苦しい。



 ずっとそばにいたい。

 一緒に時を重ねたい。

 オッサンになってジジイになって、じーさんばーさんのような老夫婦になりたい。

 でも。


 彼女には『呪い』がある。

 二十歳まで生きられない。


 彼女には責務がある。

 もうすぐ戦いにおもむかなくてはならない。


 わかってる。

 わかってる。

 それでも『そばにいたい』と望んだのは俺だ。

 それでも『あきらめられない』と願ったのは俺だ。


 わかってる。


 わかってる。


 わかってるけど、苦しい。


 わかっていても願ってしまう。

『このままふたりで暮らしたい』

『ずっとずっとそばにいたい』


 この『願い』が叶う可能性がないことも。

 こんなこと願ってると彼女に知れたら困らせることも。


 わかってる。

 わかっていても、『願い』を(いだ)く。


『彼女がしあわせでありますように』

『ずっとそばにいられますように』




 全員が離れを出て、彼女と黒陽と三人になった。

 大人数でわあわあと騒いだからか、転移陣の扉がパタンと閉まると「ふう」と彼女がちいさく息をついた。


「お疲れ様」

 声をかけるとにっこりと微笑む彼女。


「お疲れ様はトモさんのほうです。

 今日はホントにお疲れ様でした」


「ご無事でなによりです」なんてかわいすぎんだよ! がんばってよかった!


 ぎゅうっと彼女を抱きしめる。

 あたたかい。癒やされる。生きてる。


 ――生きてる。


「と、トモさ」

 アワアワするのかわいい。

 さらにぎゅうっと抱き込む。


「――ゴメン。ちょっと、こうさせてて」


 平静を装ったつもりだったのに、出てきたのは情けない声だった。

 そんな俺に彼女は動きを止めた。


 黙ってただ彼女のぬくもりを堪能した。

 やわらかい。あたたかい。

 彼女の霊力が俺に馴染むのを感じる。『ひとつになる』と感じる。


 俺の『半身』。俺の唯一。


 あきらめるなんてできない。

 ずっとそばにいたい。

 こうして、明日も、明後日も、一年後も、十年後もそばにいたい。


 愛おしい俺の唯一。

 ただひとりの、愛しいひと。


 彼女のぬくもり。彼女の匂い。彼女の気配。

 なにもかもが俺を癒やす。

 唯一だと。『半身』だと。

 魂が叫ぶ。魂が求める。

『ひとつで在りたい』と強く願う。


 でも。


 いつかは彼女を手放さなければならない。


災禍(さいか)』との戦いにおもむくとき。

 彼女の生命が尽きるとき。

 俺は、彼女を手放さなければならない。


 わかってる。わかってる。

 わかっていても、苦しい。



 黙ってただ彼女を抱きしめていた。

 そんな俺に彼女は思うところがあったらしい。

 いつもはされるがままにじっとしているひとが、そっと俺の背中に腕をまわしてくれた。


 あ。と思ったときには、彼女がぎゅうっと抱きしめてくれた!


 ああ! 溶ける!


 ふたりがひとつになる感覚。

 俺は彼女のものだと、彼女は俺のものだと強く強く感じる!


 なにも言葉が出ない。

 ただしあわせで、満たされて、何故か涙がにじんだ。


「お疲れ様でした」

「ありがとうございました」


 ウン。侵入も疲れたけどね。

 今ヘコんでるのはそうじゃなくてね。


 説明するわけにもいかず、ただ彼女に甘えて黙って抱きしめていた。





 一旦部屋に下がった彼女が夜中に起き出すのはいつものこと。

 それまでに仕事を済ませてしまおうと与えられた部屋でパソコンに向かった。


 いくつかのデータを処理して、本命。

『バーチャルキョート』への侵入。


 軽く両肩と指をほぐし、呼吸を整える。

「――よし」

 気合を入れて侵入した。


 侵入してすぐに気付いた。迎撃システムが変わっている。侵入ルートも全て潰されている。

 ――気付かれたか。

 ダメもとでどうにか侵入できないかと足掻(あが)く。が、セキュリティレベルが段違いに上がっていて、全然歯が立たない。


 なんだよこのシステム。なんでこんなこと考えつくんだよ。天才かくそう。

 効率がいい。流れるような構成。見事な展開。

 いつからこのシステム作ってたんだ。

『バーチャルキョート』の仕事しながらこんなの書いてたのか。トンデモナイな。


 これ以上深く潜ろうとすれば尻尾をつかまれる。そんな失態を犯すわけにはいかない。

 くそう。これまでか。

 それでもどうにか侵入のヒントを得られないかと足掻いていた、そのとき。


 ずしり。


 突然肩が重くなった!


「た、竹さん!?」

 見えなくても気配でわかる。

 彼女が後ろから俺にのしかかってきている。

 そのうえぎゅうっと抱きついてきている!


「ちょ、ちょっと、ちょっと待って!」

 ヤバい! 驚いた一瞬で反撃された! 急いで離脱!

 ヤバいヤバいヤバい! 逃げ切れるか!?


 子泣き爺状態の愛しいひとを背負った状態で必死で指を動かす!

 あああ! だからスリスリしないで!! 集中が切れる!


「待って! ちょっと待ってて! 今ヤバいから!!」


 ダダダダダダ! キーボードを叩く! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!!



 ――どうにか逃げ切れた。


「はあぁぁぁ……」

 ぐったりしたら、後ろの子泣き爺がスリスリと俺の首元に頭をすりつけてきた!

 なんだそのかわいい行動! そんなかわいいことされたら叱れないじゃないか!


「――竹さん」


 呼びかけるとピクリと反応があった。


「こっちおいで?」

 そう言って両手を広げると、かわいい子泣き爺はすぐに腕を解いた。そして当然のように俺の膝にストンと横座りに座り正面から抱きついてきた!


 ああもう! かわいすぎか!

 ぎゅうっと抱き込む。ああ。溶ける。大好き。


「――どうしたの?」


 いつもは夜起き出してもリビングにいるのに。

 俺の部屋に来ることなんか今まで無かったのに。

 ていうか、黒陽はどうした?

 あの過保護な守り役は竹さんが目覚めたら目を覚ますような術式を自分にかけている。

 だから彼女が起き出したら黒陽が俺を呼びに来ていたのに。


「――トモさん、お疲れ様だったから……」

「……………」

「元気になってもらいたいって、おもって――」

「……………」


 ――それで抱きつきに来てくれたのか?

 俺がさっき甘えまくったから?

 抱きしめてるだけで回復するっていつも言ってるから?


『俺』の、ために?


 キュウゥゥン!!

 胸が締め付けられる!

 くそう。なんだよ! なんでそんなにかわいいんだよ!

 そんな、俺のためとか、かわいすぎんだよ!


 これまで夜中に起き出したのは罪にとらわれていたからだった。

『智明』を『青羽』を求めていたからだった。


 それなのに!

『俺』の心配をして起き出したなんて!

『俺』に『元気になってもらいたい』なんて!!


 ああもう。好き。大好き。

 愛おしいが過ぎる。かわいい。大好き。


 彼女を俺の膝の上に乗せてぎゅうぎゅうに抱きしめる。

「ありがと」

 耳に、頬に、額にキスを落とす。

「大好き」

 首筋に、目尻にキスを落とす。


 彼女はくすぐったそうに笑った。

 しあわせそうな笑顔にますますキュンキュンしてしまう。


「元気になった?」

「なった」

 ちょっと元気になりすぎかも。でもまあ、ウン。我慢我慢。


「ありがと」

 ささやいてまたキスをする。

 クスクスと楽しそうな笑い声が耳に心地いい。


 と、彼女が一言。

「おかえし」


 突然なにを言い出したのかと思った、そのとき。


 ちゅ。


「―――!!」


 彼女が。

 キス、してくれた。


 頬に!

 キス! してくれた!


 ブワワワワーッ!!

 一気に身体中が熱くなる!!


 信じられなくて身体を離して彼女をまじまじと見つめたら、彼女はどこか得意げな、しあわせそうな顔で笑っていた。


「トモさん真っ赤」

 クスクス笑う彼女はしあわせそうにそういって、今度は反対の頬にキスをしてくれた。


「!!」


 夢か!? 妄想か!?

 そうだ。俺、疲れすぎて寝落ちしたんだ。だからこんな都合のいい夢見てるんだ。


「いつもありがとう」

「ウン」

 ギュッと抱きついてくるかわいいひとにそんな返事しか返せない。愛おしいが爆発しそう。これ以上はマズい。


 なのに愛しいひとはさらなる爆弾を投げつけてきた!


「だいすき」


「―――!!」


 ――しあわせが過ぎる――!


 ――あれ? 俺、死んだのか? 死んだのかも。だからこんな都合のいい妄想に浸れるんだ。

 そんな、お膝に抱っこした彼女からキスしてもらって『大好き』なんて言われるなんて。


 夢でもいい! しあわせ!! がんばってよかった!!


「俺も大好き」


 ぎゅうぎゅうに抱きしめる。

 大好き。大好き。愛してる。

 胸がいっぱいで言葉が出なくて、ただ彼女を抱きしめていた。



 どのくらいそうしていたのか。

 ふっと彼女の腕が落ちた。

 見ると俺にもたれて眠っていた。


 そのかわいい寝顔を見つめていたら、ムクリと強い感情が湧き上がってきた。


 ――あきらめられない――


 たとえ可能性がゼロだとしても。

 どれだけ無茶だとしても。


 あきらめられない。

 このひとと共に在りたい。


 彼女をひとりにさせない。

 なにがあってもそばにいる。


 あきらめない。

 このひとと共に。ずっとそばに。


 そうだ。あきらめない。あきらめてたまるか!


『呪い』がなんだ!

 責務がどうした!

 そんなもの、全部俺が跳ね返してやる!!



 じーさんがいつも言っていた。

『退魔は気合』

災禍(さいか)』の件だって早い話が『退魔』だ。

 俺が折れなければ、気合を入れていれば、必ずどうにかなる!


 もう迷わない。信じる。信じぬく!

 彼女との未来を。ふたりの『しあわせ』を。

 必ず手に入れる!


 必ず!



 胸に下げた守護石をギュッと握り、強く強く『願い』を込めた。

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