第九十五話 侵入
隠形を取ったまま東寺の上空に到着。風の術が使える俺は空中で立つこともできる。隠形とってるから見られる心配もない。
風を使って周囲の状況確認。頭の中で再度シュミレーション。よし。いける。
目を閉じて深呼吸。霊力も問題ない。身体も動く。
――よし!
「――行きます!」
気合と同時に、竹さんの作った布をバッと取り出した。
バサッと彼女の布で全身を包む。両肩と胸は守り役達の視界を確保するために開けている。それでも問題ないことは事前の実験で確認済だ。
俺も顔を出して一気に急降下!
さも『落ちて』いるようにみせかけ、地上スレスレで再び上空に急上昇した。
ここは『バーチャルキョート』と現実と両方で鬼が出現した場所。
『災禍』の関与の可能性の高い場所。
その後も何箇所もそんな場所を巡り、ついに本命のデジタルプラネットのビルに到着した。
社長の自宅兼仕事部屋があるのは六階。社長が『宿主』で『災禍』を手元に置いているとすれば、間違いなくここにいるはずだ。
窓から侵入を試みる。『道』は視える。行ける!
窓を突き破る勢いで突撃!
と。
もにょん。
おかしな感覚に弾かれた!
両肩と両胸の守り役達が瞬時に障壁を張ったおかげでダメージはないが――なんだ?
「これか!?」
「そうだ!」
短い問いかけに黒陽がやはり短く応える。
昨日聞いた『おかしな感覚』というヤツらしい。
自慢じゃないが、俺はこれまで結界に弾かれたことは一度もない。ばーさんがあちこちに張っていた結界も、竹さんの結界ですら俺には『無効』だった。
それが、その俺が、弾かれた――!?
さっきまで視えていた『道』が消えている!
新しい結界が展開されている。
それでか!?『無効』にした結界とは違う結界を展開されたから弾かれた!?
こんな瞬時に対応できるとなると――やはりここに『災禍』がいる――?
疑問を抱きながら再度突入を図る!
『道』は――視えた! 突入!
が、またしても弾かれる!
ならばと別の窓を狙うが、どこを狙ってもすぐに弾かれてしまう。
結界の展開が早い!
すぐに『道』を変えられる!
『境界無効』が対応しきれないほどの速度で次々に結界を展開するなんて!
ここは駄目だ。別のルートを取らなければ!
「下から行く!」
短く告げ、一階に降りる。
隠形を取っているからほかの社員に俺達の姿は見えない。
正面玄関から飛び込み、内階段を一気に上がる!
守り役達が「弾かれた」と言っていた五階もクリア!
そのまま一気に六階まで駆け上がる!
守り役達が立ち入ることができなかったという六階の扉に着いた。
指紋の付着を防ぐために竹さんの布を手に巻きつける。取手を取ろうとしたらバチッと弾かれた!
なにか術がかかっている!
その痛みを無視してガッと取手を取る。
取手をつかんでいるだけでバシバシ削られる! 急がないと保たない!
懸命に扉を開けようとするが、ガチャガチャと音を立てるだけで開かない。鍵がかかってる!
「ダメ! 開かない!」
「なにこれ!? なんかおかしな鍵なんだけど!」
緋炎様蒼真様の声にバッと扉を確認。
指紋認証と虹彩認証か!
これでは術で開けることができない。
細い細い風を侵入させようとした白露様も「入れない」という。
まさか物理で妨害されるとは思わなかった!
さすがの『境界無効』も鍵の開かない扉は越えられない!
「転移は!?」
「――! ダメ! できない!!」
くそう! ここまで来て!
やけくそで体当たりをする。
ドン! ドン!と大きな音がした。
それでも扉はびくともしない!
俺、これでもかなりの力があると自負していたのに!
霊力の刀は使えない。『この世界の能力者』と知られてしまう。
壊れないかとガチャガチャと取手を動かす。くそう。駄目か! 頑丈だな!
体当たりをかますもやはりビクともしない。
少し距離を取って再び体当たりをしようとしたそのとき。
もにょん。
またしてもナニカに弾かれた!
「トモ! 離脱!」
「! はい!」
緋炎様の指示に、悔しい気持ちを抑え非常口から飛び出す。
その瞬間!
さっきまで俺がいた非常口から無数の手が伸びてきた!
黒い影のような手が非常口いっぱいに湧き出し、俺を捕まえようと伸びてくる! あと一瞬遅かったら捕まってた!
必死で無数の黒い手から逃れる!
攻撃が当たるが竹さんの布が防御してくれている!
布の内側から守り役達も懸命に防いでくれる!
逃れながら、再度窓を狙う!
あとちょっと! 行ける! このまま窓を割って――!
「! トモ!」
ガシャーン!
雷が直撃した!
凄まじい音と衝撃! が、黒陽が瞬時に結界を展開してくれたおかげで俺も守り役も怪我はない。
「これ以上は危険よ! トモ! 撤退!」
「はい!」
見ると結界で守りきれなかったらしい布の端に火がついている。
ちょうどいい。雷に撃たれてやられたようにみせよう。
のたうち回るような動きを意識してその場から離脱。予定の数か所を経由して鴨川に飛び込んだ。
水深の浅い鴨川だが、姿を隠すには十分だ。
ドボンと音を立てて着地し、すぐさままとっていた竹さんの布をはぎ取る。
守護の術やらいろいろ付与してくれていたはずなのに、布の表面はボロボロになっていた。
そのまま布を引きずるように川の中を駆けて移動。
布だけを残して俺達は川岸に上がった。
ひなさん曰く。
「お話を伺う限り、どこでどんなふうに監視があるかわかりません。
トモさん達は隠形を決して解かないように。
もしも侵入に失敗して逃げることになったら、この布をダミーにして、いかにも『落ちてきた高霊力保持者は死んだ』と見せかけてください。
関与を疑われないために、しばらくしてから回収。
『安倍家からの調査依頼を受けて来た』みたいな感じで回収してください」
正直『そこまでするか?』とも思うが、念には念を入れるひなさんの案に従う。
びしょ濡れになった俺達を黒陽が術で乾かしてくれた。
川岸のベンチにどうにかたどり着き、ドッと身体を投げ出した。
「―――つっ………かれたー」
はあぁぁぁ、と息を吐き出すと身体からぐてりと力が抜けた。
ホッとした途端、扉をつかんだ右手がズキズキと痛みはじめた。見ると火傷をしたように真っ赤に腫れていた。竹さんの布越しに触れたのに。
すぐさま蒼真様が治癒と回復をかけてくれて治った。枯渇寸前だった霊力も少し回復した。すごいな蒼真様。さすがだな。
「お疲れ様トモ! よくやってくれたわ!」
「全員無事でなによりよ! ご苦労様トモ!」
「どうも」とちいさく笑い、アイテムボックスから事前に用意していた竹さんの作った水を出す。
守り役達にも竹さんの水をわたし、全員でグビグビ飲んだ。
うおお。すごいな。めっちゃ回復する。『半身』だからか?
誰からともなく「はあぁぁぁ」と息がこぼれる。疲れた。ホント疲れた。
続けてアイテムボックスから缶コーヒーを出す。
守り役達にも飲み物とおやつを出して一息ついてもらう。
ああ。コーヒーうまい。一気に飲み干してしまった。
落ち着いて振り返る。我ながらよく生きてると思う。
あの得体のしれない『もにょん』という感じ。
守り役達の言うとおり、アレは説明できない。
便宜上『弾かれる』と表現するしかないが、触れた瞬間に吸い取られるような、なにもかも見透かされ分析されるような、不気味な感覚があった。
竹さんの布をかぶっていてさえそう感じたんだ。なにも防御なしで触れられたら、おそらくは一発アウトだ。
理由はわからない。が、そう『わかる』。
それに、あの無数の手といい雷撃といい、どれも糺の森で戦った鬼の一撃に匹敵するものだった。修行前だったら死んでたに違いない。
黒陽の結界。守り役四人の護衛。竹さんの布。
それだけの『守り』があったからどうにか無事で戻れた。
落ち着いて考えるとそれがよくわかった。
今更震えてきた手をごまかすように空になった缶をアイテムボックスに戻す。
「――で? どうですか?」
アキさんに持たされたチョコレートやクッキーをもりもり食べていた守り役達に話を振ると、四人共真剣な表情になった。
「確証にはならない。けど、高確率で『災禍』はあそこにいる」
緋炎様の断言に他の守り役もうなずく。
口の周りの食べカスがなかったらもっとカッコつくんですけどね。
「自動展開ではあそこまで臨機応変に瞬時に対応することはできない。
むこうも私達の襲撃を察知して、対応したからこそあそこまでの攻撃を仕掛けることができたに違いないわ」
確かに。
まさか『境界無効』を『無効』にする存在がいるなんて考えたこともなかった。
トンデモナイ術の展開の速さだった。
あの速さは術者がその場にいないと展開できるものではない。断言できる。
「それに、あの感覚。
あれは間違いないわ」
ウンウンとうなずく他の守り役。
俺も納得。アレは口でいくら説明されても理解はできない。
「じゃあ、目的は最低限達成でいいかな」
俺のつぶやきに守り役達もうなずいた。
「デジタルプラネットの社長が『宿主』であるかどうかはわからないけれど、『災禍』はあそこにいる。
それは、断言してもいいと思うわ」