表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/571

第十二話 勝手

「罪を負うべきは私ひとりなんだ」


 そう言う黒陽の声は静かだった。

 当たり前のことを淡々と述べていた。

 でも、その苦しみはどれほどのものなのだろうか。


 自分がこうしていれば防げた災厄。

 何度も何度も夢に見るに違いない。

 そうして頭を掻きむしり叫び自傷するほど後悔し苦しむに違いない。


 黒陽の言い方だと、きっと竹さんは黒陽を責めなかったのだろう。

 おそらくは他の姫達も。

 それはどれほどの苦しみだろう。

 己の罪だと自覚しているものを抱えて苦しむ姫達を一番身近で見なければならない苦しみ。

 きっとこの亀はそれすらも己への罰だと受け入れ、姫達を支えてきたのだろう。


 俺なら、無理だ。耐えられない。

 俺がそんな立場になったら、自ら生命を断つ。

 でもこの亀は死ねない。『呪い』があるから。

 それはどれほどの苦しみだろうか。

 己は死ねず、姫達は二十歳を迎えられず死んでしまう。


 この亀は、どれほどの苦しみを――。



 かける言葉が見つからず、うつむきただ拳を握る俺に、黒陽はちいさく笑った。


「――お前が聡いのを忘れていた」


 のろりと顔を向けると、黒陽は皮肉げに口の端を上げていた。

「姫といるときのポンコツなお前の印象が強くて忘れてた」

 わざと茶化すようにそんなことを言う。

 そして自嘲(じちょう)するように首を振った。


「スマン。今のは忘れてくれ」

 グッと首を上げえらそうに言う黒陽の様子に何故か懐かしさを感じ、ふっと力が抜けた。


 何か言いたかったけれどやはり何と言っていいのかわからず、その場しのぎにコーヒーを口にした。


 重い話に喉が乾いていたらしい。

 一口飲むと乾きが癒えてそのままコクコクと飲んだ。

 向かいの亀も器用に猪口(ちょこ)を持ってコーヒーを飲んでいる。

 亀が置いた猪口が空になっていたのでコーヒーカップから注いでやる。


「スマンな」

「イエ」


 お互いもう一口コーヒーを飲んで、カップを置いた。


「ふう」と息をついた黒陽が俺に顔を向けた。


「まあ、そういうわけで。

 姫は何もかも『自分のせいだ』と背負い、誰の話も聞かぬ。

 いくら私のせいだと言っても、他の姫が言っても聞かぬ。

 だから、お前の感じた『姫がひとりで背負う』というのも『ひとりで苦しむ』というのも、間違いではない」


 ふとハルから聞いた話を思い出した。

 俺の『半身』はどんな女性(ひと)かと聞いたとき、ハルが言っていた。


 頑固。優柔不断。甘っちょろい。


 なるほど。相当な頑固者のようだ。

 守り役がこんな顔をするほどに。


「頑固なんですね」と言うと、守り役は「そうなんだ」と渋い顔でうなずいた。


「だから姫は『自分はしあわせになってはいけない』と思いこんでいる。

 姫が『しあわせになる』のは『ゆるされないこと』だと思っている。

 自分が『災禍(さいか)』の封印を解いたために失われた生命に申し訳が立たないと思っている」


 ちらりと動かした黒陽の視線につられて俺も視線を動かす。

 穏やかに眠るひとがそこにいた。


 ああ。この人ならそう考えるだろうなぁ。

 ハルと黒陽の話を聞いただけだが、俺にもそれは理解できた。


 生真面目で、甘っちょろくて、優しくて、責任感が強くて、頑固。

 そんな彼女ならば、己の『しあわせ』をゆるせないというのは、理解できた。


 理解はできたが、納得するかはまた別の話だ。


「姫は『しあわせになってはいけない』と思っている。

 だから、お前とはいられない」


 ポツリとつぶやくその声は、どこかさみしそうだった。


「お前のそばでは、姫は『しあわせ』だから」


 そう言って一度目を伏せた黒陽は、じっと俺の目を見てきた。


「だから今回霊玉を受け取ったら、それ以上はお前に関与しないだろう。

 ――たとえ『半身』と自覚していなくとも」


 その言葉にグッと詰まった。

 反論したかったが何も言葉が出てこない。

 俺のそんな様子は黒陽にはお見通しだったらしい。皮肉げな顔でちいさく笑った。


「お前は前世の記憶がなくとも、それを感じてしまったんだろうな。きっと。

 だからお前は霊玉を渡したがらない。違うか?」


 そうなんだろうか?

 もう彼女に関われなくなるから渡さないのだろうか?

 確かに思った。『ひとりにしたくない』と。

 でも、それは彼女が苦しむからだ。

 彼女と関われなくなるからでも、会えなくなるからでもない。

 

 確かに俺は彼女のそばにいたい。

 一緒にいて彼女を支えたい。

 でも一番根底にあるのは『彼女に苦しい思いをさせたくない』という思いだ。


 彼女が苦しい思いをしないならば、彼女がしあわせならば、そのためならば、俺がそばにいられないのは、苦しいけれど我慢できる。と、思う。


 そう考えているうちに別の考えが浮かんできた。


 俺のそばにいると彼女は『しあわせ』だと黒陽は言う。

 それならそれでいいじゃないか。

『しあわせ』のなにが悪いんだ。

『しあわせでいられない』というのは彼女ひとりが思いこんでいることだ。誰も、黒陽も俺もそんなこと望んでいない。

 それなのにそんなこと言うなんて、そんなの――勝手じゃないか?



 そこまで考えて、黒陽に顔を向けた。


「――正直な感想を言ってもいいですか?」

 うなずく黒陽に、わざと腕を組んでえらそうに言った。


「勝手なひとですね」


 ポカンとする黒陽。

 構わずさらに言う。


「『自分がしあわせになってはいけない』。

 だから『半身である俺といられない』。

 理屈は通っているのかもしれません。

 でもそれは彼女ひとりの理屈でしょう?

 俺の気持ちとか周囲の気持ちは全く考慮されていない」


 反論しようとしたのだろう。黒陽が口を開けた。が、言葉がみつからなかったのか再び口を閉じた。

 構わず話を続ける。


「そもそもひとの話を聞かないのが勝手だ。

 アンタが甘やかしすぎたんじゃないですか?」


『アンタ』呼びにもちょっと驚くだけで何も文句を言わない亀に、もう遠慮はいらないかと言葉を崩す。


「竹さんがひとりで抱えてひとりで苦しんでいるから、アンタも苦しみから逃れられないんじゃないか」


「ち、違う。私のせいなのだ。だから、私が負うのは当然なのだ」


 あわてるその様子がおかしくて、ちょっと笑った。


「アンタも頑固者か」

 そう言ってやると亀はキュッと口を閉じた。


「起こったことは仕方ないじゃないか。

 誰のせいでも、なんのせいでも、仕方ない。

 反省しないのは論外だが、もう十分償ってきたんじゃないのか?

 いい加減自分を(ゆる)してやれよ」


 俺の言葉に黒陽は目を大きく見開いた。

『自分を赦せ』なんて、今まで誰からも言われたことがないのかもしれない。

 パチパチとまばたきをして再び固まってしまった。


 ようやく再起動した黒陽は、詰めていた息を大きく吐き出した。

「はああぁぁぁ……」と息とともにうなだれ、視線を落とした。


「――勝手なことを――」

「そうだよ。勝手だよ」


 そらした目を俺に戻し、にらみつけるようにする黒陽に、わざと不敵に笑ってやる。


「事情も知らない、そんな経験もない俺にはアンタの本当の苦しみも痛みもわからない。

 何もわからない他人だから、勝手に想像して、勝手なことを言えるんだよ」


 そして座卓に肘をついて、少しだけ亀のほうに身を乗り出して、言った。


「勝手に『赦せ』なんて言えるんだよ」


 じっと俺の目を見つめてくるから、俺もじっとその黒い瞳を見つめた。

 気のせいかさっきよりも潤んでいる気がする。

 先に目をそらしたのは黒陽のほうだった。

 プイッと顔をそむける。


「――勝手だな」

「そうだよ」


 吐き捨てるように言うのがなんだかおかしくてちいさく笑った。

 ムッとしたようににらみつけてくるから、わざと笑顔でこたえてやった。


「竹さんもアンタも勝手なことばかり言うんだから。

 俺だって勝手なこと言っても、いいだろ?」


 俺の勝手な言葉に黒陽はまたプイッとそっぽを向いた。


「――赦されるとしたら……」 


 そしてポツリと言葉を落とした。


「私達が赦されるとしたら、『災禍(さいか)』を滅したときだ。

 それまでは、私は私が赦せない」


 その気持ちも理屈も理解できた。

 だから、聞いてみた。


「そもそも『災禍(さいか)』とはなんなんだ?」


 俺の質問に黒陽はしばらく黙り込み、何かを考えていた。

「ふうぅぅぅ…」とため息を落とし、黒陽はようやく口を開いた。


「『災禍(さいか)』とは――」



 それは、望みを叶えるモノ。

 それは、運命を操るモノ。


 強い望みを持つモノの強い願いを叶えるために、偶然を重ね合わせて運命と結果を引き寄せるモノ。


 強い望みは犠牲もいとわない。

 強い願いは(にえ)を要する。

 結果、全てが滅びる。

 周りも、無関係なモノも。

 願った当事者も。


 それでも、その願いを叶える。


 それが 『災禍(さいか)



災禍(さいか)』は姿が一定ではない。

 そんな『災禍(さいか)』を探す方法は、その存在を焼き付けられた自分達守り役と姫が気配を探る。

 怪しい人間に近寄り気配を探り、宿主を特定し、その人物の周囲を探り、絞り込んで確定する。

 そうやって何千年も『災禍(さいか)』を追っていると黒陽が説明する。


 それは、どれほど途方もないことだろうか。

 そんないつ終わるともわからない責務を背負って、この人達は何千年も生きているのか。

 罪を背負って。



 俺が彼女達の背負っているものに想いを馳せていることに気付いているのかいないのか、黒陽は淡々と説明を続ける。


「四百年前、姫が『災禍(さいか)』を封じた。が、手に取る寸前に転移で逃げられた」


 そのことは開祖の手記にも書いてあった。ハルからも話を聞いた。

 知っていることを示すためにうなずくと、黒陽もひとつうなずいて話を続けた。


「仮に『災禍(さいか)』が動いていたとしても、姫の封印が効いていれば京都の結界から出ることはできない。

 だから京都の中だけを探せばいい。

 今まではそれでよかったんだ」


 うなずく俺に黒陽がさらに続ける。


「三年前、その結界が壊れた」


 封印の解けた『(まが)』が最初に取った行動は、俺達霊玉守護者(たまもり)の霊玉を奪うことだった。

 そのために己を五つに分け、それぞれの霊玉へと向かった。

 俺はその時たまたま京都を出ていたからわからなかったが、ヒロとナツのところに出向いた『(まが)』のカケラは撃退された。

 分かれていては敵わないと判断したのか、再びひとつになった『(まが)』が向かったのが、吉野の晃のところ。

 撃退されたヒロとナツ。東と西の結界で弾かれとらえられなかった佑輝と俺。

 残る晃を目指し、もともと弱かった南の結界を壊して吉野に向かった。


「晴明の指示でとりあえずふさいであるが、いつ壊れるかわからない(もろ)いものだ。

 そんなものでは『災禍(さいか)』にかかったら壊されて逃げられてしまう」


 京都から逃げられてしまうと捜索範囲は日本中に広がってしまう。

 国際社会である現代ではもしかしたら世界中に広がる可能性もある。

 そんなことになったら難易度は爆上がりだ。

 見つけ出すことなど不可能だと言える。


「だから早急に南の『(かなめ)』を強くする必要があるんだ。

 そのためにお前達の霊玉を使おうとしたんだ」


 わかる。理解できる。

 それは一刻も早く対処すべきだ。

 俺の霊玉を渡すべきだ。

 わかる。理解できる。

 なのに、ココロが納得しない。

 彼女をひとり苦しめる選択になるとしか思えない。


 そんな俺の葛藤を見透かすように、黒陽はひとつため息を落とした。


「――姫のためだ」


 静かな声だった。


「姫が責務を果たすために。

 姫が罪から赦されるために。

 そのためにお前の霊玉が必要なんだ」


 責めるでも媚びるでもない、静かな声で黒陽が説明する。


「――それでも、同意はしないか?」


 黒陽はただじっと俺の目を見つめていた。

 俺も黒陽の目をじっと見る。


 静かな瞳だった。

 黒い瞳には俺を責める色はない。

 急かすこともバカにすることもない。

 ただ、俺のココロが納得するのを待ってくれているのを感じる。

 俺のことをただ見守ってくれている。

 ありがたいやら申し訳ないやらで、つい視線を逸らした。


 逸らした先に彼女が横になっていた。

 変わらず穏やかに眠っている。

 気を許してくれているようで、安心しきっているようで、そんな彼女をみているだけでしあわせな気持ちになる。


「――俺が霊玉を渡すことは、この人のためになるか?」

「なる」

「俺が霊玉を渡すことで、この人が無茶をすることにならないか?」

「………」

「なるんだな?」

「……ならない、とは、断言できない」


 フウとひとつ息を吐いて、黒陽は諦めたように話し始めた。


「姫はやさしすぎるんだ」

 うつむく黒陽の首が次第に下がっていく。


「街が、国が、生命が失われた。

 それを全て『自分のせいだ』と背負っている。

 思いつめて、食事が喉を通らなくなる。

 夢に見るらしく、夜もろくに眠れない。

 食事はまあ、我ら高霊力保持者は、周りから霊力を取り入れることで生命活動は維持できるからいいんだが、眠れないのがな。

 眠れないせいで徐々に気力体力を削がれていく。

 そんな身体で責務を果たそうと術を使う。

 結果、無茶をする」


 黒陽がちらりと首を動かした。

 視線の先には、穏やかに眠る彼女。


「――姫がこんなふうに眠るのは、覚醒してから初めてだよ」


 やさしい顔に笑みを浮かべて黒陽がぽつりと言う。


「ここは強い結界が張ってある。

 その結界の中にお前の気配が充満している。

 それで姫も安心して、眠れるんだろうな」


 それは『結界がある』から眠れるのか?

『俺の気配がある』から眠れるのか?

 なんにしても彼女はこの家ならばゆっくりと眠れるらしい。

 

「……死んだばーさんがそれなりの術者だったんだ。

 ばーさんが死んだのは一年半前――もうすぐニ年になるんだが、まだ結界が生きてるんだな」


「気が付かなかった」と正直に言うと、黒陽はキョロキョロと辺りを見回した。

 何かを考える素振りをしたあと「フム」とうなずきを落とした。


「向こう五十年くらいは保つように術が組んであるぞ?

 お前がずっと住み続けるならば、勝手に霊力が補充されて結界が保てるようにしてある」

「いつの間に……」


 あのばーさん、やっぱりすごい人だったんだな。

 感心するやら呆れるやらでそれ以上言葉が出ない。

 最後まで俺の心配をしてくれていたと知って、ありがたくて胸があたたかくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ