第九十四話 ひなさんの案
「『隠形を取って侵入』するのは止めましょう」
ひなさんの言葉に誰もが言葉を失った。
「どういうこと? ひな」
白露様の問いかけにひなさんはにっこりと微笑んだ。
「正々堂々と、気配を見せつけた状態で侵入しましょう」
「「「は!?」」」
ひなさんの案はこうだった。
ひなさんは先日から鬼が現れたり蒼真様が『高位の龍の出現』と世間を騒がせたりしたことを知っていた。
「それを利用しよう」と言う。
守り役達から抽出した霊力の糸を撚り合わせ、新しい気配を持った布を作る。
それを俺がアイテムボックスに入れておき、どこかで取り出して纏う。
そうすれば『突然高霊力保持者が「落ちて」きた』と思わせることができるだろう。
「意味なくデジタルプラネットに行くと怪しまれます。
『バーチャルキョート』と関連があるとされる、これまでに鬼が出現した場所を何箇所か経由してデジタルプラネットに行きましょう。
もしも『災禍』が『鬼の出現』に関係しているならば、気配をたどって会社に来たと思わせられます。
そのあとも何箇所か鬼の出現場所を巡ってから布をアイテムボックスにしまえば、元の『世界』に戻った、もしくは死亡したと思わせることは可能だと考えます」
「なるほどね」
タカさんが感心するのを隠すことなくうなずいた。
「敢えて見せつけると」
「はい。
隠れて探ると怪しまれるかもしれませんが、『たまたま迷い込んだ』という体で侵入したならば深読みはされないのではないかと」
ひなさんの案に守り役達も「いいんじゃない」と乗り気になった。
「それなら土属性もいたらいいわね。
そうすれば全属性の布になる。
そのほうが私達の存在と、より離れたものになると思うわ」
緋炎様の案に「なるほど」と誰もが納得した。
「ナツが『むこう』に行かなかったのは、きっとこのためだわ! こういうのを『巡り合せ』っていうのよね!」
………スマン。ナツ。
俺には止められない。
とりあえずの方針をまとめ、結界を解くことになった。
「そのまえに」とひなさんはメモを取っていたノートを緋炎様に燃やしてもらった。灰も残らなかった。
タカさんは俺にデータを消させた。
システムもメモリもなにもかも確認させた。
こうしてふたりが誓約どおりに俺達の情報を消したことを確認して、黒陽が結界を解いた。
すぐにハルに報告した。
ひなさんの案にハルも驚いていた。
西の姫への報告はハルがすることになり、守り役達はひいひい言いながら竹さんに霊力の糸を提供した。
さっきのは試作だったから少しの糸でよかったが、今度は俺がすっぽり隠れるくらいの布が必要になる。
蒼真様が自前の霊力回復薬を提供してくれた。
アキさんの夕食を守り役達はもりもり食った。
夜、ハルに連れられてナツが来た。
寮のベッドにナツの姿をした式神を置いてきたという。
ハルからざっと話を聞いてきたというナツは、すぐに竹さんの手によって霊力を糸にされた。
俺が倒れたからナツは最初から椅子に座らせて、蒼真様特製の霊力回復薬を用意して臨んだ。
守り役達と比べると霊力少ないナツは二回霊力空っぽになった。
すぐに回復薬で回復して、どうにか必要量を用意できた。
「ナツさん。ありがとうございます」と竹さんがナツに対価を渡した。
ナツが欲しがったのは竹さんの錬成した水だった。
なんでも蒼真様に修行をつけてもらったときの雑談で聞いたらしい。「竹様の作る水は全然違うんだよ」「竹様の水で作った薬は効果が違う」
そんな話を聞いたナツは「そんな水で料理をしたらどうなるんだろう」と密かに考えていたらしい。
でもナツは竹さんとそこまで親しくない。
「料理に使いたいから水ちょーだい」なんて軽々しく言うのはためらわれて諦めていたところ今回の話が上がり「『竹さんの水』もらえるかな?」とダメもとで聞いたという。
「お水くらいいつでも出しますよ?」なんて簡単に言う愛しいひと。
でも、どうみても俺の作る聖水よりも純度が高いからね? この水だけで浄化できるでしょ?
そしてナツよ。本気でこの水で米を炊くのか。
「離れでやれ」「他所で料理するな」とハルが厳命している。
「明日の朝、早起きして色々作ってみる!」とナツは喜んでいた。
ナツを待っていたから、竹さんにしては夜ふかしになってしまった。
早く寝させたいのにひなさんが「これからパジャマパーティーですよ」「寝させませんよ」なんて俺のかわいいひとを構う。
竹さんもそんなひなさんにうれしそう。
くそう。俺の竹さんなのに。
「男の嫉妬はみっともないぞ」
黒陽にそう言われるが、仕方ないじゃないか。ムカつくんだから。
「トモはおれが話聞いてやるから。ホラホラ。拗ねるなよ」
拗ねてなんかないぞナツ。でも話は聞いてくれ。
久しぶりにナツとふたりで話をした。
俺がひたすら竹さんのことを話し、ナツが「ウンウン」「そっか」と聞いてくれた。
「よかったなトモ」
そういうナツは穏やかな笑みを浮かべていた。
「きっとじいちゃんもばあちゃんも喜んでるよ。
『トモが半身に逢えた』って」
そう言われたらそんな気もして、なんだかふたりが笑ってくれている気がして、俺も自然と笑顔が浮かんでいた。
翌朝。
ナツの作った朝食はトンデモナイものに仕上がっていた。
一見普通の朝食。白飯と味噌汁。卵焼きにほうれん草のお浸しに漬物。
なんで米粒から高霊力感じるんだよ。阿呆か。
味噌汁一口飲んだだけで霊力補充される感覚になるとか、どうなってんだ。
そしてなにもかもが美味い。こんな美味いもの食うなんて、俺、今日死ぬんじゃないだろうか。
「水だけでこんなに違うんだな……」
作った本人が呆然としている。
「なんでこんなに回復するの。おかしいでしょ」
緋炎様と黒陽の二重の結界の中から蒼真様がブツブツ文句を言っていた。
なのに俺の愛しいひとは普通の顔で「おいしいです」とだけ言っていた。
ナツの気配を感じているからか?
今度俺が朝飯作って食べさせよう。
決してナツに張り合っているわけではない。俺の気配がするほうが彼女も食が進むだろうと、それだけだ。
決して彼女が「ナツさんはすごいですね」なんてナツを褒めたことに嫉妬しているわけじゃない。
俺の思念を読んだらしい黒陽とひなさんが呆れ果てた顔をしていた。
ハルがナツを転移で送って行った。
ひなさんは今日も学校見学に行くという。
朝食が終わってすぐに竹さんは布作りに取りかかった。
昨夜は時間が遅くなったこと、ひなさんが竹さんと「パジャマパーティーをしよう」と誘ってくれたこともあり、糸の抽出だけしかできなかった。
「じゃあ、糸を撚っていきますね」と、かわいいひとは五本の糸を一本につむいでいった。
そうしてできた糸を使って、大きな布を作り出した。
バサリと頭から羽織る。
「ウン。いいかも!」と守り役達が喜んだ。
そんな周囲に竹さんもホッとしている。ちょっと誇らしげなのかわいい。
誰と行くか話し合った結果、守り役全員が同行することになった。
黒陽と緋炎様は胸ポケットに。蒼真様は右肩に。子猫サイズになった白露様は左の肩にくっついた。
それから実験と検証を重ね、侵入ルートを確認。
何度もシュミレートして「こんな場合はどうするか」と協議を重ねる。
そうして準備ができたところで、竹さんの作った布をアイテムボックスに収め「行ってきます」と飛び出した。