表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/571

閑話 侵入者

 男はいつものようにパソコンに向かい仕事をしていた。

 

「侵入者を確認しました」

 その言葉に顔を上げた。


「侵入者?」

 なんのことかと辺りを見回すが、特になんの変化もない。


六階(ここ)はお前の結界が張ってあるのだろう? 侵入者? 一体なんのことだ?」

 たずねると、淡々とした声が返ってきた。


「現在当ビル一階から上がってきています」

「は?」


 意味がわからず間抜けな声が出た。

 そのとき。


 ドン! ドン!

 隣の部屋から音がした。

 何事かと部屋を出てみると、玄関の扉が外側から激しく叩かれていた。


 ドアフォンを確認。モニタには何もうつっていない。それなのに扉を開けようとする音は響く。

 ガチャガチャと取手を動かす音。体当たりでもしているような音。

 何をしても、どれだけやっても、この扉は開かない。当然だと男はほくそ笑む。こんなところで人払い対策が役に立つとは思わなかった。


 やがてナニカは諦めたのか、扉の音が止まった。

 なんだったのだろうかと男が首をかしげていると、今度は仕事部屋の方から大きな音がした!


 ガシャーン!

 雷の落ちたような音にあわてて部屋に戻る。

 何事もなかったようにモニタの画面だけが動いていた。

 パソコンが無事だったことにホッとした。


「なにがあった?」

「窓から侵入しようとしたモノがあったので、撃退しました」


 簡潔に答える声に窓のカーテンを開ける。

 ヒビも汚れもない、大きな窓がそこにあった。


 足元からはるか北に向けて広がるのは京都の街。かすかに高い建物が見える。

 至って平和で、平穏で、安穏とした光景。


 ギロリとその街並みをにらみつけ、男は再びカーテンを閉めた。

 モニタが並ぶ机に備えられた専用の椅子に深く沈む。

 しばし目を閉じて精神を落ち着けてから、机に両肘をついて指を組んだ。

 その手に顎を乗せ、ボソリとつぶやく。


「説明を」


「ナニモノかが『落ちて』きました」


 声の答えに男は眉を寄せた。


「――『落ちて』――というのは……『異世界』からこの『世界』に来る、ということだったな」

「はい」

「ナニが『落ちて』きた? 鬼か?」

「不明です」

「『俺達の案件』には関係がないところから『落ちて』きたと?」

「はい」


 ふーん、とちいさくつぶやいて男は椅子の背もたれに背中を預ける。


「そういうことは多いのか?」

「少なくはありません」


 ふむ、とうなずくことで話の先をうながす。


「過去三十年を取っても『落ちて』くるだけならば何度もありました。

 今回のように高霊力のモノとなると数は限られますが『全く無かった』ということはありません」


 ふーん、とちいさく応え、さらに問いかける。


「『姫』達の関与は?」

「ないかと思われます」

「その根拠は?」

「姫達とも、守り役達とも気配が違いました」


 ふむ、と再びうなずく。


「姫達も守り役達も属性特化した存在です。が、今回侵入しようとしたモノは全属性でした。

 確かに『高間原(たかまがはら)』の霊力ではありましたが、時空軸のゆがみにより過去の『高間原(たかまがはら)』から『落ちて』きた、または似た『世界』から『落ちて』きたと考えるのが妥当かと考えます」


 その説明に一応の納得を示した男だったが、肘掛けに肘をついて再び問いかけた。


「何故ここに来た?」


 侵入者は明らかにこの部屋を狙っていた。

 この部屋に入ろうとしていた。

 それは何故なのか。


「可能性だけの見解になりますが」

「構わん。話せ」

「おそらくは、私を狙ったのではないかと」

「お前を?」


 背もたれから身体を起こし、声に問いかけた。


「何故お前がここにいるとわかる?」

「何故かはわかりません」


 きっぱりと答える声。

 文句が口から出る前に声が続ける。


「ただ、京都に張り巡らせた陣からの情報によると、今回出現したナニカが最初に『落ちて』きた場所が、以前『鬼』を召喚した場所でした」


「その後も何箇所も『召喚した場所』に立ち寄り、そしてここに侵入しています。

 あくまで推測ですが、『落ちた』ときに私の気配を察知したのかもしれません。

 そして『この気配のモノに召喚された』と判断した可能性があります」


「――つまり『召喚者』を探してもとの『世界』に戻ろうとした、ということか?」

「可能性はゼロではありません」

「なるほど」


 声の説明を頭の中で整理し、検証してみる。


「ここが察知された理由は?」

「ドローンを出し入れするのに窓を開けます。

 そのときに微弱ながらも気配が漏れた可能性があります。

 ドローンにも気配がついた可能性もあります。

『落ちた』ときに『召喚』の気配を察知するほどのモノならば、微弱な気配でも察知できる可能性はゼロではありません」


「――一応スジは通っているな………」


 足を組み、口元を手で覆い、男は思案を巡らせる。


「何故玄関から侵入しようとした? 最初から窓から入ればよかったろうに」

「最初は窓をウロウロしていました」

「そうなのか!?」


 驚く男に声はなんてことないような調子で続ける。


「最初に『落ちた』ナニカは、何箇所も『召喚した場所』に立ち寄り、そしてここにやってきました。

 この窓の外でウロウロしていたので結界を強く展開しました。

 おそらくは結界を展開していない一階の入口に気付き、そこから侵入したために玄関にたどり着いたのではないかと」


「玄関から離れたのは、お前の仕業か?」

「はい」


 あっさりと答える声。


「少し攻撃を仕掛けました。

 多少はダメージを与えたと判断します。

 おそらくはそのために非常口から逃げ、無茶を承知でこの窓からの侵入を試みたのではないかと」


「で?」

「撃退しました」

「なるほど」


 簡潔な報告にうなずく。


「そのナニカは今どうなっている?」


 その質問にしばし黙っていた声が答える。


「のたうち回りながら、それでも数か所『召喚地』をまわっています。

 最終的には鴨川に飛び込み、そこで反応が消えました。

 おそらくは死亡したものと思われます」


「『死亡』の確証はないのか?」

「川の中には監視カメラも陣も展開していないため、確証を得ることは不可能です」

「遺体を引き上げることは?」

「おそらくは普通の人間には視えない存在であるため、発見は難しいかと」

「普通でないモノならば視えるか?」

「視えます」


 フム、とうなずく男に声が続ける。


「あれほどの高霊力な存在であれば、おそらくは喰われます」

「ナニに?」

「『ヒトならざるモノ』に」

「………そういうものか?」

「はい」


 グロテスクな場面を想像してしまい、つい、顔をしかめる。


「『ヒトならざるモノ』にとって、霊力をその身に取り込むことは『強くなる』ための最も手っ取り早い手段です。

 弱った高霊力保持者は格好の獲物です。

 おそらくは今回『落ちた』モノも、すぐに喰われて骨の一欠片もなくなります」

「……………そういうものか……………」


 うんざりするのをどうにか立て直し、再び思考を巡らせる。


「俺達の『計画』に影響は?」

「ありません」

「『姫』達に邪魔される可能性は?」

「現段階ではありません」

「ならいい」


 この件は終わり。

 そう態度で示し、男は机に置いたままのペットボトルを手に取った。

 一口飲んで息をつく。


「最近『こっち』も『侵入者』が増えている」

 

 そう言いながら男はパソコンに目を遣る。


「『バーチャルキョート』が広まるにつれ有名になるにつれ『侵入してみよう』という馬鹿が後を立たない。

 ――まあ、俺もその気持ちはわかるがな」


 クククッと男は楽しそうに(わら)い、モニタに映る自分を見つめた。


「『侵入不可能』なんて呼び声が高ければ高いほど『侵入してみたい!』と思ってしまうんだよな」


 モニタに映るのは遥か昔の記憶。

 父と伯父と三人でたわむれていた、愛おしい日々。


「最近は手強いのが数人来る。

 自動展開のセキュリティシステムを見直すべきかな」

「その案を推奨します」


「フム」とうなずいた男はパソコンに身を乗り出した。


「システムを再確認する。侵入経路の確認。バックドアをつけられていないか。そのうえでセキュリティレベルを上げる」

「最適な対策だと判断します」

「セキュリティレベルを上げるシステムの案はあるか?」

「提案します」


 その言葉に男は目を閉じた。

 しばらくそうしていた男はゆっくりと瞼を上げた。


「――時間がない。結界を展開しろ」

「了解しました」


 そうして男はキーボードを叩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ