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第九十三話 タカさんの提案と布作り

「仮に侵入できたとして、考えられる問題はなんですか?」


ひなさんの質問に緋炎様が即答する。


「私達の気配を察知されること。

 察知されて逃げられること」


「察知されないためにどのような手段が考えられますか?」


 この質問に「うーん」と全員が唸る。


「気配を消すだけじゃダメかな?」

「『災禍(さいか)』が相手だと……どうかしら……」

「結界は?」

「結界の内側からでは『災禍(さいか)』の気配もわからないのではないか?」

変化(へんげ)するのは?」

「気配を変えなければ意味がないだろう」


 ああでもない、こうでもないと守り役達が議論する。竹さんも真剣な顔つきで考えている。かわいい。

 俺もいいアイデアがないかと頭をひねるが、パッとは思いつかない。

 なにせ相手がどの程度の察知能力があるかがわからない。

『この程度大丈夫だろう』とした判断の甘さでアウト、なんてことがないとも言い切れない。


「――たとえばですが」


 タカさんの声に一同が顔を向ける。


「トモのこっちに黒陽様がついてこっちに蒼真くんがついたら、トモと含めて三人の気配が混じるってことにはならないですか?」


「……気配を……」

「混ぜる……」

 その意見にそれぞれが考えを巡らせる。


「ケルベロスみたいにさ。三位一体っていうか。そういうことはできませんか?」


 タカさんの説明にひなさんが口を開いた。


「おひとりおひとりだと『高間原(たかまがはら)の守り役様だ』と知れる可能性がある。

 その対策として『新たな存在』と思わせるよう違う気配を造ると、そういうことですね?」

「そう」


 その説明に「なるほど」と納得する。

「試しにやってみよう」と黒陽が言い、蒼真様とふたりで俺の肩に乗った。


「………『トモに黒陽さんと蒼真が乗ってる』としか感じない……」

「まあそうだろうな」


「ダメかー」と言い出しっぺのタカさんが苦笑を浮かべる。


「なんか包装紙みたいなので包めたらまとまんないかなー。ダメかなー」


 そのつぶやきに竹さんがハッとした。


「あの! あの、あの。大きな布があるんですけど」


 そう言ってアイテムボックスから取り出したのは大きな一枚の布。

 なんでも昔昔東の姫が病人用のシーツを欲しがっていたから作ったものだという。

 うん。これを病人に使わせる度胸は俺にもない。どうやったらこんな高霊力込められるんだ。おまけに何個付与がくっついてんだ。


 愛しいひとがかわいい顔で「どうぞ!」なんて張り切って言うから、全部呑み込んで「ありがとう」と受け取った。


 黒陽と蒼真様を両肩に乗せたまま頭からバサリと布を羽織った。

 ……これ、なにが付与してあるんだ? 恐ろしく回復するんだが。

 竹さんの霊力を感じる。竹さんに包まれているようですごく安らぐ。


 布からにじみ出る彼女の気配にじんわり浸っていると、黒陽が「どうだ?」と問いかけた。


 おっと。イカンイカン。検証中だった。この布はあとでもらおう。


「――それだと竹様の気配になるわ」

「布に込められてる霊力のせいかしら?」

 白露様緋炎様が検証してくれる。

「黒陽様と蒼真様の気配はないです?」

「ふたりの気配も、トモの気配も感じないわ」

「うーん、じゃあダメだなー」


『ダメ』の言葉に竹さんがべしょりと泣きそうな顔になる!

 ああまたマイナス思考が働いている! どうにかしなくては!


「こうしたらどう?」

 頭からかぶっていた布をずらして肩にひっかけるくらいにして、黒陽と蒼真様の顔も出す。

 すると白露様緋炎様が難しい顔になった。


「……三人の気配も少し感じる……けど、やっぱり竹様の気配が強いわ」

「『竹ちゃん』ってわかるってなると『災禍(さいか)』にバレたら逃げられるってことになりますか?」

「そうねぇ」


『やっぱり自分じゃダメなんだ』と静かに落ち込む愛しいひと。くそう。どうにかできないか!?


「この布に『竹さんの気配がついている』のは、ずっと竹さんが持っていたからですか? それとも竹さんが霊力とか術とかを付与しているからですか?」

「それもあると思うんですけど」

 かわいいひとがちょっとしょげて言う。


「この布、私の霊力から作った糸で作ってるんです。だからじゃないでしょうか」


「「「……………」」」


 ……そういえばさっき言ってたな。『霊力から糸を作る』って。

 つまり、このシーツサイズの布は竹さんの霊力を広げたようなものか!?

 そりゃ竹さんに包まれてるって感じるよ! なんてモノ作るんだこのひとは!!


「なるほど」とひなさんは顎に手をあててうなずいた。


「――その『霊力から糸を作って布にする』というのは、他のひとの霊力でもできますか?」

 は? 

「できます」

 え?

「試しにちょっと作ってみてもらえませんか?」


 ひなさんの言葉にお人好しのかわいいひとは「はい!」と張り切ってしまった。


「そうですね……。まずは黒陽様と蒼真様と竹さんの三人の霊力の糸で布を作ってみてもらえますか? このくらいの大きさで」


 そう言ってひなさんは親指と人差し指で直角を作り、それを合わせて四角を作った。


「三人の?」とキョトンとした竹さんだったが、すぐに「わかりました」と答え黒陽を呼び寄せた。

 竹さんがアイテムボックスから道具を取り出してテーブルに並べていく。


「じゃあ、はじめるね」「どうぞ」

 短くそれだけ言ったふたり。

 と、竹さんが黒陽の額に人差し指をちょんと当てた。

 その指をすうっと引くと、黒陽の額からすうっと糸が伸びた!


 かわいいひとは指についた糸の先端をテーブルに置いた道具のひとつにちょんと当てた。それだけで糸はその道具に固定されたらしい。

 指を離した愛しいひとはその道具についていたハンドルをくるくると回した。するとスルスルと糸が道具に巻き取られていく!


 黒陽は平気な顔をしてじっとしている。

 竹さんは左手で黒陽から伸びる糸を支え、右手でハンドルをくるくると回す。

 間もなく一巻きの糸の束ができた。


「このくらいで足りるかな?」

「とりあえずそれでやってみて、足りなかったら、また作りましょう」

 のんきな主従はのんきにそう言う。


 次に竹さんは自分の左手の人差し指に右手の人差し指をぴっと合わせた。

 すうっと両腕を広げると先程と同じような糸が出た。

 その糸も同じように道具で巻き取る。


「じゃあ蒼真」

「バッカじゃないの!?」

 蒼真様の叫びに竹さんがびっくりして固まってしまった。


「ナニとんでもないことしてんの!? そんなことできるわけないでしょ!?」

「コツをつかめば簡単だ。ホラ。蒼真」

「ヤダよ! どんだけ繊細な霊力操作がいると思ってんの!?」

「このくらい大したことはない。いいからやれ」

「ムリだって!」

「最初からムリと決めつけてはなにもできないぞ」


 ギャーギャー叫ぶちいさな青い龍に、俺の愛しいひとはしゅんとしてしまった。

 ああ。またマイナス思考が仕事をしている。困ったひとだ。


「じゃあ俺がやる」


 あまりにも竹さんがかなしそうな顔をするから、つい、そう申し出た。

「やり方教えて?」とあざとく彼女に微笑みかけると、かわいいひとはうれしそうに「はい!」と答えた。かわいい。


「指先でも額でもいいんですけど、どっちが集中しやすいですか?」

「んー……。額、かな?」


 俺の答えを受けて愛しいひとが額に指先を当てる。


「ここに霊力を集中させてください」

 貴女の指先に集めるんだね。わかったよ。

 目を閉じて彼女のぬくもりを意識していると、霊力が集まっていくのがわかった。


「そのまま霊力集めてください」

 すうっと彼女の指先が俺からナニカを引っ張り出す。

 あっと思う間にどんどん抜き取られていく。

 ヤバい。霊力操作が思うようにならない。どんどん抜き取られていく!

 すうっと、指先から、足先から冷えていく感覚。


 これ、は、マズい――。


「もういいかな?」

 ぷちん。

 突然霊力の流れが切れた。

 途端にドッと膝から崩れた。


「! トモさん!?」


 あわてた彼女が抱きついてくれる! あったかい。しあわせ。

 すぐに回復をかけてくれて事なきを得た。


「霊力を放出するのは初めてか?」

 のんきな亀ののんきな問いかけにかろうじてうなずく。


 霊力を固めて刀にしたり霊力を刀に這わせて投げつけたりということはするが、霊玉を作ったり、こんなふうに『抜き出す』経験はない。『むこう』でもやらなかった。


 アイテムボックスに入れていた自分で作った聖水をごくごく飲んで、ようやく人心地ついた。


「初めてにしては上手くできたな。太さも均一だし、量もある。さすがは修行してきただけのことはあるな」


 黒陽に褒められた! 思わずへらりと笑みが浮かぶ。

 黒陽もニコニコと笑っていた。

 そのニコニコ顔を他の守り役に向けた。


「トモでもできるんだ。お前達にできないわけがないな?」


 石でも飲み込んだような顔で守り役達が固まった。




「ひどい目に遭った……」

「これだから『黒』のひとは……」


 死屍累々と横たわる三人の守り役を放置して竹さんと黒陽が話し合いをしている。


「まずは一本取りで順に並べて布にしてみるね」

 そう言った彼女の前には糸を巻き取った棒が並べてある。

 俺のも含めて六本の糸の束。

 その上に両手を広げてかざすと、バンザイでもするように両手を上げた。


 その手の動きに従うように糸の先がブワリと宙に舞う。

 縦に横に動いた糸は見事な格子を描いた。

 彼女が広げた両手をパンと重ねた。


 次の瞬間! 宙に広がっていた格子状の糸がギュッと圧縮され、十センチ四方の一枚の布が出現した!


「どうかな?」

「フム。よくわからない気配になりましたね」


 トンデモナイことをしでかした愛しいひとは守り役とのんきに布の検証をしている。

 俺も他の守り役も開いた口が塞がらないんだが。

 なんだ今の霊力操作。それならどんな大きさの布も自在にできるな。――って、違う!

 俺もだいぶ動揺しているらしい。


 俺達が呆然としていると、かわいいひとはまた糸をつむぐ道具を出してきた。


 先程と同じように糸の束の上に両手を広げてかざし、両手を上げた。

 ブワリと広がった糸の先をひとつにまとめ、巻き取る芯にペタリと取り付ける。

 そうして六本の糸をまとめて一本の糸にして、くるくると巻き取っていった。


 さっきそれぞれの霊力を引き出していたときもやっていたが、左手を糸に添えているのは()りをかけているそうだ。


 撚られて一本になった糸は、俺達六人の気配の混じった、新しい気配になっていた。


 その糸を先程と同じように操り、パッと布にする竹さん。

 ウン。色々オカシイ。


「どうかな?」

「いいのではないですか?」

 おかしな主従はのんきに検証に励んでいる。


「この、全員の糸を撚ってから作った布のほうが気配が馴染んでるわね」

「そうね。こっちからは私達の気配を特定することは難しいわね」


 白露様緋炎様はさすがだな。こんなわけのわからない事態を目の当たりにして、もう順応している。


「このやり方で大きな布を作ってかぶれば、万が一隠形がバレたとしても私達の関与は考えられないかも」


「いいんじゃない!?」と守り役達が盛り上がる。

 自分が作ったものが受け入れられて愛しいひとが誇らしげにしている。かわいい。よかった。

 なのにひなさんひとりが黙って難しい顔をしている。


「――イエ。『隠形を取って侵入』するのは止めましょう」


 ニヤリと嘲笑(わら)ったひなさんは、時代劇に出てくる悪代官のようだった。

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