第九十一話 ひなさんによる聞き取り調査
黒陽が時間停止の結界を張った。
そうしてひなさんによる聞き取り調査が行われた。
そもそも能力者が自分の能力を他人に明かすことはまずない。
どこでどんなふうに陥れられたり悪用されたりするかわからない。
「こんな能力を持っている」と知られることで迫害されたという事例も事欠かない。
自衛のためにも、周囲との円滑な生活のためにも、能力者は自分の能力を秘匿するのが普通だ。
知るとしたら指導した師匠とかよほど親しい仲の相手とか。
相手がどんな能力を持っているか聞くことはマナー違反にあたる。
言ってみれば「お前貯金いくら?」と聞くようなものだ。
俺だって「どんな能力持ってんの?」なんて聞かれたら「さあね」とはぐらかす。
共に戦ってきた仲間達に自分の能力を知られていることは許容できる。
それでも、あいつらにも俺の全能力を見せたことも話したこともない。
おそらくはあいつらも俺達に言っていない能力がある。
それは別に意識して隠しているわけではなく、単に言う機会がないとか見せる場面にならないとかいうだけ。
それでも『他人に全能力をさらす』ということが能力者にはあり得ないことに変わりはない。
ひなさんがここまでぶっちゃけてから話をはじめたのは、この常識があるから。
この常識をくつがえしてでもすべての情報を得たいと望んだから。
おそらくひなさんだったらさりげなく、それとなく俺達から話を聞き出すことができる。
「トモさんてどんなことができるんですか?」と、『ちょっと話のついでに聞いてみた』みたいに聞けばいいだけだ。
だがそれだと全部を知ることはできない。
つまり、本当に『何もかも全部出せ』とひなさんは言っている。
「お話を聞く途中にメモを取らせてもらいますが、これはあくまで私が考えを整理するためです。決して記録として残すことはしません。
お話をお伺いしたあと、目の前で燃やすと誓約します」
真剣な表情でひなさんが言う。
「お伺いした能力に関して、決して他言は致しません。
久木陽奈の名において、誓約します」
「オレも考えをまとめたらデータは目の前で消去する。
聞いた能力に関して他言はしない。誓約する」
ひなさんとタカさんが『誓約』まで持ち出してくるくらいにはとんでもない話だ。
だからこそ黒陽が結界を張って、他の人間が聞けない状況を作っている。
ハルすら立ち入らせないところにこの二人の真剣さが現れている。
「あとで報告するんでしょ?」と水を向けると「報告はします」とあっさり認めた。
「ですが、報告するのは、知った情報を使って『なにをするか』だけです。
おふたりの能力の詳細を報告することはありません。誓約します」
律儀なひとだなあ。
そして、情報管理とか能力者の能力についてよく知っているひとだ。
このひとならば信頼できる。
そう、強く感じた。
チラリとタカさんに目を向けると、こちらは黙ってうなずいた。
このひとは信頼できる。信頼している。
守り役達にも目を向ける。こちらもそれぞれにうなずいた。
「守り役の皆様にご同席願ったのは、そのほうが正確な情報を得ることができると判断したからです。
竹さんはご自分の能力について過小評価されているようなので」
納得。
「そんなことないです! 私なんてホントに大したことないです!」
……そういうところがね?
守り役達はそれぞれに苦いものを飲み込んだような顔をして黙っている。そんな一同にひなさんもタカさんも苦笑を浮かべている。
「どうでしょう。私に協力して、ご自身の能力についてお話いただけませんか?」
「私は別に構いません。けど…」
チラリと俺に目を向ける愛しいひと。やさしいなあ。俺の心配してくれてんのか。
「竹さん」
だけど俺、ちょっとひっかかったよ?
ビクリと跳ねるかわいいひと。
「いつもアキさん達に言われてるよね?
簡単になんでも『いい』って返事しちゃ駄目」
「ご、ごめんなさい」
「相手がひなさんだからいいものの、悪いやつだったら貴女の能力悪用されちゃうんだよ? そしたらいろんなひとに迷惑かけたり、場合によっては誰かが傷つくことになるんだよ?」
そこまで言ってやるとようやく事の次第を理解したらしい。
「ヒュッ」と息を飲んで青くなった。
「――ご、ごめ……」
ああもう。かわいいなあ! うっかりで甘っちょろいなあ!
ちいさく震える彼女の手を取り、安心させるようになでる。
「もういいよ。次からは気をつけてね」
なるべくやさしく見えるようにそう言うと「はい」と素直に返事をする。うなだれてるのかわいい。
「ゴホン」
わざとらしいひなさんの咳払いにビクリと跳ねるかわいいひと。
目を向けると、貼り付けた笑顔のひなさんと苦笑を浮かべたタカさん。
「で。どうですかトモさん」
『イチャイチャすんな』『さっさと答えろ』
ひなさんから無言の圧を感じる。スミマセン。
でもこのひと気付いたそのときに説教しとかないと忘れちゃうんだ。うっかりだから。
しっかり反省させたら、基本育ちがいいから同じことは繰り返さない。はず。うっかり忘れそうだけど。
それはそれとして返答をしないとな。
「ひなさんの要請に応じます。なんでも聞いてください」
ひなさんは『災禍』と対する戦術のために俺の能力を知りたいと言った。
つまりは、竹さんの責務のためだ。
それならば俺が協力することは当然のことだ。
俺の、竹さんの話を聞いて、ひなさんが、タカさんがどう判断するかも興味がある。
そうして俺と竹さんは問われるままに己のことを打ち明けた。
俺の戦闘能力。風を使ってできること。特殊能力『境界無効』のこと。それらを使ってできることできないこと。
「こういうのはできますか?」「こんな場合はどうですか?」とひなさんとタカさんが質問をしてくれて、より詳細に能力を伝えていった。
竹さんは「大したことはできないんです」と恥ずかしそうに答えていった。
「封印術や結界術が使えます」
「『禍』クラスまでなら一瞬で封じられるわ」
「多種多様な結界展開できるよこのひと」
「多種多様というと?」
「通常の、対象を入れないもの、出さないもの。神域のような清浄を保つもの。ナニカを守るもの。そういうものは普通に張れる。
多重結界も時間停止も思いのままだ」
「「「……………」」」
………それは、普通の結界師ではできないレベルだと思うよ?
なのに愛しいひとは「普通ですよね?」なんてケロッとしている。
「……ほかになにができますか」
「ええと……」
そうして竹さんが「こんなことできます」と申告するのを守り役達が補足するという形で話をしていった。
……うん。このひと、価値観がおかしい。
自己評価が低いことは知っていたが、そもそもの基準がおかしい。
白露様と緋炎様によると、竹さんは高間原で黒陽とその家族としかほぼ関わってこなかった。
黒陽もその妻も、高間原全体で見てもトップレベルの能力者。
その四人の子供達も、若いながら頭角を現してきた人物だった。
そのひと達を基準にしているから竹さんはいろいろオカシイらしい。
あんな高霊力込めた霊玉作れるひと、今いないからね?
霊玉作る要領で糸を作って布にするってなんだよ!? どうやって糸にするんだよ!
「ええと……」「やらなくていいからね?」
素直なかわいいひとはトンデモナイことをさらっとやろうとする。
これまでにどんなアイテムをつくってきたかも披露した。トンデモナイモノばかりだった。
かろうじて頭を抱えることをこらえる。ひなさんとタカさんが貼り付けた笑顔で固まっている。きっと俺も同じような顔をしている。
「……やっぱり、私、ダメなんですね……」
そういうことは敏感に感じるんだからなこのひとは!
べしょ。としょげるかわいいひとの頬をはさんで正面から目を見つめる。
「貴女はダメじゃないよ。ちょっとびっくりしただけ」
「でも」
「俺の大事なひとを卑下しないで」
メッ。とわざと怒った顔をするとまた「ごめんなさい」としょげる愛しいひと。ああもう、仕方ないなあ。
「次に体力面ですが」とひなさんが話を変えてくれて、生真面目なひとはぴっと背筋をのばし表情をひきしめた。さすがひなさん。グッジョブです。
そうしてしばらく「あれは」「これは」とひなさんタカさんが質問し、「こんなこともできる」「こんなこともあった」と守り役達が補足しつつ聞き取りが行われた。
あれもこれもと話をし、ほぼ出尽くした頃。
「最後にこれだけ聞かせてください」
ひなさんがそう言った。
「トモさんにとって最重要事項はなんですか?
なんのために戦いますか? なにを望みますか?」
答えの決まりきった質問に、即答した。
「竹さんのために」
隣で愛しいひとが息を飲んだ。
「竹さんの『しあわせ』のために。竹さんの喜びのために。
俺が竹さんのそばに居続けるために。
俺の戦う理由も、望みも、それが全てです」
「でしょうね」とひなさんが納得するのに、隣のかわいいひとが「そんな」と抵抗する。
「ダメです! そんな、私の「竹さん」ひゃい」
文句を言うかわいい頬を両手ではさんで正面から目を見据える。
「俺は貴女が好きなんだ」
他人がいる前で堂々と告げたからか、彼女が「にゃ、にゃ」と動揺する。
他人がいようがいまいが構わない。知られて恥ずかしいことはない。
守り役達もひなさんタカさんもスルーしてくれてる。
「俺には貴女がすべてなんだ。貴女がいればそれでいい。
貴女のそばにいたい。そのために戦うのは当然のことだ」
「でしょ?」と笑って念押しすると、べしょ、と顔をゆがめる愛しいひと。キスしていいかな。
「オイ」
わかってます。自制します。
「俺が貴女といたいから戦うんだ。つまり、俺自身のため。わかる?」
そう丸め込もうとしたのにかわいいひとは口をへの字にしてふくれてしまった。かわいい。
「……巻き込みたくないの」
「『巻き込むんじゃない』って何度も言ったでしょ? 俺がやりたくてやってることだよ?」
「でも」
「俺が貴女のそばにいるのは嫌? 俺、邪魔?」
彼女がそんなこと思ってないことを承知の上であざとくたずねると「……イヤじゃないです……」と目をそらしてボソボソ言葉を落とした。甘いなあ。チョロいなあ。
さらに言葉を重ねようとしたら「竹さんは」とひなさんの声がかかった。
ビョッと跳ねたかわいいひとが驚いた顔のままひなさんに目を向ける。
仕方なく開放する俺を張り付けた笑顔でにらみつけたひなさんは竹さんに問いかけた。
「竹さんにとって最重要事項はなんですか?
なんのために戦いますか? なにを望みますか?」
俺と同じ質問に、生真面目なひとは生真面目に考え始めた。
やがて顔を上げた竹さんは、ひなさんに向けてまっすぐに言った。
「私が戦うのは『災禍』を滅するためです。
私が『災禍』の封印を解いてしまったために、国が滅びました。たくさんのひとが亡くなりました。
これ以上の犠牲を出さないために『災禍』を滅すること。
それが私の責務です。私の望みです」
きっぱりと言い切る彼女。まあそう言うだろうと思ったよ。
守り役達も『まあそう言うだろうね』みたいな顔をしている。
なのにそんな竹さんをじっと見ていたひなさんはフッと嘲笑った。
「ちがいますね」
「!?」
誰もが息を飲む中、ひなさんは事務的に、淡々と告げた。
「貴女の本当の『望み』はちがう」
「―――」
そうなのか!?
見ると竹さん本人も、黒陽も『信じられない』『そんなことない』とでも言いそうに驚愕を張り付けている。
他の守り役三人も「え?」「そうなの?」と驚いている。
「貴女の本当の『望み』は――」
ひなさんはじっと竹さんの目を見つめた。
そうして冷静沈着な表情で淡々と告げた。
「――『赦してもらう』こと」
「!」
目をまんまるにして息を飲んだ竹さんが固まった。
黒陽も同じように固まっていた。
「『赦されたい』
貴女のココロは、そう叫んでいます」
事務的なその声に、竹さんは何も言えないでただ固まっていた。
「戦うのも、責務のために必死に取り組むのも『赦されたい』からですね」
「―――」
――そうか。
生真面目なこのひとが『災禍』の封印を解いたことも、そのために国が滅びたことも全部『自分のせい』と背負っていることは知っていた。
だから『災禍』を滅することを己の責務と定め、五千年必死で取り組んできたことも。
でもその根幹にあったのは『赦されたい』という気持ちだったのか――。
ずっと声なき声に責められていたのだろう。
ずっと苦しんできたのだろう。
赦されたくて必死に取り組んでいるうちに、うっかり忘れてしまったのだろう。
もしかしたらつらすぎて自分から忘れたのかもしれない。
『赦されたい』
そう願って、いつも「ごめんなさい」と言うようになったのかもしれない。
だが、『赦されたい』とは『誰から』『赦されたい』のだろうか。
高間原のひと? 共に呪われた姫や守り役達? 滅びた国のひと達?
「貴女を『赦す』ことができるのは、貴女だけです」
ひなさんの言葉にハッとする。
言われた彼女は目をまんまるにして固まっていた。
「責務を果たすことが、『災禍』を滅することが貴女が貴女を『赦す』ことになるでしょう」
まるで予言のようなひなさんの言葉に、彼女も、俺も黒陽も黙ってうなずいた。