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第九十話 ひなさんの話

 ハルと守り役達は昼前に戻ってきた。

『むこう』で三日ほど過ごしてきたという。

 俺が去った二日後を狙って行き、狙いどおりの時間軸に『飛べた』らしい。すごいな蒼真様。


 時間軸をいじるような結界を張ったり『異界』を展開できるハルや竹さんの言うところによると、『時間』とは『矢印』のようなものだという。

 一般人には一定の速さで進む矢印を、術によって一時停止させたり、進むスピードを遅くしたりする。

 今回で言えばふたつ並んだ矢印の、ある一点と一点をつなぐことで、時間の流れを調節しているという。


『こっち』の土曜日の朝を『むこう』の俺が去って二日後に設定。

 で、『こっち』の日曜の夕方を『むこう』の三年後に設定。

 そうやって点と点をつなぐことで時間を調節しているという。


 便利にみえるこの術だが、過去に戻ることはできない。

 同じ時間軸に在る存在がダブって存在することはできない。

 だからヒロ達が修行に行くのに、俺が『むこう』にいた期間に『飛ぶ』ことはできない。

『こっち』の俺と存在がダブることになるからだそうだ。


 こういうのは物理学をやってるウチのクソ親父の領分だろうな。ヤツなら喜々として話をするに違いない。


 まあとにかく、ヒロ達は無事に『むこう』の人々に受け入れられたらしい。


 まあな。

 人当たりのいいヒロ。素直で誰からも好かれる晃。単純でさっぱりしている佑輝。

 あの三人ならどこでも誰にでも好感を持たれるに違いない。

『むこう』の時間で約三年修行に励むことになっている。



『むこう』の様子を聞きながらアキさんの用意してくれていた昼食を守り役達とハルと食べる。もちろん竹さんも一緒。

「私もなにかお手伝いします!」と張り切るのがかわいくて配膳を頼んだ。


「どうぞ」と守り役達に茶碗を出す竹さん。かわいい。

 ふたりできりもりする定食屋みたいじゃないか!? それもいいなぁ! いや駄目だ。こんなかわいいひと看板娘にしたら男共が寄ってくる。却下だ! 彼女は俺ひとりの彼女で在ってもらいたい!


 俺の考えを見透かしたらしいハルと黒陽が馬鹿を見る目で見ていることに気が付いて、あわてて呼吸を整えた。




 昼飯を食べてからちょっと真面目な話をした。

 京都の結界の話。まだ覚醒していない東と南の姫の話。

 それから「トモ()現在(いま)の実力を確認したい」というハルと守り役達と手合わせをした。

 それぞれの操る式神と戦った。『むこう』に行く前はけちょんけちょんにされていたが、五対一までは俺が勝つまでになっていた。

 途中から守り役達がノリノリになってしまい、最終的にはけちょんけちょんにされて終わった。


 かろうじて守り役達の実力の一端を引き出せた。

 やはりあの四人、只者ではなかった。

 特に黒陽。戦闘力が段違いだった。

 それだけではなく、戦いの駆け引きみたいなものもうまい。

 勉強になることばかり。もっと頻繁に手合わせしてもらうよう頼んだら「いいぞ」とあっさり承諾してくれた。


 俺が守り役達にもまれている間、竹さんはそばでずっと手合わせを見ていた。

 俺がどれだけ強くなったか見てもらいたかったのだが、結局けちょんけちょんにされる姿を見せることになってしまった。情けない。


「そんなことないです! トモさん、かっこよかったです!」

 ホント!? そう言ってくれたら俺、まだまだがんばれるよ!


「黒陽と一対一であれだけ戦えるひとがいるなんて思いませんでした」

 ………チート亀め。

 あれでもこの亀は全力を出し切っていない。

 いつかもっと強くなって黒陽に勝ってやる!



 ハルと守り役達とじゃれていたら、アキさんから連絡が入った。御池に帰宅したという。

「話がしたいからおやつ食べにいらっしゃい」のメッセージに、食いしん坊の守り役達が「行こう!」と乗り気になってしまった。



 全員で御池に移動すると、保護者達とひなさんが待っていた。双子はお昼寝中。


「皆様ようこそ。どうぞこちらへ」

 アキさんにうながされてソファへ落ち着く。

 すぐにアキさんがお茶と菓子を出してくれた。


 今日のおやつは有名店のケーキだった。

 蒼真様が大喜びだ。よかったですね。

 俺と黒陽は甘いの苦手だと知られているから、甘さ控えめ酸味強めのチーズケーキとブラックコーヒー。けちょんけちょんにされた後だからよりうまい。


 一口食べてホッと一息ついていると、かわいいひとがじっとみつめていることに気が付いた。

「味見してみます?」

 そうたずねると恥ずかしそうにうなずく。かわいい。

「はい」と皿を差し出すと、一口大にカットして口に運ぶ。

「おいしい」なんて目をキラキラさせている。かわいい。

「トモさんも一口どうぞ!」って言われても、俺、生クリームたっぷりのケーキはちょっと……。

「俺、甘いの苦手だから。これは竹さんが全部食べて」

 そう笑いかけると『そうだった!』みたいな顔のあとしゅんとする。

 どうせ『分けっこにならなかった』とか『俺のを取ってしまった』とか考えてるぞ。仕方のないひとだなあ。


「俺のもよかったら食べて。俺、コーヒーだけあればいい。甘いの苦手」

「でも」

「一口食べたらもう十分。これ以上はキツイ。代わりに食べてくれたら助かる」

 そこまで言うと彼女はようやくホッとしたように微笑んだ。

「無理しなくていいよ?」と言ったが、嬉々としてケーキにフォークを入れているから大丈夫だろう。夕飯は心配だが。



「なるほど。よく理解しました」

 突然のひなさんの言葉に首を傾げる。なにが『なるほど』なんだ?


「トモさん。竹さん。おやつが終わったらちょっと私に付き合ってもらえませんか?」

 にっこり微笑むひなさんの真意が読めない俺達は、顔を見合わせて首を傾げた。




 竹さんがケーキをたいらげて、ひなさんと向き合う。何故かタカさんも一緒。

 ソファに俺と竹さん、ひなさんとタカさんが並んで座り、そのまわりに守り役達が思い思いにくつろいでいる。

 タカさんは膝にノートパソコン、ひなさんはノートを広げて完全に事情聴取の形だ。

 竹さんが緊張のあまりガッチガチになっている。かわいい。


「ああ。竹さん。あまりかしこまらなくて大丈夫ですよ。ちょっとおふたりにお話を聞きたいだけですから」

「話?」

 なんの話かと思ったら、ひなさんはうなずき言った。


「これは皆様に聞いていることなんです」


『皆様』がどこからどこまでなのかと思っていると、守り役達が「私も聞かれたわ」「ぼくも」と同意を示してきた。

 ふむ。と理解を示し、話の先をうながす。


「どんなことがどのくらいのレベルでできるのか。得意分野、苦手分野。特殊能力の有無。あるならばどんな能力か。

 早い話が現状戦力の確認ですね」


「なるほど」


 ひなさんもタカさんも俺達の戦うところを見たことはない。

 戦いだけでなく、たとえば俺だったら風を使っていろいろできることも話したことはない。


「『災禍(さいか)』と対するにあたって、誰にどんな能力があるのか、どの程度のレベルなのか、洗い出して戦術を組むことも必要だと思うんです」


 ひなさんの説明に竹さんが反応した。


「……なんでひなさんが『災禍(さいか)』と対することを考えるんですか?」


 確かに。

 ひなさんは竹さん達の責務とは無関係のはず。

 なんでそんな『現状戦力の確認』なんてことに首を突っ込んでいるんだ? ハルに依頼されたのか?


 むう、と不機嫌になる竹さんにひなさんはにっこりと微笑んだ。


「ウチの阿呆のためです」


 ………晃の?


「ウチの阿呆は阿呆なので、京都に『ボス鬼』なんてものが出現するとなったら、しかも自分の友達が『ボス鬼』と戦うことになると知ったら、絶対に戦いにおもむきます。

 私にはそれを止めることはできません。

 ――たとえ晃が死ぬことになるとしても」


 じっと俺を見つめるひなさん。

 俺が鬼と戦って死にかけたことを知っている目だった。

 晃が同じ目に合う可能性を知っている目だった。


「私は晃の『半身』です。

 晃を守ることは私の使命です。

 晃を死なせないために私になにができるか。

 私には晃と共に戦うなんてできません。

 私にできるのは、現状を確認して、分析して、策を練ること。支援すること。それだけです」


 淡々と事実だけを述べて、ひなさんはまっすぐに俺達に目を向けた。


「私は私のやり方で晃を守ります。

 トモさん。竹さん。どうか私に協力してください」


 ――強いひとだ。

 ココロに湧きあがったのは、尊敬。


 ひなさんは精神系の能力者ではあるが、ウチのばーさんや晃ほどではないと聞いている。

 転生者だとも聞いたが、だからといってとびぬけた身体能力があるとか武道の達人だとかいうこともない、ごく普通の娘さんだと聞いている。

 それなのに、己の『半身』のためにできることをやろうとしている。


 ただ運命を嘆くのではなく。己の非力に諦めるのではなく。

 己にできることを探し、見極め、成し遂げようとしている。


 こんな戦い方もあるのか。

 こんな支え方もあるのか。


 己を振り返ってみる。

 竹さんに出会って、どうにか『しあわせ』にしたいと願った。

 俺がとった手段は『強くなること』だった。

 それ以外の方法を考えなかった。可能性を精査することすらしなかった。


 すごいひとだ。

 さすがはあの晃の『半身』だけのことはある。


 俺が感心し尊敬する横で、竹さんは「ダメです」と言い出した。


「ダメです。ひなさんにまで危険が及んでしまいます」

 またマイナス思考が仕事をしている。困ったひとだ。


「私は危険ではありません。あくまでも状況を確認して現状の戦力確認をして分析するだけですから」


 あっさりと言うひなさんに竹さんがさらに言葉を重ねようとするより先にひなさんが続けた。


「危険なのは晃です」


 その声色に、まなざしに、竹さんが息を飲んだ。


「晃は主座様直属の能力者です。

 京都に異変が起これば、出て行かなくてはならない立場です。

 最前線で戦わなければならない立場です」


 その説明は竹さんも納得のものだったらしい。口を引き結んで、あちらを見て、こちらを見て、うつむいてじっと考えてしまった。


 そんな竹さんにひなさんはあっさりと続けた。


「トモさんも同じです」


 ハッとした竹さんがガバッと顔を上げる。

 すがるような目を向けられたひなさんは平気な顔でさらに言った。


「トモさんも主座様直属の能力者です。

 ひとたび事が起これば、最前線で戦わなければならないひとです」


 その言葉に、竹さんがみるみる青くなっていった。

 ぱかりと開いた口がわなわなと震える。膝に置いた手が震えている。あわてて彼女の手をぎゅっと握ると、いつもはされるがままのひとがぎゅううっと強く握り返してきた。

 ぎぎぎ、と俺を見上げる竹さん。涙目で『そうなの?』と問いかけてくる。


 嘘はつけない。

 黙ってうなずいた。

 彼女はショックを受けたように息を飲み、くしゃりと顔をゆがめ、うつむいてしまった。


 うっかりな愛しいひとは俺が再び戦いの場に出る可能性をうっかり見落としていたに違いない。

 それなのにそこを指摘するとは。


 こわがらせないでもらえないかな。

 ひなさんをにらんだが、逆ににっこりと微笑まれた。くそう。


「少しでも生存率を上げるために晃は今回修行に行きました。

 晃はそれでいいです。

 私は私のできることをするだけです」


 冷静に、事務的にひなさんは話をする。


「トモさん。竹さん。

 おはなしを聞かせていただけますね?」


 そのドスのきいた笑顔に、なるほどこのひとは転生者だと、見た目どおりの年齢ではないと、深く深く理解した。

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