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第八十九話 ヒロ達、異界へ

 六月最初の土曜日。

 ヒロと晃と佑輝が『宗主様の世界』に行くことになった。


 ヒロからそのことを聞かされたのは帰還四日目。

 朝の修行のときに「昨日話そうとしたのはね」と明かされた。


 この土日でヒロと晃と佑輝が、水木でナツが『宗主様の世界』に行って修行をつけてもらうこと。

 ナツだけ別日なのは仕事の都合。土日はやっぱり休みが取れなかったらしい。


「なにか持っていくものとか伝言とかあったら持っていくよ?」とヒロに言われ、それからあれこれと準備してきた。

 それらをヒロに託し、土曜日の朝、離れの玄関で晃と佑輝を待っていた。



「おはよー」といつもの調子でやって来たのは佑輝。

「これ、ウチの親から預かってきた」


 佑輝の家には『安倍家の特別合宿』と説明している。

 だからだろう。差し入れとしてアイテムボックスから出てきたのは米袋だった。

「あとでお礼の電話を入れておくよ」とオミさんが請け負った。


 米袋はそのまま『むこう』に持っていくことになった。大丈夫か? 精米のこと誰か説明できるか?『むこう』研究者ばかりだから細かいことツッコんでくるぞ?

 ヒロが大急ぎでスマホで調べていた。

 ヒロなら『絶対記憶』があるから大丈夫だろう。がんばれ。


 話をしていたら一陣の風が吹いた。

「お待たせー」とのんきな女性の声。

 美しく大きな白虎、白露様がそこにいた。


 その白虎の上に乗っていたふたり。晃と幼なじみで彼女のひなさん。

 ひなさんの後ろに晃が座り、彼女の腹に手を回して支えている。

 大丈夫かひなさん。なんか顔面蒼白だぞ?


 白露様が伏せをするのに合わせて晃がひなさんをひょいと抱き、白露様から降りた。

 そっと降ろされたひなさんは足が地についたもののふらついた。すぐさま晃が支える。


「大丈夫ひなさん? 回復かけようか?」

 ヒロがすぐさま近寄ったが、サッと晃が動いた。

 まるでひなさんを隠すような仕草に、ヒロも苦笑している。


 そうか。これが『半身』か。


 客観的に見せられると改めて思い知らされる。

 その執着。その偏愛。


 晃はひなさんを自分のそばから一切離さない。

 子育て中の母猫のように警戒しまくっている。

 同じ霊玉守護者(たまもり)の俺達ですら『こう』なら、学校とか通学とかどんな状態なのかと心配になる。


 そして俺も竹さんに対して『こう』なのだと、説明されなくとも理解できた。

 ウン。人前では自制するようにしよう。できるかどうかは別として。


 白露様が苦笑しながらひなさんに回復をかけた。

 ひなさんの顔色が普通になった。

 それでようやく晃も落ち着いたらしい。ホッとちいさく息をついて、ひなさんの横についた。



「……大変みっともないところをお見せしました。申し訳ありません」

 頭を下げるひなさん。


「ひなは悪くないよ! 俺、障壁張ってたけど、足りなかったかな? ゴメンねひな」

「私もゆっくりめに走ったつもりだったんだけど……。ごめんなさいねひな」


 ………ウン。晃や白露様に、一般人並の身体能力しかないひなさんがついていけるわけがない。

 周囲からの憐れみの視線を一身に浴びたひなさんは、それでもにっこりと微笑んだ。


「改めまして、皆様。お久しぶりです。

 このたびは晃がお世話になります」


 キチンと頭を下げるひなさんに、あわてて隣の晃が頭を下げる。

 こうしていると姉と弟のようなんだがなこのふたり。

 実際はかなり熱愛中の恋人同士というんだからな。

 もっとも俺はそんな『熱愛』なところは見たことはないんだが。


 ひなさんは丁寧に保護者達にも晃に同行するヒロと佑輝にも挨拶をし、蒼真様緋炎様にも挨拶をした。

 見送りの保護者か?


 ひなさんは竹さんとも面識がある。

 春休みに千明さんの会社のバイトに来たひなさんが離れに寝泊まりしていたときに仲良くなったらしい。

 だからひなさんに「竹さん。お久しぶりです」なんて笑いかけられて、愛しいひとはめずらしくテンション上がった。

 

「今日私、竹さんのところに泊めてもらいますから。覚悟してください」

「はい! お待ちしてます!」


 きゃっきゃと手を取り合ってニコニコしている。かわいいなぁ。ひなさんに感謝だな。



 この土日に晃は『宗主様の世界』で修行する。

 それに合わせてひなさんも京都に来た。

「学校見学がしたい」という。


 俺達は高校二年生。そろそろ志望校を絞り込まないといけない。

 ひなさんは実家の経理を担当したいとかで、大学もそっち方面を志望している。

 ただ、吉野から通うのは大変なので、進学するならば家を出なくてはならない。

 そうなると選択範囲が広がる。

 大阪、奈良、京都の学校で、どこがいいか調べているらしい。


「私の進学先に晃もついてきますから。

 晃のためになる学部のある大学で、経理関係の勉強ができる大学を探しているんです」


 ひなさんは色々考えるているらしい。

 ネットでも色々調べているが、実際のキャンパスも確認したい。

「晃が京都に行くならついでに連れて行って」と軽く頼んだらしい。


「まさかジェットコースターを上回るモノがあるとは知りませんでした」

 口元を引きつらせて笑顔を作るひなさんに、言われた張本人は反省の色もなくニコニコしている。



「じゃあそろそろ行くよー。いいー?」

 蒼真様の声かけに、オミさん達と話していた晃があわてた。


「ちょ、ちょっと待っててください! ――ひな」

 晃に呼ばれたひなさんはひとつため息をついた。

 スッと差し出した手を晃が取り、どこかに引っ張っていく。


 ……なんだ?


「三年は『むこう』でがんばれって言ってるから。お別れするんだろ」

 蒼真様はあっさりとそう言う。

 保護者達も守り役達も『仕方ないなぁ』って生ぬるい表情だ。


「白楽によろしく伝えてね」なんて竹さんが蒼真様に頼んでいるのを見守っていたら、ふと木陰にいるふたりが目に入った。


「―――!」


 がっつり抱き合ってキスしてる晃とひなさん。

 こ、晃。おま、それ、『べろちゅー』ってヤツじゃないのか!?

 ナニこんなとこでヤッてんだよ!! 他所(よそ)でやれ他所で!!


「? どうかしました?」

「なんでもないよ!?」


 マズい。霊力乱れたか。

 俺の動揺はあっさりと周囲に看破され「なに?」「どした?」と一斉に俺が目を向けていた方向に目をやる。

 が、そこにはすました顔の白虎がおすわりをしているだけだった。


 ……さてはおっちょこちょい虎が隠すの失敗したんだな。

 俺が見たと気付いて、あわてて結界張ったな。


 少ししたら何事もなかったような顔のひなさんと、やる気に満ちた晃が戻ってきた。

 ナニをシたのか、なにを言われたのか知らないが、晃はやたら張り切っている。


「おれ、がんばる。待っててねひな」

「はいはい。わかったから、身体に気を付けるのよ?」

 合宿に行く子供の見送りに来た母親みたいなことを言うひなさん。


 そうして守り役達とハルが同行して、ヒロ達は『宗主様の世界』に向かった。




 今回は黒陽もヒロ達に同行した。

「お前がいるならば少し私が抜けても大丈夫だろう」「久しぶりに『むこう』の者達の話も聞きたい」と同行した。

 おそらくは竹さんのことを相談するのだろうとわかったから、俺も了承した。


 それに。


「……『ふたりきり』だね竹さん」


 黒陽がいない『ふたりきり』の状況になる!

 うれしくてしあわせでドキドキしてキュンキュンして、正直心臓が破裂しそう!


 そっと彼女の手を握る。

 彼女は振りほどくことも嫌がることもなく、俺のしたいようにさせてくれた。


 そっと顔をのぞくと、ムッとしたような拗ねたような顔を赤くしてそっぽを向いていた。

 照れてる! かわいい!


「今は責務は『おやすみ』にしようね」


 保護者達とひなさんはさっさと移動した。

 ひなさんの学校見学にオミさんアキさんが同行するという。

 千明さんタカさんはそれぞれ別件の仕事。双子は一乗寺で留守番だという。


「『おやすみ』?」

 首をかしげるかわいいひとに、ついへらりと笑みが浮かぶ。


「うん。『おやすみ』。

 今だけは貴女は『王族の娘』でも『黒の姫』でもなくて、『俺だけの竹さん』だよ」


 そう説明するとみるみる赤くなっていく! くっそぉ! かわいい!!

 かわいすぎてぎゅうっと抱きしめた。


「あの、あの!」

「なに?」

「あの、教えて、欲しい、ことが」


 しぶしぶ腕をゆるめると、彼女は赤い顔で視線をさまよわせていた。


「なに?」

「あ、あの、……あの」

「うん」

「……………なにを、すれば、いいのかな、って……………」


 ―――かわいすぎて死にそう。


 なんだその恥ずかしそうな顔! 襲ってほしいのか!? かわいすぎんだよ!!

 ふっくらした頬をりんごよりも赤くして、いつもやさしい笑みをたたえている目をうるませて。さくらんぼみたいな唇をふるふる震わせて。


 あああ! もお!『半身』がかわいすぎてつらい!


 ぎゅうっと再度抱きしめて、必死で素数を並べていく。

 落ち着け。落ち着け。ここでやらかしたら殺される。あの亀はやる。間違いない。


 どうにか邪念を落ち着かせ、彼女をそっと離した。

 赤かった顔がさらに赤くなっていた。


「黒陽達、昼には帰るって言ってたから、そんなに時間ないんだよね」


 俺が普通の調子で話を始めたからか、伏せていた目を上げて俺に合わせてくれる彼女。かわいい。


「だから、黒陽達が戻るまで、散歩でもしない?」

「お散歩?」


 キョトンとする彼女に「そう」とうなずく。


「この離れの周りでもいいし、別のところでもいいし。

 ふたりになれるところで、ぶらぶら散歩しながら、話をするのはどうかな?」


「お話?」

 驚く彼女に「そう」と返す。


「子供の頃の話とか、学校の話とか。

 なんでもいいよ。貴女のことならなんでも聞きたい。

 貴女の話を聞かせて?」


 そうねだると彼女も数日前のやりとりを思い出したらしい。ちょっと困ったように眉を寄せた。


「私の話なんか面白くないと思いますよ?」

「竹さん」


 わざと怒った顔を作ると「ひっ」と彼女が息を飲む。


「『なんか』は言っちゃ駄目。

 貴女は俺の大事なひとなんだから」


「……………ごめんなさい……………」

 素直か。かわいいか。

 しょんぼりするのかわいすぎ!

 そっと頬に手を添えて、俺と視線を合わせる。


「俺は貴女が好きで、貴女が大切なんだ。

 俺の大事なひとを卑下しないで」

「……ごめんなさい……」


 シュンとするのかわいい。違う。ここは厳しく!


「もう言わない?」

「はい」


 そうは言ってもまた言うだろうなぁ。

 長年染みついたものを変えるのはそう簡単なことではない。

 まあその都度こうやって叩き潰していけばいいか。


「じゃあ、いいです」

 そう言うと目に見えてホッとする彼女。


 かわいいなぁ。立場的には彼女のほうが俺よりもずっとずっと上なのに。

 俺にこんな説教される筋合いなんて彼女にはないのに。

 そんなことにも気付かない。うっかりだなぁ。甘っちょろいなぁ。


 うっかりな人間も甘っちょろい人間も俺大嫌いだったのに。それが彼女というだけで愛しくてたまらない!

 もっとうっかりしていてくれ! 甘っちょろくあってくれ! そして俺の手玉に取られていてくれ!


 そんな邪念をすべて隠し、にっこりと笑いかけた。


「じゃあ、行きましょう」

 スッと左手を差し出すと、驚いたように固まる彼女。

 俺の手を見て、顔を見て、また手を見て、生真面目な顔つきでなにかを葛藤していた。


「手をつないだほうが『恋人っぽい』でしょ?」

 そう言うと納得したように口を引き結ぶ。

 そして、決意を込めた顔つきで俺の手を取った!


 きゅ。


 彼女が!

 彼女から俺と手をつないでくれた!


「……こ、これで、いい、ですか……?」

「……………すごくイイです……………!」


 遠慮がちで他人に迷惑をかけるのを何より嫌って、いつも他人と距離を取っているひとが!

 自分から! 俺の手を取った!

 俺に近寄ってくれた!

 ぐわあぁぁぁ! うれしい! 泣きそう!


 空いた右手で顔を覆い、必死で霊力を抑える。

 ぎゅ、と力が入った左手の中にあたたかなぬくもり。

 間違いなく彼女と手をつないでいる。


 抱きしめるのは、俺が勝手にやること。

 彼女は俺にされるがまま。ときには逃げようとする。

 半覚醒状態の甘えて抱きついてきてくれるのは除外。あれは『俺』に甘えてくれてるんじゃない。


 でも、これは。

 彼女が、自分の意思で、俺の手を取ってくれた。

 少しは『俺』のこと信頼してくれてる?

 少しは『男』だと思ってくれてる?

『好き』って、思ってくれてる?


 聞きたいけど聞けない。

 恥ずかしくて照れくさくてうれしくて喉が締められている。

 どうにか呼吸を繰り返し気道を確保。

 そっと彼女をうかがうと、そっぽを向いてうつむいていた。

 真っ赤な耳がかわいい。食べてもいいかな。


 そっと顔を近づけて、赤い耳に唇で触れた。

「みゃっ!?」とおかしな悲鳴を上げて彼女が跳ねた!


「みゃっ、みゃっ、みゃに、にゃ、」


 猫か。


 驚いてつないだ手を離されてしまった。

 両手でキスした耳を押さえる彼女。涙目になってぷるぷる震えている。

 かわいすぎるんだが。庇護欲も捕獲衝動もかきたてられまくりなんだが。


「かわいすぎて。つい」

「つ、つつ、つ、」


 鳥か。


「ごめんなさい。もうしないから、手、つないでください」


 そう言って手を差し出す。

 彼女は一瞬かなしそうな顔をしたが、すぐにハッとして首を振った。

 じっと俺の手を見て、俺の顔をじっと見つめてきた。

 だから上目遣いがかわいいんだって!

 そんなふくれてにらみつけられてもかわいいだけだよ!


「俺を甘やかしてくれるんでしょ?」

 あざとくおねだりすると、しぶしぶ手を伸ばしてきた。

 逃げないようにグッとその手を取る。


「じゃあ、行きましょう」

 何事もなかったかのようににっこり笑ってやると、ちょっとムッとしたまま、それでもうなずく彼女。チョロいなぁ。かわいいなぁ。



 そうしてチョロい愛しいひととのんびり歩きながら大したこともない話をした。

 ガキの頃の話。じーさんばーさんの話。両親の話。中二の春休みにここで修行したときの話。初めてハルとヒロに会ったときの話。


 彼女が聞き上手なのでずっと俺ばかりしゃべっていた。

 途中でそのことに気が付いて彼女にも話を向けた。

 今生の子供の頃の話。黒陽の話。前世の話。好きな食べ物。苦手な食べ物。好きな花。好きな色。


 お互いのデータが蓄積されていく。

 穏やかな微笑みがすぐそばにある幸福に胸が締め付けられっぱなしだ。

 手の中のぬくもり。あたたかな霊力。

 なにもかもが『彼女がいる』と示していて、魂が喜びに震えるのがわかる。


 この『しあわせ』がずっとずっと続きますように。

『願い』を込め、しあわせを噛み締めた。

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