閑話 竹 7 『半身』4(トモ帰還一週間)
引き続き竹視点です
あれからずっとトモさんに包まれている。
お風呂とトイレと夜以外はずっとトモさんがそばにいる。
「そばにいさせて」とおねだりされて、断らなかったらそれからずっとそばにいてくれる。
「俺を甘やかしてくれるんでしょ?」って言われたら断れなった。
私の気配がトモさんについてないか心配してたら、また「なにを考えてますか」って言わされた。
心配してるのにトモさんはうれしそうにする。
「もっとべったりつけて」ってぎゅうって抱きしめてくる。
「災厄が降りかかるかも」っていくら言っても聞いてくれない。
「貴女が守ってくれるんでしょ?」って返される。
そりゃ、いつも思いついたときに守護の術かけてるけど。運気上昇もかけてるけど。
だからって防ぎきれるとは限らないのに。
「俺にとって『災厄』があるとしたら、貴女を失うことだけだから」
そんなふうに言ってくれる。
「目を離した隙に貴女を失うなんてことになったら、俺、耐えられない。
だからそばにいさせて?」
黒陽も蒼真も晴明さんも「トモをそばにおいておけ」って言う。
「離したらなにをしでかすかわかったもんじゃない」なんて意味のわからないことを言う。
トモさんはトモさんで「あきらめて?」なんて楽しそうに言う。
だから、あきらめた。
なんかもう色々疲れた。
そう言ったらトモさんはものすごく喜んだ。
私、こんなにモヤモヤして疲れてるのに。
「ごめんね?」なんてニコニコ顔で謝られても説得力ないですよ! もう!
二日ほどゆっくりした。
お昼寝して、ご飯食べて、トモさんとおはなしして、またお昼寝して。
なんか私『食っちゃ寝』じゃない? マズくない?
「それだけ身体が休息を欲しているんですよ」
トモさんの説明になんだか納得してしまった。
「休めるときは休んでおかないと。
で、少しでも体力も霊力も回復させないと。でしょ?」
そう言われたらそのとおりだと思えた。
実際お昼寝して目が覚めるたびに回復しているのがわかる。
これまでがガス欠状態だったのがはっきりとわかるくらいに、寝て起きたら充電されてる感じがする。
だからトモさんに言われるままにご飯を食べて、お昼寝した。
私、最近寝られなかったはずなのに、トモさんがよしよししてくれたりトントンしてくれたりするだけですうっと寝てしまう。不思議。
『半身』だからかな?
「かもね」って蒼真が言う。
「『半身』はお互いに霊力を循環させるみたい。
弱ってるほうに自然と霊力が補充されて、それで回復するみたい。
診たところ、竹様とトモでも同じことが行われている。
竹様の霊力が安定して、それでよく眠れるようになってるんじゃない?」
そうなんだ。さすがは蒼真。なんでもよく知ってるのね。
でもその理屈だと、弱ってる私がトモさんの霊力奪ってばかりってことにならない?
そう気がついてモヤモヤしてたらまたほっぺはさまれてつかまった。
なんでこのひとにはわかるんだろう。『半身』だから?
正直に霊力のことを話した。
「ちがうんじゃない?」ってあっさり言われた。
「『循環してる』って蒼真様言ったでしょ?
てことは、俺にも竹さんの霊力流れてるってことでしょ?」
そう言われたら。
「俺の霊力が竹さんに流れて。竹さんの霊力が俺に流れてる。
そういう状態を『循環』ていうんじゃないの?
片方ばかりが奪われるっていうのは『循環』て言わないと思いますよ?」
じゃあ、結局、どういうこと?
「『気にしなくていい』ってことじゃない?」
そんな!
「だって『自然に』『循環』してるんでしょ?
ムリして霊力送ってるのでもなんでもないでしょ?
それで『自然に』弱ってるほうに霊力補充されるなら、それでいいじゃないですか」
……………そう、か、な?
迷う私にトモさんはササッとスマホをいじって画面を向けてきた。
「これとかイメージしやすいかも」
見せてくれたのは、昔理科の時間に見た、海の水が蒸発して雲になって雨になる説明の図。
「『循環』て、こういうことでしょ?」
うなずく。
「雨が降って海に流れ込んで、蒸発してまた雲になって雨になるでしょ?
どれだけ降り注いでも雨が尽きることはないでしょ?」
ホントだ!
「じゃあトモさんも大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
そっか。安心した。
トモさんは物知りだなぁ。すごいなぁ。
「『温暖化による水面上昇』とか『降雨量減少による水不足』とかツッコまれたらどうしようかと思ったけど。
あのひと甘っちょろくて助かった」
「………お前………。それ、姫には言うなよ………?」
「俺を甘やかすために甘えて?」なんて言われた。
だから「王族は甘えちゃいけない」って説明した。
そしたらそれもトモさんは「ちがうんじゃない?」って言う。
「俺、竹さんが読んだっていうラノベ何冊か読んだけど」
いつの間に!?
え!? 私がぐーすか寝てる間にお仕事して本まで読んだの!? 時間停止かけたの!?
「かけてないかけてない」
「サラッと読めるのばかりだったから」
そんなことないよね!? 私、読むのわりと早いほうだと思ってたけど、ちがった!?
あわあわしてたらトモさんは楽しそうに「話続けていい?」って聞いてくれた。
あわててうなずいて姿勢を正す。
「何冊かには『王族の甘え』による混乱が物語になってたね。
『王子が平民の娘を見初めて正妃に』とか。
『酒や女に溺れて政治が混乱して』とか」
うんうんとうなずく。
「実際の歴史でもそんな話は枚挙にいとまがないよね。
『苦言を呈する臣下を退けて甘言ばかりの臣下を重用したために国が滅びた』とか。
『贅沢三昧をして民衆に蜂起された』とか」
これにもうなずく。
「だから、国や民を治める立場の人間に『甘え』が許されないというのは、確かに合ってるといえる」
うんうん。だよね。私もそう思う。
だからこれまでがんばってきた。
甘えないように。王族らしく在るように。
「でも、ラノベにはこうも書いてあったよ?
『公私は別』『いつもいつも自分を律していては疲れてしまう』」
……………そういえば。
「『信じられるひと、甘えられるひとが必要だ』とか。
『ときには甘えることも必要だ』とかも書いてありましたよね」
そうしてヒロインと恋をするおはなしが、確かにいくつもあった。
「貴女に王族教育をしたのは、側仕えだった黒陽の妻だって聞いたけど」
うなずく。
「そのひとは『自分達側近にも甘えちゃいけない』って言いました?」
―――!
え!? え!? そう言われたら、どうだっけ!?
黒陽がものすごい勢いで首を振っている。ていうことは、言われてない?
「『貴女は王族ですから、他人に甘えを見せてはいけません』くらい言われました?」
なんでわかるの!? 黒陽から聞いたの!?
うなずく私にトモさんは普通のお顔で、なんてことないような調子で続けた。
「『甘えを見せてはいけません』『ただし自分達は別です』って続いたんじゃないです?」
「―――!!」
黒陽が激しくうなずいてる! そうなの!? そうだったの!?
「黒陽の妻も、子供達も、貴女のこと大事にして愛してくれてたんじゃないですか?」
「―――!!」
黒陽が! 首とれそうなくらい激しくうなずいてる!!
「だ、だってそれは、お仕事だったから」
そう言った途端、黒陽が驚愕に固まった。
『ガーン』って後ろに書いてあるような顔をしたと思ったら、今度は激しく首を横に振った!
「黒陽の妻はしっかりとした、立派な人物だって聞きましたよ?」
それは私もそう思うからうなずいた。
「そんなひとなら『側近が主を甘やかす』ということが主のためにならないって理解してたと思う」
それも理解できるからうなずいた。
黒枝はしっかりした女性だった。頭もよくて気もきいて、なんでもできる素晴らしい女性だった。
王族として在るための心得を教えてくれた。ほかにもたくさんのことを教えてくれた。
「実際はどうでした? 黒陽の妻は、子供達は、貴女に厳しかった? やさしかった?」
「……………やさしかった……………」
そうこぼすと、トモさんはにっこりと微笑んだ。
「で、でもそれは私が王の娘だったから!
黒枝達が仕える対象だったから!
年少だったから! 病弱だったから!」
黒陽がぶんぶんと首を横に振っている!
「『王の娘』だと、『仕える対象』だと思ってたなら、そんな立派な人物ならばなおのこと厳しく教育を施すんじゃないですか?
それこそ昼夜問わず、公私もなく厳しく指導するんじゃないですか?」
そ、そう、なの?
わからなくなってぐるぐるしていたら、トモさんはひょいっと私を抱き上げた。
そのまま椅子に座る自分の膝に私を乗せて、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
あったかい。解ける。
「貴女は愛されていたよ」
耳に流し込まれる言葉は『呪』のよう。
『言霊』になって私の魂に刻み込まれる。
「『王族は甘えちゃいけない』それは真理だと俺も思うよ。
だけど常に『甘えちゃいけない』わけじゃない。
信頼できる人間が相手ならば、愛する人間が相手ならば、甘えたっていいんだよ」
「本にもそう書いてあったでしょ?」
そう言われたらそうだと思い出した。
「黒陽の家族は、貴女の側近は、貴女のことを『家族』として愛していたと思うよ」
そういえばこの前黒陽にも言われた。
「甘えてほしかったと思うよ」
そうなの?
信じられなくてトモさんに抱きしめられて動かない顔をどうにか動かして黒陽を探す。
黒陽は黙ってうなずいていた。
「……私……間違ってた……?」
ぽろりとこぼれた自分の言葉に衝撃を受けた。
私、間違ってた。
黒枝達のことわかってなかった。
黒枝達の期待に、希望に応えられてなかった。
そう気が付いた途端、愕然とした。
私、気が付いてなかった。わかってなかった。
そんな私に黒枝は、椛や楓達はどれだけかなしかっただろう。黒陽はどれだけ苦しかっただろう。
ガクガクと震えていたらトモさんがぎゅうっと抱きしめてくれた。
震えを止めるように。
あたためるように。
「間違ってはないよ」
だって。私わかってなかった。
きっと私が『わかってない』ことを黒枝達はわかってた。
どうしよう。どうしたら。
「貴女は間違ってないよ。うっかりなだけだよ」
……………は?
「うっかりで、頑固で、見当違いで。
一度思い込んだらそればっかりになって。
普通の人間には思いつかないようなマイナス思考爆走させて」
トモさんからのこきおろしが止まらない!
そんな。私ダメな子だってわかってるけど、そこまでひとつずつ具体的に指摘されると、泣きそう!
「それが貴女なんだから。
だから貴女の側近も理解してたと思うよ」
私をなだめるようによしよしと背中をなでてくれながらそんなことを言う。
「『そんなところもかわいい』って、きっと思ってたよ」
「―――なんで―――」
なんでそんなことわかるの?
トモさんは何も知らないのに、なんでそんなこと言えるの?
「だって俺もそう思ってるから」
顔を上げたら、そこにはにっこりと微笑むトモさん。
自信に満ち溢れた笑顔に、虚を突かれた。
「貴女めんどくさいひとですよね」
そんな!
やっぱりそうなんだ。迷惑なんだ。
落ち込む。泣きそう。
なのにトモさんはそれはそれは楽しそうに笑った。
「何回『好き』って言っても信じてくれないし。
何言っても後ろ向きだし。
頑固でひとの話聞かないし」
「………ごめんなさい………」
並べられたら、自覚がある。
申し訳ない。いたたまれない。
「でもそれが貴女だから」
思わず顔を上げたら、トモさんがやさしくほっぺをなでてくれた。
「そんなところも『かわいい』って思うから」
やさしいまなざしは慈雨のよう。
私のココロにしずかに染み渡る。
「貴女は貴女のままでいいよ」
「どんな貴女でも好きだから」
トモさんの言葉が降り注ぐ。
私のココロに染み渡る。
あたたかくて、やさしくて、慈愛に満ちてて。
胸の奥のカラカラの大地が潤っていく。
ちいさな花がまた咲いた。
トモさんはにっこりと微笑む。
やさしいひと。私の『半身』。
いいの? このひとになら、甘えてもいいの?
私をゆだねても、いいの?
ナニカが口からあふれそう。
喉の奥で出ようとして詰まってる。
そんな私のほっぺをトモさんは両方の手ではさんだ。
じっと目を見つめてくる。
そのまなざしから、目を離せない。
信じたい。でも、思い違いだったら。うぬぼれだったら。
でも。でも。
迷う私にトモさんはにっこりと微笑んだ。
「弱気も後ろ向きなのも考え違いも、全部俺がひとつずつぶっ潰すから」
―――ひぃぃぃぃ!
さっきまでのやさしいまなざしはどこにいったの!? なんでそんな、獲物を狙う捕食者みたいになってるの!?
「差し当たってまずは、王族についての思い違いを潰しましょうね」
それからこんこんと、こんこんと『おはなし』された。
ひとつ反論したら十倍になって返ってきた。
文字通り叩き潰されて「ごめんなさい」とあやまって開放されたらもう動けなかった。
ぐったりとベッドにもぐって、こんなすぐ動けなくなる私はやっぱりダメな子だと思った。
「今なにを考えましたか?」
だからなんでわかるの!?
そうしてまた延々と『おはなし』を続けられた。