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第十一話 高間原と『呪い』の話

 大急ぎで汗を流し、身体中泡だらけにした。

 これなら臭くないか?

 心配だが、きっと大丈夫と自分に言い聞かせて髪を乾かす。

 

 何を着ようかとタンスの中身をひっくり返し、結局無難な白シャツと黒の綿パンに着替えた。


 そうしてようやく元の部屋に戻った。


「お待たせし――」

「シッ」

 亀の短い叱責に部屋の中を見ると。


 彼女が、寝ていた。


 座卓の上に組んだ腕を枕にして、すうすうと気持ちよさそうに眠っていた。


 寝顔! かわいい!


「スマンな。姫が寝てしまった。

 申し訳ないが、布団を貸してもらえないだろうか」

「すぐにご用意いたします」


 客用布団は幸いついこの間干したばかりだ。

 二階から一組持ってきて座卓の横に敷く。


「スマンな」

「いえ」

 俺が彼女を運ぼうかと思っていたら、彼女の身体がすうっと浮き上がった!

 どうやら守り役がなにかしているらしい。

 そのまま彼女を敷布団に横たえるのかと思ったら、ジャケットがするりと脱げた。


「ハンガーも借りられるか?」

「ただちに」


 部屋に戻ったら、彼女は掛布団をかけられ気持ちよさそうに眠っていた。

 その姿に、なぜか安心する。


「ああ。スマンな」

 守り役はそう言って俺の持ったハンガーに彼女の着ていた服をかけた。

 ベストとジャケットとリボンと―――


「これはどうするかな」

 ―――スカート。


 え? ちょっと待て。

 なんでスカートがあるんだ?


「まあ、たたんでおけばいいか」

 するするとたたまれて布団の横に置かれるスカート。


 ―――え?


 じゃあ、この布団の中――。


 ブラウス一枚の彼女の姿を想像してしまい、ボン! とアタマが爆発した!


 な、な、ななな、


 言葉を発することもできず、かといって彼女から視線を逸らすこともできず、ただ固まって立ちすくむことしかできない。


「おい」

 そんな俺に守り役が声をかけてきた。

 ギギギ、と音がしそうなくらいぎこちなく、かろうじて声のほうを向くと、あきれたような視線と目が合った。


ハンガー(それ)、どこかにかけておけ」

「あ、は、はい」


 やることを指示されてようやく身体がうごくようになった。

 鴨居にハンガーをひっかけ、守り役の側に座る。


「――また初心(うぶ)な小僧に戻ったか――」

 守り役はなにやらぶつぶつ言っていたが、ため息をひとつ落として俺にまっすぐに向いた。



「改めて。私は黒陽と申す。

 高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)の『黒の一族』がひとり。この竹様の守り役だ」


「ご丁寧にありがとうございます。

 西村 (とも)です。

(ごん)』の霊玉守護者(たまもり)、安倍家主座直属の者です」


高間原(たかまがはら)』とか『黒の一族』とかはわからなかったが、それがこの守り役の正式な名乗りなのだろうと判断した。

 俺に礼を尽くしてそう名乗ってくれたのだとわかったから、こちらも丁寧に名乗り返した。


「『トモ』と呼んでも?」

 了承すると「私は『黒陽』でいい」と言ってくる。


「黒陽様」

「『様』はいらぬ」

「ですが」

「お前に『様』をつけて呼ばれるなど、気持ち悪い」


 その言葉に察するものがあった。


「――それは、前世の俺がそう呼んでいたということですか?」


 守り役はじろりと俺をにらみつけ「そうだ」とあっさり答えた。


「全くお前は……。姫がからみさえしなければ冷静に判断できるのに……」


 ため息をついて「やれやれ」と首を振る亀。

 昨夜のことを言われているとわかり、ぐっと言葉につまった。


「その……。昨夜は、申し訳ありませんでした」

 両手をつき深々と頭を下げる。

 黒陽は何も言わなかった。

 代わりのように別のことを言い出した。


「お前、前世の記憶はあるのか?」

「ありません」

 頭を上げ、姿勢を正して答える。


青羽(せいう)の手記を読んだのだったか」

「はい」

 ハルが言ったのだろうと判断できたので正直に答える。


「何が書いてあった?」

 少し考え、話した。


「――『半身』と出会ったと。

 異世界の姫で、名は『竹』。

 黒い亀の守り役がいることも書いてありました」


 うなずく黒陽に先を続ける。


「彼女には『災禍(さいか)』と呼ばれるモノを追う責務があった。

 でも自分はまだ子供で実力がなかったから共に行くことができなかった。

 彼女の守り役と晴明に修行をつけてもらって実力をつけようとしていたけれど、彼女が亡くなった。

 転生するのはわかっていたから必死でチカラをつけ、やっと再会できると会いにいく途中で『(まが)』の封印が解け、自分達が再封印した。

 そのときの様子も書いてありました」


 黒陽は口をへの字にしてうなずいた。


「かろうじて生き残ったけれど、半年は意識不明の重体だったこと。

 その間ずっと『半身』が霊力を流して看病してくれたこと。

 意識が戻ってからもずっとそばにいてくれて、夫婦となったこと。

 ――しあわせだったこと」


 黒陽は黙って目を閉じた。

 構わず話を続ける。


「目が覚めたら彼女は死んでいたこと。

『なんで置いていったのか』『なんで連れて行ってくれなかったのか』『さみしい』『会いたい』

 そんなことが、書かれていました」


 話し終わって口を閉じても黒陽は目を閉じたまま動かない。

 寝てるんじゃないかと心配になった頃、ようやく動いた。


 すうぅぅぅ、と大きく息を吸い込んだと思ったら「はああぁぁぁ……」と、大きな大きなため息を吐き出した。


「青羽め……。しょうもないものを残しおって……」

 ブツブツ文句を言う亀にあわてて弁明する。


「焼こうとしていたらしいです。

 それを弟子が拾ったと書いてありました」

「それにしても」と、まだブツブツ言う亀。


「はああぁぁぁ……」と再び深く息を吐き、軽く首を振った。

 それからキッと俺に目を向けた。


「お前は『青羽』が己の前世だと理解しているのか?」

「はい」

「だから姫に霊玉を渡さなかったのか?」


 その指摘に、考えてみる。


 先程自分で話した。

『青羽』は『置いていかれた』と嘆いていた。

『さみしい』『会いたい』と恋い焦がれていた。

 その感情に引っ張られて、彼女に霊玉を渡さなかったのか?


 己のココロに問うてみる。

 そうして、結論が出た。


「違います」

 断言する俺に、亀がじっと目を向けてくる。

 俺の真意を探るように。


「彼女に霊玉を渡せないと判断したのは、俺自身の判断です」


 黙って俺をにらみつける亀が話の先をうながしているとわかったので、仕方なく口を開く。


「――何故かはわかりません。

 わかりませんが、突然思ったんです。

『霊玉を渡せば彼女はまた無茶をする』と。

『ひとりでなにもかも背負い、大変な想いをする』と。

 そんなことさせたくなくて、彼女をひとりで苦しませたくたなくて――同意しませんでした」


 俺の訳のわからない説明に、守り役は苦虫を噛み潰したような顔で黙っていた。

 が、やがてゆっくりと口を開いた。


「――姫には私がいる」

「承知しております」

「他の姫も、他の守り役もいる」

「承知しております」

「姫は『ひとり』ではない」

「承知しております――ですが」


 膝の上の拳をギュッと握る。

 守り役の目を見ていられなくて、己の拳に目を落とし、言葉を絞り出す。


「自分でも論理的でないと承知しております。

 ですが、どうしても納得ができないのです。

『彼女が「ひとり」で苦しむ』と、そんな思いがぬぐえないのです。――どうしても」


 俺の戯言(たわごと)を聞いても、守り役は黙っていた。

 叱られると、罵声(ばせい)を浴びせられると思っていた


 しばらくの無言のあと、守り役はようやく口を開いた。


「――高間原(たかまがはら)のことは知っているか?」


高間原(たかまがはら)』。

 先程守り役の名乗りで出た。


「知りません」と正直に答える。

 守り役はちいさく息をつくと、猪口(ちょこ)のコーヒーを一口飲んだ。


「――『高間原(たかまがはら)』とは、我らが元いた世界のことだ」


 そうして守り役は話してくれた。



 昔々。今から五千年前の話。


 高間原(たかまがはら)と呼ばれる世界の、魔の森に囲まれた場所に五つの国があった。

 東西南北にひとつずつと中央にひとつ。


 竹さんと黒陽はその北の国、紫黒(しこく)に住む『黒の一族』と呼ばれる一族だった。


 竹さんはその国の王の娘、黒陽は筆頭護衛だった。


 生まれたときから霊力過多症で苦しんでいた竹さんに、あるとき転機が訪れた。

 医術と薬術で有名な東の国の姫と、学術に秀でた西の国の『先見姫』が、中央の国におもむくという話が聞こえてきた。

 その二人の知恵があれば竹さんの霊力過多症が治るかもしれないと、竹さんと側近達は中央の国に向かった。


 結果的に、竹さんの霊力過多症は落ち着いた。

 東の姫の薬と西の姫による霊力訓練、そして同じく中央都市にきていた南の戦闘集団の姫に引っ張りまわされることで体力がつき、人並み程度に過ごせるようになった。


 そして、事件が起きた。


 中央の『黄の一族』が封じていた『災禍(さいか)』と呼ばれるモノの封印を、解いてしまった。


 そこが『封じの森』とは知らなかった。

 それが『災禍(さいか)』を封じた大樹だとは知らなかった。

 知らずに触れて、竹さんの能力がその封印を解いてしまった。


 その場にいたのは、東西南北四人の姫と、それぞれの守り役。

 『黄』の王族の前に連行され、魂に『呪い』を刻まれ、異世界に落とされた。



 その『呪い』とは。


 竹さん達姫には『二十歳まで生きられない』で『記憶を持ったまま何度も転生する』呪い。

 守り役には『人間の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪い。




「―――」

 ぎゅう、と拳を握ることでなんとか平静な顔を(たも)つ。

 だが内心は様々な思いが渦巻いていた。


『呪い』を受けていることは知っていた。開祖の手記にも書いてあったしハルも言っていた。

 だがその内容までは聞いていなかった。

 ただ「『呪い』のせいで何度も生まれ変わる」としか聞いていなかった。


『二十歳まで生きられない』

 そういう『呪い』。


 竹さんは俺達より一歳(ひとつ)年下(した)だとヒロが言っていた。

 今、十五歳。――あと、五年。


 あと五年しか生きられない?


 信じられなくて、でもこの亀が嘘や冗談でそんなことを口にするわけがないと何故かわかって、ただじっと話を聞くしかできない。


 落ち着いて話をする亀に、ふと気がついた。


 守り役は、黒陽は『人間の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』。

 それは、この亀が昔人間だったということか?

 それは、姫の――竹さんの死を何度も見送らねばならないということか?

 なのに己は死ねないということか?

 それは、どれほど苦しいだろうか――。




 俺の葛藤など気付かない黒陽は淡々と話を続ける。



 異世界に、この世界に落ちて、『呪い』が本当だと知った。


 どれほど元気でも二十歳を迎えられない。

 何度死んでも、何度も生まれ変わる。

 黒陽はそんな竹さんの死をを何度も見送ることしかできず、己は死ぬことができない。


 それでも『呪い』を受け入れ、生きた。

 共に落ちた姫達と合流し、より良い世界にしようと取り組んだ。


 この世界に落ちて何度目かの生で、大きな争いがおきた。

 その中心にあの『災禍(さいか)』の存在を感じた。

 何故かはわからないが、竹さんが封印を解いてしまったあの『災禍(さいか)』がこの世界にいると理解した。


 そして、その国は滅びた。


 その後も同じように一つの国の滅亡に立ち会い、これまでに二つの国が滅びるのを目の当たりにした。

 最初に生まれた世界も含めると、三つの国の滅亡に関わった。



「姫はずっと『災禍(さいか)』の封印を解いてしまった罪にとらわれている」


 黒陽がポツリと言った。


「お前の言うとおりだ。姫はずっとひとりで罪を背負っている。

 いくら『姫が悪いのではない』と言っても聞かぬ。聞けぬ。

 罪にとらわれているから」


 ここではないどこかを見つめたまま、黒陽の首がだんだんと下がっていった。


「本当は違うんだ。姫が悪いのではないんだ。

 あの時、私がしっかり姫を支えていればよかったんだ。

 姫があの樹に触れなければ、封印は解かれなかったんだ。

 封印を解かせてしまったのは、私なんだ」


 そうして、黒陽は吐き出した。



「背負うべきは、私なんだ」



 うなだれていて顔は見えない。

 それでも、黒陽が泣いているように感じた。


 しばらくの無言のあと、ようやく黒陽は話を続けた。



「我が姫だけではない。

 東の姫も、南の姫も『自分のせいで』と己を責めている。

『自分が森に行きたいと望んだからだ』と。

『自分が森に誘ったからだ』と。

 だが」


 泣くのを(こら)えるような無言のあと、黒陽は吐き出した。


「私が倒れそうになった姫をしっかりと支えていたら、何も起こらなかったんだ。

 責められるべきは私ひとり。

 罪を負うべきなのは私ひとりなんだ」

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