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閑話 竹 6 『半身』3(トモ帰還四日目)

引き続き竹視点です

 結局朝食には行けなかった。


 トモさんがアキさんにスマホでメッセージを入れて、お部屋で朝食を取るように連絡した。

 私はベッドに、トモさんは持ってきた椅子に座ってベッドの横に広げたアキさんのお弁当をいただいた。


「おごはん食べるならお台所に行きます」って言ったのに「ダメ」ってお部屋から出してもらえなかった。


 机の上の黒陽と三人でいつかのようにサンドイッチを分けっこしていただいた。おいしかった。


「身体の具合が悪いわけじゃありません」「大丈夫です」って何度も言ったのにトモさんも黒陽も聞いてくれなかった。

 蒼真が来てくれて「なんともないよ」って言ってくれるまで病人扱いだった。


「とはいえ、疲れがあるのはホントだろうから。今日は一日大人しくしときなよ」なんて蒼真がいらないことを言うからふたりにベッドに押し込められた。



 やっぱり私は『名ばかり姫』だ。

災禍(さいか)』を追わないといけないのに、なにひとつ成果を持ち帰れない。

 ちょっと数日動いただけでこんな寝込むことになるなんて。

 情けなくて横になったベッドの中で目を伏せた。


「竹さん」


 声に目を上げると、トモさんがにっこりと笑っていた。


「なにを考えましたか?」

 な、なんでわかるの!?


 びっくりする私のほっぺをガッと両手ではさんで、トモさんが目をのぞき込んでくる!


「なにを考えましたか?」


 こわいこわいこわいこわい!

 逃げたいのにがっしりつかまえられてて逃げられない!


「竹さん?」


 結局言わされた。

 自分は『名ばかり姫』だからなにひとつ成果を持ち帰れない。

 数日動いただけでこんな寝込むことになる。


 ぼしょぼしょと情けない声で、ベッドにもぐって言うなんて、ちいさな子供みたい。

 それなのにトモさんはあっさりと答えた。


「それは貴女は悪くない」


 意味がわからなくて顔を向けたら、トモさんはやさしい顔で微笑んでいた。

 私の頭をやさしくなでてくれた。


「『災禍(さいか)』に関する成果に関しては、これまで誰も挙げていません。

 西の姫にさえ成果がないんですから、貴女が成果を挙げられなくても無理のないことです」


「でしょ?」と言われると、そのとおりだと納得できた。

 コクンとうなずいたらトモさんはにっこりと微笑んだ。


「今寝込むことになったのは、当然です。

 貴女、熱出したばかりの病み上がりですよ?

 それなのにあちこち動きすぎた」


 あわてて「ごめんなさい」と謝ったら「謝らないで」と逆に言われた。


「貴女が動きすぎることになったのは、俺のせいだから。

 俺と鬼ごっこして、俺の紹介して。

 俺のせいなんだから、貴女は謝らないで」

「でも」


 私がもっと丈夫だったらこんなことにはならなかった。

 トモさんが『俺のせい』なんて言うこともなかった。


「――ふがっ!?」


 落ち込んでたら鼻をつままれた!


「また余計なことを考えている」

 トモさんはムッとした顔で私をにらんで、でもすぐにクシャって感じに笑った。


「かわいい」


 ―――にゃあっ!?

 にゃ、な、にゃ、にゃに、を!


 なにこのひと! やっぱり私のことからかってる!? 私、遊ばれてる!?


 オタオタしてたらようやく鼻を離してくれた。

 でもトモさんはムッとしてる。

「からかってないですよ?」

 なんでわかるの!?


 口をパクパクさせることしかできない。言葉が、声が出ない。


「何度も言いますけど」


 またほっぺをはさまれてじっと見つめられる。


「俺は貴女が好きなんです」


 その目に嘘やからかいはなくて。

 本当に、真摯に、真剣に言ってくれてるとわかった。


「好きだから『かわいい』って思うし、『かわいい』って思うからちゃんと言います。

 からかっているわけでも、誰かに命じられたからでもありません。

 俺が、俺の意思で、貴女のことを好きなんです。

『かわいい』って思ってるんです」


 滔々(とうとう)と説明されて、納得するしかなかった。

 理解はできないけど、なんでだかわかんないけど、トモさんは私を本当に好いてくれているみたい。


 やっぱり『半身』だからかな。

 なんか、申し訳ないな。

『半身』じゃなかったら、きっとこんな好意は向けてもらえなかった。


「『半身』だからだけじゃないですよ」

「!」

 だからなんでわかるの!?


「貴女のことを知れば知るほど好きになる」

「!!」


 な、ななな、な!


 うろたえてなにも言えない私にトモさんは楽しそうに笑った。


「貴女、所作が綺麗ですよね。いつも見惚れます」

 そんなこと初めて言われた!


「生真面目で礼儀正しいところも好感が持てる」

 そ、そんな、当然のことしかしてないのに!!


「なんにでも一生懸命に、真面目に取り組んでるのも『いいな』って思う」

 そんな! 普通のことしかしてないのに!


「うっかりでぼんやりなところもかわいい」

 ……………私、うっかりなの……………?


 シュンとしたのがわかったのか、トモさんはまた楽しそうに笑った。

 私をなだめるようによしよしとほっぺをなでてくれる。


「穏やかでやさしい気質も好き」

「にっこり笑ってくれたら、それだけで『しあわせ』になる」


 横になった私をベッドに座って見下ろして、しあわせそうな笑顔でお話してくれる。

 そのまなざしに、よしよしとなでてくれる手に、なんだかトロンとチカラが抜けていく。


「さっきの話だけどね」

 さっき? なんの話だっけ?


「俺は貴女の外見はあまり関係ないんだ」


 びっくりしてたら「かわいいと思ってるのは本当だけどね」と頭をなでてくれた。


「ロングヘアでもショートヘアでも。金髪でも黒髪でも。

 貴女ならなんでもいいんだ。

 それこそ世間一般に『ブサイク』と言われる外見だったとしても、俺にはかわいく映ると思う」


 なにそれ。

 意味がわからなくてキョトンとしてたら、トモさんはまた楽しそうに笑った。


「多分俺は『貴女』が好きなんだ」


「貴女の『中身』が好きなんだ」


 ――そう、なの?

 そんなこと、あるの?


「例えば」

 私が信じていないとわかったんだろう。

 トモさんが手を止めてじっと目をのぞき込んできた。


「俺の外見が『こう』じゃなかったら、貴女はどう?

 もっとブッサイクで、背も低くて、とても女受けしそうにない外見だったとしたら。

 俺のこと、嫌う?」


 そう問われて考えてみる。

 トモさんがちがう姿だったら。


 ―――?

 ―――。


 ああ。そういうことか。


 トモさんのお話を理解した。

「嫌いません」

 外見がちがっても、トモさんは『トモさん』だ。

 なんでかわからないけど『わかる』。

 私も『トモさん』はわかる。


『半身』だから?


 私の答えにトモさんはうれしそうに微笑んだ。

 その笑顔に、なんでかわからないけど安心してチカラがまた抜けた。



「竹さん。手、出して」

 唐突に言われて、意味がわからなかったけれどお布団から右手を出した。


 トモさんはすぐに私の手を取った。

 両手でぎゅっと握って、霊力を流してくれる。


 あたたかい。気持ちいい。ホッとする。


「蒼真様は『回復かけるな』って言ったけど、このくらいはね」

 そう言って微笑んでくれる。


「俺達は『半身』だから、霊力が馴染みやすいんだって。

 前に蒼真様が言ってた」


 前。

 トモさんが鬼と戦ったとき。


 死にそうになってたトモさんを思い出しただけで苦しい。どこかが痛くて泣きそう。


「ごめんね。思い出させたね」


 すぐにトモさんがほっぺをなでてくれる。

 右手はトモさんの左手とつないだまま。

 なんだかわからないけど、つないだままの手をぎゅっと握った。


「霊力循環させてたら、少しは回復すると思うんだ。

 ゆっくり寝て。しっかりメシ食って。

 で、元気になったらまた責務に取り組もう」


「俺も一緒にやるから」とトモさんは笑った。



 トモさんの霊力は清浄な水のよう。

 枯渇した大地に染み渡る。


 へんなの。トモさんは『金』属性なのに。

 なのになんで水が注がれてるイメージが浮かぶんだろう。



「――私、今まで『からっぽ』だったんです」


 ぽろり。

 言うつもりのなかったことが、口からこぼれた。


「『からっぽ』?」


 意味のわからない言葉だったろうに、トモさんは怒ることも嫌がることもなく聞いてくれる。

 そのことになんだか安心して、うなずいた。


「なにかはわからないんですけど、なんか、『からっぽだった』ってわかるんです。『ガス欠状態だった』って」


「そっか」

 それだけ言ってうなずいてくれるから、またチカラが抜けてぽろりとこぼした。


「なんでかよくわかんないんですけど、ここ数日で満たされていって。

 それではじめて『からっぽだったんだ』って『わかった』んです」


「そっか」

 にっこり微笑んでトモさんは空いた右手でほっぺをなでてくれた。


「わかってよかったですね」なんてやさしく言ってくれるから、なんだかホッとしてうなずいた。


「私、カラッカラの大地みたいって思うんです」


 トモさんのやさしさに甘えて、思いついたことをぽろりとこぼした。

 トモさんが霊力を流してくれてから浮かんだイメージを。


「干上がって乾燥しきってたんです。

 そこに、貴方が水をかけてくれた。

 それでちょっと潤って、潤ったことで乾燥してたことに気がついて。

 もっとほしい、もっともっとって水を求めてる感じがするんです」


 トモさんは黙ってうなずいてくれた。

 バカにすることも呆れることもなくちゃんと聞いてくれることがうれしくて、先をうながされてるって感じて、また口を開いた。


「染み込んでいって、満たされていって、潤ってるはずなのに、一部分が潤っただけじゃ足りなくて。

 逆にもっと(かつ)えてしまう感じがして」


 私のわけのわからないたわごとをトモさんは真剣に聞いてくれている。

 じっと見つめてくれる、そのまなざしに甘えるように訴えて――。


「私、どんどん求めてしまう」


 ぽろりと、こぼしてしまった。


 つないだ手をトモさんがきゅっと握ってくれた。

 励ましてくれいるようで、ホントはこんなこと言っちゃダメだってわかってるけど、吐き出した。


「どんどん欲張りになって、どんどんわがままになって、貴方をむさぼってしまう」


 情けなくて、つい、目を伏せた。

 トモさんは怒らなかった。


「ご迷惑をおかけしたくないのに。

 甘えるなんて、許されないのに。

 なのに」


 トモさんが握ってくれる手をぎゅっと握る。

 すがりつくように。


「それでなくてもダメな子なのに」


 甘えちゃいけない。王族らしく。毅然と。

『罪人』なんだから罪をつぐなって働かないといけない。責務に邁進(まいしん)しないといけない。

 なのに、私はなにもできない。

 甘えてばかりで、なにひとつ成し得なくて。

『名ばかり姫』の『役立たず』。

 それなのにトモさんに甘えるなんて。


 やっぱり私はダメな子だ。

 そう思って、落ち込んだ。


「――貴女は『ダメな子』じゃないよ」


 耳に届いた言葉の意味を理解して、そろりと顔を上げた。

 穏やかに微笑むひとがそこにいた。


「『俺の大切なひと』だよ」


 やさしい言葉が染み渡る。

 乾いた私のココロに染み込んでいく。


「欲張り上等。わがまま上等。

 俺でよかったらどんどんむさぼって」


 うれしそうに、楽しそうに言うトモさんが信じられなかった。


「……イヤじゃないんですか?」

「ないですよ?」


 ケロッと答える様子にウソは見えない。


「むしろうれしい」


「甘えてくれるのも、わがまま言ってくれるのもうれしい。

『俺だけの竹さん』になってくれたみたい」


 そういえばそんなことを言われた。

『俺だけの竹さんになって』って。

『王族も責務もおやすみして、俺だけの竹さんになって』って。


『トモさんだけの私』になる。


 それは――。


 そう考えたら、胸の奥のカラカラの大地にちいさな花が咲いた。

 あたたかで、やわらかで、大事にしたいって感じた。


 あれ? 私、熱が出てきた?

 なんだか頭がボーッとする。

 顔も熱くなってきた気がする。


 ぎゅっと手に力が入った。

 トモさんは嫌がることなく、平気な顔をしていた。


 なんだか心配になって「迷惑じゃないですか?」って聞いたら「ないですよ」ってまたあっさりと返された。


「貴女が甘えてくれるの、俺にはご褒美です」


 ……意味がわからない……。


「俺を甘やかしてくれるんでしょ?」


 そういえばそう願われた。

 私なんかにこのひとを甘やかすなんてできるかわからないけれど、望んでくれるならばできる限りのことはしたい。


 だからコクリとうなずいたら、トモさんはニコーッて笑った。

 いつものニコニコよりもうれしそうな笑顔に、私でも他人(ひと)を笑顔にできるんだってうれしくなった。


「貴女が甘えてくれたら、俺、すごくうれしい。

 俺を甘やかすために、甘えて?」


 ……意味がわからない……。


「『甘える』のが『甘やかす』ことになりますか?」

「なるでしょ?」


 さも当然のことのように返された。

 そうなの? そういうものなの? 私、一般常識がないからわかんない。


 わからなくてぐるぐるしていたら、トモさんがそっと頭をなでてくれた。


「――ちょっと疲れた?」


 疲れた? そうかな? そうかも。

 なんだかいっぱい考えた気がする。


「寝たらいいですよ。俺、そばにいるから」


 そう言いながら頭をなでなでしてくれる。

 それだけでなんだかトロンとしてしまう。


「……いなくていいですよ……?」


 トモさんだってやることあるのに。

 ずっと私についてるなんて、迷惑になる。

 そう思って言ったのに、トモさんはそれはそれはかなしそうな、ショックを受けたような顔で固まってしまった。


「……俺、邪魔……?」

「ち、ちがいます!」


 へにょ、って、泣きそうな顔!

 このひとがこんなお顔するなんて!


「ごめんなさい! そういう意味じゃなくて!

 貴方に迷惑かけることになるから!

 だから、私についていなくてもいいって、他のことしてくださいって、そういう意味です!」


 あわてて謝罪したらトモさんは目に見えてホッとされた。


「拒絶されたのかと思った」

「ちがいます!」


 あわてて言ったら「うん」とちいさな返事が返ってきた。

 握ったままの私の手を額に押しあてて、トモさんは目を閉じた。


「……よかった」


 心の底からの安堵がこぼれたようなつぶやきに、なんでか胸がぎゅうってなった。


 パッと顔を上げたトモさんはもういつものやさしいお顔だった。


「迷惑でなかったら、そばにいさせて」

「でも」

「依頼された仕事はここでもできる。

 貴女のそばにいたいんだ」

「……貴方の迷惑に……」

「ならない」


 はっきりとそう言い切って、トモさんはねだるように眉を下げた。


「……ダメ……?」


 ――な、ななな、なんですかソレー!!

 普段凛々しくてしっかりしてるひとが、甘えておねだりしてくるとか!

 なんですか!? なんなんですか!? 甘えんぼさんなんですか!?


「……………ダメじゃ……ない、です……」

「よかった」


 にっこり笑うその笑顔はもういつものもの。

 あれ? 私、手玉に取られてる? いいようにされてる?


 ぐるぐるしてたらまたトモさんが頭をなでなでしてくれた。


「眠れたら少し寝たらいいですよ。

 寝たら寝ただけ回復します」


 そうかな。そうかも。じゃあ、ちょっとだけ、寝ようかな。


 大丈夫。このひとがいてくれるから。

 このひとがいてくれるなら大丈夫だから。


 なんでかそんなことが浮かんできて、ふうっとチカラが抜けた。

 身体がベッドに沈み込んだ。

 トモさんが重くなった瞼を閉じてくれた。


「そばにいるよ」


 やさしいささやきに安心して、右手に注がれる霊力があたたかくて、トモさんに包まれて眠りに沈んでいった。

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