閑話 竹 5 『半身』2(トモ帰還四日目)
引き続き竹視点です
「――で? なにを考えていたんですか?」
ニコニコ顔なのに威圧がにじみ出ているトモさん。逃げられない!
「………言ったら、迷惑に……」
「ならない」
「……イヤな気持ちに……」
「ならない」
ごにょごにょした言い訳も即座に斬り捨てられる。
あうぅぅぅぅ。
黒陽に助けてもらおうと目を向けようとした。
「竹さん?」
すぐさま目をのぞきこまれて「俺の目を見て」って怒られる!
に、に、逃げられない〜!!
「……私なんかが『半身』じゃなかったら、トモさんはもっと楽に生きられたのに、って……」
仕方なく、仕方なくボソリと吐き出した。
その途端!
「は!?」「ヒッ!」
トモさんからドッと威圧が吹き出た!
こ、こわい!!
こわくてこわくて、余計なことまで口にしてしまった。
「こんな、罪や責務を背負った人間の『半身』になったせいで、貴方が負わなくていい罪や責務を負う。
私なんかの『半身』にならなかったら、貴方はもっと楽に生きられた。もっと『しあわせ』になれた。
責務も、罪も、余命もない、『呪い』だってない素敵な女性と結ばれて――」
言いながら落ち込んでいったけど、それ以上言葉にならなかった。
トモさんの気配が。
マンガとかでよくある『ゴゴゴゴゴ』みたいな字が見える気がする。
トモさんはにっこり顔だけど、作った顔だっていうのがわかる。
にっこり顔なのに怒っているのがはっきりとわかる!
すうぅぅぅ、と大きく息を吸い込んだトモさんは、はあぁぁぁ、と大きく吐き出した。
そうしてキッと私をまっすぐににらみつけた。
「まず第一に」
『第一』なの?『第二』も『第三』もあるの!?
「俺には貴女以外の女は考えられません」
キッパリと断言するトモさんの目に迷いはない。
はっきりと断言されて、胸の奥のほうがぎゅうっとなる。
なんだろう。あたたかくて、苦しい。
でも。
「……『半身』だからそう思ってるだけですよ……」
そう。
きっと『半身』は『呪い』のようなもの。
魂に刻まれてそのひとにしばりつけられている。
だからトモさんは逃げられないだけ。
ホントはイヤでも、私にムリヤリつきあわされる。
「『半身』だからというのもありますが」
あっさりと認めたトモさんに、自分が言い出したことなのにズキリと痛んだ。
そんな私にトモさんはやさしい微笑みをくれた。
「俺は貴女が好きです」
やさしい声でそう言って、そっとほっぺをなでてくれた。
「礼儀正しいところも。王族らしいところも。
生真面目なところも。頑固なところも。
うっかりなところも。ぼんやりなところも。
どんくさいところも。要領が悪いところも。
やさしいところも。笑顔がかわいいところも。
やわらかな雰囲気も。あたたかな霊力も」
「貴女のなにもかもが、俺のココロを震わせる」
コツンと、おでことおでこをくっつけて。
じっと私の目をのぞきこんだ。
「貴女を、好きになる」
厳かな宣誓のような言葉に、なんでだか涙がじわりとせりあがってきた。
うれしくて、満たされていくのがわかる。
枯れ果てた土に水を注ぐように、私のココロにトモさんが染み込んでいく。
おでこをはなしてにっこりと微笑むトモさん。
なんだかキラキラしている。
素敵なひと。やさしいひと。
強くてカッコよくて頼もしくて――
――私とは、釣り合わない。
己を振り返る。
私、他のひとに迷惑かけるしかできない。
いつも余計なことばかりして、災厄を招いてしまう。
術だって大したことない。なにか作るのだって誰かに褒めてもらえるようなものは作れない。
体力もない。勉強だってできない。
お料理だって他のことだって、なんにもできない。
外見だって大したことない。
地味な、どこにでもいるような凡庸な外見。
ううん。凡庸よりも下かも。太ってるし。なにひとつかわいいところも綺麗なところもないし。
菊様みたいに綺麗だったら。
梅様みたいに可愛らしかったら。
蘭様みたいに凛々しかったら。
私でも、少しは自信が持てたのかな。
せめてホンの少しでも皆さんくらいに素敵な外見だったらよかったのに。
そうしたらこのひとのそばにいられたのに。
「――信じてくれないんですか?」
「――だって」
トモさんがムッとして言うから、あわてて言った。
「私、美人でもかわいくも凛々しくもないし」
「かわいいですよ?」
ペロッと、当然のようにトモさんが言った。
「――は?」
なにを言われたのか理解できなくてキョトンとしてたら、トモさんはにっこりと微笑んでまた言った。
「貴女、かわいいです」
「な、ななな」
か、からかわれてる!? からかわれてるのよね!? でないとそんな『私がかわいい』とか言うわけ「竹さん」「はひ」
ほっぺをはさんでじっと私の目を見つめてくるトモさん。
なんか目からビーム出そうなんだけど!?
こわい! こわいよぉ!!
こわくてぷるぷるしていたら、トモさんはにっこりと微笑んだ。
「ひとつずつ言いますか?」
「な、な、」
『ひとつずつ』!? なに!? なんのこと!?
意味がわからなくてオタオタしていたら、トモさんはどこか楽しそうに私の目尻を親指でなでた。
「この目。いつも穏やかな光を浮かべてる目。
この目を向けられるだけで、うれしくてしあわせでドキドキする」
そ、そそそ、そんなこと、五千年で初めて言われた!!
どどどどうしたらいいの!? こんなときはなんて返すべきなの!?
ぐるぐるしている私に構わずトモさんはほっぺをやさしくなでてくれた。
「頬もふっくらしてかわいい」
「―――!!」
「髪だってサラサラで綺麗。まっすぐで、長くて」
言いながら私のおでこをなでるように前髪をかきあげて、そのまま頭をなでなでして、後ろでひとつに結んだ髪の束にそっと指を入れ、すうっと漉いて端をつかんだ。
「つかまえたくなる」
ニヤリと微笑むその表情が、なんだか肉食獣のようだと思った。
アワアワして逃げたくなったけど、なんでだか身体が動かない。
「体型だって女性的で魅力的だ。
やわらかくて、あたたかで」
言いながらぎゅうっと抱きしめてくれる。
「もっと俺「オイ」……………ずっと、抱きしめていたい」
………?
黒陽に声をかけられたトモさんが一瞬固まったんだけど……? なんだろう?
あ。もしかして『褒めろ』ってこと? そうかも。黒陽はやさしいから、いつも私を過剰評価してる。
だから? 黒陽に言われたから褒めてくれてる?
そう思って顔を上げたら、つ、とおとがいに手を当てられて上を向かされた。
「唇も」
そして伸ばした親指を私の唇に当てるトモさん。
ゾクゾクゾクッ!
熱い、熱を帯びた視線。
こんな目、見たことない。なに? なに!?
ふにり。ふにり。
唇をトモさんの指が這う。
それだけで身体が震える。なに!? なにこれ!!
にっこりと微笑んだトモさんが目を細めた。
トモさんから目が離せない。心臓がドクドクしてる。なに!? なに!!
そっとトモさんのお顔が近づいた。
「オイ」
黒陽の声にピタリと止まったトモさんは、そのまま固まってしまった。
なに? なに?
トモさんはにっこりと作った笑顔を貼り付けて、それからちいさく深呼吸を繰り返した。
そうしてまたやさしい笑顔に戻って、触れたままの私の唇をふにりと押した。
「唇もさくらんぼみたいでかわいい。赤くて、ぽってりして、食べたくなる」
た、たたた食べたくなるなんて!!
な、なにこれ! なんでこんなに心拍激しくなるの!? なんでこんなにお顔熱くなるの!?
「こ、黒陽に言われたからって、ムリしてお世辞を「は!?」ヒッ」
豹変した!
たった今の今まで、どこまでもやさしくて甘かったのに!
なんでそんな、戦いにおもむくみたいなお顔になるの!? わ、私が悪いの!?
「竹さん」
「は、はひ」
「俺の言葉、信じてくれないんですか?」
「だ、だって」
「『だって』なに?」
「だって、私なんて「竹さん」はひ」
グッとお顔を近づけて、トモさんが私の目をじっと見つめる。
その目の強さにとらえられて、逃げられない。
「それ、やめましょう」
『それ』?『それ』って、どれ?
「『私なんて』っていうの。やめましょう」
「だって」
だって本当のことだもん。
私は『名ばかり姫』で『災厄を招く娘』で。
誰の役にも立たない役立たずで。
かわいげもなくて迷惑ばかりかけて。
「貴女は俺の大事なひとです」
―――!
まっすぐに。
トモさんの視線がまっすぐに私をつらぬく。
トモさんの言葉を、ココロを刻み込むように。
「俺の大事なひとを卑下するならば、たとえ貴女でも許しません」
「―――」
なんでそんなこと言ってくれるの?
そんな、私のことが大切みたいに。
『半身』だから? 黒陽に、アキさんに言われたから? このひとがやさしくて親切だから?
「俺は貴女が好きです」
はっきりと宣言する。
この数日で何度聞いたかわからない。
でも。
本当に? 本当に好きでいてくれるの?
やっぱりからかってるんじゃないの? 黒陽に言われたからじゃないの?
「貴女は俺の好きなひとです。俺の大切なひとです。
俺の大切なひとを傷つけることは、たとえ貴女本人でも許さない」
じわり。涙が浮かんでくる。
なんで? トモさんがこわいから? 怒られたから?
なんでかわからなくて、でも胸がぎゅうってなって、苦しくて、痛くて、グッと唇を噛んだ。
トモさんがほっぺから親指を動かした。
唇とほっぺをもにもにされて、噛んでいた唇が離れた。
噛んでいた部分をトモさんの親指がそっとなでてくれる。あ。治癒かけてくれた。大したことないのに。
「俺の大事なひとを傷つけないで」
そう願ってくるトモさんのほうが痛そう。
だからつい「ごめんなさい」と謝ってしまった。
「わかってくれたならいいんです」
そう言ってトモさんがまたぎゅうっと抱きしめてくれる。
あったかい。安心する。
「俺は貴女が好きなんです」
何度目かわからない言葉にココロが揺らぐ。
「他のなにを信じてくれなくてもいい。好きになってくれなくてもいい。
でも、俺が貴女を好きなこの気持ちは疑わないで」
スリスリと頭に頬ずりされて、甘えられてるようで、うれしくて愛おしくて申し訳なくて「はい」とだけ答えた。
それでトモさんも納めてくれる気になったらしい。
そっと身体を離された。
ちょっとさみしい。
―――え?
『さみしい』?
え? なんで私そんな、甘えん坊みたいな。
だって、ダメなのに。私は王族なのに。『災厄を招く娘』なのに。私がくっついてたら私の気配がついちゃうのに。
ガッ!
「今度はなにを考えましたか?」
にっこり。
ほっぺをはさんで笑ってない笑顔でじっとトモさんが見つめてくる!
こわくて情けなくて、やっぱりぷるぷる震えることしかできなかった。