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閑話 ヒロ トモ帰還三日目 夜 ふたり

引き続きヒロ視点です

「あ」

 トモが転移陣の扉に消えてからふと思い出した。


「ぼくらが『白楽様の世界』に行く話、トモとするんだった」


「そういえば」とハルも保護者達も顔を見合わせた。


「まだ戻ってすぐだろ? 今行けばどうだ?」


 父さんに転移陣の扉を指さされて「それもそうだね」と気楽に扉を開けた。




「会いたかったの」


 扉を開いた途端聞こえてきたのは竹さんの声。

 今までに聞いたことのない、甘えきった声。


 え? なに?

 驚いて固まったぼくを押しのけるように、声が聞こえたらしい母親達が飛んできた。

 なんか楽しそうなんだけど。

 そんな母親達に『仕方ない』というように父親達もハルもやってきた。蒼真様はアキさんの肩にくっついている。


 先に扉をくぐった母親達を追いかける父親達に押し出されるようにぼくも転移陣の扉をくぐる。

 そこは遠く離れた北山に建つ離れのリビングダイニングキッチン。

 キッチンのカウンターの陰に素早く移動して、隠れながら様子をうかがう母親達。

 追いかける父親達と一緒にぼくもハルもカウンターの陰に移動した。


 カウンターの上に黒陽様がおられた。

「どうした?」とちいさく聞いてこられたので「実は…」と説明しようとしたら、また竹さんの声が聞こえた。


「会いたかったの」

「うん」


 チラリとのぞくと、トモが竹さんを抱きしめていた。

 トモはぼくが見たことがないやさしい顔をしていた。


「どうしたのアレ」

 コソリと蒼真様が黒陽様に質問する。

 黒陽様はため息をひとつ吐いた。


「……話していただろう?『夜起きだして半身を探している』と」

「え? トモがそばにいたらよく寝るんじゃなかったの?」

「以前はそうだったんだがな。

 昨夜も今も、起き出してしまった」


 黒陽様の話に「うーん」とそれぞれがうなる。


「じゃあアレが『半覚醒状態』?」

 父さんの確認に「そうだ」と答える黒陽様。


「めちゃめちゃ素直じゃないですか」

「……夢だと思っているらしい。

『夢の中ならば甘えてもいい』と思っている」


 生真面目だなぁ。頑固だなぁ。


 その竹さんはトモに抱きついてベタベタに甘えている。

 このひと、こんなに甘えることできたんだ。

 ていうか、普段どれだけ抑えているんだって話だよね。


「探してたの」「会いたかったの」「『大丈夫』って言って」

 竹さんに甘えた声でそんなことを言われたトモは律儀にひとつずつ応えている。


「俺も探してた」「俺も会いたかった」「大丈夫だよ」

 ぎゅうぎゅうに彼女を抱きしめて、しあわせそうにしている。


 あんなに甘いトモの顔、見たことない。

 デロッデロにとろけてる。

 

「……生まれ変わっても変わらないんだね……」

 ボソリと蒼真様がこぼす。

「まったくだ」

 黒陽様も呆れ果てたため息を落とす。

「二度や三度生まれ変わるくらいでは人間は変わらないということだろう」


 おふたりの話によると、トモは前世で、前前世で竹さんと『夫婦』と呼び交わしたらしい。

 そのときにこんなふうにベタベタくっついてデレデレしていたという。


 こんなにベタベタに甘えられて全身で『好き』って訴えられて、なんであんな『嫌われたくない』『少しでも好かれたい』とか思うんだろうね?

 どう見ても竹さんトモのこと大好きじゃん。


「半覚醒状態では『トモ』も『智明』も『青羽』も混同されているらしい。

 トモは聡いから『自分ひとりにに向けられた好意ではない』と理解している」


 黒陽様の説明に、苦いものを飲み込んだ気持ちになった。


 つまり何? 自分の好きなひとが他の男に『好き』って言ってるの聞かされてるってこと?

 それでも自分の好きなひとが求めるからって他の男のフリしてるってこと?


 すごくない?


 え? トモ、人間の器でかくない?


「生殺し……」ボソリとオミさんがつぶやいた。

「トモ……不憫(ふびん)な……」父さんは目頭を押えている。


「『半身』が望むことは叶えようとするのが『半身持ち』だから。

 姫に救いを求められたら、トモには断れない」


 黒陽様の説明に深く納得する。

 そして竹さんがこんな状態だから、トモが不埒な真似をすることはないだろうとも黒陽様は言う。


「智明のときもそうだった。

 姫を抱きしめて一緒に寝てはいても、そういう行為に至ることはなかった」


「身体をつなげることで霊力交わらせて回復させるって話も聞いたことあるけど?」


 そんなことあるんですか蒼真様。 

 なんでもアリだな異世界。


「姫にはかなりの負担になると本能的にわかっているのだろう。

 劇薬よりもゆっくりと効く薬のほうが身体への負担が少ないだろう?」

「なるほどね」


「つまり?

 性行為に及べば早く回復する可能性はあるけど、竹ちゃんへの負担が大きい。

 それで負担の少ないハグをしている、ということですか?

 だから負担の大きい性行為には及ばないと?」


 アキさんの確認に「そうだ」と黒陽様はうなずく。

「それなら大丈夫かしら…」なんて保護者達はボソボソ話し合っている。


 

 こっちでボソボソ話をしている間にもトモは竹さんを抱きしめやさしい言葉をかけている。


「大丈夫だよ」「竹さんはがんばってるよ」「俺もいるよ」「大好きだよ」


 ………正直、トモの皮をかぶった別人みたいなんだけど………。


「好き」「大好き」と言いながらトモは竹さんにキスをする。

 え!? あれ、いいの!?


「まああの程度は見逃してもいいだろう」

「盛り上がってそのまま――ってことは……」

「智明のときもなかった。だから大丈夫だろう」


 信頼してるんだかなんなんだかわからない黒陽様の言葉にモヤるけど、まあ黒陽様がそう言うなら、いいのか? 


「青羽のときもしょっちゅうあんなことしてたよアイツ」


「ホント生まれ変わっても変わらないんだね」と蒼真様はうんざりと言った。


「性的なキスじゃないからいいんじゃない?」

「うん。『親愛のキス』なら、竹ちゃんの回復に役立つんじゃないかしら」


 母親達も賛同している。

 父親達は同じ男として思うところがあるらしい。ビミョーな顔をして黙っていた。



「トモと話し合ったのだが」と黒陽様が教えてくれたところによると。


 トモは『白楽様の世界』のひと達といろんな話をしてきたという。

 そうして、竹さんの状態についてひとつの推論を立てた。


 睡眠時とは普段押えられている意識や封印が沈んだ状態と言える。

 そのために封印がゆるみ、『半身』のことを思い出す。

 眠りの浅い竹さんは半覚醒状態で起き出して『半身』を求め探し、歩き回る。

 

 半覚醒状態でもそのときに感じたことはココロに刻まれるのだろう。

 そうして『会えなかった』と落ち込み、疲弊していった。


 だから、半覚醒状態の竹さんに『好き』と言ったり励ましたりしたら、彼女の潜在意識に刻みこめるのではないか。


 その説明に「なるほど」と全員が納得した。

 それもあってトモは寝ぼけた竹さんを抱きしめて愛をささやいているらしい。


 ……ていうか、絶対自分がしたいからしてるだけだよねアレ。

 竹さんが甘えてくれるのがうれしいだけだよね。

 あのデレッデレな顔! ここぞとばかりにほっぺや額にキスしまくって!


 いいのソレ? 竹さんあとで怒んない?

「おくちにキスしてないから、まあ、セーフじゃない?」

「あのくらいのキスは挨拶みたいなもんだろ?」


 保護者達はそう言うけど、いいのかなぁ?


 黙ってふたりをじっと見つめていた蒼真様がなにかを納得したようにうなずいた。

「効果ある」

 短い言葉に言われた黒陽様も「そうか」と短く答える。


「さすがは『半身』としか言いようがないよ。

 こんな、薬も術もなく回復させるなんて……」


 どうやらトモが抱きしめてキスすることは竹さんを回復させているらしい。すごいね『半身』。わけわかんないね。



 ぎゅうぎゅうに抱きしめられて「好き」「好き」言われながらキスされていた竹さんは、満たされたのか、ちょっと落ちついた。


「……ごめんなさい」なんて、普段の声でシュンとしている。


「なにが『ごめん』?」

 やさしい声でトモが問いかける。


「ホントは、わかってるの。『貴方のそばにいちゃいけない』って。

『私がそばにいたら災厄が降りかかる』って」


「でも」


「でも、そばにいたいの。

 もうすぐお別れだから。

 あと少ししか生きられないから」


「うん」


「責務があるのに、私は『罪人』なのに、そんなこと言っちゃいけないって、わかってるの。

 わかってるけど、」


「わかってる、けど、」


 苦しそうに言葉を吐き出す竹さんを、トモはぎゅうっと抱きしめた。


「そばにいて」

 やさしい声でトモが竹さんに語りかける。


「貴女に責務があることも、余命が短いことも全部わかってる。

 わかった上で、貴女のそばにいたいんだ」


「貴女が好きだから」


 ちゅ、とこめかみにキスをして、トモは彼女の身体を少し離した。

 そうしてそっとほっぺに手を添えて、彼女の目を見つめた。


「『俺だけの竹さん』になってくれるんでしょ?」

「『恋人』になってくれるんでしょ?」


 ねだるように、甘えるようにトモは彼女に話しかける。

 そんなトモに竹さんは表情を曇らせた。


「………もう、『妻』じゃないの……?」


 トモの霊力が揺らいだ。


 母親達は『キャー!!』と声無く盛り上がっている。

 父親達はトモに気の毒そうな眼差しを送っている。

 そしてハルは苦虫を噛み潰したような顔でただ黙っていた。


「アレ、記憶戻ってるよね?」

「……だな……」

「半覚醒状態だから? 封印ゆるんでるから?」

「ウウム……」

 蒼真様と黒陽様はボソボソと話をしている。



 トモは乱れた霊力をすぐに立て直した。さすが。

 すう、はあと呼吸を整えたトモは、にっこりと微笑んだ。


「――『妻』が、いいの?」

「……ダメ……?」

「ダメじゃないよ。うれしい」


 竹さんは初めて見るしあわせいっぱいな顔で微笑んだ。

 そしてトモの胸に自分から飛び込み、ぎゅうっと抱きついた。

 そんな彼女をトモはやすやすと抱きとめた。


「じゃあ、竹さん」

 またほっぺに手を添えて顔を上げさせたトモが、彼女の目をまっすぐに見つめて、言った。


「俺の妻で、いてください」


 その言葉に、竹さんは目を見張った。

 口元がわなわなと震えている。目に涙が浮かんできた。

 

「―――はい」


 はっきりとそう返事をして、竹さんはキラキラした笑顔をトモに向けた。


「はい」


「貴方の妻で、いさせてください」


 ぎゅうっと再び抱きつかれたトモの顔がエラいことになっている。

 人間の顔ってそんなに赤くなるんだね。湯気出てない?


 必死で霊力を抑えているのがわかるトモは、竹さんをぎゅうぎゅうに抱きしめている。

 それ竹さん大丈夫? 痛くない?


 どうにか自分を落ち着けたトモは、ひょいっと竹さんをお姫様抱っこした。

 そうして自分は椅子に座り、彼女を膝に乗せて横抱きにした。


「――そろそろ寝ようか。いっぱい話して疲れたでしょう?」


 そっとほっぺをなでられ、頭をなでられ、竹さんはしあわせいっぱいの顔で微笑んだ。

 トモの肩に頭を預け、身体も全部トモにもたれかかる。

 トモはそんな彼女をぎゅうっと抱きしめ、そうしてポンポンと背中を叩いた。


「おやすみ」

「大好きだよ」

「俺がいるよ。大丈夫だよ」

「そばにいるよ」


 そんなことをささやきながら、ずっと彼女の背中をポンポンしていた。

 そうしているうちに、竹さんが眠りに落ちたのがわかった。


 彼女が眠ってからもポンポンしていたトモだけど、竹さんが深く眠ったとわかったのだろう。

 ぎゅうっと抱きしめて固まった。


 ようやく動いたトモは、竹さんをひょいっとお姫様抱っこして立ち上がった。

 そのままカウンターに歩いてくる!


「………で? 揃ってなにをしているんだ?」


 バレてた。


 見上げると彼女を抱いたままぼくらをジトリと見下ろしているトモ。

「あの、えと」とうろたえていたら父さんが助け舟を出してくれた。


「ちょっと追加の話があったんだけど。取り込み中だったから待ってた」


 フン、と鼻であしらうトモは照れもなにもない。

 竹さんを抱いていることも、イチャイチャしてるところを見られたこともなにひとつ気にしている様子がない。


「で? なに?」

「あの、時間かかるから、また明日、朝の修行のときにでも話す」

「わかった」


 あっさりそれだけ答えたトモは「黒陽」と呼んだ。

 呼びかけに応えた黒陽様がぴょんとトモの肩に乗る。


「もう寝させるから。そっちも早く寝なよ。おやすみ」


「おやすみ」と挨拶を返すと、トモはニヤリといつもの笑みを浮かべた。

 そうして竹さんをお姫様抱っこして、黒陽様を肩に乗せて出ていった。

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