閑話 ヒロ トモ帰還三日目 夜 報告会
ヒロ視点です
「――じゃあまずは姫宮の様子を聞こうか」
ハルの言葉にトモがうなずく。
「今日はどうだった?」
「めちゃめちゃかわいかった」
即答。
まさかトモがこんなバカになるなんて。
ぼくも保護者達もあまりの変わり様に絶句している。
「なにをわかりきったことを」
過保護な守り役様だけが平気な顔をしている。
このひとがこんなだから竹さん褒められても話半分以下に聞いちゃうんじゃないのかなぁ。
ハルはどこか諦めたようにため息をついた。
「『かわいい』のはわかったから。
もう少し具体的な報告をしろ。
どこに行って、どの程度霊力を使ったのか。体力は。食事は。なにか問題事を押し付けられてはいなかったか」
ハルが改めて具体的に報告内容を指示すると、トモは冷静に、客観的に報告をする。
どこに行って誰と会ったのか。どんな会話があったのか。なにを奉納してどうだったか。
竹さんの食事量。体調。体力的なこと。
理路整然とわかりやすく報告してくれる。
普段のトモはこんなかんじ。
冷静で、しっかりしていて、頼りになる。
それが竹さんがからんだ途端バカになる。
なんなんだろうね? 竹さんにこそしっかりしてて頼もしい姿見せたらいいのにね。
蒼真様がトモが帰ってからの三日間の竹さんの変化について報告する。
食事量が増えたからか、トモがくっついているからか「霊力が安定した」という。
「これなら今すぐにどうこういうことはないと思う」
その報告が信じられなくて黒陽様に目を向けると、黒陽様もウンウンとうなずいていた。
「少し前は『半年保たない』と思っていたが。
この数日で回復した。
これなら少なくとも一年は大丈夫だ」
なんでも昨夜はぐっすりと寝たらしい。
それでかなり回復したと。
黒陽様の太鼓判に「ほーっ」と安堵の息がもれた。
保護者達もそれぞれに息をつき、ソファに沈んだり頭を抱えたりしている。
ホントね。トモが帰ってくるまでは綱渡りみたいだったもんね。
竹さんどんどんごはん食べられなくなっていって。
なんでもないときに突然泣き出して。
表情どんどんなくなっていって。
そしたら今度は眠り続けるようになって出歩けなくなって。
『保って半年』っていう黒陽様と蒼真様の言葉が本当になるって思ってたもんね。
ぼくらが安堵から脱力する様子にトモひとりが「そんなにか」と驚いている。
「そんなときに俺は……」なんてまた落ち込みはじめたからあわてて止める。
「過ぎたことはもういいの! これからはトモがそばにいられるんだろ!?」
わざとバシンと背中を叩いてやると、トモは苦笑を浮かべてうなずいた。
蒼真様は菊様から竹さんの健康管理をしろと厳命されていたらしい。
それなのになにもできなくて悔しい思いをしていたと明かしてくれた。
「あーなった竹様には、つける薬も飲ませる薬もないから。
トモを連れて帰ってよかったよ。ぼくエライ」
わざと茶化して言う蒼真様をアキさんとオミさんが両側からなで回して褒めている。
なでられて蒼真様はうれしそう。
「これで堂々と菊様のところに報告に行ける」と笑った。
『バーチャルキョート』の状況、デジタルプラネットと社長の調査の進捗状況、京都の結界の話。その他の案件。
ひとつひとつそれぞれが報告し、確認しあった。
とりあえず大きな動きはない。いい意味でも悪い意味でも。
この前トモが対峙したような鬼が出るような事態は起こっていない。
デジタルプラネットは相変わらず訪問の糸口もない。
菊様の先見もハルの先見もヒントになるようなものはない。
ないない尽くしの状況に、つい数日前までは焦りを抱いていた。
竹さんが『もってあと半年』なんて言われたから。
でも、とりあえずは竹さん元気になったから、焦らなくても大丈夫になった。
だからといって手を抜けるわけでもないんだけど。
トモと黒陽様は明日も挨拶行脚をするという。
挨拶にまわりながら結界や気の流れを確認したり『バーチャルキョート』で鬼が出現した場所を確認したりしてくれてる。
そのトモと竹さんがどんな話をしたのか聞いてみた。
『甘えさせて』発言は、黒陽様蒼真様と話し合った結果『効果があるのではないか』とされた言葉のひとつだった。
キャラ変したわけではなかったらしい。竹さんを落とすための戦略だったという。それなら納得。
そしてそれは効果があったらしい。
竹さんは甘え下手。
罪を、責務を背負っている彼女は他のことに目を向けられない。
それだけでなく『王族』の自覚が強すぎて『甘えること』は『いけないこと』だと思い込んでいる。
だからこそ保護者達が構い倒して甘やかしてるんだけど、そんな保護者達にも彼女は、されるがままになってはいても甘えを見せることはない。
そんな彼女はお人好し。
自分のことを『罪人』と思い込んでいて、自分にできることはなんでもするとがんばってしまう。
そんなひとに「甘えさせて」なんておねだりしたら「自分にできることなら」と受け入れる。
トモはそんな彼女に甘えて構い倒しているという。
抱きしめたりお姫様抱っこしたり。
「しあわせが過ぎる」なんてしみじみ言うなよ。
「あのひとうっかりで助かった」なんて、本人が聞いたら泣くよ?
まあね。かなりうっかりでぼんやりだとは思うけど。
トモが帰ってきた日、彼女はトモをそばに置くことを嫌がった。
あれだけ「ダメ」って怒ってたのに、菊様に命令されても嫌がってたのに、今日なんて当たり前に一緒にいる。
多分、自分が「ダメ」って言ったことをうっかり忘れてる。
で、数日経っておもいだして落ち込むんだ。
困ったひとだなぁ。
保護者達が「こんな言い方はどう?」「こんなこと言われるとうれしいよ」なんて戦術を教授している。
トモはこれまで見たことがないくらい真剣に聞いている。
「とにかくあのひと、信じられないマイナス思考持ってくるから。油断も隙もない」
トモは静かに怒るタイプ。
真正面から目をまっすぐに見据えて、こんこんと、淡々と、説き伏せてくる。
よく年少組が餌食になってる。
ナツや佑輝は「こわすぎて目をそらせない」らしく、じっとにらまれてお説教されるだけだけど、晃はよく目をそらす。
ちょっとでも目をそらしたらガッとほっぺた両手で挟まれて顔を固定されて、さらに目をのぞき込んでくる。
傍目で見ててもコワい。
なんでもトモのおばあさんのサトさん譲りの怒り方だという。
トモのおじいさんの玄さんが言っていた。
「自分がああやって怒られたから染みついちゃったのかなぁ」
サトさんは本気で話をするときほど相手をじっと見つめていたらしい。
サトさんは精神系の能力者だったから、そうすることで相手の思念とか感情とかを読み取ってたのかもしれない。
そしてちいさいトモにも同じようにしていたと。
両手でほっぺはさんでじっと見据えて、絶対零度の笑顔で迫っていたと。
「おかしなところが似るもんだねぇ」
トモにつかまって涙目で叱られる晃を見ながら、玄さんは楽しそうに笑っていた。
そして、同じことを竹さんにしているらしい。
それ、竹さん大丈夫?
お怒りモードのトモ、こわいでしょう?
「あれだけがっちりつかまれて視線もそらせないとなると、さすがの姫も逃げられないらしい」
黒陽様が「うむうむ」なんてうなずいてる。
じゃあ、いいの?
「『竹さんこわがらせたくない』とか『こわがらせて嫌われたくない』とか、ないの?」
「……そりゃ、こわがらせたくも嫌われたくもないが……」
トモはへの字口でボソボソ言い訳をした。
「……あのひと、俺なんかじゃ考えつかないようなマイナス思考の持ち主だから。
早い段階できっちり叩き潰しとかないと、どんな突飛なこと考えつくかわかったもんじゃない」
「「「あー」」」
納得。
「さっきだって俺が『好き』って言うの『からかってる』って思い込んでた」
「「「……………」」」
………あれを『からかい』だと思う?
ホントどんだけマイナス思考なんだか。
「その話をしたときに竹さんが言ったんだ。
俺のこと『イケメンでカッコいい』って。
『強くて、しっかりしてて、なんでもできて、やさしい』って」
照れくさそうに、それでもデレデレとだらしない顔でトモが報告する。
「べた褒めじゃないか」
からかいの混じった父さんのツッコミに「だよね!?」と過剰に反応する。
まさかトモがこんなになるなんて。
「で、『自分なんか好きになってもらえるわけない』なんてマイナス思考に突っ走ってたから、ちゃんと『お話』させていただいた」
………つまり、ほっぺつかんでガッツリ目を見てこんこんと説教したんだね。
竹さん、こわかったろうなぁ。
「そんなに俺のこと『好き』なら、素直にそう言ってくれたらいいのに」
デレデレと文句を言うトモ。顔、とろけてるよ。
「でも仕方ないよな。あのひと、罪悪感の塊だから。『しあわせ』とか『好き』とか『うれしい』とか『感じちゃいけない』って思い込んでるから」
「そのへんも論破していかないとなぁ」なんてつぶやきくトモはしあわせいっぱいって感じ。『この世の春』みたいな顔してる。
まさかトモがこんなになるなんて。
ふと、母さんとアキさんが難しそうな顔をして視線をやりとりしているのが目に入った。
なんだろ? なんか問題あった?
ぼくが目を向けたことで、トモも母親達の様子に気が付いた。
「? なに? なんか問題点がありました?」
トモに話を振られ、母親達はまたお互いに視線を交わした。
ごまかそうか話そうか迷う様子に、トモが表情を固くした。
「なんかあるなら教えてください。
些細なことでもいい。勘違いかもしれなくても構わない。
彼女を攻略するのにおふたりの意見はすごく参考になります。
お願いします。教えてください」
真摯に訴え頭を下げるトモに、母親達はそれぞれの夫に目を向けた。
「なんかあるの?」
「教えてあげたら?」
それぞれにそう言われ、ためらいがちに母さんが口を開いた。
「……『カッコいい』と思ってるからって、イコール『好き』とは限らないんじゃないかなー……って……」
キョトンとしたトモだったけど、見る見る顔を青ざめさせた。
「どういうこと?」と父さんに聞かれた母さんの代わりにアキさんが答える。
「タカさんもない? アイドルとかスポーツ選手とか見て『かわいいなー』『素敵だなー』って思うこと」
「あるね」
「『テレビの中の人』でなくても、例えば一緒に仕事するひととか、立ち寄ったカフェの店員さんとか、学校の先輩とかにもいるんじゃない?
『素敵だな』『かわいいな』『やさしいな』っていうひと」
「いるね」
「でも、『かわいい』『素敵』と思うことがイコール『異性として好き』『お付き合いしたい』になるわけじゃないじゃない?」
「「「あー」」」
深く理解しました。
そして説明が進むにつれトモの顔色はえげつないことになっている。
ガン!
ついに頭を抱えて額を机に打ち付けた。
「……俺……うぬぼれてた……? 彼女は俺のこと、なんとも思ってない……?」
なんかブツブツ言い出したぞ。
「ぐわぁぁぁぁ!」
「だ、大丈夫よトモくん! きっと竹ちゃんはトモくんのこと好きだから!」
「そうよ! なんてったって『半身』じゃない! 大丈夫よ!!」
叫ぶトモに母親達があわててなぐさめの言葉をかけるけど、全然聞いてない。
「俺、勝手に『好かれてる』なんて勘違いして。あれ? 俺、イタいヤツ?」
出てる出てる。考えてること全部口から出てるよ。
まさかトモがこんなになるなんて。
「どうしよう。明日どんな顔して彼女に会えば。
も、もしかして『恋人ごっこ』も迷惑だった?
彼女やさしいから頼まれたら断れなかっただけ?」
マイナス思考が加速してるよ。さすが竹さんの『半身』だけのことはあるのか?
トモは突然ガバッと起き上がり、母親達にまっすぐ目を向けた。
強い強い。目ヂカラ強いから。
ドン引く妻を隣に座ったそれぞれの夫がかばうように身じろぎした。
「どうしたらいいですか!? 俺、彼女になにを言えばいいですか!?」
「落ち着けトモ」
ハルの制止も聞こえないらしいトモはさらに身を乗り出す。
「彼女に嫌われたくない。そばにいたい。
もしうぬぼれていい気になったことで嫌われてたら……。
『恋人ごっこ』だって、本当はやりたくないんだったら……」
言いながら落ち込むトモに保護者達もあわれになったらしい。
「竹ちゃんにはああいう言い方でないと受け入れられないよ」
「本人は絶対喜んでるよ」
「大丈夫!トモくんはは好かれてるわ!」
「さっきの話は『そういうこともある』っていうだけだから! 竹ちゃんが『そう』っていうわけじゃないから!!」
あわててなぐさめにかかった。
「竹ちゃんは『好き』って言えない人種だと思う」
母さんの言葉にようやくトモが聞く姿勢を見せた。
「あの子、対人スキル低いから。『好き』っていう気持ちをそのまま口に出すのはムリだと思う」
そうかも。
あのひと穏やかで人当たりがいいから誰からも好かれるけど、実際は壁を作って誰も受け入れない。
深くひとと関わることがないから対人スキルがレベルアップしない。
結果、あの、年齢からは考えられないくらい幼いひとが出来上がる。
中身幼いなら『好き』をそのまま出しそうなものだけど、あのひとそれに加えて頑固で生真面目って属性持ってるし、さらに言えば罪悪感抱えて自己肯定感ゼロでもある。
だから『自分が誰かを好きになる』は『いけないこと』だと思い込んでるフシがある。
ぼくら家族だって未だに甘えられることはない。
どこか一本線を引いてる。
それでもハルや黒陽様に言わせると「距離が近い」らしいけど。
「そんな竹ちゃんには、トモくんくらい熱く情熱的に構うのが効果あると思うの!
押して押して押しまくるのでいいと思うわ!」
母さんのアドバイスにようやくトモはうなずいた。
「……姫は一度受けたことは生真面目に取り組む。
お前との『恋人ごっこ』も、本当に嫌がっているのだったら私は提案しない。
姫なら『受け入れる』と思ったから提案したんだ」
黒陽様の説明に『本当か?』と言いたげに目を向けるトモ。
うなずく黒陽様に、ようやくトモの肩から力が抜けた。
「とにかくそばにくっついてなよ」
蒼真様も言う。
「お前がくっついてたら竹様は回復するから。
で、さっきの報告みたいに、マイナス思考を端から潰していけ。
竹様を少しでも元気にするのがお前の仕事だ」
「わかりました」
どうにかトモが納得したところでお開きになった。