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第八十五話 帰還三日目 恋人(仮)

 彼女の『恋人』になった!

 うれしい! うれしい!

 うれしくてしあわせで今すぐに彼女を抱きしめたい!

 が、その彼女を母親達に奪われてしまいそれは叶わない。


 キャッキャと母親達に両側から抱きつかれ構い倒され、彼女は疲れ果てたような、ブスッと怒ったような、それでもどこかホッとしたような顔でされるがままになっている。


 そんなかわいいひとを愛でていると、ガッと肩を組まれた。


「おめでとうトモ」


 ヒロだった。

「よかったね」と笑ってくれる。ジワリと喜びが広がっていく。

 なんたか感極まって泣きそうだ。黙って強くうなずいた。


「でも、わかってるよね?」


 ヒョッとヒロのまとう空気の温度が下がった。

 肩に組んだ腕を首にまわし、そのままギリ、と絞る。


「手は出すなよ?」

「わかってます」


 締まる! 締まってる! ひ、ヒロ!


「その点は私がいるから大丈夫だ」

 黒陽が口添えしてくれてどうにか絞殺はまぬがれた。


「――が」


 ギロリ。黒陽の目つきが変わった。


「何度も言うが――調子には乗るなよ?」

「了解しました」


 霊力の刀をチラつかせたドスの効いた声での警告に大人しく従う。




 そのまま全員で御池に移動して夕食になった。


 ハルとヒロに母親達まで離れに来て俺に説教をしていたので、双子の世話はオミさんとタカさんがしていた。


 丁度夕食が終わったところだった。

「たけちゃ!」といつものように飛びついてくる双子を愛しいひとはしゃがんで受け止めた。


 と。


 竹さんに抱きついた双子がピタリと動きを止めた。


 ふたりそろってソロリと竹さんから身を離した双子は竹さんをじっと見つめている。


 なんだ?

 どうした?


「たけちゃ、うれちい」

「たけちゃ、かなちい、へった」

「よかった」「よかった」


 つぶやいた双子は、再び竹さんに抱きついた。

 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる双子に竹さんはあわあわしている。


「よかったねたけちゃ」

「よかったね」


「「「―――」」」


 ―――おそらく、双子は感じていたのだろう。

 彼女のココロのかなしみを。彼女のココロのさみしさを。

 それを少しでも癒そうと、ちいさなココロを向けてくれていたんだろう。


 その双子が『よかった』と言う。

『竹さんがうれしい』と。

『かなしみが減った』と。


 今朝はそんなこと言わなかった。

 今、突然そんなことを口にした。

 ということは。


 彼女は、俺と『恋人』になったことを喜んでくれてる――?

 俺と『恋人』になったことが、少しは彼女の癒やしになった――?


 ブワワワワーッ!

 身体の中を風が吹きまわる!

 喜んでくれた! うれしい! うれしい!

 俺の気持ち、少しは伝わった?

 竹さん、俺のこと、受け入れてくれた!?


 喜びに震えている間に母親達がオミさんとタカさんに俺達が『恋人ごっこ』をすることになったと報告していた。


「こいびと?」

「こいびとってなーに?」


 純真無垢な双子の質問に竹さんは答えられない。

「えと、んと、」と困っている。かわいい。


「『いちばんだいじ』ってことよ!」

 千明さん。その説明はどうなんだ?


 が、意外にも双子はその説明で納得した。


「よかったねたけちゃ!」

「ともちゃ、たけちゃいちばんだいじにちてくえるよ!」

「だいじだいじは、うれちいよ! よかったね!」

「たけちゃ、もうしゃみしいちなくていいよ!」


「―――」


 双子に口々に祝福された竹さんは、なんだか泣きそうな顔で痛みをこらえるように黙ってしまった。


「だいじょぶよたけちゃ」

「たけちゃ、だいじだいじちてもらえるよ?」


 それでも竹さんは黙っている。

 うつむいてしまった竹さんの顔を双子がのぞき込む。


「サチ、たけちゃしゅきよ」

「ゆきもたけちゃしゅきよ」

「みんなたけちゃしゅきよ」

「しゅきよ。だいじよ」

「ともちゃ、たけちゃ、しゅきよ」

「だいじだいじちてくえるよ」


「だいじよ」「しゅきよ」と双子は繰り返し、竹さんの頭をなでている。

 ちいさな手によしよしとなでられた竹さんはふたりをぎゅうっと抱きしめた。


「――いいのかな」

 ポソリと落ちたつぶやきに双子が「いいよ」と声を揃えて断言する。

 そしてふたりそろって彼女の首にしがみついた。


「たけちゃ、げんきになれ!」

「げんきになれ!」


「ぎゅー」「ぎゅー」と抱きしめられ、彼女はようやく顔を上げ、泣きそうな顔で笑った。




「ともちゃ。しゅわりなしゃい」

「ハイ」


 何故か仁王立ちでふんぞり返るニ歳児の前に正座させられている。


「たけちゃはいたいいたいなのよ」

「よしよしちないとなんだよ」

「ハイ」


 すごいなニ歳児。もしかして精神系の能力者か?

「まだちいさすぎてどんな能力かはっきりしない」ってハルは言ってたが、この分だと彼女の感情読み取ってるよな?


「だいじだいじしゅゆのよ?」

「やしゃしくしゅゆんだよ?」

「ハイ」


 それとももしかして、あれか?

 幼児期によくあるという、大人の真似かこれ?

 ヒロが俺を説教するのをどこかで見ていたのかもしれない。その真似かも。

 だが内容は真理を突いている。大人しく言うことを聞く。


 大人しく頭を垂れる俺に満足したらしい双子はえらそうにうなずいた。


「じゃあ、たけちゃをぎゅーちなしゃい」

「!」


 サチ! お前、天才か!!


「ぎゅーちて、しゅきしゅきーってなでなでちてあげなしゃい」

「了解しました」


 すぐさま平伏して了承する俺にサチは満足そうだ。

 が、ユキが口をはさんできた。


「しゅきしゅきーは、ちゅーだよ?」

「!」


 ユキぃぃぃ! お前、天才だな!!


「しょうね」とサチも納得を見せた。

「ともちゃ。たけちゃにちゅーちなしゃい」

「かしこまりました」

「かしこまるな」

 ヒロに後ろから殴られた。


 竹さんはふてくされたようなブスッとした顔でそっぽを向いていた。




 夕食をいただいて軽い報告会をして、離れに戻る。

「おやすみなさい」と保護者達が代わる代わる彼女にハグをする。


 昨日初めて見たときは度肝を抜かれたが、『弱っていく彼女を少しでも癒やすためにはじめた』と説明され、ありがたくて頭を下げた。


 彼女は困ったような、どこかブスッとしたような顔でされるがままになっている。 

 その様子に、ふと、気付いた。


 ………あの、ブスッとしたような、ふてくされたような顔………。

 もしかして……………照れてる―――?


 そして思い出した。

 この三日、彼女が時々あんな顔をしていたことを。

 怒ってるのか拗ねてるのかと思っていたが、もしかして―――。


 その可能性に思い当たり。

 彼女の反応から、おそらくその推測は間違いないと思われ。


 ――ズキュゥゥゥン!

 胸をつらぬかれた!


 わかりにくいんだよ! 甘え下手か!! かわいすぎんだよくそう! 

 どうせ『甘えちゃいけない』とか思ってんだろう。頑固者め!

 それでも甘やかしてもらってうれしいって思ってんだろう!


 くそう! いじらしい! かわいい!!

 デロッデロに甘やかしたい!

 嫌がっても甘やかしたい!!

 構い倒して甘やかしまくって少しでも喜ばせたい!!


「………オイ」


 ビクゥッ!


 ドスの効いた声が耳元から低く響いた。


「わかってるだろうな?」

「わかってます」

 不埒な真似はシません。自制します。


 ボソボソと話していたら、保護者達の『おやすみのハグ』が終わった。

 彼女は転移陣の扉の前にキチンと立ち、綺麗なお辞儀をした。


「今日もありがとうございました。おやすみなさい」


 生真面目だなあ。かわいいなあ。

 俺も隣に並んで「おやすみなさい」と挨拶した。


 ふたりで転移陣の扉をくぐろうとしたそのとき。


「あ。トモ」

 タカさんの声に振り向いた。


「竹ちゃんが寝る前にハグしてあげろよー」

「「!!」」


 天才がいた!


「な、ななな」と動揺する竹さんを放置してタカさんは俺に言う。


「双子も言ってたろ?『ぎゅーしろ』って。

 それに『恋人ごっこ』するなら、徹底してやらないと。だろ?」


 竹さんは口をパクパクさせてうろたえている。

 なにか言いたいのに言葉が出てこないらしい。

 その隙に他の保護者達も「そうね」「それがいいかも」なんてタカさんに加勢している。


 と、蒼真様の視線に気付いた。

『やれ』と視線で命じてきている。


『半身』は、くっついているだけである程度の回復が見込まれるらしい。

 蒼真様が晃とひなさんで実験したと話していた。

 だから俺達も抱き合えば、少しかもしれないが彼女の回復に一役買うのは間違いないだろうと蒼真様は考えていた。


 チラリと肩の亀をうかがうと、苦虫を噛み潰したような顔で「ぐぬぬ」とうなっていた。

 が、蒼真様の視線に負けたらしい。

「……それ以上はするなよ」とボソリとつぶやいた。

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