第八十四話 帰還三日目 話し合い 5
「『恋』をしてみたら」
母親達のそんな提案に、彼女は諦めきった笑顔で目を伏せてしまった。
そんな彼女に母親達も説得の糸口を見いだせないようで、顔を合わせて口を閉じてしまった。
そこに口をはさんだのは蒼真様だった。
「いいんじゃないのー?」と軽く言うちいさな龍に、竹さんも顔を上げた。
「ウチの姫も何回も恋してたし。恋人だって何人もいたし。
菊様も蘭様も恋人いたことあったじゃない」
蒼真様の言葉に「………そういえば………?」と竹さんは納得しかけた。
が、やはりあの諦めきった笑顔でうつむいてしまった。
また余計なことを考えているな。
そんな竹さんに黒陽がため息をついた。
「『恋人ごっこ』ならいいのではないですか?」
顔を上げた竹さんに黒陽はなんてことないように言う。
「無理をして『恋をする』必要はありません。
が、せっかく明子と千明がここまで言ってくれているのです。トモも望んでくれているのです。
『そのとき』までは『恋人ごっこ』に付き合ってやっても、いいのではないですか?」
「………『恋人ごっこ』………」
ポカンと繰り返す竹さん。
なにかを考えるように目を伏せじっとどこかを見ていたが、やがておずおずと顔を上げた。
竹さんに目を向けられたアキさん千明さんは強くうなずいた。
続けて目を向けられたヒロも強くうなずいた。
ハルは仕方なさそうにうなずいた。
蒼真様はウンウンと何度もうなずいている。
そうしてようやく俺に目を向けた竹さん。
もちろん俺もにっこり微笑んでうなずいた。
「……『ごっこ』でも、いいんですか?」
「構いません」
即答。
「貴女のそばにいられるのならば、なんでも構いません」
はっきりと断言する俺に、彼女は生真面目に考えていた。
「……私……なにもわからないんですけど……」
「構いません」
おずおずと申し出る彼女に即答する。
「わかってるほうがムカつきます」
そう言うとどこか驚いたような彼女。
が、またシュンとうつむいてしまった。
「……『恋人ごっこ』といわれても……私、なにをしたらいいのか……」
―――か わ い す ぎ か !
いじらしい! 愛おしい!! もう、抱きしめて囲い込んで構い倒したい!
邪念が暴走しそうになったが「ゴホン」とわざとらしい咳払いに正気に戻った。ありがとうハル。
「ゴホン」と俺も咳払いをして気持ちを立て直す。
「――なにもしてくれなくていいです」
俺の言葉に彼女は驚いたように目をまるくした。
「なにもしてくれなくていいです。
ただ、そばにいてください。
それだけで十分です。
それだけで俺は『しあわせ』です」
欲を言えば好きになってもらいたい。
手をつないだり、抱きしめたり、あんなことやこんなこともシたい。
だが、彼女には無理だと理解している。
彼女は生真面目で、責務のことしか考えられなくて、罪悪感の塊で、マイナス思考にとらわれている。
そんな彼女に『俺のこと好きになって』なんてお願いしても困らせるだけだ。
彼女を困らせることはしたくない。
そばにいられるだけで『しあわせ』。
それは間違いない。
それならそばにいられるだけで満足すべきだ。
彼女は少し考え、また周囲をうかがった。
またも全員から励ますようなうなずきをもらい、彼女はじっと考えた。
「………ご迷惑になりませんか……?」
「なりません」「ならないよ!」「大丈夫!」
即座にあちこちから叩き潰される。
そんな周囲に彼女は驚いたようだったが、また生真面目になにかを考えていた。
「私がそばにいたら災厄が……」
「かかってもいいです」
彼女が全部言う前に叩き潰す。
「貴女がそばにいてくれたら、それだけで俺は『しあわせ』なんです。
災厄が降りかかってきても、多分気が付きません」
にっこり微笑んで断言する俺に彼女は驚いていたが、やはり諦めたように目を伏せた。
「……私……『罪人』で……」
「構いません」
「俺が半分持つって言ったでしょ?」
「……余命が……」
「少ないからこそ、一分一秒でもそばにいたいんです」
「責務が……」
「それも俺が一緒にやるって言ったでしょ?」
彼女の言い訳をひとつひとつ潰す。
それでも彼女は納得しない。
うつむいてなにも言えない彼女の前に立った。
「竹さん」
呼びかけるとようやく顔を上げた愛しいひと。
困ったように眉を下げている。
情けない表情に庇護欲がそそられる。
「これは『対価』です」
はっきりと言ってやると、彼女はちょっと目をみはった。
「さっきも話したでしょ?」
そんな彼女がかわいくて、つい、笑みこぼれる。
「俺は貴女の世話をする。
その『対価』として、貴女は俺のそばにいる。
だから、貴女は俺のそばにいないといけないんです」
「貴女は俺への『対価』なんですから」
「でしょ?」と念押しすると、彼女はやはり困ったようにそっと視線をそらした。
だからもう一歩近づいて、少ししゃがんで彼女の目をのぞき込んだ。
「俺を甘やかしてくれるんでしょう?」
首を傾げた、あざとい言い方になった。
そんな俺に彼女がグッと詰まったのがわかった。
どうやら効果があるようだ。よしよし。
「それなら、そばにいさせてください。
『ごっこ』でいいから、俺の『恋人』になってください」
尚もあざとくおねだりをする俺に、彼女は困ったように顔を向けた。
なにか反論したいのに言葉が出てこない。
そんな彼女の手を取って、ぎゅうっと握りしめた。
「竹さん」
呼びかけるも、視線をそらす彼女。
迷う様子に、たたみこむことを決めた。
「俺は、貴女が好きです」
何度目かわからない告白。
何度でも言う。
彼女がわかってくれるまで。
彼女がわかってくれてからも。
キチンと、はっきりと言わないとこのひとはわからない。
どこでおかしな解釈をしてマイナス思考に突き進んでいくかわかったもんじゃない。
今だって、母親達に『命令』されて俺がしぶしぶ彼女との『恋人ごっこ』に同意しているくらい考えていてもおかしくない。
だから、はっきりと言わなくては。
俺が彼女を好きなことを。
俺が、俺自身が彼女と『恋人』になりたいことを。
「貴女が好きです。
『ごっこ』でいいから、俺の『恋人』になってください」
まっすぐに見つめる俺の視線に耐えかねるように、彼女はさらにうつむいてしまった。
「……でも……」
ああ。もう。頑固だなあ。融通利かないなあ。生真面目だなあ。
「俺を守ってくれるんでしょ?」
「俺を『しあわせ』にしてくれるんでしょ?」
「俺達は『半身』だから大丈夫です」
「甘やかしてくれるって言ったじゃないですか」
この三日に交わした言葉を持ち出してたたみかけるように説得する。
「好きになってくれなくてもいい。
責務があるのも、余命が短いのも知ってる。それでもいい。
ただ、そばにいさせて。
『ごっこ』でいいから、俺の『恋人』になって」
「『俺だけの竹さん』になって」
俺の『願い』に、彼女はピクリと反応した。
「貴女が王族であることも、責務を捨てられないことも理解している。
だから、ふたりきりのときだけでいい。
ふたりきりのときは王族も責務も『おやすみ』して、『俺だけの竹さん』になって」
「『俺だけの竹さん』でいて」
覚えているかわからない、昨夜の半覚醒状態のときにした話をもう一度した。
『願い』を込めて。
祈りを込めて。
彼女はじっとなにかを考えていた。
つないだ両手をじっと見つめていた。
そうして、ようやく顔を上げた。
困ったように眉が下がっていた。
「……ご迷惑じゃ、ない、ですか……?」
「ないです」
「私、本当に、なにもわからなくて……なにもできなくて……」
「構いません」
はっきりと、ひとつひとつ言い訳を潰していく。
「なにもしてくれなくていいです。
ただ、そばにいてください。そばにいさせてください。
好きになってくれなくてもいい。『ごっこ』でいい。
俺の『恋人』になってください」
「『俺だけの竹さん』になってください」
まっすぐにその目を見つめ、訴えた。
ぎゅ。つないだ両手を握りしめた。
届いて! 伝わって!!
祈りを込めて、願いを込めて、必死で言葉をつむいだ。
じっと俺の視線を受け止めていた彼女は、またうつむいてしまった。
が、ちらりと母親達に視線を向けた。
竹さんの視線を受けた母親達はハッとして、力強くウンウンウンとうなずいた。
うなずきを受けた竹さんは、今度はハルとヒロに顔を向けた。
ヒロは力強く、ハルは苦笑を浮かべてうなずいた。
そのうなずきに彼女はまたうつむいてなにかを考えていたが、またちらりと顔を上げ、守り役ふたりに視線を向けた。
蒼真様はウンウンと、どこかうれしそうにうなずいた。
黒陽は真面目な顔をして、ただ一度だけうなずいた。
周囲のうなずきに愛しいひとはまた黙ってうつむいていた。
が、意を決したようにグッと顔を上げた。
「――なにをすればいいのかよくわからないですけど……。
皆さんがそこまでおっしゃるのなら、がんばってみます」
―――!
それって! それって!!
「『恋人ごっこ』におつきあいします」
「!!」
息を飲んだ俺が再起動するより早く母親達が「きゃあ!」と叫んだ。
「そうよ竹ちゃん! 難しく考えなくていいのよ! やってみればいいの!」
「そうそう! 今は『ごっこ』で十分よ!
きっとなにかわかるようになるわ! 心配ないわ!」
ベリッと俺から竹さんを奪い取りキャッキャと喜ぶ母親達。
両側から抱きつかれ、竹さんは引きつった笑顔を浮かべている。
それでもちらりと俺に目を向けてくれた。
うれしくてテンション上がっておかしくなっていたけど、その目と目が合った途端、背筋が伸びた!
頼られてる!
そう感じて、芯が入った。
浮かれてる場合じゃない! 彼女のために。彼女を『しあわせ』にするために。彼女に誇れる俺で在るように!
もっともっとしっかりしなくては!
「じゃあ、『ごっこ』だけど、ふたりは『恋人』になった、ってことでいいの?」
こ い び と !!
ヒロの確認にビョッと伸びた!
そんな! うれしすぎる!
たった今『しっかりしなくては!』と気合を入れたばかりなのに、あっという間に霧散してしまった!
「……いいんでしょうか……?」
コテン、と困ったように首を傾げる彼女はなにもわかっていない。
それでもいい。
それでも、そばにいられる!
彼女の『彼氏』になれる!
俺の『彼女』になってもらえる!!
「いいわよ!」
「いいに決まってるよ!」
母親達と蒼真様に口々に言われ、彼女も呑み込んだらしい。
悲壮感たっぷりの決意に満ちた表情で、生真面目に俺の正面にまっすぐに立った。
キチンと姿勢を正した彼女は、美しい拝礼のあと、言った。
「ふつつか者ではごさいますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
頭を下げ合う俺達に、母親達とヒロ、蒼真様が歓声を上げて拍手で祝福してくれた。
ハルは困ったようなホッとしたような顔で一緒に拍手をしていた。
黒陽は感極まったように涙ぐんでいた。
こうして俺は彼女の『恋人』(仮)になれた。