第八十三話 帰還三日目 話し合い 4
離れのリビングの床に正座させられ、説教されている。
俺の正面には仁王立ちのヒロ。
椅子に座ったハルとテーブルの上の黒陽と蒼真様は呆れ果てたように苦笑を浮かべ、俺がヒロに怒られるのを見守っている。
「イチャイチャするなとは言わないよ? でもせめて場所を考えな?
あんな玄関先で襲いかかってキスしようとするなんて……」
「スミマセン」
「大体二階にいたんじゃなかったの? なんで移動して襲いかかってんの?」
「その……勢いというか……」
モソモソ言い訳をする俺をヒロは侮蔑に満ちた眼差しで見下したあと、「はあぁぁぁ…」と大袈裟なため息を落とした。
「……トモもケダモノだったんだねぇ……」
「……………」
反論できません。
竹さんは竹さんでアキさん千明さんに説教されている。
「男はオオカミなのよ」なんてどこかで聞いたフレーズを持ち出されている。
「若い『半身持ち』なんてナニしでかすかわかったもんじゃないんだから!
簡単に『なんでもする』なんて言っちゃダメ!」
「『半身』相手でもそうでなくても、気安く『なんでもする』なんて言っちゃダメよ!
どこでどんな悪いひとがいるかわからないんだから!」
「竹ちゃんは危機感が足りない!」
「………ごめんなさい……」
正座でしょんぼりうなだれてるのかわいい!
「ちゃんと聞け」
ヒロに殴られた。
それからも竹さんはアキさん千明さんに『男がいかに危険か』『言質を取られた場合どうなるか』などなど、実例をまじえて色々と聞かされていた。
あまりこわがらせないでやってもらえないかな。俺が近づけなくなるじゃないか。
「お前はもーちょっと反省しろ」
「スミマセン」
ヒロに足蹴にされた。
今日は日曜。ハルとヒロは朝からこの離れから少し離れた安倍本家で仕事をしていた。
黒陽がハルのところに転移して帰還報告と少し話し合いをし、そろそろ帰ろうとこの離れに戻ってきた。
玄関を開けたら目の前で俺が竹さんに襲いかかっていたと。
友達なら見逃してくれよ。
「なんか言った?」
「スミマセン」
竹さんを救出したヒロが高速でスマホをいじり母親達が飛んできた。アキさんにくっついている蒼真様も一緒。
そうして離れのリビングで俺はヒロに、竹さんは事情を聞いた母親達に説教されている。
「これ、トモと竹さん離れでふたりにさせたらマズくない?
ぼくとハルも離れで寝泊まりする?」
俺の信用は地に落ちたらしい。
ヒロは本気だ。
「私がいるから大丈夫だ。不埒な真似はさせん」
過保護な守り役の言葉に「それなら」とヒロも引いた。
「竹ちゃん? くれぐれも。くれぐれも! 油断しちゃダメよ!」
「油断?」
千明さんの言葉にキョトンとする愛しいひと。
「甘やかしたらすぐにつけあがるわよ。厳しく! 毅然とするのよ!」
アキさんまで真顔で竹さんに食ってかかっている。
「え、えと。でも、その」
母親達に責められて竹さんがぽろりとこぼした。
「『甘やかしてほしい』って言われて……」
竹さんがそう暴露した途端。
ギッ!
斬りつけるような視線が一直線に俺に刺さった! ぐはぁっ! いたたまれない!
今朝話をした蒼真様と黒陽は呆れ果てたような目を向けている。
「……トモ?」
「ハイ」
「きみ、そんなキャラじゃないよね? なに?『むこう』で修行してキャラ変したの?」
ギリギリとヒロが俺の襟をつかんで締め上げながら笑ってない笑顔で迫る!
「それは、その、」
「で? 甘やかしてもらって、ナニする気なのかな?」
「それ、は、そ、の、」
締まってる締まってる! ひ、ヒロ!
「ヒロ。それでは弁明ができない。ゆるめてやれ」
ため息まじりのハルの要請にヒロがようやく力をゆるめた。
し、死ぬかと思った。
「で?」
ハルの問いかけの意味がわからず首をさすっていると、ハルはそれはそれは綺麗な微笑みを浮かべた。
美しく獰猛な狐が、その牙をむいていた。
「ナニを、どこまで、スる気なのかな?」
「ナニもしません! そばにいたいだけです!」
あわててガバリと土下座する!
「若い『半身持ち』なぞ信用できるか」
「そこは私がいるから大丈夫だ」
フンと俺を見下すハルに黒陽が口添えしてくれた。ありがとう!
俺が締め上げられている間に竹さんはまたも母親達に説教されていた。
「トモくんがナニを言っても受けちゃダメよ!」
「ひとつ許したらなし崩しよ! 間違いなく最後までいっちゃうわ!」
「いい!? 絶対にふたりきりになっちゃダメよ! 必ず黒陽様か誰かを同席させるのよ!」
ギャンギャンと説教されながら「ハイ」と大人しく聞いていた竹さんだったが、説教が一段落ついたところで「あのう」とおずおずと申し出た。
「『いっちゃう』って、どこに行くんですか?」
「「「……………」」」
キョトンとする竹さんに全員が言葉を失った。
そして全員が同じようにバッと黒陽をにらみつけた。
全員の視線を集めた黒陽は石でも飲んだような顔で黙っていた。
「……………竹ちゃん」
最初に復活したのはアキさんだった。
「子供がどうやってできるか、知ってる?」
「知ってます!」
なんでそんな自信満々なんだよ。かわいいな。
「精子と卵子が結合して受精卵になって、それが着床して成長したら子供になるんですよね!」
……………合ってる。
合ってるけど、なんだろうこの『わかってない』感。
「高間原では『子供は夫婦の霊力が混じり固まってできる』って言われてたんです。
『こっち』では違うんだなって、びっくりしました!」
「「「……………」」」
全員再び絶句。
ちらりと黒陽に目を向けたら、俺だけでなく全員同じように黒陽をにらみつけていた。
一身に視線を受けた黒陽がちいさくなっている。
「………それは、どこで、誰に教わったの?」
「今生の小学校のとき、授業で学校の先生から教わりました」
アキさんの質問にキチンと答える竹さん。かわいい。
「……………『精子と卵子が結合』するのは、どうやったらするか、知ってる?」
「知ってます。その授業のとき、テレビで見ました」
は!?
そんなこと学校でやるかよ!?
そう驚いていたらかわいいひとは笑顔で言った。
「まあるい卵に針を刺して入れてました」
「「「……………」」」
……………それは、アレだね。人工授精の顕微鏡映像だね。
ウン。俺も見たことあるわ。
「現代教育の敗北……」
うまいこと言うなヒロ。
「これほど知識がないなら大丈夫か……?『半身』の欲に反応することもないか……?」
ハルはハルでなんかブツブツ言っている。
「………あのね竹ちゃん――」
千明さんがため息とともに説明しようと口を開いた。
そのとき。
グワッ!
黒陽から言葉にならない圧が発せられた!
『余計なことを言うな!』
『姫にはまだ早い!!』
過保護な守り役の言いたいことは全員に正しく伝わった。
千明さんも開けた口をパクンと閉じた。
お互いに視線を交わす俺達に竹さんはキョトンとして首を傾げる。
「なんですか?」
「――ええと――」
「………もしかして私………、なにか、間違ってますか?」
へにょ、と眉を下げるかわいいひとに千明さんも降参したようだ。
「――だいたい合ってるみたい」
「! よかったです!」
絞り出すような千明さんの言葉に竹さんは無邪気に喜ぶ。
これ、いいのか? 放置でいいのか?
「細かいところはお嫁に行くときに私達が教えるからね。
それまではトモくんがナニを言っても応じないのよ?」
意味がわかっていないらしいかわいいひとは首を傾げたが、フ、と微笑んだ。
冷めた、諦めきった笑顔。
「『お嫁に行く』ことはないんで。大丈夫です」
――自分の生命を諦めている彼女が、そこにいた。
夢も。未来も。希望も。なにもかも諦めて。
ただただ責務に取り組んでいる。
それが彼女。
俺の『半身』。俺の唯一。
俺の、好きなひと。
あわれで、愛おしい、俺の大切なひと。
「………竹ちゃん」
アキさんがそっと竹さんに呼びかけた。
慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「『恋』はしてもいいのよ」
その言葉にキョトンとする竹さん。
「『お嫁に行く』ことはできなくても『恋をする』ことはできるわ」
そして軽ーく、歌うように、言った。
「『恋』しても、いいのよ。
それは女のコの特権よ」
いたずらっぽく微笑んだアキさんに、竹さんはやっぱり困ったように微笑んだ。
「よくわからない?」
図星を刺されたらしいかわいいひとは困ったように微笑んで、うなずいた。
「『恋』が、わからない?」
これにもうなずく。仕方ないよな。このひと生真面目だし。責務しか見えないんだろうし。『半身』の記憶は封じられてるし。
「じゃあ、してみればいいわ」
「は?」
あっさりと、簡単そうに言うアキさんに竹さんはポカンとしている。
「ホラここに竹ちゃんのことが大好きで大好きで竹ちゃんに『恋』してるコがいるから。
このトモくんと『恋』してみたらいいわ!」
「!!」
なんて提案をするんだアキさん!! 天才か!?
「一緒に過ごして。一緒にごはん食べて。一緒に出かけて。たくさん話をして。ぎゅうっと抱きしめてもらって。
そんなふうにして『恋』をしたらいいわ」
「本やテレビでもよくあるでしょ?」とアキさんは言う。
至って簡単で一般的で、誰もがやっていることだと暗に示すことで彼女のハードルを下げようとしている。
なるほど。こうやって毎回丸め込んでいるのか。さすがだ。
「『恋』は『する』ものじゃなくて『堕ちる』ものだって、このまえ読んだ本に書いてありました」
誰だそんな真理を書いたヤツは! そのとおりだと今なら俺も納得できるが、余計なことを!!
「だからここに『恋に堕ちた』コがいるじゃない」
ぺろっとそう告げて俺を指し示すアキさん。
それにつられるように竹さんが俺に顔を向ける。
じっと見つめられたらそれだけでしあわせでテンション上がるよ!
考えるような表情に、にっこりと微笑みを向ける。
どうかな。少しは頼りがいがあるように見えてるかな。カッコいいとか思ってくれないかな。
俺のそんな邪念が伝わったわけでもないだろうに、竹さんは眉をひそめてブスッとへの字口になった。
そしてそっと視線をはずした。
――え? 嫌われた――?
ショックで声も出ない俺をよそに、アキさんと千明さんが竹さんを構い倒す。
「ね! 試しにちょっとしてみるだけ! それならいいでしょ?」
「でも」
「難しく考えなくていいの! 一緒にいるだけでいいの!」
「………」
諦めきった笑顔で目を伏せる彼女に、アキさんも千明さんも顔を見合わせて口を閉じてしまった。