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第八十二話 帰還三日目 話し合い 3

 愛しいひとを抱きしめてしあわせをかみしめていた。

 が、その彼女は目をそらしたままブスッとしている。


 俺が嫌なの? それとも単に照れてるだけ? 恥ずかしがってるだけ? それとも怒ってる?


 わからない。

 わからないときはどうすればいいんだ!?


『わからないときは聞けばいいよ』

 ポン。晃の言葉が浮かんだ。



 あれは確か霊玉を渡した夜。

 みんなに話を聞いてもらったとき。


 竹さんが俺のことどう思ってるかわからないって愚痴ったら、簡単そうに言いやがった。


『「おれのこと、どう思う?」って聞いたらいいよ』

『「好き」ってちゃんと言って、「貴女は?」って、聞いたらいいよ』


『おれとひなは精神系の能力者同士で生まれたときからずっと一緒だから、身体が触れてたら相手がなに考えてるのかだいたいわかる。

 でも、トモと竹さんはそうじゃないだろ?

 だったらちゃんと聞かないと』


『勘違いしてすれ違うのが一番いやじゃない?』


 ……………そのとおりだ。


 特にこのひとは俺の想像の斜め上を行くマイナス思考の持ち主だ。

 自己評価が恐ろしく低い。

 自分は『災厄を招く娘』なんてばかげたことを本気で信じている。

 黒陽の言葉もハルの言葉も『身内故の過剰評価だ』と思い込んでいる。


 俺の言葉だって、俺の思っているとおりに伝わっているかわかったもんじゃない。

 実際あれだけ気持ちを込めた告白だってまったく伝わらなかった。

「好き」「かわいい」と言っても『からかい』としか受け止めてもらえなかった。



 ――そうだ。俺が恥ずかしいくらいなんだ。

 彼女に勘違いさせないほうが大事だ!


「竹さん」

 もう片方の手も頬に添え、両手で彼女の頬をはさむ。

 視線を合わせて話をしたいのに、彼女はぷるぷる震えて目をそらしたまま。


「俺の目を見て」

 ちょっと強めにお願いすると、おずおずといった感じに視線を合わせてくる。


 上目遣い! かわいい!

 違う! 今は置いとけ俺!


「ちゃんと話を聞いて」


 そう言うと彼女がグッと詰まった。

 申し訳なさそうに視線が下がるのをまた「俺を見て」とお願いする。


「俺は晃みたいに『触れただけで竹さんが何考えてるかわかる』なんて能力ないから、言ってくれないとわからない」


 俺が真剣だとわかってくれたのだろう。

 おずおずと、それでも俺と目を合わせてくれた。


「俺には本当のこと言って?

 嫌なことも、つらいことも、言いにくいことも、ちゃんと伝えて。

 でないと俺、わからない」


 彼女は何も言わない。ただ、その瞳が揺らいだ。気がする。


「貴女の嫌がることはしたくない。貴女を傷つけることもしたくない。

 貴女には喜んでもらいたいし、しあわせでいてほしい。

 苦しい思いも、かなしい思いも、してほしくない」


「俺もなるべく口に出して伝えるから。貴女も教えて?」


 甘えた、あざとい口調になった。

 そんな俺の言葉に彼女はわかりやすくぐっと詰まった。

 ――効果、ある?


 思い切って、さらにねだってみた。


「俺は竹さんを抱きしめていたい。

 竹さんを抱きしめてるだけでしあわせで、力が湧き出てくる」


 正直に、まっすぐに訴えた。


「貴女は?

 俺にこんなことされるの、嫌?

 それとも、嫌じゃない?」


 正直に、まっすぐにたずねた。

 彼女はグッと口を引き結び、表情を固くした。

 あちこちに視線をさまよわせ、への字口のままぎゅっと瞼を閉じた。

 そして、俺が口を開くよりも早く、おずおずと唇を動かした。



「……………す……………」


「……………え?」


「……………いや、じゃ、ない、です……………」



「――ホント?」

 コクリとうなずく彼女。


「俺に気を使ってない?」

 ふるふると首を振る彼女。


 かわいすぎか!

 うれしくてガバリと抱きしめる!

「でも!」

 途端に彼女がちいさく暴れた。


「でも、ダメなんです」

「なにが?」


「その、私に近づきすぎると、私の気配がついてしまいます。

 そしたら、トモさんに災厄が降りかかることになります!」


 まだそれ言ってんのか。頑固だなぁ。


「そのためにお守りくれたんでしょ?」


 一昨日のアキさんと同じように返したら、彼女は「でも」「でも」とうろたえた。かわいい。


「一昨日も言ったでしょ?

 本当に災厄が降りかかるか、貴女がそばにいて見ていてください。

 もしも本当に災厄が降りかかったならば、貴女が俺を守ってください」


「でしょ?」とわざと言うと彼女はなにか葛藤しているらしく黙ってしまった。

 その隙をついて再びぎゅうっと彼女を抱き込む。

 ビクリと跳ねた彼女だったが、俺ががっちり抱きしめていて動けなかったのか、諦めたのか、しばらくしたら固くなっていた身体から力がぬけた。


 俺の肩に頭をあずけてくれてる!

 俺に身を任せてくれてる!

 ああ! かわいい! しあわせ!!


「――しあわせ……」


 なんだこのしあわせな状況。

 こんなしあわせがあっていいものか。

 うれしくてしあわせで泣きそうだ!


 彼女のぬくもりを、彼女を抱きしめるしあわせを堪能していたら「あ、あの」と腕の中からちいさな声がした。


「……これ、私が甘やかされてます……」


 ポソポソと、情けなく言うの反則!

 どれだけかわいいんだ俺の『半身』は!!


「違いますよ」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめる。その首筋に顔を埋める。ああ。いいニオイがする。彼女を抱いている! しあわせ!!

 

「俺が貴女に甘えてるんです」


 すり、と首筋に顔をすりつける。やわらかい。いいニオイ。キスしていいかな。


「貴女に甘えて、抱きしめさせてもらってるんです」


 キスはまだ早いかな。警戒されて抱きしめられなくなったら困るからな。


「こうしてるだけで、これまでの努力が報われます……」


 そう。これはこれでしあわせ。

 今までがんばってきてよかった。報われた。

 彼女を膝に乗せている。抱きしめている。

 俺の『半身』。俺の唯一。

 ひとつに溶ける。満たされる。しあわせ!


 そんなしあわせを堪能していたら。


「……………あの……………」


 彼女がおずおずと声をかけてきた。


「……………私も、『ぎゅう』したら……………喜んで、ください、ます、か?」


 ―――!!

 なんだそのしあわせな提案!!


「……………しあわせで死ぬかもしれません……………」

 つい本音がこぼれた。


「じゃあ、しないほうが「やってください」


「え「やってください」


「……………」

「……………してくれないんですか?」

「……………」

「……………俺をもてあそんだんですか?」

「もて! そ、そんな!」

「じゃあ、して?」


 あざとく甘えた口調で言ってみたら、彼女はわかりやすくうろたえた。かわいい。

 ぎゅうっと膝に乗せたままのかわいいひとを抱きしめる。

 と。


 ぎゅう。


「―――!!」


 竹さんが。

 竹さんが、俺を、抱きしめてくれてる!


 ぐわぁぁぁぁ!! しあわせか!! しあわせすぎる!

 うれしい! うれしい!! もう、しあわせ!!


 うれしすぎてしあわせすぎて自分でもわかるくらいにテンションおかしくなっている。


 抱き合うだけでひとつに戻る感覚。

 ああ。溶ける。しあわせ。


「――しあわせ」

 ぽろりと言葉がもれた。

 彼女がちいさく反応したのがわかった。

 だからさらにぎゅうっと抱きしめた。


「大好き」


 我ながら子供みたいだ。もうすこしどうにかならないものだろうか。

 でも彼女と抱き合っているだけでしあわせでアタマが働かない。

 うれしい。かわいい。しあわせ。大好き。

 そんな単純な言葉しか出てこない。


 言葉。

 そうだ。さっき『言葉にする』と言ったばかりだ。

 言わなくては。彼女がおかしな勘違いをしないように。


「ありがとうございます」

「すごく、すごく、うれしいです」

「………どう、いたし、まして………」


 ああ。もう、かわいい。

 俺に抱きついてるのかわいい。

 一生懸命ぎゅっと抱きしめてくれているのがわかる。

 力のない彼女に抱きしめられても痛くも苦しくもないのに、胸がしめつけられて苦しい!


「かわいい」

 ぎゅっと抱き込んでしまう。

 俺の『半身』。俺の唯一。

 かわいい。愛おしい。大好き。


「大好き」

 もう離さない。もう逃さない。ずっと一緒にいたい。ずっとそばにいたい。


 彼女の体温で溶ける。膝に感じる重み。腕に、胸に感じるやわらかさ。

 なにもかもが彼女が『俺の中にいる』と示している。


 ずっと探してた。

 ずっと求めてた。

 やっと。やっとだ。

 やっと彼女をこの腕に抱いた。


「はあぁ」

 俺の満ち足りた吐息になにを思ったのか、彼女が身じろぎした。


「……あの、もう」

「え?」

「もう、そろそろ、いいですか……?」


 ………俺の耳元でごしょごしょ言うのかわいすぎ。

 あ。俺が抱き込んでるから顔が上げられないのか。

 仕方なく腕をゆるめると、そろりと見上げてくる彼女。


 上目遣い!! かわいすぎか!!


「トモさん、足、痛いでしょう?」

 ああ。俺のこと心配してくれてるのか。やさしいなぁ。かわいいなぁ!


「全然痛くないですよ?」

 むしろやわらかくてあたたかくて気持ちいいです!


 そんな本音を言えるはずもなく、ただにっこりと微笑んでおく。

 なのに彼女は眉をひそめた。


「私、重いから」

「そうですか?」


 背中と膝裏に手をまわし、ヒョイと抱き上げて立ち上がる。

「ひゃ!」と彼女が驚いて抱きついてくれた!

 お姫様抱っこのまま抱きしめる。ああ、しあわせ!


「ちっとも重くないですよ?」

「そ、そんなこと」

「信じてませんね?」


 俺のことを信じてくれない愛しいひとに、どうしてくれようかと考えを巡らせる。

 すぐに答えが出た。


「じゃあこのまま少し散歩しましょう。

 そうしたら俺が貴女を抱いても平気なのがわかるでしょ?」

「へ!?」

「じゃあ、行きますね」

「ま、待って!」


 ジタバタと暴れだしたかわいいひとの足をガッチリと押さえる。

 暴れるのもうろたえるのも無視して部屋を出て階段を下りる。

「このまま!?」「え、ホントに!?」「ま、待って!!」


 ああもう。かわいいなぁ。

 俺の服にしがみついてるのもかわいい。

 うろたえてきょどきょどするのもかわいい。

 何より、彼女をずっと抱いていられるのがうれしくてたまらない!


 これ、いいな。ずっとくっついていられる。

 俺の彼女を構いたい欲も満たされる。

 顔が近いから表情がよく見える。かわいい声がすぐ近くで聞こえる。


「今後移動するときはずっとこうして移動しますか?」

「やめてください!!」

 ついに彼女が爆発した。


「もうわかりました! わかりましたから、おろして!!」

「………おろすんですか?」

「おろしてください!!」


 ………おろしたくない。


「………甘やかしてくれるんじゃなかったんですか……?」


 情けない、甘えたような声になった。

 そんな俺に彼女はなにかを飲み込んだような顔で黙ったが、すぐにハッとして首をぷるぷると振った。


「今日はもうおしまいです!」

「今日『は』」

 つまり明日も甘えてもいいということだな。


「……じゃあ、仕方ないです」


 不承不承に彼女をおろす。

 床に足がついた途端、彼女がホッとしたのがわかった。

 名残惜しく彼女を支えていたら、彼女はへの字口で俺をにらんできた。かわいい。


「……トモさんは、甘えんぼさんですか?」

「貴女限定で」


 真顔で答える。

 まさかそう返ってくるとは思わなかったのだろう。彼女はわかりやすくうろたえた。


「……甘えん坊な男は、嫌ですか……?」


 嫌がられるなら控える。でも、甘えたい。

 構いたおして抱きしめて囲い込みたい。


 邪念を隠してじっと彼女を見つめていたら、耐えかねたのか彼女はふいっと視線をそらした。

「………いやじゃ……ない、です……」


 ぽそりと落ちた言葉が信じられなくて固まった。

 そんな俺を彼女はちらりと見上げ、赤くなった顔を伏せた。


「――じゃあ、また甘えてもいいですか?」

「………ほどほどなら………」


 口をとがらせて恥ずかしそうに言う彼女がかわいすぎる。

 ああ、もう!


 ガバッと抱きしめたら彼女はまた暴れた。


「も、もうおしまいです!」

「ヤです」

「そんな!」

「貴女がかわいすぎるんです」

「な、なな、なにを、な、」

「――ああ! もお! かわいい!!」


 あまりのかわいさについに声に出てしまった。


「かわいい。かわいい。俺の。俺の」

 抱きしめた彼女の頭にスリスリと甘える。

「俺の『半身』。俺の唯一。かわいい。好き。大好き」

「あ、あの、あの」


 そのままのテンションで少し顔を離すと、真っ赤になった彼女のうるんだ目と目があった。


 ――キュウゥゥン!


 胸に甘い響きが広がって――。


 その勢いのままに顔を近づけた、そのとき。

「ハイそこまでー!!」

 ガツン!


 水球を頭にぶつけられた。

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