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第八十一話 帰還三日目 話し合い 2

 俺が彼女を「好き」「かわいい」と言うのを、彼女は『からかい』だと思っていた。

 彼女の頬を両手ではさみ、まっすぐ目を見て説得した結果、どうにか俺が『本気』だとわかってくれた。

 本当に『わかって』いるかは疑問が残るが、ここが落し所だろう。


 やわらかい頬から手を離すと、彼女は目に見えてホッとした。

 俺が手を離したからホッとしてるの?

 ちょっとムッとして、そっと左の頬をなでた。


「俺、ずっと退魔師の修行してて、だからあまり表情変わらないかもしれません。

 でも貴女が気に病むなら、貴女といるときはなるべく顔に出すようにします。少なくとも口には出します。

 それで納得してもらえませんか?」


 そう言うと彼女はうなずいた。よかった。

 そっと頬から手を離し、今度はその両手を取った。

 嫌がられないことをいいことにぎゅっと握り、訴えた。


「貴女も言ってくださいね。

 なに言われても俺は貴女のこと嫌いになったりしませんから」


 彼女はなにも言わない。

 ただじっと俺の話を聞いていた。


「好きなこと。嫌いなこと。おもしろかったこと。嫌だったこと。

 どんなことでも構いません。支離滅裂でも構いません。

 なんでも言ってください。

 俺は貴女のことならなんでも知りたいんだから」


 だから勝手に言いたいことを言った。

 にっこり微笑む俺に、彼女は苦しそうに顔をしかめた。


 え? なんで?

 なにが気にさわった?


 俺が驚いていることに気付かず、彼女はうつむいてポソリと言葉を落とした。


「……なんでトモさんはそんなにやさしいんですか……?」


 ―――は?


『やさしい』? 俺が?

 そんなこと、初めて言われたぞ?


「やさしいですか?」

「やさしいです」


 顔を上げ即答する彼女。

 これは本気で思っているな。

 そうか。彼女にとって俺は『やさしい』のか。

 デレデレとにやけそうになるのを必死で引き締めている俺に気付かず、彼女はまたしてもうつむいた。


「……甘えて、しまいたく、なります」


 ―――ッッッ!!

 かわいいー!!


 なんだそのしょげかえった態度! かわいすぎだろう!!

 そんなに頑固に、生真面目にしなくてもいいだろう! いくらでも甘えてくれたらいいんだ!!


 内心の大騒ぎを必死で隠し、少しでも凛々しく見えるように、顔を整えてから、ようやく口を開いた。


「甘えてください」


 俺の言葉は彼女には思いもかけないものだったのだろう。

 驚いて顔を上げた。

 目、まんまるだよ。かわいいなぁ。


 つないだままの両手をぎゅっと握りしめた。


「貴女に甘えてもらえるなんて、そんなしあわせなこと、ないです」


 ついへらりと笑みをこぼし、本音もこぼした。

 なのに彼女は痛そうに眉を寄せた。

 そしてまたもうつむく。


「………ご迷惑に、なります……」

「なりませんよ?」


 ポソリと落ちた弱音をすぐさま叩き潰す。


「むしろご褒美?」


 ニヤリと笑ったのがわかったのか、彼女がまた顔を上げた。

『信じられない』顔にそう書いてある。仕方のないひとだなぁ。かわいいなぁ。


 どうしてくれようか。

 このかわいいひとをどう論破してやろうか。

 どうすれば俺が甘えてもらいたいと願っているとわかってもらえるだろうか。


 ぐるぐる考えていて、ふと思いついた。

 今朝の黒陽と蒼真様との話し合い。


 彼女は他人に頼られるとそれだけで喜ぶと言っていた。

 自分に自信がないから。

 他人(ひと)に『してやる』ことなら受け入れられると言っていた。

 お人好しだから。


 蒼真様の話だと『青羽』は『甘やかして』と頼み、効果があったという。

 黒陽の話だと『智明』も彼女に『甘える』宣言をしたという。


 ―――じゃあ、俺も『甘える』なら――?



「……じゃあ……」


 おそるおそる問いかけると、彼女は生真面目にじっと見つめてきた。


 バカにされるかな? 嫌がられるかな?

 でも、蒼真様も黒陽もああ言ってたし。このひとお人好しだし。もしかしたら。


「貴女が俺を甘やかしてくれるのは、アリですか?」


 思い切っておねだりを口にした。


「私が? 貴方を?」

 キョトンとする彼女。

 嫌がられていないらしい。よかった。

 ホッとして、さらに続けることにした。


「実は俺……」

 ぎゅ。握る手に力が入る。

「ずっと貴女に甘えたかったんです」


 正確には今朝話を聞いてからだけどな。

『甘える』よりも『甘やかしたい』のほうが強いんだけどな。


 そんな内心を隠してじっと彼女を見つめていると、彼女は目を丸くして絶句していた。


「……ホントに?」

「本当に」


 ようやく出た言葉に即答する。

 俺が本気だとようやくわかってくれたらしい彼女は、理解すると眉をひそめ、またうつむいた。


「……私なんかに、貴方を甘えさせることが、できますか……?」


 ああ。またマイナス思考が仕事をしている。

 困ったひとだなぁ。


「貴女だから甘えたいんです」


 そんな貴女だから甘えたいんだ。

 貴女は自分から『甘える』なんてできないだろうから。

 貴女が甘えられない分、俺が貴女に甘えたい。

 貴女に甘えて、貴女を構い倒したい。

 抱きしめたい。甘やかしたい。囲い込みたい。


 そんな欲望まみれの俺の思念に気付かないうっかりな彼女は、しばらく黙って悩んでいた。

 が、ようやく、おそるおそるというように顔を上げた。


「………なにをしたら、いいですか……?」


「……それは、甘えさせてくれるということだと、受取ってもいいですか?」


 コクンとうなずく彼女。

「本当に?」

 コクンと再びうなずく。


「―――!!」


 ―――やっ……たぁぁぁぁ!!

 言質を取ったぞ! やったー!!

 これで堂々と彼女を構い倒せる!!


「――じゃあ、お言葉に甘えて――」

 彼女がなにか言おうとしたが、それより早く握ったままだった手を離して彼女を抱き上げた。

 お姫様抱っこのまま俺が彼女の座っていた椅子に座り、膝の上に彼女を下ろす。

 そのまま横抱きの格好でぎゅううっと抱きしめた。


 彼女は「にゃっ!?」とおかしな悲鳴をあげた。


「は、離してください!」

「……嫌?」

「い、イヤっていうか」


 モゾモゾ逃げようとするからがっちりと押さえ込んでさらに抱きしめる。


 ああ。俺の『半身』。

 かわいい。愛おしい。愛してる。

 抱きしめているだけで、その体温を、存在を感じるだけで言い知れない幸福感に満たされる。

 欠けていた部分がはまるような。

 ふたつがひとつに戻るような。


 目を閉じて彼女の頭に頬ずりをする。

 ああ。彼女がいる。俺が抱きしめている。

 しあわせだ。しあわせすぎて泣きそうだ。


 はああ、と満足の息を吐く。

 と、竹さんはそんな俺になにか感じたようだ。


「……イヤじゃないんですか?」

「嫌? なにが?」


 俺の腕の中から声が聞こえる。

 俺の胸に彼女の声が響く。

 ああ! しあわせだ!!

 うれしくてますます抱きしめる腕に力が入ってしまう。


 そんな俺に彼女はボソボソと言葉をおとした。


「……その……、私なんかぎゅうしても、楽しくもなんともないと思うんですけど……」


 思ってもみなかった意見に一瞬虚をつかれる。

 腕をゆるめて彼女をうかがうと、なんだか申し訳なさそうな、苦しそうな顔をしている。


 ああ。またなんか突拍子もないマイナス思考にとらわれているんだな。仕方のないひとだなぁ。そんなところもかわいいんだから俺も重症だよなぁ。


 そう感じて、つい、笑みがこぼれた。


「楽しいか楽しくないかと聞かれると…。『楽しい』と表現される感情ではないかもしれない」


 俺の言葉に彼女はパッと顔を上げた。

 その目に映るのは、動揺と、少しのかなしみ。


 あ。これ、また勘違いしてるぞ。仕方のないひとだなぁ。


 かわいいひとを再びぎゅうっと抱きしめる。

「ひゃ」とちいさく悲鳴をあげた彼女の頭に頬ずりして、俺の身体全部で彼女を堪能する。


「竹さんを抱きしめてると、しあわせでいっぱいになる」


 ぎゅう。

 肩に、背にまわした手で、彼女をとらえる。

 俺から逃げ出さないように。


「欠けた部分が埋まるような。ひとつに戻るような」

「貴女を抱きしめているだけで、すごく満たされる」

「うれしくて、しあわせ」


 ぽろり。ぽろり。

 彼女を抱きしめていると、気持ちがぽろぽろこぼれていく。

 俺、普段はこんなんじゃないと思うんだがな。

 竹さんの前だとつい、ぽろぽろこぼれる。

 修行に出る前は竹さんを前にしたらなにも言葉が出なかったのにな。なんでだろうな。


 このひとまっすぐに正直に言わないと伝わらないって、なんでだか思うんだよな。

 だからぽろぽろこぼれるのか?

 それとも会えなかった三年で恋がこじれたのか? 図太くなったのか?

 彼女が俺を『受け入れて』くれた結果ならうれしいんだけどな。どうなんだろうな。


 彼女のぬくもりを堪能していて、ふと、彼女が黙ってなにも答えてくれていないことに気が付いた。

 ――あれ? どうした?

 急に心配になった。

 怒ってる? それとも、()ねてる?


 そっと腕をゆるめて彼女をうかがうと、彼女は何故かポカンとしていた。

 どうした?

 俺、なにかおかしなことを言ったか?


 そんな彼女に、己のとった行動が心配になった。


「貴女は?」

「は?」

「俺がこうするの、嫌? 迷惑?」


 迷惑なら抱きしめるのを控えなくては。

 本当はずっと抱きしめていたいけれど、そのせいで嫌われるとしたら本末転倒だ。

 俺は彼女に嫌われたくない。できれば好意を持ってもらいたい。


 じっと彼女を見つめて答えを待っていたら、彼女の目がゆらいだ。

 右を見て、左を見て、下に向けた視線のままうつむいてしまった。


「竹さん?」


 ビクリとはねる彼女。

 え? 本当に嫌なのか?

 やさしいから『嫌』と言い出せずに困っているのか!?


 そっと頬に手を添えて、そっと顔を上げさせる。

 彼女は目をそらしたままブスッとしている。

 その頬が、心なしか、赤い気がする。


 ―――照れてる? 恥ずかしがってる? 怒ってる?

 え? どれなんだ?


 激しく抵抗されていないからそこまで嫌がってはいないと思うんだが、このひと遠慮しいだし、自分さえ我慢すればって思ってる節があるし、俺に遠慮して言いたいこと言えないだけかもしれないし。


 わからない。わからない。

 わからないときはどうすればいいんだ!?

 愛しいひとを抱えたまま、途方にくれてしまった。

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