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第八十話 帰還三日目 話し合い 1

 俺が普段なにをしているか話したら、彼女はシュンとしてしまった。

 どうしたのかとじっと見つめていると、ようやく彼女は口を開いた。


「……トモさんはすごいですね」

「そうですか?」


「私、なんにもできない」


 そんなことないだろう。

 あれだけの付与ができるじゃないか。

 俺が手も足も出なかった鬼を一瞬で封じたじゃないか。


 そう反論しようと口を開いて――ふと、思いついた。


 ついでだ。どんなマイナス思考抱えてるのか吐き出させよう。


「『なにもできない』んですか?」


 敢えてそうたずねてみた。

 かわいいひとはシュンとしたままうなずいた。


「たとえば『なにができない』んです?」


 彼女は迷うように視線を右に向け、左に向け、そうしてやっぱりうつむいた。


「……お料理も、お掃除も、なんにもできない……」


 俺が家事なんて出したからそう考えたのか。

 仕方のないひとだなぁ。気にすることじゃないだろうに。

 ていうか、家事できないのか。


「よかった」


 ぺろっと本音がこぼれた。

 そんな俺に彼女はおそるおそるというように顔を上げた。かわいい。


「それ、全部俺ができます」


 ケロッと言うと、彼女はあんぐりと口を開けた。


「貴女ができなくてもなんの問題もありません」


 にっこり笑って言ったのに、彼女は「そ、そんな」と動揺している。


「なにか問題が?」

 そう訪ねてみたが、あわあわするばかりでなかなか言葉が出てこない。


「だって」

「『だって』?」


「家事は女性がするものでしょう!? それなのに……」


 ようやく出てきたのはそんな言葉。


「それ、いつの話です?」


 俺のツッコミに彼女はわかりやすく固まった。


「今の時代でそんな性差別的な発言したら、人権保護団体に訴えられますよ?」


 そう言うと「そ、そんな」とさらに動揺する彼女。

 このひと五千年生きてる古い人間だからそう考えるのも仕方ないのか?


「今は『男だから』『女だから』というのはありませんよ? ニュースとかでもしょっちゅう言ってるでしょ? 聞いたことないですか?」


 あるらしい。

 きゅっと口を引き結んだ彼女の目が泳いだ。


「できるほうがやればいいんです。

 得意なほうがやればいいんです。

 俺はばーさんから仕込まれて家事は一通りできます。

 安心して俺に世話されてください」


 自信満々にそう言ったのに、彼女は「そんな」とうろたえる。

 仕方のないひとだなぁ。甘えてくれたらいいのに。


「タカさんが言ってました」


 話をはじめるとじっと耳を傾けてくれる。

 生真面目だなぁ。かわいいなぁ。


「夫婦でも恋人でも友人でも、ふたりいればどちらかは『世話する方』でどちらかは『世話される方』になるって」


「タカさん達もそうでしょ?

 タカさんが世話しまくって、千明さんは世話されてる。

 オミさんとこはアキさんが世話しまくってオミさんは甘えまくってる」


『そういえば』と思い当たったらしい。

 黙って考えている竹さんにたたみかける。


「どちらもが『世話したい』だったり、どちらもが『世話されたい』だったら、ケンカになってしまう。でしょ?」


 うなずく彼女ににっこりと微笑む。


「俺は『世話したい』タイプだったらしいです。

 貴女に会ってからずっと、あれしてあげたい、これしてあげたいってことばかり考えてしまいます。

 なにしてあげたら喜ぶかな。これは好きかな。

 そんなことばかり浮かんでしまいます」


 あの船岡山で出会った日から、そんなことでいっぱいになっていた。

 自分のあまりの変わりように『静原の呪い』というネーミングに深く納得したほどだ。


「貴女が『なにもできないひと』なら、丁度よかった。

 俺に世話されてください」


 へらりと笑う俺に彼女は「だって、そんな」とうろたえる。かわいいなぁ。


「そのかわり」


 丸め込むには今朝聞いた話を活かすべきだろう。

 敢えてにっこりと微笑んだ。


「『対価』をください」

「それは、もちろんです」


 生真面目に答える彼女。ああ。かわいい。愛おしい!


「なにをしたらいいですか? なにを『対価』にしたらいいですか?」


 俺の『願い』は決まっている。


「ずっとそばにいてください」


 まっすぐに、正直に願ったのに、彼女はポカンとしてしまった。


「ずっとそばにいて、俺に世話されていてください。

『ありがとう』って言って笑ってください。

 できるならば『俺といてしあわせ』だと思ってください。

 それが『対価』」


 にっこり微笑んでそう願う俺に、彼女はしばらく固まっていた。

 が、ハッと再起動し「むぅ~」とふくれっ面になった。そんな顔もできるんだな。かわいいな。

 かわいいひとを愛でていたら、ついにプンプンと怒り出した。


「そんなの、私にいいことしかないじゃないですか!」

「いいですか?」

「いいですよ!」

「じゃあいいじゃないですか」


 あっさりと断言したら彼女は絶句してしまった。

 今のうちにたたみかけよう。


「俺は貴女を構いたい。

 貴女は構われてもいい。

 それなら、俺が貴女の世話しまくって構いまくっても問題ありませんね」


 うん。問題ないない。

 これで堂々と構いまくれるぞ! 

 ウキウキしていたら彼女がゴニョゴニョと反論してきた。


「も、問題、は、ある、ような……」

「ありますか? たとえば?」

「……………」

「『でてこない』ということは『ない』ということです」


 断言する俺に「そ、そんな」と彼女はうろたえる。

 ちょっと泣きそう。でも放置だ。


「じゃあそういうことで。

 これからは遠慮なく構います。

 差し当たり、もーちょっと水分補給しましょう。なにが飲みたいですか? お茶? ジュース?」


 この話はこれでおしまい。

 なし崩し的に彼女を構うことを彼女に認めさせた。やった!

 浮かれる気持ちをごまかすために飲み物を用意することにした。

 彼女は話についていけなくてオロオロしている。

 ついてこさせるわけにはいかない。放置だ。ごめんね。


「あ、あの」

「お茶でいいですか?」

「は、はい」

「わかりました。ちょっと待っててください」


 立ち上がったら、彼女もつられるように立ち上がった。


「あの! あの、私、やります!」

「いいから。座ってて」

「だって」

「いいから。俺が構いたいんだから。ホラ」


 そう言って軽く肩を押して再び椅子に座らせる。

 それでも居心地悪そうに見上げてくる彼女がかわいくてたまらない!

 なんだその情けない顔! 叱られた犬か! もう、もう、このひとは!


「ちょっと待っててくださいね」

 抱きしめたいのを懸命に隠し、彼女の前に置いたコップを回収。

 冷蔵庫のペットボトルからお茶を入れてそのまま手で持って彼女の前に置いた。


「手盆ですみません」

「イエ」


 そして彼女は照れくさそうに微笑んだ。

「ありがとうございます」


 ――ぐわぁぁぁぁ!! かわいいぃぃぃ!!


 叫び出したいのを懸命にこらえて、ふと気付いた。

 これ、言わないとわからないヤツか?


 晃が言っていた。

「言わないとわからないよ」

「すれ違うのが一番イヤじゃない?」


 ――確かにな。


 このひと俺なんかでは信じられないくらい自己評価が低い。考えられないようなマイナス思考を平気で展開する。

 ばーさんもいつも言っていた。『言葉を惜しむな』『感謝はすぐに伝えるように』


「――それ」

 思い切って指摘すると彼女はキョトンとした。

「『それ』?」

「それ。『ありがとう』って言ってくれるの。

 すごくうれしい」


 そう言うと、彼女は目をまんまるにした。

 ああ。かわいい。


「すごくかわいい」


 ぽろっと本音がもれた。

 キョトンとしていた彼女は、意味を理解したらしく赤くなった。


「――あり、がとう……ごさい、ます」


 うつむいて片言で言うのかわいすぎ。なんだこのひとかわいすぎだろう!


「お茶どうぞ?」

 そう声をかけるとようやく顔を上げた。

 そろりと上目遣いで見上げてくる! かわいすぎる!!


 なんとか表情筋を総動員してにっこりと微笑んでやると、彼女は困ったように口元をゆがめた。

「……いただきます」

 礼儀正しくそう言って、コップに口をつける。かわいい。


 じっと見つめる俺の視線に気付いたらしく、一口飲んだだけですぐにコップを置いてしまった。


「……ええと……なにか……?」


「『かわいいなぁ』と思って」


「……からかってます、よね?」

「本心ですが?」


「……………」


 黙ってしまった彼女に首をかしげる。


「なにか?」

「……………」


「竹さん?」


 彼女はなにも言わない。

 ただ困ったように穏やかな笑みを浮かべるだけ。


「なにか気分を害しましたか?」

「言ってください」


 言いつのってもなにも言わない。


「『俺がムカつく』でも『態度が気に障る』でも構いません。なんでも言ってください。

 改善すべきところは改善します。

 言ってくれないとわかりません」


 そう言ったのに、彼女は困ったように目を伏せた。


 え? 本当に俺にムカついたのか?

 ザッと血の気が引く。

 彼女に嫌われた?

 その可能性に思い当たっただけで自分を殴り倒したい!


「――竹さん」


 パッと席を立ち、彼女の足元に膝をついてすがる。

 驚く彼女の膝にあった手を両手で包み込み、ぎゅっと握る。


「『かわいい』って言ったのが嫌でした? それとも俺が重いですか?」


 自覚はある。俺が逆の立場だったらキレる自信がある。

 だが、止まらない。

 彼女のそばにいたくて、彼女のことでいっぱいで、彼女が好きで好きでたまらない。


「重いのは……、自覚、しています。

 でも、もう、治りません。あきらめてください」


 そんな自分が情けなくて、つい、視線が下がっていく。

 しばらくの無言のあと、彼女が不思議そうに言った。


「『重い』って、べつにトモさん、私に乗っかかったりしてないじゃないですか」

「……………」


 ………どうやら『重い』という言葉の意味がわからないらしい。ならばいい。放置だ。

 じゃあなんだ? なにがまずかった?


「じゃあなにがいけなかったですか?

『かわいい』って言うのは駄目ですか?」


「……………」

「駄目なんですね」


「……………ダメ、じゃ、………」


 ぼしょりとなにかをつぶやき、彼女は黙ってしまった。


「………なんですか?」

「……………」

「駄目なんですか? 駄目じゃないんですか?」

「……………」

「竹さん?」


「………トモさんは、」


 ようやく彼女がポツリと口を開いた。


「トモさんは、私をからかってるだけでしょうけど……私……」

「は!?」


 彼女が「ヒッ」と息を飲んだ。

 が、聞き捨てならない言葉に威圧がもれ出る。


「『からかう』?」


『からかう』だと?

 俺の気持ち、伝わってないということか?


「なんですかソレ」

 ムッとしてつい低い声になった。

 ビクッとしたのがわかったが、俺も抑えられない。


「竹さん」

「は、はひ」


 目をそらすから立ちあがって彼女と目の高さを合わせる。

 頬を両手ではさんで俺のほうを向かせる。

 そこまでしても目を泳がせる彼女に「ちゃんと目を合わせて」とお願いする。


 おずおずと俺に目を向ける彼女。

 その目をしっかりととらえて、話しかけた。


「俺、貴女のこと、からかったことなんて、一度もないですよ?」

「だ、だって」

「『だって』なんです?」

「だって……」


 また視線が下を向く彼女に「ちゃんと目を合わせて」とお願いする。


 再びおずおずと目を合わせた彼女は、うるんだ目で俺に言った。


「だって、トモさん、私のこと『好き』とか『かわいい』とか…」

「は!?」


「ヒッ」と彼女が再び息を飲んだが、捨て置けない!


「俺の言葉、信じてくれてないんですか!?」

「だ、だって」

「『だって』なんです!?」

「だって」

「なに?」


 目を泳がせて困っていた彼女だったが、俺の追求に負けたのかぎゅっと目を閉じ、思い切ったように叫んだ。


「――だってトモさんカッコいいのに!」


「……………」


 ……………は?


 言葉が出ない俺に、彼女は話の先をうながされていると思ったらしい。たどたどしくも言い訳をはじめた。


「トモさん、背も高くてイケメンさんですごくカッコいいのに。

 強くて、しっかりしてて、なんでもできて、やさしいのに。

 私なんか『好き』になってもらえるわけ、ない……」


 ……それはつまり。


 俺のことを『カッコいい』と思ってる?

『自分では釣り合わない』とか思ってる?


 それって、つまり。


 ―――俺のことが、『好き』ってこと―――!?


 ブワワワワーッ!! 

 霊力の風が吹き上がる!

 そんな! 竹さん、俺を『好き』なの!?

『カッコいい』って、『やさしい』って、思ってくれてるの!?


 シュンとして目を伏せている様子は、なんだか捨てられた犬のよう。

 そんなに俺のこと気にしてくれてるの!? つまり俺のこと『好き』なの!?


 ぐわぁぁぁぁ!! うれしい! うれしいうれしいうれしい!!

 俺も大好きだ! ああ! もう! 今なら世界中走り回れそうだ!!


 かわいいひとの頬を挟んだまま浮かれていたら、彼女がしょげかえっていることにようやく気付いた。

 ああ。なんかマイナス思考にとらわれてんのか。仕方のないひとだなあ。

 それなのにかわいくて愛おしくてたまらないんだから、俺も重症だよなぁ。


 仕方ないよな。俺は彼女に『とらわれ』てるんだから。

『静原の呪い』にとらわれてるんだから。



「……貴女を好きになるかならないかを決めるのは、貴女ではありません」


 なるべく冷静に聞こえるように、浮かれてるのが声に出ないように、どうにか口を開いた。

 彼女はようやくそろりと目を上げた。

 その目をまっすぐにとらえ、言った。


「俺です」


 射抜くように、彼女の瞳を見つめる。

 俺の気持ちを刻み込むように。

 彼女が俺を信じてくれることを祈って。


「俺が、俺自身が、貴女のことが好きなんです。

 そばにいてほしいんです。笑っててほしいんです。

 好きになってくれなくてもいいから、俺の貴女が好きな気持ちだけは疑わないで」


 まっすぐに、はっきりと言う俺に、それでも彼女は納得しない。

 痛そうに顔をくしゃりと歪めた。


「……だって」

「『だって』なに?」


「だって、トモさん、全然顔色も態度も変わらなくて……」


 ……………そうか?

 自分で言うのもなんだが、かなりおかしくなってるぞ?

 しょっちゅう真っ赤になってるし、動けなくなったり挙動不審になったり。


 ――あ。このひとぼんやりだから他の人間がわかることもわからないのか。

 それとも自分で思ってるほど表情変わってないのか?

 俺、退魔師の修行してきて、表情読ませないとか感情抑えるとかの修行してきたからな。


 ――それか?

 それで彼女、気付いていない?

 


「……それは……物心つく前から退魔師の修行をさせられてるので、緊張してるときほど表情変えないようにクセになってて……」


 そうモゴモゴ説明すると、彼女の表情が変わった。


「……緊張……?」


 信じられないとばかりに目がまんまるになった。


「緊張……してるんですか……?」

「してますよ」


 ちょっとつっけんどんな言い方になった。

 そんな俺に彼女は怒ることなくただただ驚いていた。


「好きなひとのそばにいるんです。

 緊張もするし、ドキドキもしてます」


 まっすぐにその目を見つめ、そっと挟んだままの頬をなでた。


「好きなひとにみっともないところもかっこ悪いところもみせたくないから、がんばってるんです」


 少しはその努力の成果が出ているといいんだが。

 そう暴露する俺に、彼女は変わらず驚いている。


「………そうなの?」

「そうですよ」


 ぺろっと返事をしたら彼女はまたも驚いた。


「……かっこ悪いですね」


 ポツリとこぼしたら彼女は大袈裟なくらい首を振った。

 情けなくてついすがるように見つめたら、彼女は顔を赤くして黙っていた。


「俺は、貴女が好きです」


 何度目かわからない告白を、彼女は黙って受けてくれた。


「他のなにを信じてくれなくてもいい。好きになってくれなくてもいい。

 だけど、貴女を好きな俺の気持ちだけは疑わないで」


 真摯に訴えた。

 彼女はじっと俺の視線を受け止めてくれていた。

 が、だんだんと視線が下がっていった。


「……ごめんなさい……」

「わかってくれたならいいです」


 本当に『わかって』いるかは疑問が残るが、ここが落とし所だろう。

 とりあえずは許すことにする。

 これから何度も何度も言葉で、態度で示していけばいいだろう。

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