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第七十八話 帰還三日目 朝食

 頭を冷やすためにリビングでパソコンをいじっていたら、竹さんがやってきた。黒陽は肩に乗っている。


「おまたせしました」と恥ずかしそうに立つ彼女は長めの白シャツに若草色のロングスカート。あれ? ズボンなの?

「ガウチョパンツって言うんですって」

 へー。


「かわいいです」

 へらりとこぼしたら、彼女はわかりやすく赤くなった。


「当然だろう」といばる守り役に「もう。黒陽」とまたさらに赤くなる彼女。かわいい。かわいいしかない。


「さ。姫」

「もう」


 ぷりぷり怒るのかわいい。

「どうぞ」と転移陣の扉を開けて彼女を先に通す。

「おはようございます」と彼女が挨拶するなり「たけちゃ!」と双子が突進してきた。



 双子とじゃれたかわいいひとは朝食もちゃんと食べた。

 自分で食べようとはしないが、俺が「これおいしいよ」と皿に置いたものは食べる。

 途中でその法則に気付き、こっそりと彼女の皿に盛られていたパンを俺の皿に移し、一口大にカットしてから「はい」と渡すと食べた。


 今朝はトーストとスクランブルエッグ、ウインナー、生野菜のサラダ、それに野菜たっぷりスープ。


「スープうまいね。ベーコンと玉ねぎととうもろこしと?」

 あとこれはじゃがいもか。ブロッコリーも程よい大きさにカットされて入っている。きのこ類はちいさく刻んで入れてるな。うまい。 

 俺のつぶやきにアキさんがうれしそうに微笑む。

「あと、人参もちいさく刻んで入ってるのよ」

 双子に気付かれないように入れてあるらしい。おかしくてクスリと笑った。


 と、竹さんがじっと見つめているのに気付いた。

 アキさんが出してくれたスープを「いらない」と断っていた彼女だったが、俺が食べるのを見ているうちに興味が湧いたらしい。いいことだ。


「味見してみます?」

 そうふってみると、恥ずかしそうにうなずく。かわいい。

 アキさんに小皿に入れてもらおうかと口を開きかけて、思いとどまる。


半身()』の気配がついてたほうかいいか?


「どうぞ?」

 何も気付かないフリをして飲みかけのスープボウルを差し出す。


 彼女はなんの抵抗もなく俺の使っていたスプーンを手にとり、スープを一口運んだ。


「――おいしい……」

 心底驚いたように言う彼女。

 確かにうまいけど、そんなにか?


「口に合った?」

 たずねるとコクリとうなずく彼女。かわいい。

「じゃあ、食えるだけ食ってください。余ったら俺、食べるから」

「でも」

「他にも食べるものたくさんあるし」

 そう言ってパンにかじりつく。

 彼女もようやく納得したらしく「じゃあ」とうれしそうにスープに取り掛かった。


「トモくん、パンおかわりいかが?」

「ください」

「ちぃちゃん。デザート出しましょうか?」

「うん。お願い」


 他愛もない話を交わしながら、全員が竹さんの食事に注目していた。

 そんなことに気付かないうっかりな愛しいひとは、俺が口をつけたスープを美味そうに食べすすめ、結局残りを全部食べた。




 朝食後。

 竹さんは母親達に連行された。

 昨日予告のあった春夏用の服のお披露目会をしたあと「試着してみて!」と連れて行かれた。


 今日は日曜。昨日はハルとヒロは体育祭だったが今日は休み。安倍家の本家で仕事をすると出ていった。オミさんタカさんもそれぞれ仕事に行った。双子は母親達についていった。



「姫のいないうちにちょっと話をしよう」と黒陽が言いだし、時間停止の結界を張った。

 俺が戻って今日で三日目。

 この二日で竹さんにどんな変化があったか検証しようと蒼真様も話し合いに参加することになった。


「竹様、あんなに食べるなんて思わなかった」

 すぐさま蒼真様が口を開く。


「昨日も、今朝も、ホントによく食べてるよね」


 そんなことないだろう。ホンのちょっぴりしか食べてないじゃないか。

 そう思うのに、黒陽は真顔で何度もうなずいている。

 そんなにか。


「昨夜もよく寝た。食事もよく取れるようになった。

 トモのおかげだ。ありがとう」


 黒陽が目を潤ませて頭を下げてくる。

 たったあれだけのことでそんなに頭下げるとか。どんだけひどかったんだあのひと。


「もーちょっと食わせたいけどな」

 そうつぶやいたら「無理させたらダメだよ」と蒼真様に止められる。


「急にたくさん食べさせたら胃腸がついていかない。

 少しずつ、少しずつ量を増やしていったほうがいい」


 なるほど。


「今日くらいなら大丈夫?」

「今日はスープを主に食べてたから大丈夫じゃないかな?」


 なるほど。


 蒼真様と黒陽にこれまでの食事量を聞き、これからどのくらい食べさせるか相談する。

 蒼真様も黒陽も竹さんが『半身()』の関わったものならば食べるらしいと気付いていた。

「お前の皿から少しずつ取り分けるほうがいかも」と蒼真様が判断した。

 量は少しずつでもたくさんの品数を食べさせよう、と。



 それからも黒陽と蒼真様から竹さんの話を聞く。健康状態。食事や睡眠の状態。昔の話。


 黒陽は『智明』の話を、蒼真様は『青羽』の話を聞かせてくれた。

 竹さんとどんなふうに接していたのか。

 どんな言葉が彼女に効き目があったか。


「『甘やかして』っていうのは効果あったらしいよ」

 蒼真様が言う。


「なんか『智明』のときに黒陽さんが言ったんでしょ?『夫婦は助け合うものだ』みたいなことを」

「言ったな」

「だから、自分が甘やかされた分、青羽を甘やかすんだーって竹様張り切ってた気がする」


「逆に甘やかされて怒ってたけど」と笑う蒼真様にはそのときの様子が見えているんだろう。

 ジクリと胸が痛むのを気付かないふりで話を聞く。


「そういえば智明も『自分も甘えるから姫も自分に甘えろ』と言っていた」


 なるほど。


他人(ひと)に『してやる』ことなら、受け入れられる?」

「かも。

 この前からタカや明子が構ってるのも『タカが疲れてるから』って説明で受け入れてたし」


 お人好しの彼女らしい。


「じゃあどこかで使ってみよう」


 彼女が俺を甘やかしてくれる――とてもいいじゃないか!

 俺が彼女を甘やかしたいが、彼女に甘やかしてもらうのもとても良さそうだ!


 どんなふうに甘やかしてくれるのかな。頭なでてくれたりするのかな。ぎゅっと抱きついてくれるだけでしあわせで死ぬかもしれない。


 デレデレしていたら蒼真様と黒陽がドン引きしていた。


「………お前………。それ、竹様の前で出さないほうがいいよ……?」

「普段はしっかりしているのに……お前ときたら……」


 ふたりに同時に「はあぁぁぁ……」とため息をつかれた。そんなにか俺。さすがに恥ずかしい!



 気を取り直して、ここ二日竹さんになにを言ってどうだったのか話をした。


「『守って』とか『しあわせにして』とかいうのは効き目ありそうだね」と蒼真様。


「あのひとお人好しだから、頼まれたらなんでもやっちゃう」


「……姫はどちらかというと自信がないほうだから。

 頼られると、それだけで喜ぶんだ。

『自分にもできることがある!』と言って」


 実際はものすごい高レベルの能力者なのに、本人がそうと知らないという。

 竹さんを育てた黒陽の妻が高レベル能力者だった。

 そのイメージが強すぎて『黒枝に比べたら自分なんてまだまだ』と思い込んでいるらしい。


 霊玉やアイテムだって並の職人が逃げ出すレベルのものを作るのだが、あまりにも高レベルすぎて周りが萎縮して使ってもらえず、結果『自分が作るものはたいしたものじゃない』と思い込んでいる。


 だから誰かに頼られたり喜んでもらえたら、ものすごく喜ぶらしい。

 それを利用しようとする輩もいたらしいが、そういうのは黒陽が竹さんに気付かれないように手をまわしていたという。


「あと神罰もあったしな」


「……………『神罰』?」


 そうして黒陽が教えてくれた話に頭を抱えた。

 複数の神の『(いと)()』!? 神々が共有しようと協定を結んでる!?

 俺の『半身』、トンデモナイひとだった!!


 それから黒陽は竹さんが高間原(たかまがはら)に産まれてきたときの話もしてくれた。

 おそらくは『災禍(さいか)』の関与があったこと。

 己の封印を解くために『災禍(さいか)』が『願い』を込めて産まれたのが、竹さん。

 そのために高霊力と高能力を持って生まれ、苦しんでいたこと。

 おそらくは先に『災禍(さいか)』の関与があったために神々の加護が通りにくいこと。

 それでやたら運が悪かったり間が悪かったりして、自己肯定感皆無のひとになったこと。


「我らがどれだけ言っても聞かないんだ。

『気を遣って』『なぐさめで』言っていると信じている」


 あの頑固者なら言いそうだな。


「だが、お前の言うことは聞いている気がする」

「……………そうか?」

 聞いてくれてるか? それならうれしいんだが。


「少なくとも考えてはいるようだった」

 それは確かにな。


 未だに『そばにいてもいい』という言質は取れていないが、『災厄が心配ならいちばんそばで守って』とか『ふたりのときはおやすみしよう』とかいう提案に考えているようだった。

 答えはもらえてないけどな。


「なによりお前には甘えている」

「!」


 甘えてる!? 竹さんが、俺に!?

 確かに昨夜もデロッデロに甘えてくれた!!

 その様子を思い出して――スッと、冷めた。


 あれは『俺』に甘えていたんじゃない。

『智明』に、『青羽』に甘えていただけだ。


「……寝ぼけて封印ゆるんでるからだろ。

『俺』とわかってないから、甘えてくれたんだろ」


 自嘲とともに吐き出したら黒陽も蒼真様もキョトンとした。


「いや? 普段も甘えてるぞ?」

「―――え?」


 意味がわからなくて問い返したら、蒼真様もうなずいた。


「竹様、いつもはあんな雛鳥みたいじゃないよ?

 ちゃんと自分で立ってるひとだよ」

「は?」


 雛鳥? 誰が? 竹さんが?

 雛鳥? 雛鳥って、なんだ?


「こいつにくっついて、寄りかかってるよね竹様」

「は!?」

「そうだな。姫にしては珍しく甘えきっているな」

「はァ!?」


 甘えきっている!? どこが!? あれが!?

 寄りかかってる!? 俺に!? いつ!?


「竹様とにかく自己評価低くて遠慮しぃで、他人が構おうと近寄ったらあの笑顔でスッと逃げるひとなんだよ。

 一歩近寄ったら一歩下がる、みたいな」


 あの遠慮がちなひとならやりかねないと理解できるのでうなずく。


「ぼくら守り役や姫達にだってそうなんだよ」

 ハァ、とため息を落とす蒼真様。

「付き合いだって長いし、同じ『呪い』を受けて一緒に責務に取り組んでるのに、未だに甘えてもらったことない」


 それは相当だな。


「どうしても協力してもらわないといけないときは、必ず対価を渡してた」


 あの生真面目なひとならそうするだろうと理解できたのでこれにもうなずく。


「それがお前にはなんの対価も渡してないだろ?」


 蒼真様はそう言うが、俺は対価をもらっている。

(まが)』クラスの鬼と対峙しても生き延びられるほどのお守りを。


「……以前、守護石をもらいました」


 自嘲とともにそう告げたら「それは以前(まえ)の話だろ?」とあっさり言われた。


 以前(まえ)

 以前(まえ)もなにも、あんなすごいモノ一度もらったら一生継続でいいだろうに。


「今回帰ってきて竹様付きになってからは、なにも渡されてないだろ?」


「………それは………。

 あの守護石で十分お釣りがくるからくれてないだけじゃないですか?」


 そう言ったら、蒼真様も黒陽も黙ってふるふると首を振った。


「あのひと、世話になる人間には守護石だけじゃなくて他にも色々渡してた。

『世話になる対価だ』って」


 昔、ハルのところに世話になるたびにそうやっていたと蒼真様は言う。


「菊様に命令されたからにしても、明子に言われたからにしても、あの竹様が側付きになにも渡さないなんてのは、ありえないんだよ」


「その側付きも身の回りの世話をしてもらうくらいで、お前にしたような込み入った話をすることはなかったな」


「……………」


 信じられない。

 じゃあなにか? 俺だからあのひとあんなに色々話してくれてるってことか?

 俺だから対価なしにそばに置いてくれてるってことか?


「……抱き上げて移動とか……」

「させるわけがない」

「幼い子供のときでも絶対に誰にもやらせなかった」


「……食べ物シェアしたり……」

「そんなひとのもの取るようなこと、あの竹様がするわけないだろう」

「与えることはあってももらうことはなかったな」


「……………」


 ―――え? もしかして………。


「……………もしかして、俺……………。

 竹さんに、すごく、すごく甘えられてる………?」


「そうだよ」

「そう言っておろう」


「―――!!」


 ブワワワワーッ!!

 あたたかな風が吹き上がる!

 足元から渦を巻いて天に突き抜ける!!


 そんな。そんな!

 竹さん、俺にそんなに甘えてくれてたなんて!

 俺、少しは頼りに思ってもらえた?

 少しは『好き』って思ってくれてる!?

 うれしい! うれしいうれしいうれしい!!


「やっぱり『半身』だからかな」

「それが大きいだろうな。あとは無意識に『智明』と『青羽』だとわかっているのかもしれない」

「それも大きいかぁ」


 蒼真様と黒陽がなにか言っているが、それを気にするどころじゃない!

 竹さんが俺に甘えてくれてたなんて!

 今までのがあの生真面目な頑固者の精一杯の甘えだとしたら、なんていじらしいんだ! なんてかわいらしいんだ!

 そんなの、俺から構い倒してかわいがるしかないだろう!


「調子に乗るなよ」


 黒陽が釘を刺してくる。


「昨夜の額や頬への口づけは見逃したが、あまり調子に乗るならば……わかっているだろうな?」

「気をつけます」


 霊力の刀の鋭利な刃を俺の首筋にピタリとつけ、ドスの効いた声で忠告してくる守り役に浮かれ気分も引っ込んだ。


「そんなことしたの!?」と蒼真様は驚いている。

「よく竹様許したね!?」

「半覚醒状態だったから……?」

「それにしたって……」


 蒼真様は目をまん丸にして首を振ると黒陽に顔を向けた。


「記憶の封印は効いてるんでしょ?」

「そのはずだが、眠っている状態や半覚醒状態ではゆるむのかもしれぬ」

「ゆるんでても、こいつが『青羽だ』とはわかってないんでしょ?」

「そのはずなんだが……」


 ううむ、とうなる黒陽。


「なんにしても、こいつなら竹様に干渉できるってことだよね」


 蒼真様の言葉に黒陽もうなずく。


「なら、話は簡単だよ」

 蒼真様はピッと俺に向き、いつもとは違う威厳たっぷりの様子で命じてきた。


「トモ」

「はい」

「竹様にどんどん干渉しろ。

 一口でも多く食べ物を口にさせろ。

 一分でも一秒でも長く寝させろ。

 それで、バカみたいに『好き好き』言って、あの自己評価マイナスなひとを元気にさせろ!」

「言われずとも」


「お前が『鍵』と菊様が言ったのはきっとこのことだよ。

 お前が竹様を元気にさせたら、きっと『災禍(さいか)』を封じられる。

 それだけの体力と霊力をつけさせること。

 それがお前の任務だ。しっかりやれよ!」


 難しいことを言っているが、早い話が竹さんを構い倒してイチャイチャベタベタしろと、そういうことだな!

 望むところだ! どんとこい!


 テンション上がって浮かれそうになるのをどうにか抑え、しかつめらしく見えるように口を引き結び、わざと仰々しく頭を下げた。

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