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第七十五話 帰還二日目 説得 1

 転移陣をくぐってすぐのところに黒陽が待っていた。


「スマン」

「大丈夫だ。――竹さんは?」


 短いやり取りのあと、黒陽は首を動かした。

 つられて目を向けると、真っ暗なリビングの椅子に竹さんがひとりで座っていた。


 パジャマ姿!


 バッと口元を押さえ、出てきそうになった邪念を押し込める。

 今はそれどころじゃない。それは置いとけ俺!


 どうにか精神統一をはかり、改めて彼女に目を向ける。

 水でも飲んだのか、コップが置いてある。


 こっちに戻ってからずっとああしてるのか?

 俺の疑問がわかったらしい黒陽が説明してくれた。


「こっちに戻って風呂に入って、一度は寝たんだ。

 だがすぐに目を覚ましてしまって。

 あちこちフラフラしていた。

 今、ようやくああして大人しくなったところだ」


 黒陽が水を出してやって、ようやく座ったと。なるほど。


「――『半身』を探してさまよっているときと同じ状態に見えたから。

 お前がそばで話をすれば落ち着くと思うんだ。

 ――スマンが、少し話をしてやってくれないか」


 ――竹さん、俺を『半身』と認識したんじゃないのか?

 それでも『半身』を探してる? 俺がそばにいなかったから?

 彼女の状態はわからないが、とりあえずの状況はわかった。


「そんなことでよかったらいくらでもするよ」

 そう請け負うと、黒陽は目に見えてホッとした。




 そばに近寄ると彼女の表情がよく見えた。

 いつもやさしく微笑んでいるひとが、表情を無くしていた。

 どこでもないどこかをじっと見つめたまま、ただ座っていた。


「――竹さん」

 呼びかけるとのろりと顔を上げ――。


 ――花が、咲いた。


 それまでの表情が嘘のように、彼女は輝くような笑顔を浮かべた。


「――トモさん――」


 愛しさの込められた呼びかけに胸が撃ち抜かれた!

 かわいい! かわいすぎる!!

 なんだその顔! その声!

 俺のことそんなに好きなの!? 大歓迎だ!! いくらでも好きになってくれ! 俺も大好きだ!!


「――どうしました? 眠れない?」


 どうにか平静を装ってたずねると、彼女はふらりと立ち上がった。

 あっと思ったときには、俺に抱きついていた!!


 竹さんが!!

 俺に抱きついてくれてる!!

 ぐわぁぁぁぁ!! うれしい!! 今までがんばってよかった!!


 ぎゅうっと彼女を抱き込む。かわいい。愛おしい。大好き!


「さがしてたの」


 その言葉に、スウッと冷静になった。


「さがしてたの」



 ――『宗主様の世界』で、いろんなひとに会った。

 その中には『黒』(ゆかり)のひともいた。


 彼らは竹さんも黒陽も知っていた。

 色んな話が伝わっていた。年配のひとは前世の竹さんを知っているひともいた。


 その彼らに、彼女らに、話をした。

 今生の竹さんの様子。俺の気持ち。あの短い間にあったこと。


 その中に、あの仁和寺門前で出会った話もあった。


 彼女は『半身』の記憶を封じていること。

 転生してもその封印は効いていること。

 封印の影響か、生まれ落ちたときには『災禍(さいか)』のこともそれまでの記憶も封じられて生まれてくるが、時期がくれば覚醒して記憶を取り戻すこと。

 それでも『半身』の記憶は封じられていること。

 それなのに夜になると『半身』を探してさまよっていたこと。



 あるひとが言った。

「睡眠という状態は、意識が沈んでいる状態だ。

 封印の術式も一緒に沈んでいると言える。

 そのために『半身』を求めてしまうのだろう」


 普通ならば眠っているのだから、封印が沈んでいてもせいぜい夢に見る程度になる。

 だが竹さんは罪の意識が強いせいか眠りが浅い。

 封印の術式が沈んでゆるんだところに半覚醒状態になり、『半身』を求めるのだろう。

 そして『半身』を求めてさまようことになるのだろう。


『黒』のひと達はそう推察した。


 それでなくても竹さんの能力は『黒』歴代最強と言えるらしい。

 まあ触れただけて『災禍(さいか)』の封印解くくらいだしな。

 少しでもゆるんだ術式程度、竹さんならばあっさりと解呪するだろうと誰もが断言した。



 寝ぼけた彼女は、半覚醒状態。

 そのときには『半身』を求める。

『智明』のことを。『青羽』のことを。


 俺を『半身』だと、求める。

『智明』だと。『青羽』だと。


 それはそれで間違いではないと理解はしているが、感情は納得しない。


『俺』を見て。

『俺』を求めて。

『俺』を愛して。


 強く、強く強く願ってしまう。

 強く、強く強く求めてしまう。


 それでも彼女が求めてくれるのがうれしい。

 同時に『それは「俺」ではない』と怒りにも似た想いが湧き起こる。

 ぐちゃぐちゃになる感情ごと彼女をぎゅうっと抱きしめる。


 彼女もさらに強く抱きしめてくれる。

 ひとつに溶ける幸福に満たされながら、ココロの中のドロドロした感情を押し込めていく。



「――探してくれてたの?」


 なるべく平静に聞こえるようにたずねると、彼女は俺の中でコクリとうなずいた。


 かわいい。


 さらに抱き込み、耳元にそっとささやく。


「俺も探してた」


「ずっと会いたかった」


 会いたかった。それは本当。

 ずっと誰かを探していた。

 強くなりたいと願っていた。

 だからじーさんばーさんの厳しい修行にもついていった。


 彼女に出会って、理解した。

 このひとだと。

 俺がずっと探していたのは、このひとだと。

 俺がずっと求めていたのは、このひとだと。


「会いたかった」


 もらす言葉に「うん」と彼女はちいさく答える。


「もう離さない」

「ずっと一緒だよ」


 俺の言葉に彼女は「うん」「うん」とうれしそうにうなずく。


「――なまえを、呼んで?」

「――竹さん」


 かわいいおねだりにすぐさま応える。

 彼女はうれしそうにさらにぎゅうっと抱きついてきた。


「――大丈夫って、言って?」

「―――」


 ――いつかの仁和寺の夜と同じ言葉。

 あのときも、今も、彼女が求めているのは『俺』じゃない。

 ジワリと昏い感情がにじむ。


 でも。


 それでもいい。

 それでも、彼女がしあわせならそれでいい。


「――大丈夫だよ」


 だから、求められるままに口にした。


「大丈夫だよ」

「竹さんはがんばってるよ」

「だから大丈夫」


 そう言葉を贈りながら、背中をなでる。

 苦しみを吐き出せるように。

 つらさをやわらげるように。



『黒』のひと達と検証した結果、ひとつの推論が出た。


 たとえ彼女が半覚醒状態だとしても、その間に見聞きしたことは彼女に刻まれる。

 だからこそ昔の彼女は寝ぼけて『半身』を探し、見つけられなかったと疲弊していった。

 寝ている間に探し歩いた記憶はなくても。


 だから、半覚醒状態でも、励ましたり愛をささやいたりすることは一定の効果が得られるのではないか。

 彼女の潜在意識に刻みこめるのではないか。



 その見解には俺も納得できた。

 だから、彼女に刻み込むように言葉を贈った。


「大丈夫」

「大丈夫だよ」

「俺がいるよ」

「俺が貴女を守るよ」

「ずっと一緒だよ」

「そばにいるよ」



「――それは、だめ、なの」


 ぽつり。


 彼女は言葉を落とし、甘えるように俺の胸に顔をすりつけた。


「だめなの」

「一緒には、いられないの」


「――なんで?」


「私は『災厄を招く娘』だから」

「貴方が不幸になるから」


 ――頑固者め。

 無意識下でもそんなこと言ってんのか。


 ぎり、と歯を食いしばり怒りを抑える。

 こわがらせないように意識してやさしく声をかけた。


「大丈夫だよ」

「俺と貴女は『半身』なんだから。俺はそばにいても大丈夫」


「だめなの」


 それでも彼女は『だめ』を繰り返す。


「だめなの」

「私は『罪人(つみびと)』だから」

「『しあわせ』になっちゃ、いけないから」


 ぎゅうぎゅうと俺に抱きつき、ちいさな子供のように甘える彼女。

 かわいくて愛おしくてたまらない。

 同時に生真面目で頑固な態度に怒りが湧き起こる。


「そんなことないよ」

「貴女だって『しあわせ』になってもいいよ」


 だから言った。

 潜在意識に刻み込むように。

 この愛しい頑固者の考えを変えられるように。


 それなのに彼女は「だめなの」を繰り返す。


「だめなの」

「夢ならいいの」

「ホントにはだめなの」

「だから、今だけ」

「今だけは、甘えさせて。そばにいて。大丈夫って言って」


「私は王族だから」

「甘えたらだめだから」


「―――!!」


 怒りのままに怒鳴りそうになった。

 彼女を抱きしめることでどうにかこらえ、呼吸を整える。


「――王族は、甘えたら、駄目なの?」

「だめなの」


 俺に抱きついて甘えながら、彼女は繰り返す。


「だめなの」

「甘えたらだめなの」

「黒枝が言ったの。

『甘えちゃいけない』『常に公平に』『毅然と』『誰からも敬意を集めるように』って」


「私は王族だから」

「王族は『民をしあわせにするもの』だから」

「だから、甘えたらだめなの」


「―――!!」



 ブチリ。



 怒りが頂点に達した。

 ガバッと抱きつく彼女を無理矢理引き剥がす!

 キョトンとする彼女をにらみつけ、怒鳴った!


「――自分ひとり『しあわせ』にできなくて、なにが王族だ!」


 俺の剣幕に彼女は息を飲んだ。

 ビビリまくっている。

 普段なら彼女をこわがらせることなどしたくない。

 だが、あまりにも勝手な言い分に腹が立った!


 彼女を傷つけるものは許さない。

 たとえ彼女自身でも。


 恐怖に固まった彼女に構わずたたみかける!


「王族は『民をしあわせにする』と言ったな。

 貴女自身だってその民のひとりじゃないのか!?」


「貴女自身を『しあわせ』にできない貴女が、誰を『しあわせ』にできると言うんだ!」


 固まっていた彼女は俺の剣幕と言葉にくしゃりと顔をゆがめた。

 目に涙がせり上がってきている。

 つかんだ肩がちいさく震える。


 こわがり震える様子に、ザッと血の気が引いた!


 や、やばい。こわがらせすぎた!

 つい本気で怒ってしまった。


 でもどの言葉も俺の本音だ。

 自分自身の『しあわせ』を諦める彼女が許せない。


 彼女を傷つけるものは許さない。

 たとえ彼女自身でも。

 それも俺の本音だ。


 だからといってそのまま彼女にぶつけるべきではなかった。こわがらせることはわかっていたのに。

 でもまっすぐにぶつけないとこの頑固者はわからないだろうとも思う。



 涙を浮かべてぷるぷる震える愛しいひとに怒りは鎮まった。

 だが許すかどうかはまた別の話だ。


「――そこまで言うなら」


 そっと肩をつかんでいた手を離し、彼女の頬を包んだ。

 うつむきそうになる彼女を少し上に向かせ、まっすぐに目を合わせる。


「俺を『しあわせ』にしてよ」


 茶色の明るい色の瞳。

 一重の垂れ目が驚きにまんまるになっている。

 パチクリとまばたきをした拍子に涙がぽろりと落ちた。

 それを指でぬぐってやり、コツンと額を合わせた。


「俺は簡単だよ。貴女といるだけで『しあわせ』なんだから」


 その目をのぞき込むようにしてねだる。

 彼女はただ黙って俺の目を見つめていた。



「俺は貴女じゃないから、貴女になにがあって、どんなふうに感じて、どれだけ苦しんできたのか、わからない」


「だから、教えて」


「貴女になにがあったのか。

 どう感じたのか。

 どれだけ苦しいのか」


「教えて」


 額を離し、彼女の瞳をじっと見つめた。

 理解が追いついていないのか、半覚醒状態だからか、ただキョトンとして俺の目を見つめている。

 やわらかな頬を包んだまま、ねだった。


「貴女のことを教えて。

 ひとつずつでいいから。

 思いつくままでいいから」


「貴女のことが知りたい」


「貴女になにがあったのか。

 どう感じたのか。

 どれだけ苦しいのか」


「貴女がなにを喜ぶのか。

 なにが好きなのか。

 どんなことで『しあわせ』になるのか」


 彼女がぱちくりとまばたきをした。

 それでもじっと俺の目を見つめてくれる彼女に、俺も必死で言い募る。

 


「貴女のことが知りたいんだ」


「貴女を、『しあわせ』にしたいんだ」


「貴女のそばに、いたいんだ」



 伝わって。伝わって!

 俺の想い。貴女への想い。



「貴女がなにか背負っているならば俺も一緒に背負う。

 貴女がなにか苦しんでいるのならば俺がその苦しみを半分もらう」


「ひとりで抱えなくていいんだ」


「俺にも、背負わせて」


「俺は、貴女の『半身』なんだから」



 彼女の唇がちいさく動いた。

『はんしん』

 声にならないつぶやきに、視線を合わせたままうなずく。



「好きです」


「貴女が、好きです」



 何度目かわからない告白に、彼女はなにも応えない。

 ただじっと、俺を見つめていた。



「『半身』だからじゃない」


「礼儀正しいところも。王族らしいところも。

 生真面目なところも。頑固なところも。

 うっかりなところも。ぼんやりなところも。

 どんくさいところも。要領が悪いところも。

 やさしいところも。笑顔がかわいいところも。

 やわらかな雰囲気も。あたたかな霊力も」


「貴女のなにもかもが、俺のココロを震わせる」


「貴女を、好きになる」


 呆然と立ちすくむ彼女の頬から手を離した。

 そのまま彼女の両手を取り、持ち上げた。

 テレビかなにかで見た、告白シーン。

 両手で持ち上げた彼女の手。その指に、そっとキスをした。



「――好きです」


「貴女が、好きです」



 彼女はキスされた自分の手を見つめ、顔を上げて俺を見つめた。


 俺の言葉の意味を理解しているのかいないのか。

 キスされたとわかっているのかいないのか。

 ただ目をまんまるにして、俺をじっと見つめている。


「貴女が俺を受け入れられなくても構わない。

 貴女のそばにいられたらそれでいい」


「貴女のいちばんそばで、貴女を守りたい」


「貴女のいちばんそばに、いたい」



『そば に』

 唇が声にならない言葉を伝える。

 それにうなずいて、持ち上げていた両手をそっとおろした。

 そのままぎゅっと手を握りしめ、さらに訴えた。


「危ないことも、痛い思いも、苦しい思いもしてほしくない。

 でも、貴女にそれは無理だとわかっている。

 だからせめて、俺の可能な範囲で貴女を支えたい。貴女を守りたい」


「俺の知らないところで、貴女がひとりで苦しみ傷つくのは、嫌なんだ」


 わかっているのかいないのか。

 じっと俺を見つめる瞳を、俺もじっと見つめた。


「貴女が苦しんでいるならば抱きしめて支えたい。

 貴女が傷ついているのならば撫でて癒やしたい」


「俺にできることなど大したことではないと理解している。

 それでも、少しでも、貴女のためになにかしたいんだ。

 貴女を支えたいんだ。守りたいんだ。

 貴女を」


「ひとりにしたくないんだ」


 ひとりにしたくない。

 このひとは生真面目だから、ひとりになったら限界までがんばってしまう。

 ひとりにしたくない。

 このひとはうっかりだから、ひとりになったら自分の痛みにも苦しみにも気付かない。


 がんばってがんばってがんばって。

 それが当然だと。己の責務だと。王族だからと。


 そんな彼女が愛おしい。

 そんな彼女が痛々しい。

 そんな彼女を守りたい。



 両手を握っていた手を離し、ぎゅっと彼女の身体を抱きしめた。

 嫌がられないことをいいことに、さらにぎゅうっと抱きしめる。


「甘えてほしい。頼ってほしい。寄りかかってほしい。

 貴女のためにできることはなんでもしたい。

 貴女が喜ぶならなんでもしたい」


「貴女が好きだから」


「貴女が『しあわせ』なら、それだけで俺は『しあわせ』だから」


 貴女が笑顔でいるだけで俺は『しあわせ』。

 貴女の笑顔を思い出すだけで胸にあたたかな風が広がる。


「そばにいて。どこにもいかないで。一緒にいて」


「それだけでいいから。

 他になにもいらないから」


「俺のそばにいて」


 そばにいて。

 そばにいたい。

 ただ、それだけ。

 願うのは、ただそれだけ。


「貴女のいちばんそばにいたいんだ」


「貴女のそばにいるだけで、俺は『しあわせ』だから」


 こうして抱きしめているだけで『しあわせ』だから。

 そばにいるだけで『しあわせ』だから。



 彼女はなにも言わず、ただじっと俺に抱かれていた。

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