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第七十四話 帰還二日目 夕食

 彼女をうながして御池のマンションのリビングに移動すると、丁度双子の夕食が終わったところだった。


「たけちゃ!」「たけちゃ!」

 双子がパッと椅子からおりて竹さんに駆け寄る。

 竹さんもすぐにしゃがんでふたりに手を伸ばした。


「たけちゃ! げんきになった?」

「うん。元気になったよ」

「よかったー」

「もうおねつない?」

「うん。心配してくれてありがとう」


 朝も会ったのに、双子は竹さんの登場に喜んでいる。それだけ心配していたということか?


 飛びついてまとわりつく双子を抱いてやる竹さん。かわいすぎる。天使か。女神か。

 ああ。タカさんがよく千明さんのこと『女神』って言ってる気持ちがわかった。

 確かに『女神』としか表現しようがない。馬鹿だと思っててゴメン。


「ホラホラふたりとも。竹ちゃんは今からごはんだからね?」

 アキさんが双子を引き離してくれて、ようやく竹さんも席についた。


「竹ちゃんは食欲どう? 普通に食べられそう?」

「……ええと……」


 そっと目をそらす彼女に、ふと思いついた。


「昨日の雑炊、アイテムボックスに入れたままにしてます。

 だからあったかいですよ。食べます?」


 そう言うと「雑炊?」と首をかしげる竹さん。

 ……これは。


 熱と寝ぼけてたので覚えてないらしい。

 サッとアキさん黒陽と視線を交わし、何事もなかったかのようににっこりと微笑む。


「うん。雑炊があります。食べます?」

 有無を言わさず昨夜の鍋を取り出し、ぱかりと蓋を開ける。

 うまそうな匂いが辺りに広がる。

 竹さんが興味深そうにじっと見つめている。


「お豆腐もどうぞ」とアキさんが出してくれたのは冷奴。

「好きなトッピング乗せてね」と俺達にも出してくれる。


 今日は和食の日らしい。

 焼魚に青菜の炊いたの、煮物に味噌汁。ほかにも副菜がたくさん。

 アキさんは飯を出してくれるときひとり分ずつ皿に盛って美しく出してくれることが多いけど、竹さんが少しでも食べられるようにか、今夜の副菜は大皿を並べたおばんざい屋方式になっている。


 焼魚と冷奴はひとりずつ皿に出してもらった。

 豆腐は有名店のものだった。

 竹さんも店名を知っていたらしく、これまた興味深そうに豆腐を見つめている。かわいい。


「ご近所だから」とアキさんは笑う。

 確かに近いといえば近いが、ここからだと御池通を越えないといけないし、わざわざ豆腐だけ買いに行くのは面倒に違いない。


 きっと竹さんでも食べられるものを、と考えてくれたんだろう。

 ここの豆腐なら興味を持つと思ってわざわざ買いに行ってくれたのだろう。

 ありがたくて、竹さんに気付かれないようにそっとアキさんに頭を下げた。


 アキさんはただにっこりと微笑んだ。



「いただきます」と手を合わせ、箸を取った。

 食卓についているのは俺と竹さん、ハルとヒロ、黒陽と蒼真様、千明さんとタカさん。

 オミさんは双子を風呂に連れて行った。

 アキさんは双子を受け取るためにスタンバイしている。


「この豆腐おいしいね!」

 蒼真様が大喜びするのを見た竹さんがウズウズしている。かわいい。


「竹さん、豆腐になんか乗せます?」

 そうたずねると「えと、えと」と戸惑う彼女。


「いつもはどうやって食べてたの?」

 ヒロの助け舟に「お醤油かけるだけです」と答える竹さん。


「ここのはおいしいから。まずそのまんまなにもかけずに食べてみて!

 それからお醤油ちょっとかけて。

 で、おネギちょっと乗せて食べてみて!」


 ヒロのアドバイスに「わかりました」と生真面目なひとはようやく箸を取った。

 感謝の目配せを送るとヒロはウインクを返してきた。


「――おいしい!」


 喜ぶ彼女に黒陽がホッとしていた。


「ねー。全然違うよね」

「びっくりしました」

「ほら。次はお醤油ちょっとつけてみて」

「はい。――おいしい!」

「だよね! ほら。おネギも」

「はい!」


 ヒロにうまく誘導されたかわいいひとは豆腐に夢中になっている。

 その隙にこっそりと茶碗に雑炊をつぐ。

 アキさんがサッと木の匙を添えてくれた。


「竹さん。こっちもどうぞ」

 うっかりなひとは俺からうっかり茶碗を受け取る。

 そのままなんの疑問も持つことなく匙を口に運んだ。

 黒陽が目を潤ませていた。


 正面に座るタカさんも千明さんも黙ったまま箸を動かしているが、竹さんの食べる様子に驚いているのがわかる。どんだけ食わなかったんだこのひと。


 蒼真様とヒロの他愛もない話を楽しそうに聞きながら竹さんは雑炊を食べる。

 かわいいひとを眺めながら俺も食事をいただく。何食ってもうまい。


「この炊いたのに使われてるお揚げ、いいやつ?」

 味の違いにアキさんに問いかけると、ユキに服を着せていたアキさんはにっこり笑った。


「そうよ! そのお揚げもお豆腐と同じお店のよ」

「へー。やっぱ豆腐が違うからお揚げも違うのかな」


 そう話していると、竹さんがじっと俺を見つめているのに気付いた。

 どうやら俺の食べている青菜の炊いたのが気になるらしい。

 かわいいなくそう。


「竹さんもちょっと味見してみます?」

 そう聞くと恥ずかしそうにうなずいた。

 だからかわいいんだよ!


「はい」と俺の皿から青菜と油揚げが同じくらいになるように取皿に置く。

「ありがとうございます」と照れくさそうに微笑まないで! かわいすぎるから!!


 俺が一口だと判断した量を彼女はさらに半分にして、口に運んだ。


「ほんとだ。おいしい」

「ね」


 うれしそうな彼女にうれしくなる。


「アキが料理したんだから! おいしいのは当然よ!」

 千明さんが謎の自慢をするのを竹さんは楽しそうに笑う。


「ほら竹ちゃん! こっちもおいしいわよ! 食べてごらん!」

「えと、その」


 千明さんにドサッとひじきを盛られた竹さんは困ったように微笑んだ。

 ……仕方ないな。


「俺が半分もらうから。竹さん、これだけ食べてみて」

 そうして一口分だけ残して俺の皿に引き受ける。


「味見」

 そう微笑みかけると、彼女は少し頬を染め、それでもうれしそうにうなずいた。


「おいしいです」

 一口食べて生真面目に千明さんに報告する。かわいい。


「これもうまかったですよ。半分食べてみます?」

「はい」

「魚、一口だけ食べてみます? うまいですよ」

「……じゃあ、一口だけ」


 そうしてよそった雑炊だけでなく、豆腐も副菜も味噌汁も食べた。

 デザートのケーキも食べた。


「急にあんなに食べて、竹様おなかいたくならないかな」

 蒼真様が心配して黒陽に胃腸薬を渡していた。

 そんな言うほど食べてないだろうに。大袈裟な。




 夕食を終え、双子におやすみの挨拶をする。

 タカさん千明さんが双子を寝かしつけに行ってからオミさんとアキさんが夕食。


 竹さんは今日は先に報告を済ませているので、あとは風呂に入って寝るだけ。

「おやすみなさい」と挨拶をして黒陽とふたりで離れに戻っていった。


 俺が残るのは「ハルとヒロともう少ししゃべりたい」と説明したら納得してくれた。


 ふたりと話したいのももちろんあるが、一番の目的は手伝いだ。大した仕事もしていないのに上げ膳据え膳なんて、じーさんばーさんに知れたらただじゃおかれない。



 ヒロが食器を洗うというので手伝う。


「まさか竹さんがあんなにごはん食べるなんて」

「そうなのか?」


 ヒロが洗う皿を拭きながら竹さんについて聞く。

 なんでも一時は俺が練習で焼いたちいさなパンをひとつ食べるのが精一杯だったらしい。

 あんなもん一口じゃないか!


「そのたった一個でも、食べたらみんなで褒めるくらい食べなかったんだよ」


 ため息を落とすヒロ。

 絶句したままハルとオミさんアキさんに顔を向けると、三人共苦笑を浮かべてうなずいた。


「竹様いっつもあんなだったんだよ。

 ごはん食べなくなって、眠れなくなって、それがある一線を越えたら眠り続けて死んでた」


「―――!」


 ここ数日はようやく回復してきたが、俺が修行に旅立って少しした頃は「本当に危なかった」らしい。

 なんてことだ! 竹さんが危険な状態だったのに俺ときたら修行でそばにいなかったなんて。


 修行から帰ったら竹さんがいなかった可能性を示され、手が震える。膝も震える。


「もう大丈夫だと思うよ! お前がいるからか、竹様今朝も今夜もよく食べてた!」


 あわてて蒼真様が断言してくれる。

 蒼真様がそう言うなら、大丈夫か?


「お昼はどうだった? 竹ちゃん少しは食べた?」


 アキさんの質問に、どのくらい食べたか具体的に報告すると全員驚いていた。


「そんなに食べたのに夜もあんなに食べたの!?」

「胃腸薬、足りるかな……」


 ………そんなにか。


 何故かはわからないが、彼女は俺が一緒なら飯を食うようだ。

 そうとわかれば俺の取るべき行動はひとつ。

 彼女にせっせと飯を食わせる。

 そう宣言するとその場の全員が「頼む」「よろしく」と頭を下げてきた。

 全員真顔なんだが。そんなにか。



 それから代わる代わるここ数週間の彼女の様子や、黒陽から聞き出した彼女の過去について話してくれた。

 紫黒での生活のこと。

 『落ちて』からのこと。


『自分がダメな子だから』『だから誰も近寄らなかった』『誰からも必要とされていない』

 そう思い込んで自己評価をどんどん下げていったこと。


 自己評価どん底だから誰の褒め言葉も慰めとしか受け取れない。

 自己評価どん底だから八つ当たりのような暴言を鵜呑みにする。

 そうして今の竹さんが出来上がったこと。


 眠れなかった彼女がここのところ眠り続けていたこと。その意味。

 黒陽が「動けるのはあと半年」と断じたことを聞いたときには目の前が真っ暗になった。


 タカさんアキさんを中心に『家族』として竹さんを構い倒していたこと、俺の話を聞かせ写真を見せていたことを聞いた。

 それが一定の効果があったらしいことも。


 それで蒼真様「早く帰ろう」って言ってくれたのか。

『むこう』を出ると決まってあちこちに挨拶に行ったときに何度も言われた。「もーちょっと居てもいいじゃないか」「蒼真様なら調節してそんなに時間経過なしに戻れるだろう?」


 そんな意見に蒼真様は「こいつが竹様に早く逢いたいんだって」と返していた。

 そのとおりだったから『バレバレだなぁ』としか思わなかったが、実際は弱った竹さんのためだったらしい。


 話や写真だけでも効果があるのだから、俺をそばに置いておけば回復するに違いない。きっと回復するはずだ。

 そんな祈りのような気持ちで俺を迎えに来てくれていたらしい。

 ありがたくて頭を下げた。


 そんな俺に蒼真様は「礼はいいから。しっかり働け」と、つっけんどんに言った。

 照れて言っているのがわかって、また頭を下げた。


 その頃にはタカさん千明さんも双子を寝かしつけて戻ってきていた。

「竹ちゃんに服渡したかったのに!」と千明さんに文句を言われた。


 夕食前に渡そうとしていたら、竹さんが逃げ出して説得になってしまって渡せなかった。

 じゃあ双子を寝かしたあとに…と思っていたら、竹さんはさっさと離れに下がってしまった。

 疲れただろうから早く寝させたかったんだよ。ゴメン。


 明日の朝食後に服のお披露目会をすると宣言されたので了承しておく。


 それから各調査の進展や他の姫の様子を聞いていたとき。

 ふわりと小鳥が飛んできた。


 黒陽からの式神。

 ――竹さんになにかあった!?


 あわてて式神を指に止まらせると、小鳥は黒陽の声で話しはじめた。


「トモ。スマン。すぐに戻ってこれるか?」

「戻る。どうした?」

 立ち上がりすぐに駆け出そうとしたらヒロに止められた。「状況を説明してから」とにらまれ、しぶしぶ足を止める。


「姫がお前を探している。――少し話をしてやってくれないか」

「わかった」


 納得したらしいヒロが手を離した。

 他の面々もうなずいたので、大急ぎで転移陣をくぐった。

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