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第七十三話 帰還二日目 『罪人』

 転移陣をくぐったところは離れのリビングだ。

 その壁に、竹さんが貼り付いていた。


 ………またなにしてんだこのひとは。


 気配を消してそっと近寄ってみる。

 壁に額を押し当ててなにやらブツブツ言っている。

 どうも一人反省会をしているらしい。


「なんで私」「ダメダメだ」なんて泣きそうな声を聞いたらかわいそうになった。



「竹さん」


 ビクゥッ!!


 俺の声に彼女は大袈裟なくらい飛び跳ねた!


「と、とと、ともさ、」

「急に出ていくからびっくりしましたよ」

「そ、その、」


 壁際にちいさくなる彼女。目に涙がたまっている。

 仕方ないひとだなぁ。


 こんなうっかり者、昔の俺だったら絶対に馬鹿にしてた。近寄ることもなかった。

 なのにそれがこのひとだというだけで愛しくてたまらなくなる。

 俺も相当重症だなぁ。


「……ちょっと、話をしてもいいですか?」


 俺の申し出に彼女はうつむいて悩んでいた。が、意を決したらしく、コクリとうなずいた。


 やれやれ。まずは第一段階突破だな。


 うながして椅子に座ってもらう。

 昨日と同じように向かい合わせに座る。


 アイテムボックスからコップを出してお茶をいれる。

「どうぞ」と差し出すと彼女は大人しく受け取った。


 自分にも同じように茶を入れてゴクリと飲む。俺もちょっと落ち着かないとな。

 コトリとコップをテーブルに置いて、改めて彼女に向き直った。


「……竹さんは」


 彼女はコップを持ったまま。口をつけることなくうなだれている。


昨夜(ゆうべ)話したことは、覚えてますか?」


 もしかして熱で記憶が抜け落ちてるのかもしれない。

 そう心配して確認してみたら「……覚えてます」とちいさく返ってきた。


「俺と貴女が『半身』なことも?」

 コクリとうなずく彼女。かわいい。


「『半身』ていうのは、理解してくれてます?」

 これにもうなずく彼女。


 よかった。『半身』と理解してない可能性もあったからな。このひとうっかりの上にぼんやりだから。


「俺は貴女の『半身』だから、そばにいても大丈夫ですよ?」


 そう言ったのに「……でも」と彼女は尚もためらう。仕方のないひとだなぁ。


「貴女が守ってくれるんでしょう?」

 そう言うとようやくそろりと顔を上げた。


 上目遣い! かわいい!


「貴女が俺を『しあわせ』にしてくれるんでしょう?」


 へらりと笑ってそう言ったら、彼女はつらそうに顔をゆがめた。

 その表情に、急に心配になった。


「……そう話をしたの、覚えてます……?」


 そう聞くと彼女はうなずいた。よかった。

 じゃあなんでこんなにシュンとしてるんだ?


「……俺がそばにいるのは、嫌?」


 情けなく問いかける俺に、彼女は黙ったまま答えない。


「俺がそばにいるの、……迷惑……?」


 おそるおそるたずねたら、彼女は眉を寄せてまたうつむいた。


「……迷惑じゃないから、困るんです……」


 ――それは、どういう意味だ?

 迷惑じゃない? ならいいじゃないか。


「迷惑でないなら、そばにいさせてください」


 そっと彼女の手に触れる。コップ邪魔だな。

 コップを取り上げても彼女はじっとされるがまま。

 それをいいことにコップをテーブルに置いてから、彼女の両手を俺の両手で包んだ。


 ぎゅ、と手を握り、うつむく彼女の顔をのぞきこむ。


「『好きになってくれ』なんて言いません。

 ただ、そばにいさせてもらいたいんです」


 それでも彼女は黙ったまま。

 困ったひとだな。


「菊様も『俺を置いておけ』と言っていたでしょう?

 黒陽だって俺をあちこちに紹介してくれたでしょう?

 貴女が俺をそばに置いても、誰も怒りません。大丈夫です」


「お守りもくれてるでしょ?」


 そう言ってもまだうつむいたまま。手強いな。


 なにが彼女にこんな顔をさせている?

『災厄を招く娘』だと思い込んでること?

災禍(さいか)』を追う責務のこと?

 余命わずかなこと?


 それらは昨日話してぶっ潰したはずだ。

 まだ納得していない?

 それとも他の気がかりがある?


 その可能性に気付き、彼女に問いかけた。


「――なにか、他に、気になることがある――?」


 俺の問いかけに彼女はちいさく反応した!

 気になることがある!? なんだ!?


「なにが気になる?」

「なにが引っかかってる?」

「教えてください」


 尚も言い募る。


「教えてくれないとわからない。

 貴女がなにに苦しんでいるのか。

 貴女がなにを気にしているのか」


「わからないとどうにもできない。

 俺にできることはするから。

 直すところがあれば直すから。

 だから、遠慮なく言ってください」


 一生懸命に彼女に訴えた。

 伝わって。伝わって!

 そばにいたい。そばにいたいんだ。

 貴女を『しあわせ』にしたいんだ!


 ぎゅうぅ、と手を握る。

 こんなとき晃みたいな精神系の能力者だったら彼女の気持ちがわかったのに。俺の気持ちを伝えられたのに。


 そう歯噛みしていると、彼女はポツリと言葉を落とした。



「……………私……………」


「……………『罪人(つみびと)』なんです……………」



 その表情から、意を決して告白してくれたとわかった。

 俺を信頼して打ち明けてくれたのだとわかった。

 だからとりあえず話を聞くことにした。



 黙ったままの俺に、うつむいたままの彼女がぽつりぽつりと言葉を落とす。


「私が『災禍(さいか)』の封印を解いたんです。

 そのせいで高間原(たかまがはら)は滅びました。

 たくさんのひとが生命を落としました。

 菊様梅様蘭様が『呪い』を受けました。

 守り役達がひとの姿を失い、死ねなくなりました。

 この『世界』に『落ちて』からもたくさんのひとが亡くなりました」


「全部、私のせいなんです」


「私のせいなんです」



 そこまで言って、彼女は呼吸を整えた。

 握った手は冷たくなっていた。


「だから」


 息を吸い込んで、止めて。

 彼女は、吐き出した。



「だから、私は『しあわせ』になっちゃいけないんです」


「―――」


 痛そうな顔の彼女。

 ぎゅ、と握った手に力がこもる。


『そんなことない』とぶった切ることは簡単だ。

『なにを馬鹿な』と笑い飛ばすことも簡単だ。

 でも、彼女がまだなにか溜め込んでいるのがわかって、黙っていた。

 ついでに全部吐き出させようと思った。



 俺の思惑通り、彼女はさらに吐き出した。


「――私は『しあわせ』になっちゃいけない。

 それなのに」


「貴方のそばにいると、『しあわせ』なんです」


「―――!!」


 ―――ホントに?


 ホントに竹さん、俺といると『しあわせ』なのか!?


 思わずじっと彼女を見つめる。嘘を言ってるようには見えない。

 ということは、本当に彼女は、俺といることを『しあわせ』だと感じてくれている――!


 ブワワワワワーッ!!

 春風が吹き上がる!

 俺の身体の中を踊り回り、身体の外まであふれる。

 うれしい! うれしい! うれしい!!


 彼女を『しあわせ』にできた!

 彼女に喜んでもらえた!


 そこでふと気が付いた。


 ―――喜んで、る?


 かなしそうな、苦しそうな彼女の様子に、ようやく冷静になった。


 彼女は、とても『しあわせ』とは言えないような顔をしていた。



『しあわせになっちゃいけない』

 彼女はそう言った。


『「災禍(さいか)」の封印を解いたから』『そのせいでたくさんのひとが死んだから』と。


 以前黒陽も言っていた。

 竹さんは『罪にとらわれている』。

 だから『誰の話も聞けない』。

 ひとりで罪を背負い、疲弊し、死ぬ。



 このひとはやさしくて、甘っちょろくて、優柔不断で。

 頑固で、思い込みが激しくて、ひとの話を聞かない。


 愛おしい、俺の『半身』。俺の唯一。


 そうやって五千年苦しんできたんだろう。

 そうやって五千年必死て責務に取り組んできたんだろう。


 生真面目で。うっかりで。ぼんやりで。

 他に目を向けることもできなくて。

 誰に助けを求めることもできなくて。


 たったひとりで、耐えてきたんだろう。



 やさしいひと。生真面目なひと。


 俺の、大切なひと。



「――俺がそばにいると、『しあわせ』?」


 コクリとうなずく彼女。

 そんなの『俺が好き』って言ってるようなもんだよ? うっかりだなぁ。かわいいなぁ。


「『しあわせ』なのが、いけないこと?」


 これにもコクリとうなずく彼女。

 仕方ないな。このひと生真面目だもんな。甘っちょろいもんな。


 それにしてもこのひと、俺なんか考えつかないようなナナメ上な思考回路だな。

 なんで『しあわせ』なのが『いけないこと』なんだよ。

 なんで『封印解いた』のが『自分のせい』になるんだよ。

 なんで『世界が滅びた』のも『自分のせい』になるんだよ。

 生真面目もここまでくると問題だな。


 ………仕方ない。それでも好きなんだから。

 愛おしくてたまらないんだから。



「――それ」


 俺の手の中で彼女の手がちいさく反応した。

 気付いていないフリをして話を続ける。


「誰かに言われたんですか?

『しあわせになるなんて許さない』とか責められたんですか?」


 ふるふるとうなだれたままの首を横に振る竹さん。


「貴女が勝手にそう思ってるだけ?」

「『勝手』なんて」


 ようやく顔を上げた。

 でもその顔は痛そうだった。


「誰に言われなくても、私が一番わかってるんです。

 私は『罪人』なんです。

『罪人』なのに『しあわせ』になるなんて、許されることじゃありません」


 ――ああ。このひとならそう考えるだろうなあ。

 それはわかる。わかるけど。

 許せるかどうかは、また別の話だ。


 彼女を傷つけるモノは許さない。

 たとえ彼女自身であろうとも。



 うなだれ、しょげかえる彼女に声をかけることにした。


「――たとえば」


 話をするとわかったかのがのろりと顔を上げる。生真面目だなぁ。かわいいなぁ。


「『災禍(さいか)』の封印を解いた原因が、実は他の姫にあったとします」


 驚きに目を見張り、なにか言おうとする彼女に先んじて問いかける。


「貴女は『封印を解いた原因の姫』を責めますか?」


 俺の質問に彼女は絶句していた。


「『お前のせいだ』と責めますか?

『お前のせいで自分は呪われた』と責めますか?

『あれもこれも、みんなお前のせいだ』と不平不満をぶつけますか?」


「そんなこと、しません!」

 だろうね。貴女にそんなことはできない。


「じゃあ、他の姫も同じじゃないですか?」


 断言してやると彼女はまたも絶句した。


「貴女が『己の罪』だと思い込んでること、他の姫はそうは思っていないんじゃないですか?」

「―――」


 彼女は反論しようとしたのだろう。

 身を乗り出して口を開いたが、すぐになにかに気付き、またシュンとうなだれた。

 そうして自嘲の笑みを浮かべる。


「………皆様、お優しいんです」


 弱々しい笑顔。かなしそうな笑顔。

 全然似合わない笑顔。


 ちがうでしょう。貴女、もっとやさしく微笑むひとでしょう。

 俺の好きな貴女の笑顔はそんなんじゃない。

 もっとあたたかで、やわらかで、見てるだけで俺をしあわせにしてくれる笑顔だ。


 考えろ。考えろ考えろ考えろ!

 この頑固者を論破するにはなにを言えばいい?

 このやさしいひとを救うにはどうしたらいい?


 どうすればこのひとを救える?

 どうすれば俺をそばに置いてくれる?

 どうすれば俺といて『しあわせ』だと素直に喜んでくれる?


 糸口を探るためにも会話を続けることにした。


「――たとえば」


 なにかないか?

 彼女を説得できるだけの材料。

 彼女の大切なもの。大切なひと。


 ……………俺?


 ………いやいや。それはうぬぼれだろう。

 いくらなんでも。

 いや。でも。もしかしたら――?


「――たとえば、俺がナニカの封印を解いて」


 そろりと目だけを向けてくる彼女。かわいい。


「そのせいで『世界』が滅びたら」


 驚いたのかバッと顔を上げてなにか言おうとした彼女を制して先に問いかける。


「貴女は俺を(ののし)りますか?」

「『罪を(つぐな)え』と責めますか?」


 彼女は目を丸くしていたが、生真面目に考えはじめた。

 目を伏せ、じっとつないだ両手を見つめていた。


「――貴方が、理由もなくそんなことをするとは思えない」


 信頼されてる!

 嬉しくて誇らしくてテンション上がる!

 いや話の途中だ。今は彼女を論破するほうが先だ。

 落ち着け、落ち着けと自分を静める。


「――でも………。『罪』は『罪』です」


 うなずく俺に、彼女は考え考え答えてくれた。


「――貴方が『罪』を犯したなら――償わなくてはいけないと思います」


 うなずく俺に気付いているのかいないのか、うつむいたままの彼女は俺達の手をじっと見つめたまま、生真面目にさらに考えていた。


 ようやく顔を上げ、俺の目を見て、彼女は言った。


「貴方が『罪』を犯しても、私は貴方をののしることも、責めることもないと、思います」


 だろうね。貴女はそんなひとじゃない。

 うなずいた俺に彼女もうなずいた。


「貴方が『罪』を償うとき、私にできることでしたらお手伝いしたいと思います」


「―――!」


 そんなに俺のこと信頼してくれてるの?

 そんなに俺のこと大切に想ってくれてるの?


 そんな場合じゃないのに胸にじんわりと温かいものが広がっていく。

 うれしい。誇らしい。大好き! 大好き!!


「――ありがとうございます」


 抱きしめたいのをグッと我慢して、どうにか笑みを作って彼女に向ける。

 困ったように口の端を上げる彼女の手をぎゅっと握る。


「――俺も同じ想いです」


 まさかそう返ってくるとは思っていなかったのだろう。

 彼女が『え?』という顔をした。


「貴女が『罪を犯した』と言うのなら。

 貴女が『罪』を償うと言うならば、俺にできることは手伝いたい」


「一緒に、背負いたい」


「だって『半身』なんだから」


「そうでしょ?」と微笑むと、彼女はポカンとしてしまった。

 まさかそう返されるとは考えてもいなかったんだろう。うっかりだなぁ。甘いなぁ。


「そ、そんなのダメです!」

 俺の手から逃れようとするのをグッと握り捕らえる。


「なんで?」

「だって」


 グイグイ引っ張っても逃げられない彼女は涙のたまった目で俺に訴えた。


「巻き込めない」

「私の『罪』は私がつぐなうべきものだもん」


 強情だなあ。頑固だなぁ。

 そして目をうるうるさせて一生懸命に言うのかわいすぎ!


「俺が『罪』を犯したら、貴女は一緒に償ってくれるんでしょ?」


 問いかけると潤んだ目のままうなずく彼女。

 だからかわいすぎるんだって!


「じゃあ俺が貴女の『罪』を一緒に償ってもいいんじゃないですか?」


「『半身』なんだから」


 それでも納得しないかわいいひとの手をグッと引いてバランスを崩させる。

「あっ」と倒れかかってくる彼女を難なく受け止め、そのまま抱き上げ俺の膝に座らせる。

 そうしてぎゅうっと抱きしめた。


「―――わかる?」


 抱き合っていると強く湧き起こる。

『ひとつに戻った』と。

『このひとだ』と。


「俺達は『ひとつ』だったんだよ」


 彼女も感じてる? この感情を。この感覚を。

 満たされる、しあわせな、この感覚を。


「元々『ひとつ』だったんたから。

 貴女の『罪』を一緒に背負うのは、当然だよ」


「むしろ義務?」


 わざとそんなふうに言ってやると、腕の中の彼女が身じろぎした。


「ダメです」

「なんで?」

「貴方を、巻き込めない」

「巻き込んでいいんだよ。『半身』なんだから」

「『半身』だから巻き込めない」

「なんで?」

「――『しあわせ』に、なってほしい」


 ―――くっそおぉぉぉ! かわいいぃぃぃ!!


 なんだこのひと! なんでこんなにかわいいんだ!



「俺の『しあわせ』を願ってくれるのならば、そばにいさせて?」


 抱きしめて、彼女の頭にスリスリと頬ずりする。

 彼女は大人しく俺に抱かれたまま、されるがままになっている。かわいい。かわいいしかない。


「昨日も言ったでしょ?」


 黙ったままの愛しいひとに告げる。


「俺は貴女といれば『しあわせ』なんだ」


 彼女がちいさく震えた。

 かわいくてかわいくてぎゅうっと抱きしめた。


「そばにいさせて。一緒に背負わせて。

 貴女の苦しみもかなしみも、半分は俺のものだ」


「俺達は『半身』なんだから」


「俺から貴女を奪わないで。

 貴女のいない『世界』なんて、もうありえない。

 俺には貴女だけなんだ」


「貴女がいれば『しあわせ』なんだ」


 願いを込めて抱きしめる。

 あたたかい。やわらかい。愛おしい。

 俺の『半身』。俺の唯一。


 彼女を抱きしめているだけでなんでもできそうな気がする。

 彼女を傷つけるなにもかもから彼女を守れそうな気がする。


 好き。大好き。

 そんなことしか浮かばなくなる。


 かわいい。大好き。

 そんなことでいっぱいになる。




 ぎゅうぎゅうと彼女を抱きしめて堪能していると、ふと転移陣の扉がそぉっと開くのが目に入った。


 これまたそぉっとヒロが顔を出した。

 ああ。そういえば『様子を見に行く』と言ってくれてたもんな。


 目が合った俺に『どう?』と口の動きだけで伝えてくる。

 苦笑で答えると、ヒロは状況を察してくれたらしい。


『ごはん、食べる?』と聞いてきた。

 そうだな。気分転換にもいいかもな。

 うなずく俺にヒロもうなずいた。


「――竹さん。とりあえず飯にしましょう。

 話の続きはそのあとで」


 そう言って腕の拘束を緩めたけれど、彼女は俺にくっついたまま離れない。

 ………かわいすぎか?


 もう一度ぎゅうっ! と抱きしめてからポンポンと背中を叩いた。

 そうして今度はしっかりと身体を離す。

 彼女はうつむいたまま、情けない、()ねたような顔をしていた。


 ――かわいいっっっ!!


 また抱きしめそうになった俺を止めたのはヒロのニヤニヤした笑みだった。

 いやらしい、根性の悪そうな笑みにヒュッと冷静になった。


 くそう。完全におもしろがってやがる。ヒロめ。


 ギッとにらみつけてもヒロはどこ吹く風。憎たらしい。

 ヒロを放置して愛しいひとに向き直る。


「――竹さん?」

 呼びかけると、俺の膝に乗ったままのかわいいひとはちいさくひとつうなずいた。


「ごはん食べて。それからまた話し合いましょう。ね?」


 背中をなでながらそう言うと、ようやくちらりと俺に目を向けた。だからかわいすぎるんだって!!


 また目を伏せてうなずく彼女をひょいっとお姫様抱っこして立つ。

 と、途端に彼女はハッとしてジタバタと暴れだした。


「と、トモさん!」

「はい?」

「歩けます! おろして!」

「えー」

「おろして!!」

「………わかりました」


 しぶしぶおろすとホッとする彼女。

 イケるかと思ったんだがな。惜しい。


 ヒロは竹さんに見つからないようにさっさと御池に戻っていた。

 なにも気付いていないうっかりな愛しいひとをうながして転移陣をくぐった。

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