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第七十二話 帰還二日目 昼〜夕方

 あちらの神域、こちらの異界と出たり入ったりしていると時間の感覚がおかしくなる。

 なるほど。これで昼食を忘れるのか。


 高霊力保持者のふたりは高霊力に包まれた『世界』にいるだけで食事の必要はなくなる。

 腹が減らないから余計に昼食を忘れると。

 なるほどな。


 とはいえ、俺がついていられるのは彼女の飯の管理もあるから。

 俺の腹時計と『こちら』の太陽の位置で大体の時間を確認する。


「竹さん。昼飯にしましょう」

 誘うと「え。でも」とキョトンとする彼女。


「俺、腹減りました」

 わざとそう言うと驚愕を貼り付ける彼女。


「ご、ごめんなさい! すぐに!」

「どこで食べます? 神社の中はマズいし……川原に行ってもいいですか?」

「はい! どこでも!」


 生真面目だなぁ。かわいいなぁ。

 ザッと風を展開して、人気のない川原を見つけた。


「じゃあ、行きましょう」

 ひょいっと彼女を抱き上げる。


「と! トモさん!」

「はい?」

「歩きます! おろして!」

「いや、縮地で行きますから」

「そ、それなら、ついていきますから!」

「はぐれたら困るから」

「……………!」


 よし勝った。


 言葉を探して口をパクパクさせているかわいいひとをそのままお姫様抱っこして「行きます」と地面を蹴る。

 彼女の肩の黒陽が呆れ果てている気がするが無視だ。

 そうして風で見つけた川原の木陰で彼女を下ろした。


 ほどよい大きさの岩があったので、そこにアイテムボックスからバンダナを出して広げる。


「どうぞ」と勧めると「ありがとうございます」と大人しく座る彼女。かわいい。


「おにぎりとサンドイッチ、どっちにしましょうか?」


 竹さんが死蔵させていたアキさん作の弁当は半分を俺のアイテムボックスに移動させた。

 移動させるために全部テーブルに出したのを見たアキさんは般若のようだった。

 竹さんだけでなく黒陽までちいさくなって震えていた。


「トモさんの食べたいほうでいいです」という彼女。

 ……これは自分は食べる気ないな。


 少し考えて、サンドイッチをチョイスする。

 このひと米よりパンのほうが好きっぽい。

 いろんなパンのいろんなサンドイッチがあった。さすがアキさん。そしてどれもうまそう。


「じゃあ、これ」とひとつ手に取り、ラップをむいて「はい」と彼女に渡す。


「わ、私はいいです」

 やっぱりな。


「じゃあ、『分けっこ』しましょう」


 そう言うと、彼女も思い出したらしい。

 あの広沢池で三人でパンを食べたときのことを。


 うれしそうににっこりと微笑む彼女が愛おしい。その笑顔だけで胸がいっぱいになるよ!


 あのときのように霊力の刀をペティナイフサイズに出してサンドイッチをカットする。

 真ん中の具がたくさんある部分を彼女に手渡す。

「ありがとうございます」と微笑むのがかわいすぎる!

 黒陽にも一切れ渡して俺も食う。うん。うまい。さすがアキさん。


「飲み物なにがいいです?」

 アイテムボックスからペットボトルを出す。

 ジュースやコーヒー、紅茶。こういうときにアイテムボックスあると重宝するよな。


 竹さんはコーヒー牛乳を選んだ。コップに入れて渡す。

「ありがとうございます」なんてにっこりされたらそれだけで腹いっぱいになるよ!


 黒陽と自分にアイスコーヒーを入れ、いつかのようにおしゃべりを楽しみながらサンドイッチを食べた。


 前回と違ったのは、竹さんがよくしゃべったこと。

 黒陽が話を振って、高間原(たかまがはら)にいたころの話を聞かせてくれた。

 俺が借りたこの正装以外の正装の話。普段の服の話。好きだった食べ物。苦手だった食べ物。植生。環境。思いつくままにいろんなことを教えてくれた。

「そろそろ行こう」と黒陽が言い出さなかったら日が暮れるまで話していた。


 竹さんはしゃべりながらサンドイッチを食べた。

 五種類? 六種類? そのくらいのサンドイッチを一口ずつ食べた。

 問答無用でカットしたのを「はい」と渡したからか、もりもり食う俺達につられたのか。

 なんにしても楽しそうだったからいいだろう。

 黒陽がこっそりと「ありがとう」と耳打ちしてきた。





 安倍家の離れに戻ったのは五時すぎだった。

「もう一箇所行けたかな?」とちょっと思ったが、竹さんは病み上がりだ。無理はさせたくない。


「お疲れ様でした」

 手洗いうがいをすませてリビングに落ち着いた彼女に声をかけると、にっこりと微笑みを返してくれた。


「トモさんもお疲れ様でした」


 ―――ぐわぁぁぁぁ! かわいいぃぃぃ!!


 なんだそれ! そんなかわいく微笑んでねぎらってくれるとか、どんなご褒美だ! 最高だ! がんばってよかった!!


 彼女のかわいさに取り乱していたら「ゴホン」と黒陽が意味ありげな咳をした。


 あ。そ、そうだ。ちゃんと『うれしい』と伝えないと。

 でないとこのひと、どんな勘違いするかわかったもんじゃない。


「貴女にそう言ってもらえるなら、がんばった甲斐がありました」


 正直にそう言ったのに、彼女はなぜか黙ってしまった。

 心なしか頬が赤い。また熱が出てきたか?


 熱を計ろうかと彼女に近づいたとき。

 俺のスマホが鳴った。


 アキさんだった。


 帰宅連絡を入れていた、その返信だった。

『ヒロちゃん達も今帰ってきたわよ』

『夕ごはんには早いけどこっち来る?』


 竹さんと黒陽にアキさんからのメッセージを伝えると「行こう」となった。

 夕食前に今日挨拶に行ったところについてハルに報告しておこうと。


 俺に異存はない。黒陽を俺の肩に乗せ転移陣の扉をくぐった。




 御池のマンションにはアキさんと蒼真様、ハルとヒロがいた。

 ハルとヒロは学校から帰ったばかりだという。制服のまま「話を聞こう」とソファにうながされた。


 今日挨拶に行ったところを報告。

 それぞれなにを献上して、どんな話が出たかひと通り報告した。

「ついでに」と黒陽が明日行くつもりの場所を報告する。


 挨拶するところが多い上にそれぞれが竹さんの笛や舞を求めるから、一箇所に時間がかかる。

 だから『異界』を出入りするときに時間軸の調節をしていても数はこなせない。

 ハルもヒロもその説明に納得していた。


『バーチャルキョート』やデジタルプラネットの調査も進展がないから「まあのんびり挨拶してまわれ」とハルが言う。



「そういえば竹さん」

 不意にヒロが彼女に話しかけた。


「トモを『受け入れた』んだね」


 ……………。


 ―――!!


 ボン! と脳味噌が爆発した!

 そうだ! 彼女、今日一日ずっと俺と一緒にいた!

 それでも『ダメ』とも『災厄が』とも言わなかった。むしろ楽しそうにしてた!


 俺も彼女と平気で話せた! そういえば許可もなくお姫様抱っこしたりした!! それって、彼女が俺を『受け入れた』からじゃないか!?

 俺達、こ、ここ、恋人同士に、なったんじゃないか!?

 いやむしろ、ふ、ふふ、夫婦!? 一緒の家に暮らして一緒に飯食ってんだから、夫婦だろう!


 怒涛の勢いで思考が暴走する!

 そんな俺にハルが馬鹿を見る目を向けていることに気が付いた。


 その目がついっと俺の横に動くのにつられて目を向けた。


 そこには、驚愕を貼り付けた竹さん。


 ………あれ? なにをそんなに驚いているんだ?



 愛しいひとはギギギ、と音がしそうなくらいぎこちなく俺に顔を向けた。

 ――なんでそんな、恐怖に青ざめたような顔をしているんだ?


 ――あれ? まさか……?


「……竹さん?」


 バッ!


 声をかけた途端、彼女はソファから立ち上がった。

 そのまま脱兎のごとく駆け出して転移陣の扉をくぐった!


「た、竹さん!?」

「……おそらく、忘れていた」

「「は?」」


 ボソリと落ちた黒陽の言葉の意味がわからない。


「……昨日姫が抵抗していた『災厄』とか『巻き込む』とかなんとか、忘れていたに違いない。

 トモがあまりにも当たり前にいるから、おそらく違和感を感じることなく同行していたのだろう……」


 しばし、絶句。

 そんなことあるか!?


「うっかりが過ぎるだろう!」

 怒鳴る俺に黒陽は困ったようにうなだれた。


「……それだけ『お前』がそばにいるのが当たり前になっていたんだ。

 記憶はなくとも。

『夫』とわかっていなくとも」


 ――『智明』と、『青羽』と過ごした時間がそうさせたのだと、何故かわかった。

 彼女がどれだけ『半身』を大切にしていたのか見せつけられたようで、前世の『俺』だと頭では理解していても感情が煮え立つ。


「それより! 早く追いかけなよ!」


 ヒロの言葉にハッとする!


「早く追いかけて、話をしな!

 説得して、納得してもらわないと!」

「そ、そうだな」


 あわててソファを立ち、転移陣の扉へ向かう。


「ふたりで話したほうがいいよ」とヒロも黒陽も「御池(ここ)で待ってる」という。


「しばらくしたら様子見に行くから。ダメっぽかったら加勢する」

「頼む」


 短く頼んで転移陣の扉をくぐった。

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