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第十話 竹さんが来た

「あの、突然おうかがいしてすみません。少しお話をさせていただきたいのですが……」


 彼女の言葉にハッと意識が覚醒する。

 イカン! またボーッとしてた!


「は、はい! とりあえず、中に!」

 あわてて玄関の鍵を開ける。あああ、うまくいかない! なんでだよ!?

 ようやく開いた扉を大きく開き「どうぞ!」と彼女を招き入れる。

「お邪魔します」とペコリと一礼して玄関をくぐる彼女。礼儀正しいなぁ。かわいいなぁ。


「おい」


 ボーッと彼女を見つめて突っ立っていた俺に壮年の男の声がかかる。

 その声にハッとする。誰だ!? どこだ!?


 声の元をたどり、彼女の肩の上の亀に気が付いた。

 黒い亀。額に日輪の模様かある。

 船岡山にもいた、彼女の守り役と紹介された亀だった。


 え? いつからいた? もしや、ずっといたのか!?

 間抜けなところをさらしてしまった自覚から赤くなってしまう。

 そんな俺に亀は容赦なく言葉を投げつける。


「スリッパはないのか」

「!」


 そ、そうだ!

「スミマセン!」

 あわててスリッパを出して彼女に差し出す。


「もう。黒陽」なんて彼女が亀をたしなめる。かわいい。

 怒られた亀はツーンとそっぽを向いて聞いていないフリをしている。


「で? どこで話をする?」

 亀に指摘され、やっとアタマが少し動いた。

 ええと、ええと。


 話。話をするなら、客を通すなら――奥の座敷。

 そこまで思いついて、ふと気が付いた。


「あ、あの」

「はい」

「ハルは」


 ハルが来るんじゃなかったのか?

『今回の件で話がしたい』と、『明日放課後時間をくれ』と連絡してきたのはハルだ。

 なんで竹さんが来てるんだ? いやうれしいけど。


「晴明は来ないぞ」

 あっさりと彼女の肩の守り役が答える。


「晴明が連絡していなかったか?『我らが話がしたい』と」


「そう頼んだつもりなんだが」と首をかしげる亀。同じように竹さんも首をかしげる。

 かわいいか。

 いや今は置いとけ俺。

 

「……『誰が』『話がしたい』かは、書いてありませんでしたね……」


 そう。書いてなかった。

 くそう。ハルめ。わざと書かなかったな!


「まあいい」と守り役はあっさりとしたものだ。

 てことは、ホントにハルもヒロも来ないのか?

 この家で彼女とふたりきりになると、そういうことか!?


 誰にも邪魔されない空間で、彼女と、ふたりきり。

 ふたりきり――



「で? どこで話をする?」

 再び亀に声をかけられ、ハッとする。

 そ、そうだ。ふたりきりじゃない。守り役も一緒だ。

 そう。そうだ。ふたりきりじゃない。落ち着け俺。落ち着け。


「こ、こちらへ」


 ウチは玄関を入って右側がプライベートスペース、左側が来客スペースになっている。

 茶道家だったばーさんのためにじーさんが建てた家だ。

 左側の襖で区切られた部屋は襖を取り払えば大広間になり、大人数での茶会に対応できるようになっている。

 一番奥には茶室もある。


 普段は来客対応用に襖で区切られている、一番奥の部屋に案内する。

 持ったままのケーキの箱を座卓に置いて、大急ぎで座布団を上座に出す。


「お手数をおかけして申し訳ありません」

「いえ! どうぞ!」


 俺の勧めにやっと彼女は座布団に座った。

 亀は彼女の肩から座卓の上にぴょんと飛び降りた。


「甘い匂いがするな。なんだこれは?」

 スンスンと鼻を鳴らし箱を気にする亀に「黒陽!」と彼女がたしなめる。

 生真面目な性格が見えてますます愛おしくなる。


「その、てっきりハルが来ると思っていたので、ヒロに、昨夜の詫びをと、ケーキを買ってきたんです」


 パカリと箱を開けた途端、彼女の目が箱の中に釘付けになる。

 目がキラキラしている! ケーキに目を奪われる様子がかわいくてたまらない! ケーキ買ってきてよかった!


「あとこっちも。北山本店限定らしいです」

 マドレーヌも開けて見せると、ふわりと甘い香りが広がった。

 すう、と彼女が香りを吸い込んだのがわかった。

 とろりとした甘い表情に目を奪われる。

 か、か、かか、かわいすぎるー!!


「フム。うまそうだな」

「黒陽!」

 亀のつぶやきを彼女がたしなめる。

 亀の言葉にハッとした。


「よかったら、今どれか召し上がりますか?」

「え?」


 キョトンとした顔もかわいい。つい、デレっと顔がゆるんでしまう。


「ヒロが五、六個食べると思って多く買ってきていますから。今ひとつふたつ食べてもわからないんじゃないですかね?」

「そ」

「それもそうだな。姫、どれをいただきます?」

「黒陽!」

 真っ赤になって怒るのもかわいい。


「あ。マドレーヌのほうがいいですか?」

「―――」

「姫はどっちも好きだな」

「黒陽!!」

 ペロッとバラされて涙目になっている。かわいい。


「じゃあケーキとマドレーヌ、一個ずつ皿に入れてきます。

 ケーキはどれがいいです? ここからこっちが本店限定らしいですよ」

「あ、あの、その、」

「この生クリームたっぷりなのが姫の好みだな」

「黒陽ー!!」


 もう、なんだこの人。いちいちかわいい!

「お願いだから黙って!」と亀を捕まえようとする彼女と逃げる亀の攻防を微笑ましく見ながら声をかける。


「守り役様はどれがいいですか?」

 俺の問いかけに亀が動きを止めた。

 ちょっと目を大きくする様子におかしなことを言っただろうかと首をかしげる。


「――私はいい。甘いものは好まん」

「あの。あの。どうぞ、お構いなく」

 申し訳なさそうにあわてて言う彼女がかわいらしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。


「ではクッキーでも持ってきます。俺も食えるやつなので大丈夫かと」

「あの。あの。本当に、本当にお構いなく……」


 べしょ、と泣きそうな顔で生真面目にそう言う彼女が愛おしい。でろでろに甘やかしたくなる。

 そうだ。飲み物、なにがいいかな。なにがあったかな?

 ケーキに合いそうなもの。コーヒーでいいか? 貰い物のインスタントのミルクティーがあったな。


「コーヒーとミルクティー、どちらがいいですか?」

「あの、あの、」

「姫はミルクティーで。甘めで。私はコーヒーのブラックで」

「もお! 黒陽!!」

「かしこまりました。しばしお待ちください」


 主従の微笑ましいやりとりを見守りながら部屋を後にした。




 大急ぎで茶の用意をして部屋に戻る。

 彼女と亀は床の間の前で座っていた。


 床の間はばーさんが生きていたときはばーさんがこまめに花を生けていたが、ばーさんがいなくなってからは花を生けるところまで手が回らなかった。

「なにもないのはさみしいから」と、じーさんが木彫りの童地蔵を飾って、そのままになっている。


 なんでもこの童地蔵は四百年前のもので、ずっとばーさんの一族が受け継いできたものだという。

 寺の所有でなくばーさん個人の所有だった童地蔵は、今は俺のものになっている。


 物心つく前からずっとそばにあった木彫りの地蔵。

 どういうわけか、そばにあるだけですっと安心したし落ち着いた。

 霊力が暴走したときも。修行のつらさにくじけたときも。

 この童地蔵を抱きしめたら、それだけで落ち着いた。


 俺にとってはお守りのような、守り神のような存在だ。


「かわいいでしょう」

 座卓に皿を並べながら声をかけると「そうですね」と彼女が微笑む。

「四百年前のものらしいですよ」

「へえ」

 びっくりした表情。かわいい。

「大事にされてきたんですね」と目を細めて微笑む。かわいい。

 ああ、だめだ。また『かわいい』でいっぱいになっている。


 座布団の上に戻った彼女に「どうぞ」と飲み物をすすめる。

「いただきます」とカップに口をつける彼女。

 ほっとしたように「おいしい」とちいさくつぶやく。よかった。

 守り役にはコーヒーカップと猪口(ちょこ)とで用意してみた。

 うれしそうに猪口に口をつける亀の姿にホッとする。


 自分もコーヒーを一口。

 彼女がフォークを持たないので「ケーキもどうぞ」とすすめる。

 おずおずといった様子で「いただきます」と告げ、ようやく彼女はフォークを取った。

 そっとケーキを一口大に切り、口に運ぶ。

 口に入れた途端、ぱあっと表情が明るくなった!

 目を大きくして口元を左手で隠し『おいしい!』と喜んでいるのが丸わかりの表情に、見ているほうがうれしくなる。


 喜んでくれてよかった。もっと喜ばせたいな。他には何が好きかな。今度は何を買ってこようかな。

 ついそんなことを考えてしまう。



「――それはそうと」

 守り役の声に視線を向けると、じろりとにらまれた。


「話の前にお前、汗を流して来い」


 指摘されて『そういえば!』と気が付いた。

 まだ四月とはいえ、今日は暑かった。

 暑い中自転車で帰ってきたからもあるが、彼女を前にしておかしな汗をかいている。

 ヤバい。汗臭かったか!?

 彼女は嫌がるそぶりをみせなかったが、守り役がさらに言った。


「汗臭い汚れた恰好で姫の前に出るな」

「黒陽!」

「す! すみません!! すぐに、着替えてきます!」


 大慌てで部屋を飛び出し、風呂場で服を脱ぎ捨てた。


 うわああぁぁぁ! 失敗した!

 彼女に汚い男だと思われた!!


「ぐわあぁぁぁぁ!!」

 大急ぎでシャワーを頭からかけ、身体の隅々まで泡立てた。

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