第六十九話 一日目終了
枕元の椅子に座って彼女の手を握る。
霊力を流しながら眠る彼女を見つめる。
やっとだ。
やっとそばにいられる。
うれしくてしあわせで、なんだか満たされて。
安心してウトウトしていたらスマホが鳴った。
タカさんだった。
『買ったパソコン届いたぞ。組め』と命じられる。
そういえばそうだった。忘れてた。
黒陽に竹さんのことを頼んでリビングに向かうと、ちょうどヒロとタカさんが大きなダンボールをいくつも運んでいるところだった。ハルも一緒にいる。
「おートモ。パソコン組め」
俺はタカさんに文字通りケツを叩かれてパソコン設置をやらされた。
竹さんのそばにいたいのに。
「文句言うな。竹ちゃんのそばにいるためにやるんだろうが」
「わかってるけど」
ぶつくさ文句を言いながら設定していく。
ちなみに俺用にと用意された部屋に運び設置している。
竹さんの部屋から一番離れた個室。
「万が一、竹ちゃんのご両親と鉢合うことになったら面倒なことになるから」
そう説明されたら納得するしかない。
部屋ははなれているが同じ建物で過ごせるのだからいいかと思い、ふと気付いた。
あれ? これって、同じ家で暮らすってことか?
同居……? むしろ、同棲――!!
意識した途端、ブワワワーッと血が上った!
真っ赤になるのを止められない!
そうだ。同棲だ。一緒に暮らすんだ。
もう家族だろう。夫婦だろう!
そ、そういえば!
さっき俺、彼女に「好き」って言った!
「好き」って告白して、断られてない!
ということは!?
え? 俺と竹さんて、どういう関係になるんだ!?
もしかして、もしかしなくても、こ、こ、『恋人同士』! に、なったんじゃ!!
俺は竹さんの『彼氏』で、竹さんは俺の『彼女』になったんじゃないか!?
「急になに浮かれてんだ?」
「『姫宮と恋人同士になった』と浮かれている。
あと『同棲だ』と」
「え? 竹ちゃん、トモに告白されたの!?」
「してた」
「で? オッケーしたの?」
「してない。話の途中で疲れが出て寝てしまった」
「……………」
「『断られてないから恋人同士になった』と浮かれてる」
「………あぁ………」
「それ『恋人同士』でいいの?」
「本人がそれでいいならいいんじゃないか?」
「……ちゃんと話させとけよ……?」
「姫宮が『恋人同士』なんて関係、認めるわけがないだろう」
「………それって………」
「トモの一人相撲……」
突然、ヒロとタカさんの声がはっきりと聞こえた。
え? 一人相撲?
なにが?
……………。
―――!!
「―――俺……、竹さんの、なに………?」
おそるおそる三人に質問してみる。
三人は目配せをしたあと、嘘くさい笑顔を貼り付けた!
「『半身』だろ?」
「『お世話係』になったんでしょ?」
「早い話が『専属護衛兼側役』だ」
誰一人『恋人』とも『彼氏彼女』とも言わない!
うわあぁぁぁ! 俺、浮かれてた!? うぬぼれてた!? 恥ずかしいぃぃ!!
頭を抱えて「ぐわあぁぁぁ!」とうずくまる俺に容赦ない声がかかる。
「本人の気持ちを聞かないと」
「そうそう。勝手に『こう思ってくれてるに違いない』なんて、ストーカーの思考回路だよね」
「ぐわあぁぁぁ」
そんな。俺、ストーカーだったのか。
「落ち着け。姫宮はああいうひとだから。
『恋人』とかはっきりと言ってしまうと逃げるぞ」
ハルのアドバイスにのろりと頭を上げる。
涙目になってる自覚はあるよ。
「『そばにいられるだけでいい』んじゃなかったのか?」
「……………そうだった」
そうだ。彼女が俺のこと好きになってくれなくてもかまわない。それでもそばにいたいと願ったのは俺だ。
そばにいたい。それだけでいい。
一緒に暮らせるとなって、告白を否定されなかったことに気付いて、浮かれてしまった。
つい、欲張ってしまった。
イカンイカン。
いつもじーさんばーさんに言われていた。欲張るとロクなことにならない。
常に謙虚に。感謝を忘れず。
そうだ。
竹さんのそばにいられる。それだけで十分じゃないか。
そりゃ、恋人同士になりたいし、手をつないだりイロイロシたりしたい。
でも、彼女が生きていて、俺のそばにいてくれるなら、それだけでいい。
それ以上を求めるのは欲張りというものだ。
パシン。
両手で両頬を叩いて気合を入れ直す。
「そうだった。つい、浮かれてた」
そう言う俺にハルとタカさんは笑った。
「まあまだ若いから」
「だな。仕方ないさ。それが『若さ』ってもんだ」
オッサンくさいセリフに反抗する気にもなれず、情けない笑みを落とした。
パソコンや周辺機器を設定し、問題なく使えるか確認したらすぐさま『バーチャルキョート』に潜ってみた。
タカさんが侵入ルートを教えてくれる。
潜り方。潜った先でやること。気をつけること。
仕事内容を確認し、機材も問題ないことも確認した。
それからハルとヒロもまじえて現在調査している内容について聞く。
どこまで調べていて、なにがわかっているのか。
これからなにを調べて、どんなふうに検証したいのか。
安倍家のデータベースのアクセス権限ももらい、とりあえず仕事をやってみた。
こちらも問題なくできそうだ。
タカさんと相談して優先順位を決め、仕事のスケジュールを組んだ。
落ち着いたところで「ちょっと聞きたいことがあるんだが」と話を持ちかけた。
「『向こう』に行くまでと『こっち』に戻ってからで俺自身が変化していると感じる」
そう打ち明けると「そりゃそうだろう」と三人共呆れて真面目に取り合ってくれない。くそう。
「そうじゃなくて! 竹さんとのこと!」
そう言うとようやくちゃんと話を聞いてくれた。
「なんか、今までは俺、竹さんを前にしたら話もできなかったのに、今日はスラスラ言葉が出て」
「あーホントだねぇ」
「しかも、なんか、隙あればすぐに抱きしめたり触れたりしたくて」
「あー」と視線をそらせたタカさんに、察した。
「……なんか心当たり、ある?」
あるんだろ? と目で訴えると、タカさんはニヤリと笑った。
「若いからだろ?」
「……………」
「三年会えなかった分、会えてムラムラしてんじゃないのか?」
「……………」
………その説も否定はできない。が……………。
「……………晃が前に言ってたんだ。
『半身』に『受け入れて』もらったら落ち着く。そのかわりくっついていたくなるって」
「あー。言ってたねぇ」とヒロはのんきなもの。
「……つまりさ」
ドキドキしながら俺の仮定を口にする。
「……竹さん、俺のこと『受け入れて』くれてるんじゃないか、って………」
「「「……………」」」
三人共なにも言わない。
貼り付けた笑顔で固まっている。なんか言ってくれよ!
「その、竹さん、俺がいない間俺のことなにか言ってた?」
試しに聞いてみると「別に」「なにも」と残念な答えが返ってきた。
「お前と別れてから、姫宮はそれまで以上に懸命に結界の調査にあたってくれていた。
僕らと会うのは朝夕の食事とそのあとの報告会のときだけ。
それも彼女は必要なことしか話さない。
だからお前のことを彼女から話題に出すこともなかったな」
「……………そっか……………」
あれ? 俺の勘違い? 思い込み?
話せるようになったのは単に三年経って恋がこじれただけ? 三年経って図太くなっただけ?
「オレが思うに」
静かに落ち込む俺にタカさんが声をかけてきた。
「竹ちゃんはお前と別れたことがかなりショックだったんだよ」
意味がわからなくて視線で話の先をうながす。
「竹ちゃんにとってお前の存在は大きくなりつつあった。
でもお前は死にかけた。
それをあの子は『自分のせいだ』と思い込んでしまった」
それはそうだと理解できるのでうなずく。
「『自分がそばにいてはいけない』と自分に言い聞かせるようにがむしゃらに働いていたらしいよ。
オレは同行してないからわかんないけど」
「……………それって……………」
俺のつぶやきにタカさんはニヤリと笑った。
「忘れるためには必死で働かないといけないくらい、お前のことを想ってしまうってことじゃないのか?」
「―――!」
つまり。
つまり!
「竹ちゃんはお前のこと、好きだと思うよ」
「―――!!」
そんな! そんな!!
うれしい! うれしすぎる!!
ああ! しあわせすぎても胸が張り裂けそうになるのか! 知らなかった!
あふれそうになる霊力を必死で抑えて、それでも顔がゆるむのを止められなくて、ふわふわして、ぐわわーってなって、頭のてっぺんから風が吹き出しそう。
「勝手なことを言うなタカ」
「でもハルだってそう思うだろ?」
「……………」
「ぼくはそう思うよ。竹さん、トモこと好きだと思う」
「!」
ヒロまで!
それはもう確定じゃないのか!?
俺達『両思い』なんじゃないか!?
もう『恋人同士』でいいんじゃないか!?
いやむしろ『夫婦』でもいいかも! 一緒に暮らすんだし!『半身』だし!!
「落ち着け阿呆」
ハルが心底馬鹿にした顔でため息をつく。
その顔に浮かれていたのが少し落ち着いた。
そうだ。あぶない。さっきも指摘されただろう。
自分勝手に相手の気持ちを決めつけたら駄目だ。
まずは竹さんの気持ちを聞かないと。
「聞いたら姫宮は逃げるぞ」
サラッとハルが答える。
「じゃあどうすればいいんだよ」
ムッとしてたずねたら、ハルに呆れられた。
「『そばにいられるだけでいい』んじゃなかったのか?」
「……………」
……………そうだけど。
ああ。そうだ。
そばにいられるだけでいいって願ったんだ。
でも、そばにいられるようになったら、つい、欲張ってしまう。
『好きになってくれたら』と。
『想いを交わせたら』と。
「……駄目だなぁ……。三年修行しても、俺、ポンコツのままだ……」
情けなくてガックリする俺に、またもハルとタカさんが「若いから」と謎のなぐさめをくれる。
「まあ明日からそばにいられることは確定してるんだ。これからじゃないのか?」
タカさんがそうはげましてくれた。
それもそうだと納得して、その日は解散になった。